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この作品「自分は月」は「アオチリ」「aocr」のタグがつけられた作品です。
自分は月/宵月の小説

自分は月

7,051文字14分

【注意】
捏造チリ母がかなり出てきます。
それでも宜しければどうぞ。

タイトルの由来
チリちゃんの二人称は「自分」じゃないけど関西の方は「あなた」を「自分」と言うと聞きました。

「チリちゃんが太陽なら自分は月っちゅーことやな」
「なるほど、自分は月」

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「男性でな、ほぼ毎日お花を買って行く人がおんねん」
スマホロトム越しに聞こえる母の声。
花屋で働く母はチリにたまにこうしてお客さんの話をした。可愛らしいお嬢ちゃんが小銭を握りしめてお花を買いに来たとか、よく花を買いに来る青年にプロポーズの花をお願いされたとか。
「そんでな、ついに聞いてん。いい歳やったから奥様への花ですかって。そしたらその人独り身なんやて。自分の部屋に飾る言うとったわ」
「なんや母ちゃん、結構グイグイ聞きに行くやん。せっかくのお客様が気恥ずかしくなって他の花屋に鞍替えしたらどないすんねん」
笑っている話しているとドオーがぐりぐりと頭を押し付けてくる。適当なところで電話を切るとドオー用のおやつに手を伸ばした。
「花……なぁ」
花と言えば母や彼女、妻など女性への定番のプレゼントだろう。残念ながらチリはそのような機会は一度も経験した事が無い。
学生の頃、花束を抱えて王子様みたいに迎えに来そうと女生徒に言われた事があるぐらいだ。確かに可憐で可愛らしい花と自分は無縁だと思った記憶があるし、今でもそうだと思う。
「それに花やったらくさタイプやろから弱点やもんな」
もさもさおやつを食べるドオーの頭を撫でる。大好きな相棒達に囲まれて、それだけでチリは幸せだった。

その日は久しぶりに骨のある学生が来た。激戦の末にチリもポピーも敗戦した。だが見ていればわかる。きっとこれ以上先には進めない。
ジム戦ぶりのアオキの登場にその生徒は驚きつつも、呆気なく散っていった。
「確かあの子ハッサクさんの授業におったから先生もほんま残念やろな」
「よく一生徒のそんな情報を覚えていますね」
「意外とチリちゃんってよく見とるんやで、他人の事」
ふい、とアオキが顔をそむける。
「面白くないって顔しとる」
「…………」
「図星やな、アオキさんはそもそもヤル気が無さすぎるんとちゃうんです。噂になっとったで。取引先へのお中元全く違うもん持って行って気分損ねたんやって」
「何故そのような事を知ってるんですか」
「ほら、今度は面倒くさそうな顔しとるよ」
笑っているとそのやり取りを見ていたポピーが楽しそうに間に入ってくる。
「おじちゃん全然表情が変わってないですの!それなのになんでチリちゃんはよくおじちゃんの考えてる事がわかるんですの?」
「うーん、アオキさんの事をよく見とるからかな」
そんな事を話しているとアオキはその辺に置いていた鞄を持って早々に立ち去ろうとしている。
「なんや、急ぎの用です?」
「本当によく気が付きますね。最近仕事帰りに寄っているところがありまして」
「もし美味い飯屋でも見つけたんなら今度チリちゃんも一緒に連れてって欲しいわ」
「そのお願いばかりは、受けかねます」
断って足早に去るアオキを見て今度はチリの方が非常につまらなそうな顔をした。
ポピーがそんなチリの手を握る。
「さっきもあんなに仲良しだったのです!きっと何か理由がありますの!」
「せやな。もしかしたらどっかのお店で可愛いねーちゃんでも見つけたのかもしれんしな」
自分で言っていて、ああ!おもろないわ!心の中でイライラと叫んだ。

「今日はな、カモミールのお花を買って行ったんよ」
ほーんと母の話に耳を傾ける。
「でな!大事件や!その人お花を飾り始めた理由!」
「なんやなんや」
興奮して急に大声で話始めたためさりげなく音量を落とす。
「好きな女性がおるんやて!その人が花みたいにパァっと明るくて素敵やねんて!」
「ならそのオンナに直接花渡したらええやろ!なっさけないな、そのオトコ!」
「わかっとらん!だからあんたはろくに彼氏も出来んのや!」
何故母から怒られているかチリはよく分からない。実際彼氏なんて出来た事が無いのだから。だが女性にモテる自覚はあるため、もし彼女達に花束でも片手にプロポーズしたら泣いて受け入れられる自信はあった。世の男性達は必ずしもそう上手く事は運ばないらしい。
「絶対に受け入れてもらえない恋や言うとった、きっと禁断の恋なんよ」
勝手に妄想を始める母を放ってチリは電話を切った。
「今日はなーんか疲れたな、ドオー」
昼のバトルでドオーも疲弊している。のっそり体を起こすと眠そうな顔でチリを見上げた。
「ええでええで、無理して起きんで。明日は休みやから養生しよか」

最近できた話題のイタリアンがありランチ営業をしていると聞き、せっかくの休みなので店が混雑する前にチリは一人で訪れた。残念ながら気軽に誘える友人もいなければ彼氏だっていない。
そんな中、休日の昼にスーツで一人テーブル席を陣取る男を見かけた。なかなかやるな、ご尊顔を拝んでやろうとチリはわざと近寄って確かめる。
「ってアオキさんかい!」
「……アオキさんですよ」
幸せそうにパスタを啜っていたその手を止める。フォークではなく箸を使ってまるでラーメンのように食べているのがいかにも彼らしかった。
確かによく見ると周りでポケモンフードを食べているのは彼の手持ちのポケモンばかりだ。
「もし、嫌やなかったら一緒にさせてもらってもええですか」
「別に、こちらは構いませんがチリさんは嫌ではないんですか」
「なんで頼んどるこっちが嫌やと思うんです?」
「こんな無愛想なおじさんといてもつまらないでしょう?」
「そんな事ないで。アオキさんは結構表情コロコロ変わっておもろいわ」
隣に座るとチリはにっこり笑う。近付くとパスタの中にエビが見える。プリっとしており美味しそうだ。
「アオキさんは何にしたん?あえて別の物行こうと思っとるんですけど」
「これは、エビと何でしたかね。貝のバジルのやつです」
「自分食べとるのも朧気なんかい!っと、あった。これやな。エビとホタテのバジルクリームパスタ。……おっ、店員さん見当たらんな。すんませーん!あ!そこのおねーちゃん!そうそう、あんたや!揚げナスのミートソースパスタ一つお願いしまーす!」
「チリさん、目立ちますよ。呼び出しボタンがありますから」
「なはは、気付かんかったわ。チリちゃん声でかいから呼んだ方早い思うて」
目立つ事が嫌いなアオキだ。本当に嫌がっているかもしれない。不安になってアオキを見ると少し楽しそうな顔をしている。思わずチリも嬉しくなった。
「アオキさんに会えて良かった」
「……は、こんなおじさんに、ですか」
アオキは紙ナプキンを取ると口元を拭いた。
「うん、前から思っとったけどアオキさんといると楽しいんや」
驚いたアオキの口元には拭き方が雑だったのかバジルがちょんと乗っている。可愛いと思った。ドオーがおかしを食べて口元を汚している様子に少し似ている。
チリも紙ナプキンに手を伸ばし、アオキの唇を拭いた。
「あ、ありがとうございます」
「な、なんで真っ赤になるんや。こっちも照れるやろ」
「普通こんなおっさんの口なんて触りたがる人もいないので、年甲斐も無く……」
言われてみれば何をしてしまったのだろう。チリも自分のした事に気付き段々と顔が熱くなってくる。
「普通はそうかもしれんけど!……チリちゃんにはアオキさんが可愛く見えたんや!」
何を言っても今は墓穴になる気がする。この空気をどうしてくれようかと思っていると救いのパスタが運ばれてきた。
「お待たせ致しました。こちらが揚げナスとミートソー……」
「大変お待ちしとったで!よろしゅう頼みます!」
「はいっ?!どうぞ!」
店員のメニューの読み上げをチリは大声で遮った。店員は二度目の大声に驚いてパスタをサッと置いて逃げるように去っていく。
「何ですか、チリさんは店員さんを脅しにでも来たんですか」
「んなわけあるかい!不慮の事故や」
そう言ってフォークにパスタを絡める。アオキも再び箸でパスタを啜り始めた。
話題というだけあって麺はモチモチしているし、ナスもパープルクララという普通のナスよりクリーミーな物を使っているらしくとても美味しい。
「なぁ、アオキさん。手ぇつけてから言うもんやないってわかっとるけど、少し食べてみます?」
「良いんですか?!」
食べかけなのにアオキは予想外に喜んでくれた。
「でもチリさんに返せるものが無いですが」
「ええやん、アオキさんの一口ちょーだい」
「食べかけですが」
「何か問題あるん?」
「汚いですし」
チリは首を傾げる。汚いとは何を指すのだろう。確かに隣でパスタをラーメンみたいに食べていたら普通のヒトは嫌がるかもしれない。いや、そもそも食べかけを貰おうとしている自分が卑しいという意味で汚いのだろうか。
「……何が汚いんです?」
珍しく長考してからチリは問いかけた。
「いえ、何でもないです」
なんだかアオキが笑った気がした。
「あ!分かったで!チリちゃんの口元にバジルが乗っとるの気付いとらんかったら今度はアオキさんが拭いたってな!そういうことやろ!」
チリが自信満々に言い放つ。ふっ、と分かりやすく吹き出してアオキは笑った。

たまたま一緒になっただけなのに、会計時アオキはチリの分までまとめて払ってしまった。
チリは慌てて財布を出そうとするも、アオキに「後輩の女性に払わせたなんて知られたらリーグ中で噂されますから」と言って拒否して帰って行った。
うーん、と思わずチリは唸り声をあげる。
実はもう噂されているのだ。「アオキさんは後輩と飲みに行っても絶対に多く払おうとしないドケチ」だという事は割と有名である。

「今日はあの人オンシジウムを買っとったよ、なんか機嫌良さそうやったからどうしたのかと思ったら休みなのに意中の人と会えて嬉しかったんやって!」
知らない男の花の話は今日も続いた。今日は正直チリも気分が良かった。アオキとのご飯は楽しかったし、可愛い一面も見る事が出来て幸せだった。また一緒にご飯を食べたいな、と思った。明日会えたら絶対に伝えなければ。
「母ちゃん、チリちゃんにも好きな人出来たかもしれん」
しばしの間を開け、ロトム越しにガシャーンと大きな音がした。
「大事件やん!大変や!あんた!チリがついに好きな人が出来たって!お赤飯や!」
そのまま勝手に電話は切れてしまった。

「アオキさん!昨日はありがとう!その、アオキさんが良かったらまたチリちゃんとご飯に行かへん?」
リーグでアオキを見かけ、慌てて近寄って話しかける。
「本当に自分なんかで良いんですか」
「アオキさんとがええんや。一緒にいるとすっごく楽しいし、心地ええんや」
「今週はほぼリーグに戻ってきますので、チリさんの希望の日やお店があればいつでも」
「決まったら連絡するんで、連絡先教えてもらってええですか」
こうして自然と連絡先を手に入れた。チリは心の中でガッツポーズをする。
ふと気になったのは最近よく行くらしいお店の事だ。定時で上がり、彼をそこに通わせるお店。しかも誰も寄せ付けたがらないし、知られたくない様子だった。
きっと何かあるに違いない。

「今日はあの人にガーベラを勧めたんやで、迷わず買っとったわ」
「なんでガーベラなん?」
「すごく片想いの相手が眩しいぐらい明るい人らしくてな、ガーベラは花言葉があなたは私の輝く太陽って言うんやでって言ったらまるで好きな人そのままみたいって即決やったんや」
「何それ、めっちゃ可愛ええ」
「せやろ、今度あんたもその人に会ってみたらええ。ええ人やで。片想い同士気も合うんやないの」
「じゃあ、明日早めに帰って顔出すわ。待っとってな」
何となくアオキを思い浮かべた。もし彼が花を買って一輪でも自分に手向けてくれたら。そんな事有り得ないのに想像してしまう。少しでも気持ちがこちらに向いてくれたら嬉しいのにと。

というわけで珍しくアオキよりも早く退勤し、チリは母の働く花屋へ向かった。
「母ちゃん!」
「チリちゃん!今日も世界一可愛ええわ!パルデア一の花やで!」
「もう!いっつもそれ!恥ずかしいからやめてや!」
「やって本当の事やもん」
ニコニコ笑って母はチリを抱きしめる。
「母ちゃん、チリちゃんの好きな人のお話聞きたいんやけどぉ」
「そ、そのうちな!あっちは全然気なんてあらへんから!で、例の人はもうすぐ来るん?」
必死に話題をそらすと、母は時計を見る。
「そろそろ来る時間やで」
例の男性を待つ間に女性の客が一人、記念日だからとブーケを買って行った。
花屋に来る客は皆幸せそうだと母は言うがその通りだと思う。不幸な顔でわざわざ花屋になど来ないのだから。
「……何故ここにいるんですか」
「あ、アオキさん?アオキさんこそ、何でおるん?」
パタパタと店の奥から母が出てくる。
「あ、いつものおにーちゃん。今日はどないする?」
いつものおにーちゃんと母は行ったのだろうか。つまり眩しくて明るい女性に片想いしている男性とは彼の事だった。チリは固まって動けなくなった。以前からアオキには他に好きな人がいたのにたまたま一度食事をしたぐらいで勝手に舞い上がってバカみたいではないか。
「あら、二人知り合いなん?」
「あ、職場の同僚です」
アオキは母へ軽く会釈をする。
「お二人はどういったご関係で?」
「まいど!チリちゃんの母ちゃんやで!」
アオキは口元に手を当て少し考える。
「お母様でしたか、だったらお願いがあるのですが」
「なんやろか?」
「好きな女性がいると話しましたが、いよいよ想いを告げようと思っておりまして。それに合う花束を作っていただけますか」
「任せてな!すこーし待っとって!」
目の前で繰り広げられる会話をチリは黙って聞いていた。
「アオキさーん!ちょっと来たってや!その人のイメージ、もう少し詳しく聞かせて欲しいんや!」
奥から母がアオキを呼ぶ。何を話しているか全く聞こえなかったが、その後に母の黄色い悲鳴が一度だけ聞こえた。
ふと、空を見上げる。今夜は満月だった。ニュースで見たが今月は数年に一回の一ヶ月で二回満月のある月らしい。ブルームーンと言っただろうか。
特段に眩しい夜空なのに、自分の心は一筋の光も射し込まない闇夜のようだった。
「チリさん」
チリは振り返らなかったし、返事もしなかった。性格が悪いと思われても構わない。他の女の為に花束を抱えるアオキなど見たくなかった。
「店員さんがお母様だったのは何かの運命だったのかもしれません、チリさんをイメージして欲しいと言ったらすぐに作ってくださいました」
「は、チリちゃんを?」
思わず振り返ると優しい色合いの紫のバラの花束を持ったアオキがいた。
この花をチリは知っている。不可能を可能にした奇跡の花言葉を持つバラだ。
「絶対に手の届かない存在だと思ってました。けど、最近のチリさんを見て少し自惚れてしまった自分がいます。受け取ってくださいますか」
明るくて眩しくて、アオキから見て太陽に見える人とは誰の事なのだろうか。すぐに理解出来なかった。
花束とアオキを見比べる。アオキの不安そうな顔が更に深まっていくのがわかった。
「アオキさんは、ホンマにチリちゃんなんかでええの?」
「チリさんがいいんです。一緒にいるととても楽しくて居心地が良いんです」
「……嬉しい」
恐る恐る花束を受け取る。ふんわりと良い香りがした。ホッとした顔のアオキが可愛くてチリは思わず笑う。
「やっと笑ってくれました」
「やっと、な。ごめん。てっきり知らん女にあげるんやと思っとって」
「ああ、だから先程声をかけても振り向いてくださらなかったんですね」
図星のあまり恥ずかしくて思わず花束で顔を隠す。
「可愛いです」
「母ちゃん以外に初めて言われたんやけど」
「いつも可愛らしいと思ってました」
顔を上げると幸せそうなアオキの顔が見える。彼にそんな顔をさせているのが自分だと思うと堪らなかった。
「お母様、そういう事で娘さんとお付き合いさせて頂きますね」
店の入口でムスッとした顔の母が立っている。交際を喜んでいるのではなかったのだろうか。
「いくらお客様とて、うちの娘を大事にせんかったらいてこましたるからな」
「当然です」
「ほんま?やる気無さそうな顔しとるけど」
アオキをつま先から頭の先までじろじろ眺め見て威嚇した。アオキの表情は確かに分かりづらい。慌ててチリは間に入る。
「母ちゃん、分かりづらいけどこれ自信ありげな時の顔やねん!」
「いや分かりづらすぎるやろ!あんたは昔っからぼーっとした顔のモンばかり好きやね」
「……前好きだった男性もこんな風だったんですか」
「いやぁ、そんな相手おらんかったもん。母ちゃんが言ってるのは多分ポケモンの事やな。アオキさんに似てぼーっとした顔の子が多いから」
「なら良いです」
嬉しそうにアオキは言った。同僚の時では見られなかった顔をこの僅かな間だけでも見られただけでなく、これから一緒にいるほど沢山の顔を知っていけると思うとチリも嬉しくなった。
そして、次のアオキとの食事は同僚とではなくデートになると気付き、そう思うと改めて照れくさくなってきた。
「これからアオキさんと一緒に過ごしていけるの、とっても幸せやで」

「自分もすごく幸せですよ」
呟いたアオキの声はチリにはまだ聞こえなかった。この小さな呟きもチリが拾えるようになるまで、もう少し。

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