お詫びにチート全盛りしたけど、現代日本じゃ使い道がない。 作:チート全バフ
「手違いで地獄に堕としてしまい申し訳ない。ここに神である私が謝罪と賠償をしよう」
古代ローマ人のように布一枚を服として巻き付けた、もじゃもじゃな髪と髭を生やしたオッサンが頭を下げる。
数百年単位で地獄で責め苦にあっていた俺はまるで小動物のように怯えながら声が出せなかった。なぜなら、地獄という世界を知り罪人は筆舌に尽くしがたい拷問を受けることを身を以てして理解し、この神を自称するオッサンの気分次第で自分の処遇が決まるとなれば下手なことなんて出来るはずがない。
「あっ、あまりお気になさらずに……その地獄に堕ちることが間違いであると知ったことだけでも嬉しい限りです」
よくある強気に責任を取れ、誠意を見せろ、土下座しろ、なんて口が裂けても言えない。
上位者の持つ権利、人間という矮小な存在を天国にも地獄にも堕とせる権限が向こうにあるのだから、こちらもなるべく刺激しないような物言いになる。
「君が体験した約535年分の地獄の責め苦、それに釣り合うだけの対価を差し出さなねば神としての沽券に関わるので来世の埋め合わせとして力と才能をプレゼントしよう」
「ありがとうございます!」
ここは神からの厚意に誠心誠意の感謝の気持ちを土下座で示し、与えられる才能だか力を甘んじて享受する。
そしてその態度に神は感嘆の声を上げて手を叩いて喜ぶ。
「おぉ、君はなんと身の程を弁えている人草だ。最近の人間は間違いがあれば鬼の首を取ったように大騒ぎするというのに!うむうむ!殊勝な君には本来はその人間たちが受け取るモノを渡すとしよう!」
「その愚か者の末路はどうなったのでしょうか?」
「勿論、地獄行きだぞ!向こう1000年の責め苦を味わえば神に対する無礼を心底反省することだろう!」
地獄というものを理解している俺からすれば1000年の責め苦と聞いただけで身震いする。
そしてこの神の言い方からして、本気で人間に対する謝罪や誠意も持ち合わせていないのだろう。あくまでも間違いを起こした自分の尊厳を守る為、その結果に人間を地獄から救っただけでこちらのことなんて気にも掛けていない。
来世でも何でも良いから早くこの場所から逃げたい……気分が変わって、やっぱりお前は地獄行きだ!とか言われたら本当に嫌だ。
肉食獣を前にして獲物となる動物の気分。
そんなことを思っていると目の前にカードの束のようなものが現れる。神はまるで早く手渡したプレゼントを開けて、こちらに感謝を示せと言わんばかりににこやかな表情をしているので、俺は袋紙を勢いよく破る子供のようにカードの束を掴んで中身を広げる。
そのカードに描かれていたのは与えられる才能や力の内容だった。
「『魔力無限』『魔術の才能』『念力』……『生命創造』?あの……これは?」
「人草にも分かりやすいように才能と力を可視化した物だ。300枚以上はあるから全てあげよう。これを得るべきだった人間は、私を神ではないとぬかし、己の信じる死後の世界と違うからと、私を否定してきた愚か者ばかり。地獄で禊が済んでもこのカードをプレゼントする気にはなれんわ」
「はっ、はは……そうですね」
宗教的に存在を認められない人間は大勢居たのだ。
死後の世界でこのような形で出会い、自らの信ずる神とは違うとなれば罵倒や罵声を浴びせる者も現れるのは想像に難くない。信仰している世界観と異なる場合でも、神を否定すればそれだけで怒りを買い地獄に堕ちる。理不尽だとは思わない。むしろ神という力を持つ存在が振るう行為の全ては肯定しなければ、こちらが痛い目を見る話が多いのは地球の宗教でもよくあること。
「いくら徳を積もうと善行を重ねて善良であろうと神を信じぬ者は全て地獄行きだ」
本来、このカードを受け取る人間たちは偉人や聖人のような者ばかりなのだろう。
信じる者は救われる、皮肉にもその通りに目の前の存在を神と信じられなければ救われぬのだ。どれだけの善行も関係なく、神の否定と言う究極の罪は地獄に堕ちることで報いを受ける。
「君は神を信じる善い人間だ。この私の存在さえ否定しなければ、どれだけの罪を犯そうとも死後の裁定で地獄に堕ちることは決してない。それだけ言えばもう十分だろう。さぁ、来世に行きなさい」
未来永劫に渡り、地獄行きを免れる免罪符を得られたことが手元のカードより遥かに嬉しかった。
そして遠くなる意識の中で、さっそく手にしたカードの『転生先はご自由に』の効果が発揮されて来世を自由に選べるとなるので迷いなく俺が生きていた時代の善良で富豪の両親を持つ日本へと転生を選ぶ。
「あぁ、極楽だ……」
あれから10年が経過して俺は第二の人生を謳歌していた。
本物の地獄で責め苦を味わった身、その体験に比べれば現代日本の生活は天国そのもの。善良で金持ちの両親、知っている文化と料理、誰に追われるでも傷付けられるでもない穏やかな日々、最高という言葉以外にこの日常は表すことはできない。
「食っちゃ寝してりゃ良いだけの生活とかもう人生あがりだよな」
与えられた才能や力もあるが実際に使っているものは少ない。
『健康長寿』『不死』『万能武術』『黄金律』と日常であると生きていくのが楽になる程度のカードばかりで、現代で魔術や超能力のような派手なものを扱うメリットがあまり感じられないからだ。
金は『黄金律』により何もしなくも集まってくる。肉体は『健康長寿』で常にベストコンディション。『万能武術』もあれば身体動作はどんな達人よりも軽やかで精密。『不死』で不意の死は防げると現代を生きる上でそんなに才能を使う機会がない。
「お前たちも家の中では自由にして良いんだぞ。家族にバレさえしなければ」
「いえ!私たちは創造主の御身を守るのが務めであり存在意義ですのでお気になさらず!」
人をダメにするソファに寝転ぶ俺の足元で転がる生きた玩具たち。
精神は肉体に引っ張られるという言葉があるように、幼少期の俺の精神年齢は年相応であった。興味本位で『生命創造』で玩具たちに命を吹き込んで遊び、玩具たちはその時の遊びを律儀に守っている。
ソフトビニールの小さな犬、シーツを被ったお化けの玩具、ワニの人形、くまのぬいぐるみ、とファンシーなキャラクターたちがワイワイと騒いでいる様は見ているだけで楽しい。
その中でリーダー格である『常闇の戦乙女クラネリス』という美少女フィギュア。身長30cmの銀の長髪に朱い瞳、青薔薇の咲いた深紅のドレスを身に纏いレイピアを携えて騎士のように片膝を突いて恭しく礼をする。
玩具に命を吹き込んで誕生した存在であるが、この玩具たちに設定されている能力がそのまま引き継がれている。
シーツのお化けは物理法則を無視して空を飛んで壁をすり抜け、くまのぬいぐるみはポケットから無限にビスケットを出せ、ワニは床を池に見立てて
放っておくと玩具が怪物役のホラー映画のような状況になるので適当に彼女たちに命令を下しておく。
「じゃあ、人間が近くに来たら知らせるように。だけど、人に危害を加えるんじゃないぞ」
「御意!」
お前はどっかのスペースレンジャーか、と言いたくなるのをグッと堪えて玩具たちは俺の為に哨戒行動に映る。
家の周辺には透明になったシーツのお化けが周囲を警戒し、ワニは床に潜って家の中を泳ぐ、くまのぬいぐるみは……ポケットから美味いビスケットを俺にくれる。そして玩具たちの最大戦力である『常闇の戦乙女クラネリス』は警戒心を最大にして、いつでもレイピアを抜けるように構えている。
敵なんて存在しないだけど……まぁ、やりがいって大事だよね。
俺のような異能持ちが居るなら他にも存在する可能性はあるかもしれない。
「適当に頑張ったら休んでいいからね」
地獄での535年を過ごしたお詫びの人生、ゆっくり気ままに生きることにしている。
玩具たちに命を安易に吹き込んだ責任もあるので、監督責任として面倒は見るのは当然として、この無駄に豊富な異能と力を使う場面が来るとしたらどんな時なのかと、そんなことを考えながら眠りに落ちる。