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この作品「推し活の罠」は「Rー15」「アオチリ」等のタグがつけられた作品です。
推し活の罠/ぺタの小説

推し活の罠

18,784文字37分

アオチリです。ちょっといかがわしい表現があるのでR‐15です
以下注意点
アオキさんのキャラ崩壊
オモダカさんのキャラ崩壊(ポテチとか食べてる)
パルッター表記
パルちゃん表記
稚拙なバトル描写
なかなか始まらないアオチリ

許せる方はどうぞ
※一部不備があったので直しました。コメントにて教えて下さった方ありがとうございました

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 アオキは極々平凡なサラリーマンである。就職先はポケモンリーグ。何故か全く向いていない営業部に配属されてあまり良くない成績を収めながら日々を送っている
 その日も外回りだった。無表情でぼそぼそ話しながら商品を勧めるアオキに先方は訝しげにしながらも話を聞いてくれた。一通り話を聞くと、難しい顔をしながら今度は違う人をよこすように。と言われた
 肩を落として、それでもお腹が空いたのでまいど・さんどでサンドイッチを買って公園で食べようと街を歩いている時だった。大通りにあるテレビがパッとついた
「新四天王誕生!」
 ああ、四天王か。そういえば一人いなかったような
 アオキは何気なくそのテレビを見た
「まいど!チリちゃんやで!挑戦者はいてこましたるさかい、どんどん来てや!」
 一人の美女が、そこにいた
「なに、あの人かっこよくない?」
「女の人?それでもすごくイケメン…。」
 街の人は言いながら通り過ぎる
 アオキはといえばサンドイッチが入っている袋を落とした事にも気づかず、テレビが消えるまでただ呆然と突っ立って見ていた

 家に帰るとパソコンを起動する。チリ 四天王 と検索すると色々な記事が出てきた
(出身はジョウト地方、他の職業と兼業は無いため、リーグ本部専業。面接官の他に広報も務める…。)
 ようするに、本部にいたら会えるかもしれないという事だ
 検索していくと、一つのホームページに行き当たった。ブラウンの背景に緑の文字で書かれているそれは、四天王チリちゃん公式ファンクラブ!と書いてあった
 アオキは真顔で入会ボタンをクリックした

 そこからアオキのプライベートはチリ一色になった。パルッターでは女性を名乗るのは抵抗があったので男性のままチリファンと交流を開始し、彼女が出ている雑誌があれば即買いし、切り抜きは大切に閉じて保管して、ありとあらゆるSNSを駆使して情報を集めた
 ポケモンバトル以外の何も興味が無かったアオキにとって、チリを知る前と知った後では劇的な変化だった

 今日はドナンジャモTVにチリが出る日である。配信予約を済ませ、恐るべき勢いで営業事務を終わらせたアオキは家に帰って三十分以上前から待機した
 そして始まったドナンジャモTV
「今日は新しく四天王になったチリ氏を紹介するね!この後ナンジャモとバトルもあるよ!」
「まいどー、チリちゃんやで!」
 チリは手を振る。アオキは無表情のまま、心の中で
(ウオオオオオ!!!)
 と歓声を上げていた
『チリちゃん!』
『もっとしゃべってー!』
『ジョウト弁かわいい!』
 コメントがあふれかえる
「わー、チリ氏めっちゃ人気者だね!」
「こんなに歓迎してくれるなんて嬉しいわあ。」
「もっと喋って!って言われているから質問コーナー行くよ!」
 質問コーナー。…何を質問すればいいのだろう。ムクホークは好きですか?いやこれはニッチすぎる。好きなポケモンのタイプ…これは後で分かるだろう。ああ、時間が過ぎてしまう
「チリちゃんの緑の髪はとても綺麗ですが天然ですか?これは天然だよねー。」
「染めてへんで。こんだけ長いと染めんのも大変やし。」
「チリちゃんの出身であるジョウトではどんなトレーナーが強かったですか?おおこれは良い質問!」
「コガネにはノーマルタイプ使いのジムリーダーがおったんやけどやたら強かったで。ミルタンクってポケモンのころがるがやばくてなー。」
「いかりまんじゅうって美味しいですか?…ちょっ…」
 なんて質問をしてしまったんだろう。まさか読まれるとは
 恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。チリは案の定笑っている
「質問者さんは食べんのが好きな人なんやな。いかりまんじゅう美味しいで。ジョウトに行く機会があれば絶対食べてほしいわ。」
 それでもきちんと答えてくれた。偏見のない素直な人だ。好感度は上がりまくりである
「次はお待たせバトルだよ!ボクもまだチリ氏の専門タイプ知らないんだけど、何を使ってくるのかな?予想してね!」
『なんだろ?エスパーとか?』
『かくとうっぽい』
 アオキは考えた。想像がつかない。今のジムリーダーと四天王のタイプを引いて…と消去法で考えて一番面白そうなタイプを選んでみる
『じめん一択』
 場所はハッコウシティのバトルコートに移る
「さーって行ってみよー!ハラバリーお願いするよっ!」
「行くで!」 
 チリはモンスターボールを出す。投げる時にくるんと回って黄色い声が上がった
「ドオー!いったれ!」
「えっ?」
 明らかにナンジャモが狼狽したのが分かった
『ドオー!』
『チリちゃんまさかのドオー』
「チリ氏、まさか専門タイプは…」
 冷汗をかくナンジャモにチリはニヤッと笑った
「じめんや!」
 コメントが沸き立った
『じ め ん』
『まさかのじめん』
『完全にかくとうだと思ってたわ』
『まじ?あたしひこうだと思っていたんだけど』
『さっきじめんって推測している人いたぞ』
「えっ、まじ?…うわー!預言者いた!…ってさっきのいかりまんじゅうの人と同じIDじゃん!」
『やばい。いかりまんじゅうの人何者?』
『チリちゃんがじめんタイプって予想できないよ』
『いかりまんじゅうの人ワロタwww』
 待ってくれ。アオキは慌てる
「へぇー、いかりまんじゅうの人すごいな!チリちゃん頑張るさかい、応援したってな!」
 チリは手を振る。アオキに向かって
 気を失うかと思った

 公式ファンクラブというがチリは芸能人ではない。よって普通に受けられる会報やトークイベントの優先チケットなど販売されない
 そう、トークイベントの優先チケットは販売されない。ゆえに争奪戦である
 いやいやこんなおじさんが行ったら浮くでしょうとか不審者に思われるでしょうとか考える暇もない。滅多に見れない生チリちゃんなのだ
 パルッターでは勝った!とか、負けた私の分まで堪能して!とか溢れかえっている
 そしてアオキの元に届いたメールには
『チケットのご用意ができました。つきましては支払いをお願いします』
 と書いてあった
 勝った…!とアオキはガッツポーズをする
(勝った。生チリさんを見れる…!)
 同じポケモンリーグに勤めているとはいえ、アオキは営業の平社員。外回りも多い。対してチリはリーグ最高峰の四天王なのだ。雲の上の上の人だ。擦れ違う事があれば奇跡と言って良い。チリを直接見る機会はチリの出演するトークイベントやテレビの観客席のチケットを取る方法が圧倒的に現実的なのだった
 とりあえずできる限りの身嗜みを整えて行こう。お洒落するとは言えない年齢だ。けれど、おかしくない装いで
 トークイベント当日、青のニット、ネイビーのテーラードジャケットに黒のテーパードパンツ、グレーのソックス、黒のローファー。髪はおろしている
(これでいいのでしょうか。もし見られる事があれば…。)
 いや絶対無い。アオキの席は後ろの方だ。見られたとてチリがアオキを意識する事などありえない
 ふぅ、と息をついて、家を出た。目的はテーブルシティだ

 空飛ぶタクシーでテーブルシティについた後、黙々と会場まで歩いていると、なにやら騒がしい声がした
「やめてよ!離して!」
「まじふざけんなよ!」
 どうやら恋人同士の言い争いらしい。放っておきたいが、男性が女性を離さないというのはどうかと思うので、見に行った
「お前チリちゃんチリちゃんって、俺とチリちゃんどっちがいいんだよ!」
「どっちも好きよ!でも今日は折角取ったチリちゃんのトークイベントなの!絶対行きたいの!離して!」
 アオキの足がピタッと止まる。そして足早に歩き出す
「ちょっと…」
 二人に声をかける
「なんだよ。オッサン。」
「彼女を行かせてあげてはどうでしょうか。」
 青年はアオキを睨みつける
「カンケーねえだろ!ほっとけ!」
「いえ、好きな有名人を生で見る機会などそうそうありません。ましてやチリさんは芸能人ではないのですから。」
「はあ?あんなオトコオンナのどこがいいんだよ!」
 血が、頭に上るのを感じた
 カップルに割って入って女性を男性から引きはがす
「行ってください。」
 女性は戸惑ったようにアオキを見る
「え?でも…。」
「いいから。」
 彼女は恋人とアオキを交互に見た後、走り出した
「てめぇ…。」
 男はポケモンを繰り出す
「ぜってー許さねえ!」
「それはこちらの台詞です。」
 チリを侮辱するなど、許さない
 アオキは万が一にと持っていたモンスターボールを掴んで取り出す
「ムクホーク。」
 
「ええ。ですので、たとえチケットを持っていても開始時間に間に合わなかったら入れないんですよ。」
「…そうですか。」
 警備員から言われてアオキは項垂れる
 ついていない
 ボールの中のムクホークがピュイと鳴いた

 パルちゃんというものがある
 アオキはあまり好きではないのだが、ここでは主婦が日々の愚痴を言っていたり、悲しい出来事にあった人がその体験を書いたり、芸能人の悪口を言ったりする。ようするになんでも書き込める所だ
 一度うっかりチリの悪口を書かれている所を覗いてしまい、『彼女はそんな人じゃない』と書いたら『スレチ』だの『ファンうっざ』だの総叩きにあったのでそういう所だと諦めた
 そんな所を見る理由など一つだ
『調子乗ってるチリに分からせようぜ』
 アオキの目が冷たくなる
『いいな。あいつ腐っても女だろ。ポケモンさえ何とかすりゃいいんじゃねえの』
 アオキは警察に通報した
 そして目を閉じて、パソコンを高速で叩く
 裏サイトというのがあるかもしれない
 そうして見つけた裏サイト。芸能人に犯罪予告をする者や、ストーカーしている者などがいる。マウスのホイールを動かしてチリという単語を探す
 見つけた。いないと思いたかったが、いてしまった
『四天王チリ、ぶっ頃』
 殺と書かれていないのは警察のワードに引っかからせないためだろう。アオキはそのサイトをクリックする
『四天王チリを頃す会。メンバー募集』
 アオキは打ちこんだ
『俺も入りたい。彼女取られた』
 敢えてリーグの職員と言う事を明かしたら、彼らは簡単にアオキを信用した
 この日はチリが夜遅くまでリーグにいる事、裏道から本部へ入れることを書けば、襲撃の日が決まった
 アオキは持っているポケモン…ムクホークとネッコアラとノココッチを撫でた
「すみません。嫌な思いをさせます。」
 ノココッチがそんな事気にしないよ。というようにすり寄ってきた

 襲撃の日の夜、待ち合わせ場所で待っていたら、屈強な男が五人集まってきた
「こちらです。」
 アオキはリーグに向けて歩く。しかし行くのは本当の裏道ではない。テーブルシティの路地裏を歩いてマンホールから下水道へ行き、突き当りを上るとそこは吹きさらしの草原だった
「おい、ここがリーグか?」
 アオキは首を振った。草原が夜風に揺れていた
「いえ、ここは南5番エリアです。」
 殺気が、アオキに集まる
「お前…。」
「裏切ったか。」
 アオキはモンスターボールを構えた
「最初からあなたたちの仲間ではありませんでしたよ。」
「貴様…!」
「いけ!」
 相手のポケモンがアオキを襲う。本気でチリを襲撃するつもりだったようで、一人につき6匹、計30匹いた
 アオキはポケモンを放つ
「やれ、ムクホーク、ネッコアラ、ノココッチ。」
 
 ポケモンは全て片付いた。トレーナーもアオキ自身の手で峰打ちにした。死屍累々の中ポケモンを収めたアオキは警察に連絡しようとスマホロトムを持って
 その時、パチパチパチと、音が鳴った
 アオキは顔を上げる
 いつの間にか、女がいた
 知っている女だ。ポケモンリーグの職員ならば、いや、パルデアの住民なら決して知らないはずがない人間
 ポケモンリーグチャンピオンのオモダカが、拍手をしながら立っていた
「ポケモンリーグ営業部のアオキですね。」
「…よくご存知で。」
 オモダカは笑う。何を考えているか分からない笑みだ
「まさかこんなところに逸材がいるとは。灯台下暗しとはこの事ですね。」
「なんの、話でしょうか。」
「住まいはどこに?」
 訳の分からない事を聞かれたが素直に答える。もとより、この女の前では嘘などつけない
「チャンプルタウンです。」
「それは上々。」
 何が良いんだろうか
「チャンプルタウンのジムリーダーが先日辞められたのは知ってますか?」
「町で噂になってました。」
 オモダカは笑みを崩さない。嫌な予感がする
「ジムリーダーという職に興味は?」
「ありません。」
 即答する。オモダカは顔は笑っているが、目は笑っていなかった
「では命令しましょう。」
 地面がぐらつくのが分かった
 平凡な自分がジムリーダーなど、務まるわけがない

「三匹ともノーマルタイプですね。ノーマルタイプにこだわりがありますか?」
 営業部に行こうとポケモンリーグに出勤したアオキを待っていたのはオモダカ本人だった。そのまま空飛ぶタクシーに乗せられてチャンプルタウンに逆戻りしている。その道中だ
「…平凡な自分によく合います。」
「なるほど。今はノーマルタイプ専門のジムリーダーはいませんからちょうどいいですね。」
 アオキは胡乱な目でオモダカを見た
「…本当に自分がやるんですか?」
「務まりますよ。私のカンは外れた事がありませんから。しかし三匹では心もとないですね。ジム挑戦者相手ならそれで構いませんが、私や四天王が視察した時用にあと二匹揃えて下さい。」
「…分かりました。」
 上からの命令に逆らえないのは社会人として辛い所ではある
(忙しくなったら推し活できないじゃないですか…。)

『ジムリーダーリップと四天王チリがコラボ!春のリップはキュアナチュラルピンクで勝負!』 
 ジムリーダー執務室にて、オモダカがポテチを食べながら繰り返されるCMを見ている
「流石にこれは買いませんよね。」
 まあ私は買いますが。と確認するかのように言われてアオキは仕事を片付けながら答える
「……買うわけないじゃないですか。というか何くつろいでいるんですか。」
「ちょっと躊躇いましたね。」
「……男がメイク用品を買って何が悪いんですか?」
「それもそうですね。傍から見ればドン引きですが。」
「どうせ見る人などいないんでいいです。」
 オモダカは立ち上がる。油で汚れた手を拭いてアオキのいる机に寄ってきた
「おやおや。ジムリーダーに任命されてリーグでも人気急上昇中ですのに?女性社員の中には手の届かないチリやハッサクよりアオキの方が良いという声もありますのに?」
「世界にはポケモンとチリさんだけいればいいんです。」
「言い切りましたねこの男。」
 だからモテないんですよとオモダカは伸びをする
(モテているのかモテていないのかどっちですか…。)
 どっちでもいいが居座らないでほしい
「今度ジムリーダーの会合があるんですよ。」
「知ってます。行きません。」
「チリと接したナンジャモさんやリップさんがいるのに?」
「そういう会合は苦手です。」
「推しについて話せますよ。」
 アオキは手を振る
「いや、本当、一人でやってるんで。推し友とかいらないんで。」
「とか言ってパルッターでは色々話しているみたいじゃないですか。」
「現実の友人と画面の向こうの友人とは違うので。」
「まったく、口の減らない人ですね。」
 コンコンとノックの音がした。入ってくださいと言うと、ジム職員が入ってくる
「アオキさん…え?オモダカさん?」
 オモダカを見て顔を青くした職員に首を振る
「気にしないで話してください。」
「ええと、挑戦者が…。」
「分かりました。位置につきます。」
 何故かオモダカもついてきた。居心地の悪いまま挑戦者を倒したアオキにオモダカはにこにこと笑う
 嫌な笑みだ
 再び執務室に戻ったアオキにオモダカは言う
「ジムリーダーも板についてきましたね。」
「…それはどうも。」
「別タイプを育てたいと思いませんか?」
「思いません。」
 なんだ別タイプって。ジムリーダー二つ掛け持ちしろとでも言うのか
「ムクホークってひこう入ってますね。あとウォーグルも。」
「たまたまです。」
 ふふんとオモダカは笑う。夜の草原がフラッシュバックする
「四天王職に興味は?」
 アオキはため息をついて、言った
「ありません。」
「チリと毎日会えますよ。」
「推しは遠くから見てるからいいんです。」
「消極的も消極的ですね。」
「ファンクラブにおいて抜け駆けは許されません。」
「とりあえずひこうタイプ育てましょうか。」
「話を聞いて下さい。」
 オモダカはツカツカとアオキの前にくる
「命令です。」

 そうして邪道ともいえる手段で会った生チリちゃんは、無表情だった
「…新たに四天王に任命されました。アオキです。」
(なんだこのくたびれたオッサンはとか思われてるんでしょうね…。)
 できればこんな形じゃなく、握手会とかで会いたかった。つくづく以前のトークイベントを逃したのが悔やまれる
「アオキって確かチャンプルタウンのジムリーダーもやってませんでしたか?」
 ハッサクの質問にオモダカは晴れやかに笑う
「おもしろそ…いえ、大丈夫だと判断しましたので任命しました。」
「はあ、そうですか。」
 アオキは呆れた
(本音が漏れてますよ。トップ。)
 ハッサクはアオキに向き直る
「ハッサクです。よろしくお願いしますですよ。」
「ポピーです。アオキおじちゃんとよんでもよろしいですか?」
「…どうとでも。」
「ふふっ、これからよろしくですわ。」
 チリは、頭を下げただけだった
「チリです。よろしゅう。」

「今日の挑戦者はチリちゃんだけで終了!」
「お疲れさまですよ。」
「チリちゃんがんばりましたの!」
「ポピー癒して!」
 小さな手でよしよしとされているチリは会った当初からアオキと最低限の事しか話していない
 アオキは構わずにパソコンを叩いていた手を止めると、シャットダウンした
「お疲れ様です。」
「おじちゃんおかえりですの?」
「そうです。」
 今日はチリちゃんの載っている雑誌の発売日だ。予約しているとはいえ、早く手に取りたい
 バッグを持って廊下を歩く
「待ちなさい!」
 後ろからハッサクに声をかけられた。アオキは項垂れる
「…なんでしょうか。」
「アオキ、あなたが四天王に任命されてどれだけ経ちましたか?」
「一ヶ月です。」
「では、もう少し皆に馴染む努力をしないといけないと思うのですよ。いつも仕事が終わればさっさと帰り、何かあれば頷くかはいと答えるかのどちらか。そんな態度では後々上手くやれませんですよ。」
 こうなったハッサクは長い
(チリさんの載ってる雑誌…。)
 本屋は22時までなのでまだ間に合うが
 一時間後、ようやくハッサクの説教も終わり、テーブルシティの本屋へ駆け込む
「予約していた雑誌を。」
「825円になります。」
 店員の営業スマイルに見送られてようやくほっとする
「本物のチリより雑誌のチリの方がいいとは変わってますね。」
 アオキは高揚して上がった肩を落とす
「目立つので話しかけないでください。」
「私にこんな口を叩けるのはあなただけですよ。アオキ。」
 オモダカはアオキが持っている雑誌を覗きこむ
「よくある芸能雑誌ですね。この出版社は評判が良いので取材を受けさせたんですよ。」
「早く帰りたいんですが。」
「そうでしょうね。ハッサクの説教を受けていたみたいですし。…好きなドラマとか本人に直接聞けばいいじゃないですか。」
「抜け駆けは許されないので。」
 オモダカは呆れた風にアオキを見た
「まだそんな事を言っているんですか。あなたがジムリーダーとなった時点でただのファンからは逸脱しているんですよ。」
 オモダカは歩き出す
「偶像ばかり追いかけていてはチリにも失礼ですよ。…あなたは既にチリの同僚であり、友人になれる立場にあるんですから。」
(友人…?チリさんと…?)
 考えたが、どうしても結びつかなかった

 四天王の総当たりのバトルが行われたのは数日後だった。オモダカが改めてバトルの腕を見て順番を決めたいと言い出したのだ
 アオキの初戦は、ポピーだった。ひこうとはがねではひこうの相性が悪いが、相性の悪いタイプの対策をしていなければ四天王にはなれない
 ハッサクもチリもどこか厳し気にアオキを見ている。対してオモダカは楽しそうだった
「おいでなさいな!ポピーのお友達!」
 出てきたのは、ダイオウドウ。対してアオキが繰り出したのは
「行きなさい。カラミンゴ。」
 初手エースですか。とオモダカが呟いたのが聞こえた。隣のチリがぎょっとしたのが分かった
 アオキは目を鋭くさせた
 ダイオウドウをカラミンゴのインファイトで倒したのはいいが、その後もアオキにとって厳しい戦いが続いた。かくとうの効かないアーマーガアにふゆう持ちのドータクン、天敵であるでんきタイプのジバコイルを出された時はどうしようかと思ったが、一旦交代してトロピウスのにほんばれからのチルタリスのかえんほうしゃで何とか繋いだ。そしてポピーの切り札であるデカヌチャンがテラスタルをし、デカハンマーでチルタリスとトロピウスを倒されたが、チルタリスのかえんほうしゃでやけどにできた事もありカラミンゴのインファイトで押し切った
 ポピーは目を丸くする
「おじちゃんすごいですの!」
「あなたも相当でした。」
 チルタリスがアーマーガア、ドータクン、ジバコイルのどれかで倒れていたら勝つのは難しかった
 握手して、ポケモンを回復させる。チリとハッサクがバトルコートの中央まで歩いていくのが見えた
 アオキの次戦は、チリだった
 にこっとオモダカが笑みを見せる。何を言っているのか分かっている。一瞥を返してモンスターボールを掴んだ
 手加減など、するはずがない
 チリの専門タイプはじめん。ポピー戦とは真逆でアオキの圧倒的有利だ。チリの手持ちは先ほどのハッサク戦で見ている。初手の読み合いになる事は分かっていた
(みず複合のナマズンはトロピウスが弱点。バクーダとドオー以外がじめん単。バクーダはほのお複合、ドオーはどく複合。チリさんの性格からすれば…。)
「いくで!ドオー!」
「オドリドリ、行きなさい。」
 チリは目を開けた
「えっ…なんで…。」
 観戦しているポピーが小首をかしげ、ハッサクはなるほどと頷いていた。オモダカは相変わらず笑っている
(読み合いには勝ったか…!?)
「オドリドリ、エアスラッシュ」
「ドオー、まもるや!」
 間一髪で避けたチリは冷汗をかいている。しかし引く事無く命じた
「ドオー!アクアブレイク!」
「オドリドリ、こごえるかぜ」
 ビュウと冷たい冷気がドオーを襲う
「ッ!」
 こごえるかぜは持っていると思わなかったのかチリは歯を食いしばる
「ドオー、どくどく!」
「オドリドリ、フラフラダンス」
 フラフラダンスを受けたドオーは目を回して自傷ダメージを負った
 チリはぽかんと口を開けた。しばし呆然として、それから叫んだ
「こんの、卑怯者!」
「もうどく状態をしかけたあなたが言いますか」
 チリはポケモンを替える。アオキも倣った
 出してきたのは、バクーダ。アオキはカラミンゴ
「あんの鳥を燃やし尽くせ!だいもんじや!」
「カラミンゴ、アクアブレイク。」
「…は?」
 アクアブレイクがバクーダに直撃する。四倍弱点で成すすべもなくバクーダは沈んだ
 チリは立ちつくす。俯いた
「は…はははは…」
 出てきたのは、乾いた笑い
「チリちゃんどうしましたの?」
 ポピーの不安そうな声が聞こえる
「大丈夫ですよ。」
 ハッサクは言ったが、声は厳しい
 チリはモンスターボールを取り出した
「行け、ナマズン。」
 対してアオキはテラスタルオーブを掲げた。カラミンゴが白く輝く
 チリは俯いたまま命じた
「ふぶきや。」
「カラミンゴ、ブレイブバード。」
 ナマズンのふぶきが舞う前にカラミンゴのブレイブバードが当たるのが早かった
 テラスタル一致ブレイブバードを受けてナマズンは沈む
 チリは舌打ちをした
「ドンファン!ストーンエッジ!」
「カラミンゴ、ブレイブバード。」
 ドンファンは特性がんじょうで耐えストーンエッジを繰り出す
 カラミンゴの一撃を耐えたドンファンはだが怯むことなく繰り出された次のアクアブレイクには耐えられなかった
「ダグトリオ!いわなだれ!」
「カラミンゴ、ブレイブバード。」
 流石にダグトリオの方が早かった。だがカラミンゴには当たらず、ブレイブバードが直撃する。ダグトリオも倒れた
 ここで、ブレイブバードの反動でカラミンゴも倒れた
「ええんかいな!?そんなに自爆技ほいほい打って!」
「いいんです。」
 アオキはボールを投げた
「後続がいますから。」
「っ!ドオー!」
 一旦戻された事によってフラフラダンスの効果はなくなったドオーが再び現れる
「ムクホーク、ブレイブバードを。」
 アオキは命ずる。この時点で、ハッサクは言い切った
「チリの負けですね。」
 ポピーはハッサクを見上げる
「なんでですの?」
「アオキがムクホークを出したという事は、ジムでの十八番、からげんきも覚えているという事です。つまりどくどくも打てない。チリにはアクアブレイクしか攻撃手段が残っていません。そしてアオキのポケモンは不一致のアクアブレイクだけで沈むほど軟じゃないですよ。」
 しばらくの攻防ののち、ドオーはムクホークのブレイブバードで倒された
 チリは俯く。とぼとぼとアオキの前にやってきた
 そして思いっきり睨みつけた
「次は絶対にいてこましたるからな!」
 アオキは目を逸らす
 推しの顔が、近い。綺麗すぎて直接見れない
「なんや目ぇ逸らしよって!直接顔見ろやワレ!」
「チリ、口が悪いですよ。」
 ハッサクが呆れている。オモダカはポピーの耳を塞いでいた
 最終戦はハッサクだったが、これは負けた。大技のぶつかり合いでハッサクの切り札であるセグレイブまで出させる事が出来たが、テラスタルで強化されたきょけんとつげきには勝てなかった
 一連の戦いを見ていたオモダカは満足そうに笑い、朗らかに言う
「では、先鋒、チリ、次鋒、ポピー、副将、アオキ、大将、ハッサクでよろしいですね。」
 皆異論は無かった

 四天王専用の事務室ではアオキの他にチリが書類を捌いている。ハッサクは教師の仕事、ポピーは家の用事で帰っている。もちろんオモダカはいない
 二人きりだ
 推しと二人きりで緊張で体が強張るが、不自然にならないようにキーボードを叩く
「聞きたい事あるんやけど。」
 いきなりチリが話しかけてきた。アオキ以外誰もいないので、アオキに話しかけてきたのだろうが、どう対応すればいいんだろう
「……自分に、ですか?」
 長考の末、訳の分からない事を聞いてしまった
「あんたしかおらんやろ。」
 チリはむすっとそっぽを向く。いまいち機嫌が良くないようだ
「…なんでしょう?」
「初手、なんでチリちゃんがドオーを出すって分かったん?次のバクーダもや。完全に読み切っとったやろ。」
 長考するまでもない質問だ。ありのままを話せばいい
「地面単を出すのは悪手。チリさんの複合タイプはナマズン、バクーダ、ドオーですがチリさんの性格を考えればドオーかと。」
「うちの性格?」
「自分とポピーさんが戦った時に自分が初手で切り札のカラミンゴを出した時、少しうらやましそうな顔をされていたので。初手切り札という戦い方をすぐに実践投入されるかと。」
「…次のバクーダは?」
「あの時チリさんは非常に怒っていました。ナマズンによる不一致ふぶきより、バグーダによる一致だいもんじで少しでもダメージを与えようとすると思いました。ふぶきよりだいもんじの方が命中率も高いですし。」
 チリはため息をついた。頭を抱える
「なんちゅうおっさんや…。」
「…誉め言葉と受け取ります。」
 そしてまた沈黙が続く
「目、合わせえな。」
 いきなりそう言われて固まる
「ハッサクさんやポピーにはちゃんと目合わして話とるんに、なんでうちには目合わさんの?」
(推しと目を合わせるなんてできるわけないでしょう…。)
 黙っていると、チリが息をつく
「目、合わせて。ちゃんと顔を見て。嫌われてんのかもしれんけど、態度に出されるんは不愉快や。」
 アオキは目を閉じた。三回ほど呼吸をして、目を開いてチリに顔を向ける
 綺麗な顔が、じっとこちらを見ていた。目が合う
 どくんどくんと心臓が鳴る
 三秒ほど見つめ合ったのち、顔をパソコンに向けた
「これでいいでしょうか。」
「…まあええわ。」
 しばらくパソコンに向かっていたが、耐えきれなくなって事務室を出る
「ちょっとコーヒーを買ってきます。」
「行ってら。」
 事務室を出て向かったのは自販機ではなくロッカー
 誰もいない事を確認してロッカールームの扉を閉めて、うずくまる
(綺麗だった。目が、赤くて、吸い込まれそうで、その瞳が自分なんかを映していた。ありえない事なのに…。)
 心臓が、早鐘のように鳴る
(いつまで持つんでしょうか。)
 こんな日々が続くのか

 辛くなると思った日々は意外とすんなり過ぎて行った。チリは何度も目を合わせろと睨みつけてきた。その度に高鳴る心臓を押さえながら目を合わせていくと、次第に慣れていった
「一回飲みに行かへん?」
 だが、これは無理だ
「…すみませんが、断ります。」
 推しと飲みに行くなど、抜け駆けも甚だしい。絶対に無理だ
 ムッとしたチリにハッサクは呆れたように言う
「アオキはジムリーダーの飲み会にも参加しないとコルさんも嘆いてましたですよ。」
「そういうの、苦手なので。」
「おいコラ営業。」
「営業の飲みは仕事なので。」
 チリはふてくされる
「ハッサクさん飲みに行きましょ。」
「小生でよければ付き合いますですよ。」
 仕事が終わると、二人は出ていく。アオキも帰り支度を始めた
「アオキ。」
 嫌な声がした
 振り向くと、にこりと笑ったオモダカが立っていた

「最近の推し活とやらはどうですか?」
「プライベートな事なので黙秘します。」
 執務室にて、オモダカは笑っているが、圧は凄い
「仕事では仲間とどうですか?まだあまり上手くいっていないようですが。」
「仲良くなれと言われて仲良くなれたら苦労しませんよ。」
「どう考えてもあなたの偶像崇拝が原因だと思いますが。」
「ハッサクさんの説教が長いのが悪いんです。自分は早く帰りたい。」
 責任転嫁したアオキにオモダカは笑う
「ハッサクとは完全に性格の不一致ですがチリは違うでしょう。」
「…努力しているつもりです。」
「まあポピーと上手くやっているだけ良しとしましょう。」

 家に帰ってパルッターを覗く。チリファンのたくさんのコメントがあふれている
 パルちゃんも覗く。悪口は絶えないが、危害を加えようとしている人はいないようだ
 そして裏サイト
 あれ以来チリの名前は無いが、念のため定期的に見ていた
『チリちゃんはぼくと結婚する』
 前にはいなかったはずのストーカーを発見した
 嫌な予感がしつつ貼ってあるホームページを見れば、そこには隠し撮りしたチリの写真や、チリとアイドルとの合成写真、チリがマンションの中に入っていく写真が貼ってあった
(住所がばれている。)
 やばい。写真を撮ってオモダカにメールを送った。すぐに返ってくる
『犯人を特定し、警察が乗り込むまでに一日かかるようです』
 一日。無事に済めばいいが

 その日一日はずっと不安でしかなかった。営業の同僚にも不思議がられた
 ハッサクもポピーも落ち着かないアオキに首を傾げていた。チリはいつも通りだった
 そして夕方
 ちらちらと見ていたホームページに更新があった
『チリちゃん部屋で待ってるね』
 アオキは走り出した
「アオキ!?」
 ハッサクに構っている場合ではない。まずはオモダカの執務室に向かう
「トップ、チリさんのマンションの住所と暗証番号を。」
「スマホに送ります。すぐに行ってください。チリはこちらで引き留めておきます。」
 チリのマンションはテーブルシティにある。空飛ぶタクシーを使うよりムクホークで行った方が早い
 マンションについて、暗証番号で中に入る。部屋は10階。エレベーターに乗って上がる
(いなければいいが…!)
 部屋のオートロックを外し、中に入る。女性の部屋に無断で入るなど言語道断だが、始末書はあとでいくらでも書くつもりだ
 入った瞬間だった
「チリちゃん!」
 小太りの男だった
 アオキは手を掴んで素早く背後に回り込むと、男の背に体重をかけて押し倒す
「誰だおま…ぐっ!」
 頭の上に足を乗せて空いた手でスマホロトムを取り出す。その時だった
「えっ…、なんでアオキさん…。」
 チリが、玄関に立っていた
 アオキは冷静に聞く
「まだ終業時間ではありませんが。」
 チリは明らかに狼狽えていた
「いや、今日中に出す書類忘れてもうて…。」
「トップに連絡を。自分は警察に通報します。」
「あ…。」
 チリはその場へたりこむ。無理だなと思った。連絡先をオモダカに変更する
「トップ。捕らえました。チリさんは無事です。通報をお願いします。」
 その間もアオキの下の男はもがく
「チリちゃん、僕好きだって何度も言ったよね!?」
 チリは震える。これ以上男の声を聞かせたくなくて、頚部を圧迫させて気絶させた
 そしてチリの元へ向かう
 彼女の肩に手を置いた
「大丈夫ですか?」
「ごめ…な…さ…。」
「謝る必要はありません。」
「変な、手紙、来とったの、ずっと言えへんくて、ストーカーくらい大丈夫って…。」
 押し寄せたのは、後悔だ
「チリさんの様子で気づくべきでした。気づかずにすみませんでした。」
 チリの目から涙があふれてくる
「そんな…ちゃう…隠してたし…」
 アオキは笑った
「無事で、良かった。」
 チリは目を開けて、アオキを見た
 オモダカと警察が来て、事情聴取を受けた。アオキがなぜチリの部屋にいたのかはオモダカが上手く説明してくれた。思った以上に早く帰され、その後はチャンプルタウンに直帰した。パルッターでは相変わらずチリの話題でいっぱいだし、他のSNSでも変わった様子は無い。ストーカー被害の事は徹底して伏せられているようで、安心してパソコンを閉じる
 チリの泣いた顔が忘れられない
(有名人である前に一人の人間だったんですよね…。)
 なぜ、いままで思い至らなかったのだろう

「よくやりました。今後もこういった輩は出てくるでしょうが、警察に言って裏サイトの監視を今まで以上に厳しくやってもらう事にしました。」
「そうですか。…で、そんな重要な話をポッキーを食べながら言わないで下さい。」
 チャンプルタウンジムリーダーの執務室。オモダカの見ているTVは『リップとチリとナンジャモのコラボ!春の三色アイシャドウ!メインカラーはピンク、グリーン、イエロー!この中から選んで!』
 とCMがやっている。オモダカは
「どれも捨てがたいですね。」
 と迷っている。手はポッキーからネッコアラのマーチに移っていた
「リップとのコラボCMばかり見ていますね。」
「メイクしているチリさんも綺麗なので。というかチリさんそんなにCM出てないじゃないですか。これ以外だとポケモンリーグの公式CMしか出てませんよ。」
「流石よく知ってますね。で、そのチリなのですが。」
「なんでしょうか。」
「今私の家にいます。」
 ああと合点がいった
「新しい家を探せと。」
「チリはチャンプルタウンの物件を希望しています。良い所はありますか?」
 アオキは首を傾げる。チャンプルタウンはポケモンリーグから近いとは言えない町だ
「なぜ?」
「それはチリに聞いてみないと。」
 その時、扉がノックされた。また挑戦者かと思い、TVを消してから入るように促すと、入ってきたのはチリだった
「アオキさん、お邪魔すんで。」
「チリさん?なぜここに。」
 あ…とチリはオモダカを見つける
「トップ、なんで…。」
 オモダカは立ち上がり、いつもの笑みを浮かべる。そこには先ほどまでのくつろいでいた雰囲気など一切感じさせない
「ちょうど視察していたのです。ジムリーダー視察もチャンピオンの役目ですから。」
「…そう。」
 チリは目を泳がせる
「では、私はここで。」
 オモダカはチリの横を通り、執務室を出た
 アオキはチリを見る。初期のような動悸は今は完全に治まっている
「チリさんはどのような用件で?」
「あ…。チャンプルタウンに家を借りよう思って、それで土地勘の良いアオキさんに相談しに。」
「その事ですか。」
 入ってくださいと促す
「なぜチャンプルタウンの家を借りようと思ったのですか?」
 アオキが聞くと、チリは視線を迷わせた
「いや、前がテーブルシティやったから、全く違う町がええかなって。」
 ふむ…。と考える
「それならフリッジタウンなどはどうでしょう。ここより更に離れますが、タクシーを使えば通勤できない距離ではありません。町の人たちも温かいと聞きます。」
「フリッジタウンか。…そやな。その手もありやな…。」
「何かありましたか?」 
 直接聞く。ここに入ってからチリの様子がおかしい
 チリは気まずそうに俯いた
「いや、さっき、トップお菓子食べてへんかった?」
 アオキはため息をつく
「…よく居座られているんですよ。威厳がどうたらなので内密にしてもらえると助かります。」
 チリの肩がびくっと跳ねた
「トップはここが居心地がええって思ってんの?」
「遠慮が無いだけです。」
「…。」
 フリッジタウンも考えておきます。と言ってチリは出て行った
 最後まで元気のないチリにアオキは頭を悩ませたが、原因は分からなかった

 チリは最近よくため息をついている
「家が決まらない事は確かに不安ですね。」
「まあそうですね。」
 ハッサクがためしに聞いてみたが、どうも違うようだ
「注意力も散漫になってますし、過労なら一度有給をとってみてはいかがでしょう。」
「ちゃいます。」
 チリはちらっとアオキを見た
「好きな人がおるんです。」
 アオキは固まった。ハッサクは頭を抱えた。ポピーは目を輝かせた
「おはなしききたいですの!」
「ポピーにはまだ早いからな。」
 よしよしとチリは頭を撫でる
 朗らかな光景を前に、アオキの頭はじしんをくらったようにぐらついていた
(チリさんに好きな人。好きな人!?推しに!?)
 チリファンにとっては一大事だ。だがパルッターでそれを言うわけにもいかない
 アオキはいつものように無表情でチリに言った
「応援します。」
 そうだ。アオキはチリのファンなのだ。チリが好きな人が出来たと言ったならば、ファンとして素直に応援するべきだ
 それがファンとしての正しい在り方なのだ
「よろしゅうお願いします。」
 アオキの覚悟とは裏腹に気の抜けた返事が返ってきた

 アオキは仕事終わりに家に直帰してパソコンを立ち上げ、四天王 チリ 恋人 で検索する
 いくらか記事が出てきたが、どれも不確かな内容ばかりだった
 続いてパルッターで検索をかける
『チリちゃんの恋人ってどんな感じの人だろう?』
 打てば返事が返ってきた
『男か女かが問題だ』
『そっからだ』
『絶対イケメンか美女!性格はしっかりした人で』
『年下かなー。相手の子を引っ張っていきそう』
『同じ四天王のハッサクさんとかは?ちょっと年上だけどすごく頼りになる人だし』
『あ、グルーシャくんもいいかも!』
『グルーシャくんいいね!美男美女!』
 グルーシャ!
 頭にかみなりが落ちたようだった
 そうだ。ありえない話ではない。チリは何度もジムリーダーの視察をしているし、仲が良くなっても不思議ではない
 翌日、出勤してきたチリに、こそっと告げる
「あの、チリさんの好きな人なんですが…。」
 チリは肩を跳ね上げる。近すぎたのかもしれない
「え…?」
「ああ。近すぎましたね。」
「いや、遠い。もっと近づいて。」
 こいこいと手招きされて顔を近づける。アオキは囁いた
「相手の男性はグルーシャさんでは?」
 チリは笑った
「アオキさん今日飲みに行こうな。」
 有無を言わせない口調だった 

 チャンプルタウンの居酒屋。半個室でチリはビールをごくごくと飲んでいる
「最初はだいっきらいやってん。」
「…はあ。」
「んな声も小さいし、目ぇ合わさんし、けったいな人やなあって。」
「…はあ。」
(そんな人がチリさんの好きな人?ファンとして許すべきなのだろうか。)
「バトルは卑怯な手段使ってくるし、こいつふざけろやと。」
「…どこに惚れたんですか?」
「好きになるなんて理由ないやろ…。」
 チリは机に顔を伏せる
「やってショックやったんやもん。他の女の人と一緒におんの。」
「…もしかして望み薄ですか?」
「鈍感なだけや。…と思いたい。」
(駄目じゃないですか。)
「忘れましょう。そんな男など。」
「いやや。」
「チリさん。」
「いーやーや!」
 チリはその後も酒を注文して真っ赤になるくらいまで酔いつぶれた

 上手く歩けないチリを支えながら店を出る。目を回しながらチリは唸る
「こーえん…。」
「公園?」
「いきたい。」
 ここからほど近い町の外れに小さな公園があったはずだ。そこに向かう
 公園について、チリをベンチに座らせた
「水買ってきますから。」
「アオキさん…」
 突然、手を引かれた。ぐるんと視界が反転して、目を開くと、幾多の星が瞬いていた。そこに、人の影が覆いかぶさる
 赤い瞳がキラリと輝いてこちらを見ていた
「チリさん?」
「アオキさん、好き。」
 考える暇も無かった。柔らかいものが押し付けられて、ぬるっとした生暖かいものが口の中に入ってきた
「ん…!」
 待て、今自分は何をやっている?
 何が起きた?何をしている?彼女はなんと言った?
 ぐるぐると頭の中が回転する。その間も口の中に入った生暖かい、酒の味がするものはアオキの歯列をなぞり、舌を絡ませてくる。ちゅうちゅうと唾液が吸われた
 推しの顔が間近にある。夜闇であまり見えないが、彼女がうっとりと目を閉じているのが分かる
(推しとこんな事をしてはいけない…!)
 だが、引きはがそうとする力は弱く、口づけは止まらない
 やがてちゅっと唇を離したチリは恍惚な目でアオキを見ていた
「ほんま鈍感なんやな。アオキさんって。」
「チリさ…ん!」
 チリはぎゅうとアオキを抱きしめる
「大好きやよ。なあ」
 耳元で囁かれた
「チリちゃんと、えっちしよ?」
 ゾクゾクと体が震える。目を開いてチリを見た
(この人は、誰だ?)
 チリは妖艶に微笑んでいる。ぺろっと唇を舐められた
 アオキは悟った。今になって、ようやく
(この人は、偶像でも推しでもない。自分に好意を寄せるだけの―――ただの女だ。)

 場末のホテルに入った。互いに口づけあって、ベットにもつれ込んだ。服を脱がして、本能のままに、チリを貪る
 艶やかな声を聞きながら、チリの胎内で、アオキは果てた

「これでアオキさんはチリちゃんのもんなんやなあ?」
 チリが抱きしめてくる
「光栄ですよ。とても。」
 チリの額にキスをして、心地よい倦怠感の中、目を閉じた

「アオキさん、荷物持ってきたで!」
 玄関の外でチリが手を上げている。一軒家に一人暮らしのアオキの家はやや広すぎるとオモダカに言ったら、いつの間にかチリと同棲する事になっていた
「少なすぎやしませんか。」
「大きいもんは処分したしな。…あれ?アオキさんも何かゴミ出すん?」
 アオキの持ったたくさんの冊子を紐で一纏めにしたゴミにチリは近づく
「ええ。もういらないので。」
「なになにー?チリちゃんに見られたらあかんもんなん?」
「あなたの冊子ですよ。」
 チリは固まった
「え?」
 アオキはなんということの無いように言う
「あなたの推し活をしていたんです。ですが雑誌や画面の中のあなたじゃなくて、本物のあなたを見ようと思ったので。もういりません。ファンクラブも退会しましたし。」
「…???」
 訳が分からないというように首を傾げているチリを置いてゴミ収集所へ向かった
 帰ってくると、勢いよく迫られた
「え?アオキさんチリちゃんのファンやったん!?」
「そうですが。」
「待って!じゃあ最初に目ぇ合わさんかったんは…」
「推しと目が合わせられなかったんです。」
「推し!?え?どっから!?」
「最初に新四天王としてテレビに出た時からですね。」
 チリはぽかんと口を開ける
「嘘やん…。」
「本当です。」
「…。」
「…チリさん?」
 黙り込んだチリに声をかける
 しばらくしてチリは聞いてきた
「ストーカーに間に合ったんは…。」
「裏サイトを監視していました。」
「オモダカさんがジムに入り浸ってたんは…。」
「チリさんの事を話していました。あの人だけ知ってたんです。よくからかわれていました。」
「バトルの時は…。」
「あれは本気です。」
「…あんな。」
 そしてチリはある事実を告げる
「普通、好きな芸能人を生で見た時って、目を合わせようとするもんやねん。自分を見てほしいって願望があるからな。」
「…?」
「目逸らすんは、その人に恋をしてる時。直視できひんねん。好きすぎて。」
 チリは頬を赤くして言った
「アオキさん、うちに一目惚れしてたんよ。」

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コメント

  • げん
    2023年11月4日
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    最後の落ちで世界が一週回ってギャグ笑 推し活励むアオキさんも振り回されるチリちゃんも、お菓子食べてるオモダカさん可愛かった。とても楽しかったです

    2023年8月1日
    返信を見る
  • 透夜@周防国審神者
    2023年3月21日
    返信を見る
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