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この作品「千古不易の想い」は「pkmn」「チリ(トレーナー)」等のタグがつけられた作品です。
千古不易の想い/うめきちの小説

千古不易の想い

9,085文字18分

NOTネイティブのため、エセ関西弁注意。

こっそりお付き合いしてるアオチリがスーツ広告のモデルになって、なんやかんやある話。

アオキ(アオキバ)の花言葉→変わらぬ愛
チリ(唐辛子)の花言葉→嫉妬

弊小説はさておき、これだけ覚えてください。
よろしくお願いします。

12/6追記:こちらの作品が2022/11/29~2022/12/05の[小説] ルーキーランキングに入りました!
たくさんのブクマ本当にありがとうございます🙇‍♂️

12/24追記:アオチリ短編投稿用のアカウントを作りました→ twitter/aocr_mojikaki

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 ——チリとアオキ、二人に話があります。詳しくは執務室で。
 
 そう言ってパルデア地方トップチャンピオンのオモダカが、ポケモンリーグ四天王たちの控室兼事務室に顔を出したのはつい数分前のことだ。
 四天王・チリは執務室の階へ行くエレベーターの中で、はて何の要件なのだろうと首を傾げた。時間さえあれば各地の視察に赴き、アカデミー理事長としての業務を処理し、さらにはチャンピオンとしての腕を磨き……と多忙を極める彼女の執務室に呼び出しを食らうなど余程のことだ。だがオモダカは説教などに時間を割く人物ではないし、そもそもチャンピオンにお叱りを受けるようなことをした覚えはない。ただ一つのことを除いては。

「バレたんかな。チリちゃんたちが付き合うとるの」

 閉まった扉に視線を縫いとめながら、チリはボソリと呟いた。このエレベーター内には防犯カメラが備えられており、常時警備員による監視がされている。だが幸いにも音声は拾っていないので、ちょっとした会話にはもってこいの密室だ。

「まさか。細心の注意を払っていたはずです」

 操作板の前にぼうっと立ち尽くしたまま、猫背で長身の男——アオキが応えた。エレベーター内はチリとアオキの二人だけだ。
 ふたりは共にリーグ四天王の一角であり恋人同士だ。だが交際については公にはしておらず、同僚や上司にも秘密の関係だ。タイミングを誤れば互いの仕事に迷惑をかけることになるだろうし、たとえ公認を受けたとしても周囲から嫉妬や羨望や生ぬるい視線を送られるかと思うと耐えられない。主にアオキが。

「でもオモダカさんやで。四天王に選ばれる前から、なぜか連絡先と住所押さえられとったし。ありえへんことないやろ?」
「·····あるとしたら我々のスマホロトムへの細工でしょうが、そこまでいったら犯罪でしょう」

 エレベーターが執務室のある階へ到達し、ふたりは口をつぐんだ。なんにせよ、オモダカの話を聞くまで詳細はわかるまい。
 アオキとチリはひと一人分のスペースを空け廊下へ踏み出し、最奥の執務室へ向かう。『単なる同僚』という距離感を保ちながら歩くのももう慣れたものだ。オモダカはともかく、この二人の関係を察する者はパルデア大陸広しといえどそうそういないだろう。
 執務室入口で足を止め、アオキは軽く握った拳で三回ノックをして「失礼します」と一声かける。すぐさま部屋の中から「お入りください」と声があり、分厚いマホガニー製のドアを開けた。

「お待ちしていました」

 幅広のデスクに腰掛けていたオモダカは、直前まで業務処理をしていたであろうラップトップを閉じ、にっこりと部屋に入ってきたアオキとチリに微笑んだ。

「早速なのですがおふたりとも、当ポケモンリーグが高級アパレルブランドに出資いただいてるのはご存じですね?」

 思ってもみなかった話題を振られ、一瞬固まったあと「え、そうなん?」とチリは視線だけをアオキに送る。アオキはちらと目線をチリに落とし、短く頷いた。

「トップと四天王に支給されているバトル用グローブも、そのブランドの特注品ですよ」
「そら勉強になったわ」

 こほん、とオモダカの咳払いが聞こえ、チリとアオキは背筋を伸ばした。危ない。恋愛がらみの話でないことがわかり、ついプライベートなノリが出てしまった。この上司が一番の脅威だというのに。

「話を遮ってしまい申し訳ありません。本題をどうぞ」

 アオキが社会人かくあるべし、といった具合に見事な最敬礼を披露しながらオモダカに促す。この切り替えの早さが通常あり得ない業務量をこなす秘訣なのかと、チリは歳上の恋人の下げた頭を見て思った。

「そのスポンサーから先日ご依頼をいただきまして。単刀直入に言いますと、お二人にはそのブランドの広告モデルになっていただきたいのです」

 オモダカはスマホロトムを起動させ、空中に画像を映す。製品のサンプルなのだろう、見るからに上等そうなスーツにシャツ、ネクタイ、タイピンなどが数点並んでいた。

「伝統と革新·····従来からのブランドの良さを大切にしつつ、これらが男性向けというイメージを壊したい、と言うのが広告のコンセプトらしいです」
「へぇ·····おもろそうやないですか」

 メンズライクな服装はチリの好みだ。加えて写真を撮られることにも多少は慣れているし、ブランドの発信するコンセプトにも共感できる。うんうんと快諾を示すチリの隣で、もう一人のモデル候補のアオキは渋い顔をしていた。

「トップ、私だけ依頼をお断りすることは可能ですか?」
「具体的かつ正当な辞退理由をこの場で述べていただければ」
「では、先に私がモデルにならなけらばならない理由からお聞きしたいです」

 アオキは不服そうな声音を隠さず、オモダカに食い下がる。目立つことが大の苦手なくせに、なぜこの男が大陸屈指のトレーナーとなったのか、チリは未だに分からない。
 珍しくアオキに詰められたオモダカはふぅ、と息をつき長いまつ毛をふせた。パルデアのトップチャンピオンが返答に悩んでいるように見えたのも束の間、オモダカは「よろしい」と澄んだ中低音の声を執務室に響かせた。

「まず一点目、あなたは四天王の中で唯一の現役ビジネスマンですから、スーツを実際に着用する客層への訴求力があります。二点目は、スポンサーとの良好な関係構築だけでなく、広告によって当リーグへのクリーンかつ洗練されたイメージに貢献してほしいのです。これには様々な職を兼任し、そのどれにおいても信用の高いあなたがモデルになることに意味があります。三点目は、先方が男女一人ずつの選抜を希望していることです。これは先ほど述べたコンセプトと関係しているのでしょうね。残念ながらポピーはまだスーツという年齢ではありませんし、ハッサクは少し芸術家肌なところがありますから、撮影時にご迷惑をかけるかもしれません。なので、私が四天王から選ぶとしたらチリとアオキしかいないのですよ。·····何か反論は?」
「ぐ·····」

 アオキはオモダカの謎めいた双眸を睨むように見つめ、押し黙った。憮然としたその表情は、上手い反論が浮かばず拗ねているようにも見えた。

「まぁまぁ、アオキさんには写真写りつよっつよなチリちゃんがついとるから! あんま気張らんと楽にいこうや」

 このままでは埒が開かないと、チリはアオキの背をぽんぽんと手ではたいて降参を促す。「嫌なものは嫌」が通じない場面が多々あるのは、社会人の悲しいところだ。

「だそうですよ。アオキ?」

 勝利を確信した笑みで、オモダカは最終確認を取る。アオキにどんな不満を言われても、最終的には承諾に漕ぎ着けると確信していたのだろう。オモダカはそういう人だ。

「業務命令とあらば、謹んでお引き受けいたします」

 挑戦者に敗北を喫した時のように、いやそれ以上に悔しさを滲ませ、アオキはオモダカに一礼した。
 トップとのネゴシエーションにおいて惨敗したアオキの姿を見ながら、これがフリルやリボンなどが施されたフェミニンなアパレルの依頼でなくて本当によかったと、チリは心の底から安堵した。

「とても良いお返事、ありがとうございます。早速先方から提示された撮影日時とスタジオの場所をお送りしますね」

 ロトロト·····とアオキとチリのスマホロトムが同時に着信音を鳴らす。
 オモダカに「後で確認しておいてください」とにこやかに告げられ、アオキは首を傾げた。
 通常の仕事のやり取りであれば、承諾の次は撮影までの打ち合わせが必要になるはずだ。撮影隊やスタイリスト、スタジオの手配、契約書の取り交わし等、いくら便利な世の中になろうとビジネスの世界における手続きは煩雑だと言うことを、アオキは嫌と言うほど経験してきた。それをスキップさせて、いきなり撮影の詳細が決定しているということは——

「既決事項ではありませんか·····」

 必死にゴネていた自分の馬鹿馬鹿しさに気付き、アオキは落ちきった肩を更にがくりと下げたのだった。
 
 
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「はい! 次は目線くださーい!」

 よく通る威勢のいい声と共に、パシャパシャとシャッターが切られる。その軽快な音に合わせるように、チリは涼しげな目をカメラに向けながら次々とポーズをとる。レフ板から反射されるフラッシュの眩しさなど、雑誌の取材やバトル後のインタビューでもう慣れたものだ。
「ドオーとお揃いの色やなぁ」と事前に選んだダークブラウンのシルク混生地はチリのすらりとした体型に完璧にフィットするよう縫製され、スーツそのものとチリ本人の容貌の良さが互いに引き立っている。

「いいねぇ! 次はジャケット脱いで肩にひっかけてみようか!」
「こうですか?」

 チリは淀みない動作でジャケットを脱ぎ、襟首を掴んで背中に回す。自身の髪色に合わせたグリーン系統のネクタイと、じめんタイプのテラスタル鉱石をモチーフとしたワンポイントのあしらわれたタイピンが画角に収まるように構え、口角を上げる。いつもの癖で空いていた片手をポケットにしまうと、幾人かの女性スタッフから感嘆の声がもれた。

「ほらそこ! 見惚れてないで仕事して!」

 カメラマンが苦笑混じりで声を飛ばし、またシャッターが切られる。

「んはは! チリちゃん美人さんやから仕方ないわなあ」

 チリは冗談めかして言いながら、スタジオのはるか後方で硬い顔をして控えているアオキに向けて片目を瞑ってみせた。
 
 
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 撮影は和やかに進み、アオキの番が回ってきた。
 入れ替わり際にアオキの緊張をほぐしてやろうと「いや〜、広告が出たらチリちゃんますます人気者になってまうなぁ」などとふざけてみたものの、む、と眉間に皺を寄せられただけだった。
 そのアオキはというと、カメラを前に直立不動で構えている。無愛想なしかめ面には「早く終わってほしい」という気持ちが滲み出ているのが、スタジオ後方の壁に寄りかかって待機するチリからもありありと見てとれた。

「ええと·····真正面じゃなくて、まずはこう、カメラに対して斜めに立ってみましょうか。じゃないと証明写真になっちゃうんで!」

 全く撮影に乗り気でないアオキの態度にスタジオ全体が困惑でざわつく中、カメラマンは引き攣った笑みで言った。

「はあ·····すみません、こういうのは慣れてないので」

 指導の通り、斜に構えたアオキだったがどうにもぱっとしない。いつもよりきっちりとしたオールバックと、メイクによる目元の隈消しで数歳は若々しくなっているが、上質なスーツを着こなしているようには見えない。
 カメラマンはシャッターから指を外し、この被写体をどう料理したものか考えあぐねている。

 ——もうちょっとシャンとせぇや。

 そう叫んでやりたい気持ちを抑え、チリはため息をつき項垂れると、視界に何やら箱のような物が映った。撮影用の小道具のようだ。箱に近づいてゴソゴソと中身を探ると、底の方で覚えのある丸いものに触れた。

「アオキさん!」

 チリは大声でアオキを呼び、箱から引き抜いた腕を思い切り振りかぶる。チリの手から放たれた『それ』は、空中でゆるいカーブを描きながらアオキ目掛けて飛んでいく。アオキは目を見開き驚いていたが、咄嗟に片腕を伸ばししっかりと受け止めた。

「チリさん、これは·····?」
「空っぽのモンボやけど、バトルの時みたいに構えてみぃ」
「バトルの時のように·····」

 アオキはチリから受け取ったもの——モンスターボールを見つめた。そして薄花色のネクタイを片手で整え、ゆっくりと瞼を閉じる。
 突如、スタジオが静寂に包まれる。
 誰も何も言わず、微動だにしない中で、アオキだけがこの空間で自由に動くことを許されたかのように、濃紺のスリーピーススーツに包まれた体躯が姿勢を変えていく。
 息苦しささえ感じられる数秒間が経過し、アオキはぴたりと動作を止めると同時に閉じていた目を見開いた。その黒い瞳が宿した眼光は、まるで見えない挑戦者に突き刺さしているようだった。

「カメラさん。シャッターチャンスやで」
「あ、ああ·····」

 チリの一声でやっと沈黙が破られ、カメラマンは思い出したように撮影を再開する。
 シャッター音が小気味よく奏でられる中、撮影スタッフの誰もがアオキの変貌に驚きを隠せていないようだった。
 アオキは細身ではあるが決して不健康な痩せ型ではなく、むしろ均整の取れた体つきだ。丸まった背筋を伸ばせば長身と本来の肩幅があらわになり、見栄えするようになる。何よりモンスターボールを構えたアオキは雰囲気が一変する。その瞬間を、チリは幾度も目にしてきた。

「アオキさーん! 連写するんで、今度はこっちに向かってゆっくりボール投げる振りしてみてください!」
「·····はい」

 アオキは張り詰めた佇まいはそのままに、長い手足を連動させる。目線はぶれさせることなく、なめらかに体重移動を行い、遠心力を利用して腕を水平方向に振る。その一瞬一瞬を逃さぬよう、連続でシャッターが切られる。
 かっこいい、とチリの近くにいた小柄な女性スタッフが小声をもらした。

 ——せやろ? チリちゃんの自慢の恋人やからなぁ。

 心の中でほくそ笑み、チリは撮影を見守った。
 
 
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 撮影から一週間ほど経ったある日。チリはリーグ本部内の事務室に入り、すぐさま異変に気づいた。
 いつも整理整頓されてフラットな状態が保たれているはずのアオキのデスクに、特大の段ボール箱が置かれている。

「なんやこれ。アオキさん、引っ越しでもするん?」
「今のところその予定はないです」

 席につきながらPCも開かず呆然としているアオキが答える。いつも以上に声に覇気がない。

「おじちゃん、お手紙いーっぱいもらったんですの!」

 部屋の入り口付近で棒立ちしていたチリの足元に、幼い少女がしがみついてきた。パルデア大陸ポケモンリーグで歴代最年少の四天王だ。
 チリは少女——ポピーに「ちょっと動くで」と断り、段ボール箱の中を覗き込んだ。視界に飛び込んできたのは大量の手紙。適当に一通選んで中を検めると、アオキがモデルとなった広告を見た旨とその感想が長文で展開され、結びには告白めいた言葉まで書いてあった。他の手紙も似たり寄ったりの内容で、ほとんどが若い女性からのものだ。ご丁寧に送り主の写真まで添付されているものも多数ある。
 どうやら世間の年上好きな女子たちには、あの広告は効果抜群だったようだ。

「おじちゃん、お友達がいっぱいでポピーうらやましいです」
「友達ちゃうよ。一方的にアオキさんのこと知ってる人たちや」
「いっぽーてき? まあ、おじちゃんはてきからたくさんのお手紙を⁉︎」
「敵ともちゃうって。アオキさんどんだけ恨まれてん」
「·····恨まれている方がむしろ楽かもしれないです」

 アオキは苦々しく大量のファンレターが詰め込まれた箱を睨みながら、懐から万年筆を取り出す。そして、手近にあったノートを一ページちぎり、さらさらとペン先を走らせる。

「返事書くんですか?」
「えぇ。一度返って来れば満足してくれる方が大半かと」

 それはチリにも同感できた。いくら人気に火がついて、大量のファンレターを送りつけられようとも人の心は移ろいゆくものだ。定型的な返信をして日が経てば、自然と熱心なファンだけの手紙に絞られてくる。

 アオキがどんな言葉を綴るのだろうと興味本位でチリが覗き込んでみれば『応援ありがとうございます。 アオキ』の一言だけが細くしなやかな字体で書かれていた。

「いや短かっ!」
「そっけない方が効果的でしょう?」

 アオキは椅子から立ち上がり、部屋の片隅のコピー機に向かっていく。慣れた手つきでパネルを操作し先ほど書いた余白の有り余った紙片を通すと、アオキと全く同じ筆跡を辿った紙が次々とトレーに吐きだされていく。

「印刷て·····トップに見られたら、経費の無駄遣いって言われますよ?」
「元々はあの方の命令のせいですから」

 アオキはチリの警告を真顔でさらりと受け流し、深いため息をついた。

「しばらく·····動きづらくなりますね」

 至極残念そうなその言葉が自分にも向けられたものだと悟ったチリは、「ほんまですねぇ」と返すほかなかった。
 
 
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「アオキさん、無事に家帰れたんかなぁ·····」

 帰宅後、簡単な食事と入浴を済ませたチリは、ベッドに仰向けに寝転がりながらぽつりと言った。
 大量のファンレターの返信作業を終えた後、アオキを襲ったのはリーグ本部にやってきた出待ちの女性たちだった。アオキが出てくるまで頑として動かないという態度だったらしく、困り果てた職員の一人がアオキに助けを求めたのだ。午前中から昼過ぎまでそれらの対応に追われ、通常業務が滞ったアオキは残業を余儀なくされた。ほとぼりが冷めるまでは、プライベートでまともに会えないだろう。

「撮影ん時、余計なことしてもうたかな」

 あの時、チリが探りあてたボールをアオキに寄越したのが大きな仇となった。当時の心境を思い返すに、要は怒っていたのだ。激しい攻撃で容赦なく対峙した相手を攻め立てるこの男の魅力を知らない者達に、その一端を見せつけてやりたいと思ってしまった。
 後悔の念が胸中に押し寄せる中、チリはスマホロトムを顔の上に浮かせ、数回スワイプさせた。タップして起動させたのはSNSアプリだ。
 チリは普段SNSに触れることは少ない。どこの誰とも知らぬ人々の言葉の集積など、目で追うだけ時間の無駄だと思っているからだ。ましてや人々の煮凝った感情の掃き溜めとなっている匿名SNSなど、精神衛生に悪すぎる。四天王を拝命したての時分に好奇心でエゴサーチをしてみれば、チリへの薄汚い欲望を抑えきれない人物たちによる気味の悪い書き込みや、ありもしない誹謗中傷、セクシャリティに関するデマに遭遇してしまい、人の悪意に吐き気を覚えた。
 そんな因縁のあるSNSの検索項目に「アオキ」と打つと、サジェストには「スーツ」「渋い」「格好いい」「恋人」「元カノ」と言葉が踊った。
 試しに安全そうな一番上の項目を検索すると、件のアオキの広告画像が書き込みと共に表示された。
 突き刺す目線、翻ったジャケット、バランスの取れた体格。アオキと対峙したものにしか見えないその光景を今は誰でも手軽に見られるのかと思うと、チリはなぜだか無性に腹立たしくなってきた。こんなにも自分は独占欲が強かったのか。
 チリが自身の醜い感情のやり場に閉口していると、ロトロト、とスマホロトムが着信音を鳴らした。発信者はアオキだ。考えるより先に指が動く。

「あぁ、よかった。まだ起きていましたか」

 通話画面に映ったアオキは、明らかに疲れている。

「はい。あの、アオキさん大丈夫ですか? 家、ちゃんと帰れてます?」
「業務はどうにか終わりましたが·····さすがに遅くなってしまったので、本部の仮眠室で泊まります」
「そうですか·····あの、出待ちとかのことで困ったら遠慮なく言ってくださいね。ちょっとは対応慣れてますから」
「トップからはあまりにしつこいファンがいるなら、リーグから警告文を送るとのお言葉をいただきました。大丈夫です」

 アオキはわずかに口角をあげて話す。そこにはチリに心配かけまいとする意図が見え、かえって申し訳なくなる。

「こんなことになるんなら、モンボ投げんかったらよかったわぁ」
「なぜ、あのようなことを?」

 チリはバツが悪そうにくしゃくしゃと髪を乱し、言葉を選ぶ。

「アオキさんのこと、みんなにカッコ悪いとか思ってほし無いなって思ったんで、つい·····」
「そうなると、あなたの思惑は成功しているように思いますが」
「そやけど、あのファンレター見てから、一番カッコいいとこを簡単に知られて、アオキさんがチヤホヤされんのも嫌やって思ったんよ。·····チリちゃんのアオキさんやし」
「矛盾してますね」
「あっはは。女々しいですよね、こんなん·····」

 チリは情けない表情を晒すまいと、両手で顔を覆った。じわじわと目の奥が熱くなり、涙が込み上げているのだと気づく。泣きたいのは迷惑を被ったアオキの方だろうに。
 堪えていた涙がこぼれかけたその時、チリさん、と低く落ち着いた声で呼びかけられる。

「私は変化を嫌いますから·····どこの誰に好かれようとも、ずっとあなたのものですよ」
「は·····へっ? 今なんて?」

 一瞬で涙が引っ込み、代わりに顔面がかっと熱を帯びてくる。

「すみません。柄にもないことを口にしてしまいました。忘れてください。今すぐに」

 顔から手を外し、見えたアオキの姿は今までにないほど動揺していた。なんてことを言ってしまったんだ、と言わんばかりに片手で口を覆い、チリから目線を外している。

「む、無茶言わんとってください! 絶対覚えてますからね! 一生! いや生まれ変わっても! 残念でしたー!」
「なんですかそのアカデミー一年生のような口調は」
「乙女が恥じらってんねやから、察してくださいよ」

 チリが再び——今度は羞恥に耐えられずに——両手で顔を覆うと、アオキはくっと笑いを堪えるような声を漏らした。

「あなたと話していると、疲れを忘れられます」
「·····実際に疲れは取れへんので、よう寝てくださいね」
「えぇ。では、おやすみなさい」

 アオキに就寝の挨拶をし、チリは通話を切った。
 ストレートすぎるアオキの言葉のせいで、顔はまだ火照ったままだ。

「ほんっと狡いわぁ·····あの人」

 歳上の恋人に小さな悪態をつき、チリは幸福の中で瞼を閉じた。

コメント

  • ゆずす
    3月25日
  • えちみや
    2023年1月20日
  • 夜癒
    2022年12月4日
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