2022/12/23
立花孝志物語 3 NHK和歌山放送局、大阪放送局時代 のつづきです
以下の文章の中で登場する肩書き、組織名は現在のものではありません。
報道局スポーツ報道センターのディレクター枠を一人分削って、NHKは経理担当として孝志を大阪局から本部に抜擢した。抜擢された理由は「裏金作り」「関連団体への無駄金送金」「天下り先の確保」「スポーツ放送権の獲得」などだったろうと孝志は理解した。
孝志が大阪から東京へ転勤する際、編成全体の送別会があった。
送別会が終わった後、孝志は同僚の女性に誘われて肉体関係を持った。場所は、文の里の彼女の自宅だった。
当時、彼女は和歌山放送局のNHK職員と付き合っていた。後に彼は全国的に有名なNHKアナウンサーとなった。
報道局スポーツ報道センターでの孝志の仕事は、支払い伝票の請求決定、各種予算決算資料の作成と海老沢会長も含む上司への説明。テレビ体操出演者とのギャラ交渉、関連会社への支払い金額決定。阪神タイガースやPGAゴルフの放送権契約交渉業務。海老沢会長主催「アマチュアスポーツ新春懇親会」責任者、オリンピックなどのロジスティック業務などであった。
スポーツ報道センターのセンター長や担当局長の印鑑を託され、自分の判断で伝票を決済して、年間200億円を超えるスポーツ報道センターの予算を孝志は動かしていた。
お金を動かす人間とは、予算を計上したり、支払いをしたりする者のことではない。放送権契約交渉や制作会社との制作費の交渉を行い実質の決裁権がある人間を指す。
2022年、NHK党の政党交付金は2億6200万円である。孝志にとって負担になるような金額ではない。
ある時期、NHK関連会社の国際メディアコーポレーション(MICO・マイコ)に天下ったK.Hの人件費を確保する必要があった。そこで「何でも良いので海外からドラマを買ってきて下さい」と孝志からマイコにお願いした。それが「冬のソナタ」だった。
マイコが買ってきた額に管理費(利益)15%を上乗せしてNHKからマイコに支払った。
スポーツ予算は高額かつ毎年扱うソフトが違うため内容が複雑であった。従って一番内容に精通している孝志が会長の海老沢に説明していた。
孝志は直接費・回線費・機材費・人件費を正確に計算して本当の番組制作費をはじき出すことが出来た。孝志は番組トータルコストを正確に計算できるNHKでも数少ない経理マンであった。
「NHKはクビ切れないから言う事を聞かないヤツは飛ばすしかない」と海老沢会長がよく話していたと、海老沢氏の側近から孝志は聞いていた。会長の海老沢に意見できる者はおらず、文藝春秋は彼のことを「エビジョンイル」と報じた。
「『NHKの首領』海老沢勝二--『政治家を諦めNHK会長になった』男の野望 (巨大メディア独裁化の内幕)上杉 隆 文芸春秋 81(12), 94-105, 2003-10」
海老沢会長が阪神タイガースの買収を指示したことがあった。
「NHKが球団をもったら阪神ファンは受信料を払ってくれるかも知れませんが、巨人ファンは受信料を払わなくなるでしょう」
と孝志は異議を唱えた。
しかし、海老沢は、
「国鉄スワローズがあるだろう」
と反論し指示を撤回しなかった。
確かにと思った孝志は調査をした。プロ野球の規則が変わってある基準以上の資本金を持っている企業でないと球団を持てないことが判明した。NHKに資本金はない。
その結果、海老沢は阪神タイガースの買収は諦め、阪神戦の買い占めに指示を変更した。
孝志は海老沢に反論できる数少ないNHK職員だった。
海老沢と会話が出来たため、会長への確認事項は孝志に任されることが多かった。役員や秘書など取り巻き連中は、直接聞きに行くことをしたがらなかった。
孝志が会長室から出てくると
「(親指を立てて=海老沢さんのこと)、なんて言ってた」
と秘書たちが孝志に聞いてくるような始末だった。
海老沢からしてみても、当時孝志は30代であり年齢差がかなりあったため寝首を掻かれる心配がなかったのだ。
孝志は海老沢と直接話が出来たため、海老沢の悪口を言っている人間がいるとそれを海老沢に告げ口をした。その結果、海老沢の取り巻き連中が孝志に対して非常に気を使うようになった。
ある意味孝志は理事よりも力を持っていた。理事から直接電話が掛かって来るような、そういう立場だった。
孝志が案内役となり2002年日韓ワールドカップサッカーの会場へ海老沢と同行したことがあった。カバンや上着を「お持ちます」と孝志が申し出ても、「いいよいいよ」と気さくに言って、海老沢は孝志に鞄を持たせることはなかった。海老沢にはそのような一面もあった。
何かあると孝志は2千番から呼ばれていた。会長室の内線番号が2千番だった。孝志はNHKスポーツのドンである大久保と一緒によく会長室に足を運んだ。会長の新年のあいさつの原稿作りが最も大変な仕事だった。
孝志と大久保は上司と部下というよりも友達のような関係であった。
孝志は大久保を「タケオチャン」と呼び、大久保は孝志を「ハナちゃん」と呼んでいた。
大久保はスポーツ内部の管理職人事を決定する為に、30代半ばで年齢的に管理職とは無縁な孝志に「お前が見たスポーツの管理職の印象を教えろ」と言った。孝志はNHK上層部の人事にも影響力を持っていた。I.T(現MICO)をスポーツ企画制作部長に強く押したのは孝志であった。
大久保は毎日朝から夜まで酒を飲んでいるような人物であった。家には帰らず約10年間毎日アリマックスホテルに公費で宿泊し、会議には出席しないなどとんでもない人物ではあったが、憎めない人物でもあった。
当時、スポーツ報道センターでは毎年で5台以上のパソコンが盗まれていた。その他のNHK資産も盗難にあっている。
パソコンなどの20万円以下の盗難は7階東急で、共済会伝票で購入したビール券を換金して孝志は対応した。
編集機の盗難は、業者からレンタルしたように装って架空の請求書をもらって処理した。
会計検査院法という法律で、盗難や紛失があれば、文章で会計検査院に報告する義務がNHKにはあるが、その報告をほぼすべてしていない、と孝志は告白している。
「職員が泥棒をしたのではなく、泥棒が職員をしているんだ!」と大久保は言った。
高い給料を貰っているNHK職員が、リスクを冒して窃盗をするとは孝志には思えなかった。後のこの考えは改められた。
海老沢と直接話が出来た一般職員は孝志と会長秘書と女子アナウンサーぐらいであった。
管理職でも大半が海老沢と直接話したことはなかった。
お金や女性にクリーンでNHKのために日々勢力的に働く海老沢のことを孝志は尊敬していた。
海老沢が受信料システムを海外のメディアで説明しても信じて貰えなかったという。
罰則がないのに大多数の視聴者が受信料を払っていることを海外メディアは信じることが出来なかったのだ。
孝志が海老沢から聞いた印象に残っている言葉
日本の3大自慢 「富士山」「新幹線」「NHK」
そのNHKが信頼を失い、海老沢が失脚することとなる不祥事が発生することなる。
立花孝志物語 5 転換点 へつづく
2ちゃんねる 「内部告発立花孝志1~40」
昨日、NHK党八王子担当の片岡まさしさんのリツイートに貼付されていた以下の動画を久しぶりに見ました。
この動画制作者の編集力が凄いのだと思いますが、やっぱり、動画って、映像、音楽、ナレーション、字幕、本人の語りなどが、色々な情報が組み合わさっていて、文字だけの情報よりも訴えかける力が強いですよね。
僕が書いているものは映画監督で立花さんの専属カメラマン荻野欣士郎さんが映像化する予定です。NHK党公式企画です。どんな映像になるのか今から楽しみです。
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モリヤマ ヒデキ/歳/男
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