チリちゃんが猫背のくたびれたサラリーマンに恋をする話
アオチリ第二弾です。そういえば今日は求婚の日なんですね
注意点
独自設定みたいなのがあります
やっぱチリちゃんカッコよくない
- 514
- 589
- 10,654
チリが男性に求める理想は高い
「顔はイケメンやろ。あと笑った顔がかわいいのがええな。歳はそんなに離れとらんくて年上がええ。年下はNG。やっぱ年上やろ。でも離れすぎてたら嫌や。だから一歳から五歳くらい上が理想やな。オッサンは流石に範囲外や。性格も包容力があって判断力があって頭のええ人。頭の良さは外せんやろ。仕事もできて、将来有望で、エリートやけどそれを鼻にかけへん。で、いつもチリちゃんを気にかけてくれて、具合悪くなったりするとスッと助けてくれて、話し相手になってくれて、仕事の愚痴とか聞いてくれて、頭撫でられるとか最高。あとポケモンバトルも強くてドオー達のええ発散をしてくれる人。そんでセックスも上手くて、甘い言葉でメロメロにさせてくれて、気遣いが上手い。仕事もできるけどチリちゃんを一番に考えてくれる人。あと食べるもんの好みが一緒やないと嫌や。好き嫌いが多かったり、たっかいレストランでしか食事した事が無い人はあかん。居酒屋で気軽に飲める人。料理も上手やないと嫌や。でも家は資産家で、金持ちやけどそうは見えへんくて~」
「そんな人おるわけないやん。」
電話越しにジョウトの友人から断言されるがチリは口を尖らせる
「このチリちゃんの横に並ぶ人やで!それくらいのスペック無いと困るわ!」
「チリ…あんたパルデアに行ってから大きくなったな…。」
「四天王やで、四天王に任命されたんやで!しかもその後はチリちゃんファンクラブまで出来たんやで!パルデア一のイケメン!女を泣かす女!抱かれたい有名人堂々の一位!このチリちゃんと一緒になるんやで!」
「分かった分かった。」
友人は完全に呆れている
「でも四天王としてバトルした事一度もないんやろ?」
ぐっと言葉を詰まらせる
「やってまだ二人しかおらんのやもん…。」
チリが四天王に任命されてから半月。同じ頃に任命された同僚のドラゴン使いハッサク以外に未だ四天王は現れていない
「オモダカさんやっけ?チリの上司もストイックな人やな。」
「…まあ革命直後やし、忙しい中手を尽くして調べてるんやろうけど…。」
「そしてチリも駆り出される…と。」
「仕事の話はせんとってー。」
「ごめんごめん。でも四天王が揃ったら本格的に忙しくなるんやろ?恋愛する時間なんてあるん?」
チリはにまっと笑う
「このチリちゃんやで!そんなん両立したるわ!」
その後も散々話した後、電話を切ってぼふんとベットに沈み込む
(今恋愛せんでいつすんねん!)
王子様…までとはいかないが、カッコいい男性が目の前に現れてほしい
(あー肩こったー…。)
新たなる四天王、新たなるジムリーダーを発掘するためには様々な人とコネクションを繋ぐ必要がある。今日もオモダカと共に有志の方と食事をしたが、その人が企業のお偉いさんで、値段の書いていないメニュー表があるレストランにて付け焼刃のマナーでなんとかのソースが乗ったロースを食べながら、作り笑顔で話していた
しかし結果は芳しくなかった
(もうパルデア中の住民に片っ端からバトルふっかけようかな。)
物騒な事を考えつつリーグ本部、四天王の専用の事務室へ向けて歩く。途中ファンの女の子が遠巻きに見ていたので手を振ったら喜ばれた
窓の外を見る。チリの心を表したように曇りだ
そんな中、一人、黒いスーツの猫背のくたびれたサラリーマンがビジネスバッグを持ってどこかに歩いてくのが見えた
(あー、出向かな。きばりや。)
なんとなく心の中でそう声をかけてチリは再び歩き出した
「チリ、今日の成果は…良くなかったようですね。」
デスクにある椅子にもたれ掛かって上向きで手を目に当てているチリを見てハッサクは悟ったようだった
「バトルしたけどくっそ弱かった…。」
「チリが納得できるバトルが出来る者など限られていますですからね。」
「こんなんで四天王集まるんかいな…。宝探しまでまだ間があるとはいえ、ジムリーダーも揃ってへんのやろ?」
「しかし生半可な者を置くわけにはいかないですからね。」
「おねえちゃん、おつかれですの?おちゃいれましょうか?」
「あー、あんがとな。」
「……。」
「……。」
「どうしましたの?」
「…君、誰?」
ここは四天王専用事務室である。入れるのはチリとハッサクとトップであるオモダカしかいない
ハッサクは慌てたように子供に近づいてしゃがみこんだ
「ここは入ったら駄目な場所なのですよ。どこから入ったのかは知りませんが、小生がお嬢さんのお家まで送りましょう。」
女の子はこてんと首を傾げる
「でもはいってよろしいといわれましたわよ?」
「誰からですか?」
「オモダカさん。っておんなのひとからです。」
「……。」
「……。」
二人して絶句した時、ちょうど事務室の自動ドアが開いた
「おや、ポピー、来ていたのですね。」
「はい。おじゃましております。」
当たり前のように女の子に話しかけているオモダカにチリは詰め寄った
「オモダカさん!この子誰!?」
ああ、とオモダカは朗らかに笑う
「新しい四天王です。知り合いの資産家のご令嬢で。ポピー、あいさつを。」
頭の中が上手く動かない二人に、ポピーは頭を下げた
「これからしてんのうとしておせわになります。ポピーといいますの。よろしくおねがいしますね。おじちゃん。おねえちゃん。」
(いやいやありえへんやろ!確かに強かったら誰でもええで?でもあんな子供が四天王!?オモダカさんは一体何を考えとんのや。)
チリは歩く。向かうは自販機だ。コーヒーでも飲まなければやってられない
チリの好きな微糖は下の階の一般休憩室にしか無いのでわざわざ降りなければいけない
幸いなことに誰からも見られる事は無かった。愛想を振りまいたい気分では無いので良かった
しかし休憩室には人がいた
(あ…。)
黒いスーツ、特徴的な猫背、今日はバッグを持っていない
(あんときのリーマンやん。)
彼は丁度自販機から何かを買ったようで、そのままチリに気がつかずに休憩室を出て行った
ずっと背を向けられていたので顔は分からなかった
(人の気配に気がつかんてよっぽど疲れとるんやろか。)
チリは彼が出たドアをじっと見つめていた
事務室に帰ると、ハッサクが頭を抱えていた
「どうしたん?」
ハッサクは唸る
「先ほどポピーと戦いましたが、…本物です。四天王にふさわしいとしか言えません。」
ハッサクの隣にいるポピーを見ると、満足げに笑っている
「ハッサクのおじちゃん、とても強かったですの!」
「全力を出して負ける所でした。」
チリは目を開く
「ハッサクさんが!?」
「特にですね、切り札であるデカヌチャンのデカハンマーの威力が桁違いで…」
チリは呆然と目頭を押さえる大人とその隣でにこにこと笑っている子供を見つめていた
四天王の三人目が決まり、残すはあと一人となった。オモダカもハッサクも、そしてチリも俄然やる気に満ちている
「何としてでも探しましょう。」
「やったるで!ポピーが見つかったんや。どっかにいるはずや!」
「ふむ。小生も知り合いをもう一度洗い出します。」
「みなさまおうえんしてますの!」
と、そんな中でも事務仕事はある。その日はハッサクが教師の仕事、オモダカは視察、ポピーは勉強で事務室はチリだけだった
いつもは事務室でテイクアウトした弁当を食べるのだが、今日は外に気が向いた。晴天で、少し歩いてリフレッシュしたい
テーブルシティにはたくさん店があったはずだ
昼時で、人の多い大通りを歩いていくと、公園があった。噴水の周りにはベンチもあって、ここなら一息つけそうである
(場所は見つかったけど、何にしようかな?)
くるっと見渡したとき、ベンチに座っている人影が見えた
(あのオッサン…。)
いつも見かけるサラリーマンだ。休憩室で彼を見かけた後、いつもどこかで目についた。黒いスーツで、古いバッグを持っていて、猫背でくたびれているのは変わらない。そして常に背を向けた姿しか見た事無かったので、顔を見るのははじめてだった
(眉毛太っ。)
おにぎりにかぶりついているその顔を思わずスマホロトムで撮る
そしてなんとなく満足感を得て、サンドイッチを買って元の公園に戻ると、彼が気づかない場所に座ってその顔をじっと見つめながら、チリはサンドイッチを頬張ったのだった
視察でハッコウシティまで出張だった。まだ主のいないジムもあるのだが、ここは既に配信者で人気を博しているナンジャモという電気タイプ使いがジムリーダーに就任している
その実力検査も兼ねての視察だったが、ナンジャモがジムリーダーに相応しいという以外実りの無い成果だった
チリは借りているビジネスホテルの椅子に腰かける。パソコンを立ち上げて報告書を作成する。明日トップに提出しなければならない
一通り書き上げて、背伸びをする。中々良い人材は見つからない
スマホロトムを起動した。タップしてフォトを探す
出てきた写真に思わず顔がにやけた
「けったいな顔しとんなあ。」
写真の顔の、眉間のあたりをこつく
「目ぇ死んどるやん。仕事大変なんかなあ。」
あのサラリーマンの写真を見ながら、ひとりごとを呟く
頬が緩むのを抑えられなかった
(そういやこの人の名前知らへん。)
ふと、そんな事を思い出した
本部に帰って報告書をオモダカに提出した後、そのまま地下の倉庫へと向かった
倉庫の管理者はチリを見て目を見開いた
「四天王であるあなたがなぜここへ…?」
チリは頭をかく
「あー、一応リーグの職員でええのおらんかなって。」
「そういう事ですか。職員の名簿ですね。どのくらい必要ですか?」
「全部。」
「へ?」
「ポケモンリーグにいる全員の職員の名簿が欲しい。」
顔の引き攣った管理者に、では。と渡されたディスクを鞄の中に入れる。
礼を言って事務室に戻ると、すっかり馴染んだポピーがココアを出してくれた
借りたディスクは業務中は使わなかった。家に持ち帰り、私用のパソコンの中に入れる
ずらっと並べられた顔写真に眩暈を覚える。流石ポケモンリーグ。かなりの人数である
(でも見ていかんと。…歳いってそうやから課長より上かな。上の方から見とくか。で、営業とか広報とかは向いてなさそうやから、総務部から調べていくか。)
幸いな事に明日は休みだ。多少無理しても大丈夫である
そして、午前三時、ぐたっと顔を机につけるチリがいた
ようやく、ようやく見つけた。しかし…
(あの顔で営業かいな!絶対向いとらんやろ!しかもヒラとか。)
しかし得るものはできた
(アオキさんって言うんや。フツーの名前やな。歳は38。やっぱオッサンや。)
アオキさん、アオキさんと心の中で何度も呼ぶ。疲れた体に染みわたっていくようだった
アオキは外回りが無い時はあの公園で昼食を取っているらしい
という事でチリもよくあの公園へ行くようになった。買うのはいつもと同じサンドイッチ。そしていつもの場所に座り、こっそりアオキの顔を盗み見る
(食べる時はどっか嬉しそうなんやけどな。…にしても食べる量多いな。)
じっと見つめる
(あのおにぎりどこで売ってるんやろ?)
ふと、アオキは顔を上げた。キョロキョロと周りを見渡して、そして目が合った
(!!)
あまりにも急な出来事に、体は硬直する。慌てて頭だけ動かした
(どないしよ、どうする?チリちゃんの事見てるやん。…ええと、いつものうちのキャラなら…。)
ええいと立ち上がる。にこっと笑ってアオキに近づいた
「ども、チリちゃんです。知ってます?うちの事。」
(話しかけた!話しかけてもうたで!)
しかしアオキは死んだ目をそのまま持っているおにぎりへとやった
(ちょっ!無視だけはやめて!)
「知っています。一応、自分もリーグ職員なので。」
(知ってるわ!ってか話しかけられた!小さいけどええ声やな!)
もう、心の中はパニックである
「そうなん?光栄やわ。」
しかし話しかける事はやめられない
「隣、座ってもええ?」
(言ったで、どう出る!?)
アオキは無表情に体を横にどけた
「どうぞ。」
(いよっしゃぁー!)
「お邪魔するわ。そのおにぎり美味しそうやな。どこの?」
「ああ、これはチャンプルタウンにある宝食堂の…。」
(話続いた!このまま上手く持ってったれ!)
そうしてパニックに陥りながらも昼休みが終わるまで話していて、では、とアオキが去った後はもう、倒れるかと思った
(あかん、やばい。話してもうた…。)
心臓がバクバク鳴っている。顔が赤くなるのを止められない。全力疾走した後のようだ
(声ぼそぼそしとるやん。あんなん絶対営業向いてへんやろ…。)
その後も昼休みに公園へ行ってはアオキを探し、いれば話しながら昼食をとる。チリの心臓は相変わらず高鳴っていたが、それも日が経つにつれて慣れていった
「でな、そのアオキさん来る時にムックルに襲われて髪整えてたら遅刻してもうて、上司に怒られたんやて。ほんま不憫な人やで。」
ジョウトの友人と電話するのは楽しい。向こうにいる両親の様子も聞ける
「チリ最近そのアオキさんって人の話題ばっかやない?」
「えー?そうでもないで?最近ベイクタウンにジムリーダーが就いてな、その人メイクアップアーティストでめっちゃ美人さんやねん。」
「ふーん、あとはどこのジムが就いてへんのん?」
「あとはチャンプルタウンとフリッジタウンやな。セルクルジムもハイダイさんのお弟子さんが就いたし。あ、チャンプルタウンって言ったらな。アオキさんの好きな食堂があるんやって。一回行ってみたいわ。」
友人から呆れたようなため息がもれる
「またアオキさんかいな。そんなにアオキさんの事好きやったら…」
「へっ?」
「へっ?てチリ気づいてへんの?あんたアオキさんの事…」
「いや違うし!そんなんちゃうから!」
慌てて否定する
「だってうちの好みのタイプは五歳までの年上で、イケメンで、仕事ができて、そんで、そんで…」
「うん。分かった。うちが悪かったわ。…チリ、よう考えや。」
そう言って友人は電話を切った
静かになったスマホロトムを机の上に置くと、ベットに寝転がる。両手で顔を覆った
(やって、アオキさんはそんなイケメンとちゃうし、オッサンやし、仕事もあんま出来んし、上司にしょっちゅう怒られとる言うとるし、猫背やし、お金も持っとらんやろうし…。)
何故か、目が熱い。涙が頬を伝ってベットに染みこんでいく
(声かて小さいし、オッサンやし、眉毛太いし…。)
だって、全然タイプじゃない
「フリッジジムジムリーダーに岩使いのタイムさんが就きました。」
勧誘に苦労しました
とオモダカは言う
「これであとはチャンプルジムと四天王の最後の一人だけです。」
「ようやく形になってきましたですね。」
ハッサクの声は明るい。オモダカは頷いた
「そうですね。」
オモダカがトップチャンピオンとして就任し、全てのジムリーダーと四天王が一新されることになった
それが、最終段階に差し掛かろうとしている
「思った以上に良いメンバーが集まりました。しかし気を抜けません。宝探しまで後三ヶ月。優秀な人材を速やかに確保したいと思います。特に四天王は。」
「「はい。」」
「はいですの。」
返事に頷いたオモダカはハッサクを連れて視察へと向かった。ポピーは学校だ。残されたチリは新たに就任したジムリーダーの資料を纏める
(氷、岩、エスパー、水、電気、草、虫…。うちが地面でポピーが鋼。ハッサクさんがドラゴンやから、残りは炎、悪、フェアリー、ノーマル、格闘、ゴースト、毒、飛行やな。)
資料をチェックし、各ジムに電話してポケモンの出来具合を聞いて、ネットで良いトレーナーの情報をチェックしていたら終業時間になっていた
「お疲れ様です。チリ。」
ハッサクに労われて、頭を上げる
「ああ、もうこんな時間やったんですか。視察の程は?」
ハッサクは首を横に振った
「あまり良くなかったですね。」
「こうなると他地方から勧誘という手も…。」
「それは最終手段にしておきましょう。」
「そうやね。」
ははは…と覇気なく笑う
「小生は一度学校に戻りますですよ。」
「ハッサクさんのいる学校ってアカデミーとちゃうやんな?」
「…そうですね。そういえば今日は外に出ていないんですか?いつもお昼になると外に出ておられましたが。」
チリは、顔を伏せた
「…まあ、そうやね。」
では、とハッサクが帰った後、首を回した
(もうちょっとだけ調べやんと。)
その前にコーヒー。と階下の休憩室まで歩く。そこに行くと知った背中があった
「あ…。」
つい、声が出てしまった。彼は振り向く
「どうも。」
アオキは頭を下げる。手にはカフェオレ
「忙しかったのですか?」
聞かれて、慌てて頷く
「ちょっと、最後の四天王とジムリーダーが見つからんくて。」
「ああ。」
アオキは自販機からどく。チリは高鳴る胸を押さえながらコーヒーを買った
「カフェオレ好きなんですか?」
「いえ、これから残業ですので。」
アオキは出ていこうとする。どうしよう。どうしよう。会話が終わってしまう
「あの!」
彼は振り向いた
「何か?」
チリは不器用に笑った
「肩ほぐしにバトルとかせえへん?」
言って、後悔した
(うちのドアホ!素人にバトル挑むとか!)
アオキはチリを見ていたが、頷いた
「良いですね。」
「へっ?」
「長引くといけないので使うポケモンは一匹のみ。テラスタルはありで良いですか?」
「アオキさん、テラスタルオーブ持ってるんやね。そのルールでええよ。」
「場所は…」
「リーグ内にバトルコートがあるやん。そこにしようや。ええねん。四天王の特権や。」
「ではそこでお願いします。」
室内に設けられたバトルコートの端と端に立って、ボールを構える。チリは常に全力でバトルする事を決めている。だから、使用ポケモンも決めていた
「よっしゃ、いてこましたれ!ドオー!」
ボールからドオーが飛び出す。どおーと力の抜ける鳴き声だが、その実力はオモダカも認めている
対してアオキがボールを投げる。投げ方がかっこいいと思う暇も無かった
(ムクホーク!レベルは…55!?)
パルデア地方においてポケモンのレベルを50以上まで育てられるトレーナーはそういない
(これは…。)
チリの目に強い光が宿る
「ドオー!まもるや!」
威勢の良いチリに対して、アオキの声は冷静だ
「ムクホーク、ブレイブバード。」
(来た!飛行ポケモンの十八番!)
だが、まもるに封じられて両者無傷
(相手が飛行ならテラスタルしても無駄や。じしんも効かん。どうする?)
「よし、ドオー!アクアブレイク!」
「ムクホーク、どろぼう。」
(…は?)
突然の不意打ちにドオーはよろめくが、それでも強い水の塊をムクホークにぶつける事には成功した
「ちょ、なんでどろぼう!?」
「せんせいのツメでも持たれていたら厄介かと思いまして。」
「ああそういう…。けどな、チリちゃんはそういう小細工はせんのや!ドオー、もう一度アクアブレイクや!」
「避けなさい、ムクホーク。」
今度のアクアブレイクは当たらなかった。ムクホークはすいと避ける
(インファイトは絶対持っとるよな。本来、ムクホークは短期決戦型。持久戦を得意とするドオーとは互いに相性が悪い。…ってことは。)
「ムクホーク、インファイト。」
「ドオー、まもるや!…そして…!」
まもるを発動させたドオーはすぐさま態勢を変える。ムクホークに向き直った
「どくどく!」
びしゃ!と紫色の毒がかかってムクホークは低空飛行で羽ばたく。力が出ないようでゆっくりと翼を動かしている
「よっしゃ!ドオー!次の手は…!」
(こうなった以上相手はすぐに勝負を決めようとするはずや。しかもアクアブレイクで一回ダメージをうけとる。手は見えた!)
「まもるや!」
「ムクホーク、ブレイブバード。」
(来た!)
だが、渾身のブレイブバードもまもるに塞がれてダメージを得られない
「よっしゃ!」
チリはガッツポーズを決める。対してアオキは手に持ったものを翳した
(ここでテラスタルか!やが、ドオーはほぼ無傷。飛行テラスタルの一致ブレイブバードでも沈まん!そして相手は反動を受ける!)
「よし、ドオー…」
そこで、チリは目を開いた
相手のムクホークはテラスタルで輝いている。その輝きは飛行のそれでは無かった
(なんで、ここでノーマルテラスタル…)
「ムクホーク…」
チリは叫ぶ
「ドオー、もう一度、まもるや!」
「からげんき。」
ピュィィィーと鷹の鳴き声と共にムクホークがドオーへと突進する
砂塵が舞った
どさっと大きな地響きがする。砂塵がなくなるとそこにはチリの動かなくなったドオーがいた
まもるは発動しなかった。そして、毒状態でのノーマルテラスタル一致からげんきを食らったドオーは地に伏していた
勝負は決まった
「…。」
チリはその場にへたり込む。瀕死のドオーが自然とボールの中に戻った
(狙っとった。地面、毒のドオーは地面技が封じられたら毒技を使う可能性が高い。そして毒技のほとんどが相手を毒にする追加効果を持っとる。…最初、ブレイブバードやインファイトの大技をけしかけて、注意をそこに逸らした。どろぼうはせんせいのツメやなくきあいのハチマキ封じや。そしてうちがどくどくをけしかけたのを見計らって、あえてブレイブバードでまもるを潰してからテラスタルで勝負に出たんや…。)
完敗だ
チリは呆然とアオキを見る
そのアオキはムクホークをボールにしまって労いの声をかけていた
そしてチリの方へ向かう。手を差し出した
「チリさん、立てますか?」
その、ネクタイを掴んだ
「チリさ…ンっ!」
顔を引き寄せて、唇を合わせる。かさついた唇をなめて、そのまま口の中に舌を入れた
「チリ…さんッ!」
アオキの後頭部に手をやって更に引き寄せる。アオキは態勢を崩し、膝をついた
その間も舌を絡ませる。くちゅくちゅと水音が響いた
「チリ…ン…さん!」
「ん…アオキさんッ…ふ…すき。すきっ…」
かっこいい。大好き。この人以外いらない
僅かな息継ぎの合間に愛を告げる
「チリさん…ッ…」
「大好き…んっ愛してる…けっこんして…」
「…チリ…さんっ…」
やがてアオキの手はチリの頭と背に回され、二人で抱き合うようにして口づけを交わしていた
それぞれのポケモンの回復をして、廊下を歩く。事務室に向かう階段の前で、足を止めた
「…では。」
歩き出そうとしたアオキの手を握る
「これ、うちの連絡先。」
「チリさん。」
チリは真っ直ぐにアオキを見る
「本気やから。」
じゃ、と階段を上りだしたチリをアオキは見つめていた
「はあ~。」
チリは机に頭を伏せる
「チリちゃんたいちょうわるいですか?」
「なんでもないで。」
心配してくれるポピーの頭を撫でるが無理して笑っている自覚はあった
「でもここさいきんためいきばっかりですの。」
「そうですよ。チリ。何かありましたか?」
ハッサクまで声をかけてくる。チリは項垂れた
あれから二ヶ月。アオキからの連絡は一度たりともきていない
(フラれたんかな…。)
こんなかっこかわええチリちゃんを振るなんて!と粋がってみた所で連絡が来ない物は仕方ない。いつもの公園でも見かけず、営業部も覗いてみたがいなかった
(避けられとるなら、しんどいな…。)
こんなことなら、はっきりと告白をしてその場で断ってもらうべきだった
(でもはっきり断られるのも怖い…。)
駄目だ。自分らしくない
そうしてまたため息をついた時だった
事務室の自動ドアが開いた
「失礼します。揃ってますか?」
オモダカの声に反射的に顔を上げる
そして見た。オモダカの後ろに人が控えていた
「最後の四天王とチャンプルジムジムリーダーが決まりました。」
そう言われて前に出てきたのは
「アオキです。この度チャンプルジムジムリーダーと四天王を兼任させていただく事になりました。」
チリは、ぽかんと、ムックルが豆鉄砲を食らったように呆然と、その人を見た
「ハッサクと言います。よろしくお願いしますですよ。」
「ポピーです。よろしくおねがいしますの!」
「あ…」
アオキは相変わらずの無表情で、ハッサクと、ポピーと、チリを見た
「よろしくお願いします。ハッサクさん、ポピーさん、…チリさん。」
執務室を開ける。中にはオモダカが書類を整理していた
「オモダカさん!あの、あれってどういう事!?」
「ああ、アオキですか。」
オモダカは笑う
「チリに勝ったのでこれはと思い、勧誘しました。」
わけがわからない
「なんでチリちゃんとアオキさんが戦った事…」
「チリとアオキが戦ったあのバトルコートには監視カメラがあったのですよ。」
「へ?」
「その画像を見まして。あの後即アオキに声をかけました。私とも戦ったのですが、想像以上でしたよ。」
「え…?アレオモダカさん見とったん?」
「ええ。」
え?じゃあバトル後のあれも
チリは頭を抱えてうずくまる
「ちょっ、ま…!」
そこに、オモダカのいつもと変わらない声が降ってきた
「アオキのポケモンは既に出来上がっておりましたのでそのままチャンプルジムを任せられました。手持ちも本人の意向でノーマルタイプに偏っていましたから。そのジムの調整にひと月。更に四天王就任にあたって新たなタイプを育ててもらわないといけなかったのでそれにひと月。」
アオキは専門外である飛行タイプのポケモンをものの一ヶ月で四天王として通用できるレベルに育て上げましたよ
「じゃ、じゃあ二ヶ月連絡来んかったんは…!」
「それは本人に。…これから四天王総当たりのバトルをしてもらいます。そこで挑戦者と当たる順番を決めます。チリもそろそろ準備を。」
「結局先鋒か。まあ面接官も兼ねてるし、挑戦者ともいっちゃん多く戦えるしええか。」
肩をぐりぐり回して帰路につく。本部から出ようとした時、アオキが待っていたように軽く頭を下げた
「ひぃ。」
「あの、幽霊みたいに思われるのは心外なのですが。」
チリは首をぶんぶんと振る
「やっていきなりとか心臓に悪い。」
「その言い方だとさらに自分が幽霊みたいに思えます。」
「好きな人を幽霊扱いできるわけないやん!」
言ってしまってあ…と硬直する。アオキは息を吐いた
「その事なのですが…」
「あかん!あなたは若いんやからもっとええ人おるとか、なんで自分なんかとか、とにかくそういうのは許さんで!」
必死に捲し立てるチリの顎を掴んだ
「可愛らしい人ですね。」
「へ?」
そうして顔を上向けられ、温かくてかさついた唇がチリの唇と重なった
「返事は、これで良いですか。」
チリの顔じゅうがもう、真っ赤になった
「ひ…あ…あぅ……アオキさんのアホー!」
こうしてチリは、猫背でくたびれた年上の、カッコよくない、でもチリからすればとんでもなくカッコいいサラリーマンの恋人になった