20年越しで実現した「念願のサッカースタジアム」

 Eピースは、広島県のサッカー関係者やサッカーファンからすれば、「念願のサッカースタジアム完成」(広島市都市整備局スタジアム建設部スタジアム調整担当課長の藤川由美氏)である。

広島市都市整備局スタジアム建設部スタジアム調整担当課長の藤川由美氏(中央)、同部課長補佐(事)主任の大形智哉氏(左)、同部主査の堀江祐矢氏(右)(写真:木村知史)
広島市都市整備局スタジアム建設部スタジアム調整担当課長の藤川由美氏(中央)、同部課長補佐(事)主任の大形智哉氏(左)、同部主査の堀江祐矢氏(右)(写真:木村知史)
[画像のクリックで拡大表示]

 広島を地元とするプロサッカーチームであるサンフレッチェ広島は1992年創立。Jリーグの発足時から同リーグに加盟している、いわゆる「オリジナル10」に属する名門だ。Jリーグの開幕年度にあたる1993年は広島県総合グランドメインスタジアム(広島スタジアム)を、その翌年の1994年から昨年に至るまでは広島広域公園陸上競技場(広島ビッグアーチ、2013年にエディオンが命名権購入によりエディオンスタジアムに名称変更、以下Eスタ)をメインに使用していた。

 Eスタは4万5000人を収容する大規模な競技場である。このため、開業当時は話題を集めていたものの、年を経るごとにサッカーのスタジアムとして利用するための課題が浮かび上がってきた。客席の多くに屋根がない、トイレの個室が和式、ピッチと観客席の間にトラックがあるので迫力に欠ける……。こうした構造上の課題以上に深刻だったのがその立地だ。広島駅の西側約10kmに位置するEスタは、クルマで順調に移動できれば30分の所要時間だが、ほぼ一本道であるために渋滞が避けられない。加えて、公共交通機関での移動の場合、新交通システムであるアストラムラインでは中心部から40分ほどかかるため、アクセスを理由に観戦をあきらめる人が多くいるといった課題があった。

Eピースの内観。ピッチと観客席の間の距離を短くしたり、観客席の上に屋根を架けるなど、Eスタ時代の課題の多くが改善されている(写真:木村知史)
Eピースの内観。ピッチと観客席の間の距離を短くしたり、観客席の上に屋根を架けるなど、Eスタ時代の課題の多くが改善されている(写真:木村知史)
[画像のクリックで拡大表示]

 新たなサッカースタジアムを要望する声が多くある中、2003年には広島県や広島市、広島商工会議所などを中心に「スタジアム推進プロジェクト」が発足される。しかし、財源の確保がままならなかったことや、複数挙がった建設候補地が要件をクリアできなかったことなどで、プロジェクトは事実上休止する。

 その後、紆余曲折を経て2019年2月、中央公園広場を建設場所とすることについて、広島県知事、広島市長、広島商工会議所会頭、サンフレッチェ広島会長の4者で合意。観客3万人規模のサッカースタジアムの建設を広島市主体で進めることになった。同年5月には2024年の開業を目指す、「サッカースタジアム建設の基本方針」をとりまとめる。その中ではサッカーの施設にとどまらずに都心部のにぎわいにも貢献できる施設とすること、周辺住民の生活環境を確保する対策を行うことなど、スタジアム建設を進めるうえでの基本的姿勢が盛り込まれた。

 また、広島県知事、広島市長、広島県商工会議所会頭を構成員とし、サンフレッチェ広島会長をオブザーバーとする「サッカースタジアム建設推進会議」を設置する。さらに、具体的な検討を進めるため、同推進会議の中にサンフレッチェ広島を含む4者の事務方職員を構成員とする「作業部会」を設置。そこに広島県サッカー協会(以下、県サ協)職員もオブザーバーとして参加することで、利用者側の意見を汲み取れる構造とした

* 2021年1月から、県サ協会長を推進会議のオブザーバーとして加えるとともに、作業部会での県サ協職員の位置付けをオブザーバーから構成員に改めた。