第4話 テスト、唐突に来たる礫と共に

 敷地に入った瞬間、何かがチカッと光った。


 咄嗟に、缶ビールと柿ピーを真上に投げた。次に、ボストンバッグを前に突き出して盾のように構える。

 直後、石礫らしきものがボストンバッグに命中した。ドドドドッ、と重たい打撃音が響き、燈真はすぐにベルトのバックルを押し込んでバッグを投げ飛ばす。投石(?)は動くものに向かうようで、ボストンバッグへ向けて攻撃を行なっていた。

 燈真は自分への攻撃が止んだ瞬間に落ちてきた缶ビールと柿ピーをキャッチし、隣の自転車置き場に隠れた。


(なんだよ! 入った瞬間テストか!)


 深呼吸。攻撃は、前方の池の真ん中にある小島から飛んできた(個人の家にあんな立派な庭がある時点でびっくりだが)。このまま自転車置き場を回って、車が止めてあるガレージを回っていって襲撃者を締め上げる。

 ビールとツマミを置いて、中腰で進み出した。

 自転車置き場からガレージまで距離は一メートルもないが、動いた瞬間攻撃が飛んでくるタイプなら、一気に飛び込まなくては終わりだ。

 燈真はノートタブレットやらが入ったリュックを、先にぶん投げた。放物線を描いて池に向かったそれを石礫が迎撃し、その隙に燈真はガレージの裏に隠れる。しばらくしてぼちゃん、とリュックが水没する音がした。


(あ゛ぁ゛〜〜〜〜! 馬鹿! タブレット出してから投げろよ俺! 何やってんだ!)


 ごん、と自分の頭を殴って心の断末魔をリセット。燈真はすぅ、と息を吸ってガレージの裏を進む。生垣の葉が絡まったりひっついたりするが、無視。

 蚊のようなハエのようなものが鼻先を掠めても無視。そもそも、気にしている場合ではない。

 ガレージを回って池に近づいた。大きな桜の木を盾に進む。


(そもそもどういう索敵範囲を持ってんだ? 三六〇度をカバーしてるのか、円錐形の視界で常にあちこち見回してるのか……)


 目を凝らし、小島の藪を睨んだ。

 すると、奥に球体関節の機巧人形カラクリにんぎょうが一体、置いてある。筒状の口から、石礫——恐らく、妖力の礫だろうが——を放っているんだろう。

 目に当たるセンサーが、忙しく動いている。

 それには規則性があった。南を見て、西、東、西、北、東、そしてまた南に戻る。

 物音に反応するタイプなら、とっくにこっちを見ていていいはずだ。移動音がしているはずだから。


 燈真がいるのは機巧人形からして東の方だ。南、西、東——ここで一気に勝負を仕掛けるしかない。

 人形が東を一旦見、そして西に向いた。次の瞬間、燈真は駆け出す。

 池を飛び越え、石橋を踏み加速。人形に、振りかぶった右拳を叩きつける。

 ゴィンッ、と鉛を殴ったような感覚が帰ってきた。拳が、じくじく痛む。


「くそっ、妖力膜張ってやがる……!」


 人形が、ぐるんっとこちらに筒を向けた。燈真は瞬時に膝関節から力を抜いて、滑り込むように人形の股に入り込む。古武術でいう、予備動作などを消す際に用いる膝抜きという技法だ。

 ガガガッ、と妖力礫が放たれ、燈真はすかさず背後から人形を締め上げた。

 そして、燈真はそのまま人形を抱え、池に飛び込んだ。


「ギギガガッ! ガピッ——」


 人形が断末魔の痙攣を起こし、機能を停止。確実に破壊した手応えを感じ、燈真は手放した。水深は二メートル以上、三メートル以下か。

 人形を抱えて上がるのは無理だ。手に引っかかったリュックの感触を頼りにそれを掴み、地上へ上がった。


「ぶはっ」


 すると上から屈み込んでいた椿姫が、ふっと笑う。


「やるじゃん。まさか人形一体を台無しにされるとは思わなかったけど」

「弁償しろ、ってのはなしだぞ。下手したら、俺は死んでた」

「はいはい。燈真、その子の手ぇ離してあげたら?」

「その子? リュックを——」


 手にしていたものを見る。するとそこには人の、手。


「うわっ、お前っ、池に死体入れてんじゃないだろうな!」

「はあ? いくらなんでもそんなことしないわよ。呪術師の遺体は退魔局が葬儀に出して合同墓地に——」

「そういう問題ではありませんわよ、椿姫さん」


 ぬるっと、水面から顔を出したのは一人の女性。

 顔や首筋、肩には魚鱗のような、虹色に輝く鱗が張り付いている。口は耳元まで裂けており、耳はヒレのようになっていた。

 磯のような香りと、海苔やなんかの海藻のような髪。乳房の乳頭部には、ホタテのような貝殻が張り付けて一応の配慮をしてくれている。


「人魚……」

「あの人形に妖力を供給してましたの。ずいぶん乱暴な倒し方をなさりましたね。あんな型落ちの中古品でも余裕で百万するんですよ」

「ふん。俺の生命の何千兆分の一にも届かない値段だな」

「あら、すごい自信」


 人魚が目を丸くした。燈真は池から這い上がりながら答える。


「最強の退魔師の卵だ。この世の単位じゃ測れない価値になってみせるさ」

「いいですわね、その自己肯定感。迷いがない目……されど気をつけなさい、悪虐狡知極まる呪術師は、鋼の意思さえ腐食させる」

「肝に銘じる」


 燈真は濡れ鼠の自分を見て、椿姫に「どうしような」と聞いた。


「とりあえずタオル持ってくる。シャワー用意するから待ってて」

「ああ」


 人魚は池の中に戻り、それから「忘れ物」と言って、リュックを置いた。

 ああ、二十万もしたタブレットが……まあ、買ったのは入学祝い、と言っていた父なのだが。


 燈真は濡れたリュックをその場に置いて、ひとまず無事なビール缶と柿ピーを確認。獣にとられた気配はない。

 椿姫が戻ってきて、バスタオルを投げ渡してきた。燈真はそれで素早く体を拭く。別に、見られたって恥ずかしくないという理由だけで上半身裸になって、さらに水気を拭った。

 高校生とは思えない筋肉質な体を見た椿姫がなにか褒めたりするんじゃないかと思ったが、「なんで筋肉男ってすぐに服脱ぐんだろ」とだいぶ失礼なことをのたまった。


「酒とツマミ、持ってくれないか。俺、池に浸かったあとだし」

「はいはい」


 だいぶ水気は取れた。

 燈真は初日から風邪なんて引きたくないと思いつつ、椿姫に「まあ沸くまで待ってたら風邪ひくし、とりあえずシャワー浴びな」と言われ、従うことにした。


×


「どうだ、宗一郎。あの小僧は」

「略歴を見た感じ猪突猛進の脳筋と思いましたが、思った以上に冷静だ」


 稲尾家の応接間で、革張りのソファにテーブルを挟んで座る二人。

 一人——一匹は、月白の妖狐。寒気すら感じる美貌に、豊かな乳房。引き締まるところは引き締まり、安産型の出るべき尻は出た、肉感的な美女。

 外見年齢は、三十代半ばの匂い立つような女盛りで、長い髪を二房作り、まとめている。

 狐の耳とは、先端が紫色で、その瞳も紫である。

 顔には裡辺地方でのみ信仰される荒神の紋様を模った刺青があり、その色は紋様本来の藍色ではなく紫色であった。


「面白いな。攻撃的なのに、冷静に局面を見る頭脳もある。……素質は充分です」


 もう一人は人間の男。五十過ぎくらいの、銀縁眼鏡の大男だ。

 太っているようでいて、その実全て筋肉というタイプの熊のような体型。彫りの深い顔立ちは俳優のようであり、背は立てば余裕で二メートルに達しそうな勢いである。

 スーツははち切れる寸前、本当に、全身が筋肉の鎧を纏っているような印象。

 そして座っていないが、宗一郎と言われた男の後ろで静かに立っているのは単眼の女。一つ目娘——有名な一つ目小僧の女版だろう。赤いスーツを着こなし、知的なキャリアウーマン的な雰囲気の秘書である。


「これから妾の家で面倒を見る。あやつ自身、通草には辛酸を舐めさせられたというからな。利害の一致だ。無論、それ以外に戦う理由を見つけたら、それを優先させるのが浮奈との約束だ」

「なるほど。わかりました、あとで彼に書類を書かせて提出させてください。この戦闘記録を承認委員に見せれば、五等級の審査はすぐに通ります」

「助かる。どうだ、軽く一杯付き合わんか?」

「魅力的な提案です」


 すると、背後の秘書がキッと宗一郎——退魔局魅雲村支局支局長の久留米宗一郎くるめそういちろうを睨んだ。


「……が、勤務中なので。美原君も、そんなに睨まなくていいんじゃないかな。美人が台無しだよ」

「余計なお世話です。……しかしあの子、悲しい目をしていますね。人並みに愛情を知らないような目です。そんな子に、復讐心という起爆剤で突き動かすのは大人として……」

「心配はいらん。千五百年、妾はずっと母狐だった。この家は、弟子を娘息子同然に扱う。ここへ来たからには、寂しい目などさせんよ」


 妖狐——世界最強の神格妖怪、稲尾柊いなおひいらぎはそう言って、頷いた。

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