"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
おにいちゃんは既に寝た。
日付が変わり、時間としては深夜の頃。
私は、リビングで一人、スマホを眺めていた。
眠気はある。
でも、なんだかまだ寝れなかった。
その要因となっているものを、眺めていた。
それはスマホ。
その中に入っているメッセージアプリ。
その中に登録している人物との、チャット画面。
それをただ、見つめていた。
そこに映る、一番最新のメッセージ。
私が送ったもの。
それに、既読がつかない。
つまりは、相手はまだスマホを見てないという事。
なんとなく、返事がこないかなと思いながら待ってたら、こんな時間になってた。
もう何時間も既読がついてない画面を、ただ見ている。
最後のメッセージは、いつ頃送ったんだったか。
そうだ、出かけたママから連絡が来てすぐくらいだったかな?
ママから帰りが遅くなるって連絡がきて、一緒に寝れなくて残念って思ったからよく憶えてる。
だから、ちょっと寂しくなって、ついメッセージを送ったんだ。
――ちょっとお話できないかな?
って。
そこまでは普通に連絡が取り合えてたから、別にいきなりの連絡じゃないと思う。
それまでは普通にすぐ返信をくれてたから、仕事かなって思った。
でも、そこから全然返信がこなくなった。
いつもなら、仕事の時でも大体二、三時間くらいで連絡は返してくれる。
私が夜におやすみって送ったら、その時は既読だけついてて返事はこないけど……。
だから、なんとなく今日はおやすみって送ってなかった。
そうすれば、時間が遅くなっても返事をくれるから。
眠いのに寝られずに抱く、この胸の内に広がる不安を解消してくれるから。
一言、いつも通りの短い返信をくれればそれでよかった。
いや、既読がつくだけでよかった。
私のことをちゃんと見てくれてるって思えたから。
でも、まだつかない。
だから、起きてた。
早く解消して欲しい、この胸のもやもやを。
その時。
「あっ」
思わず声を上げてしまう。
見つめていた画面に、変化が起こったから。
既読。
その表示が、私が送っていたメッセージについたから。
既読のマークがついた。
たったそれだけなのに、私の心が暖かくなる。
見てくれた。
その事実に、心臓の鼓動が早まる。
やっぱり、気のせいだったんだ。
そう、心で呟いた。
そして既読がつき、私がおやすみと送っていないならば。
『ごめんよー、出かけててスマホ見れなかったわ』
届いたメッセージに、どうしてか心が躍ってしまう。
ただの、謝罪とその理由。
それがどうしても嬉しく感じてしまう。
逸る気持ちを抑えて、返信を打つ。
『ううんっ、大丈夫だよっ! 気にしないでっ!』
メッセージを送ってから、ちょっと後悔。
届いてからすぐに送っちゃった。
もしかしてずっと待ってたとか、がっついてるとか思われないよね……?
それがもしバレてしまってたらと思うと、顔が熱くなってくるのを感じる。
い、いつもこのくらいの早さで返してるから大丈夫だよねっ?
そう自分に言い聞かせて、画面を見つめ続けた。
そして、ハッとした。
い、いっつもこんな早さで返してたのっ? カ、カズヤ君に変に思われてないかなっ……。
自分でも引くくらいに早く返信したのがいつも通りなのだとしたら、それはそれでヤバい。
直接会ったら好きって言いたかったから、まだカズヤ君には私の気持ちは伝えてない。
なのに、こんなにすぐにいつも返してて変な子とか思われてたら嫌だった。
もしかしたら気があるかもって気付かれてるんだったら、恥ずかしすぎる。
それはそれで気付いてくれて嬉しさはあるけど、こんな無意識に好意を示してて気付かれるのは、流石に恥ずかしさの方が大きかった。
……次からは一分くらい待ってから送ろ。
そう、心に決めた。
内心でそんな事考えつつも外さなかった視線に、既読の文字が映る。
そしてすぐに返信が届いた。
『それにしても、こんな遅くまで起きてちゃ大きくなれないぞー』
そのメッセージを見て、思わずムッとなる。
確かにまだ子どもだけど、子ども扱いしないでほしい。
自分は大人みたいな態度に、当たり前なのにムッとしてしまう。
だって、カズヤ君と結婚するってことは、対等になるってことだから。
好きな人には、子どもだって思ってほしくなかったから。
同じ大人……異性として私を見てもらいたいから。
だから、ついその感情で返信を打ってしまう。
『全然子どもじゃないしっ!』
送ってから後悔。
これじゃ、明らかに子どもっぽい文章だ。
もっと大人な対応が出来なかったのかと、反省してしまう。
だから、続けてメッセージを送った。
『……でも、大人だから見逃してあげる』
……ダメだぁっ。
なんか、もっと子どもっぽくなったっ!
そして続け様にそんな文章を送ってしまったことに、遅れて羞恥心がやってくる。
絶対、子どもっぽいって思われてる……。
しかも一分待ててないしっ。
そんな感想と感傷を抱くが、画面を見ればまだ既読はついてなかった。
まだ間に合うっ。
そう思って、送ったメッセージを指で長押しする。
その瞬間、既読マークがついてしまった。
同時に押し寄せる絶望。
見られた……子どもっぽいの見られたっ……。
気持ちが沈みながら、画面を見つめる。
また、どうせ子ども扱いされる。
この後の返信を予想しながら、更に気持ちが落ち込んだ。
そして、返信が送られてきた。
『悪いね。ルビーが可愛いから、ついからかっちゃったよ』
はあ?
ぜんっぜんそんな気ない文章じゃん。
そんな、字面だけ並べればいいってもんじゃないんですけど?
ちゃんと文面でも気持ち込めて表現とかすればいいのにさっ。
そんなことも出来ないんだもんなーっ。
まったく、カズヤ君はダメダメだなぁっ!
ホントにダメダメだっ。
だから誰かがちゃんと支えてあげないといけないよね。
……しょーがないなぁ、カズヤ君は。
ため息を一つ吐いた。
そして、改めて文章を打ち始めたのだった。
眠気はもう、なかった。
大体二十分くらいは経っただろうか。
未だにカズヤ君とのメッセージを続けていた。
だが、少しだけ眠くなってきた気がする。
でも、子ども扱いされたくないから、おやすみは送らない。
カズヤ君が送ってくれたら、こっちも送るつもり。
その時、スマホの通知音以外の音が聴こえた。
それは玄関から。
それで思い浮かべるのは、一人。
ママが帰ってきたのかな?
そう思った。
玄関のドアが開き、そして閉まる音。
やがて足音が聞こえ、リビングのドアが開いた。
「あっ、ルビーまだ起きてたんだっ。ただいまーっ」
明るい声と表情で、ソファーに座る私を見つけたママが言った。
だから私も同じく返す。
「ママっ! おかえりっ!」
そしてスマホを一旦置いて、ママの元へ駆け寄った。
勢いのままに抱きしめる。
「おーっ、ルビーはまだ元気だねっ。すくすく育ってくれてママ嬉しいよっ」
私にそう言って、ママも抱きしめ返してくれた。
抱きつきながら、顔を見上げる。
「遅かったけど、どうかしたのっ?」
私の言葉に、ママは笑顔を浮かべた。
「んーっ、別に何もないよー? いつも通りって感じかなっ」
浮かべる笑顔は、ママの笑顔。
いつも通りの笑顔。
でも。
いつもと違って見えた。
初めて見る表情……でもない。
どこか、見覚えがある様にも見えた。
至近距離で見ているからだろうか。
心なしか、頬が赤らんでる気がする。
その表情はどこか、ママでありママじゃない様な感じ。
上手く言葉に出来ない。
でも、漠然とそんな風に思った。
「ママ、なにか良いことでもあったの……?」
思わず訊ねてしまう。
「良いことー? まっ、確かに良いことはあったかもねっ」
僅かに考えてから、再び笑顔でママは言った。
けれど、すぐにハッとした様に表情を変えた。
「でもまぁ、良いことだけって感じでもないかもなー」
お風呂入ってくるねっ、そう言ってママは私から離れてリビングを出ていった。
そんなママの後ろ姿を見やる。
良いことあったけど、良いことだけって感じじゃない。
よくは分からない。
だから、気のせいだと思う。
ママが一瞬、私を見て言葉を選んだような気がするっていうのは。
気付けば、心臓の辺りを手で押さえていた。
何故かは分からない。
でも、そうしたくなった。
……気のせいだよ。
そう自分に言い聞かせる。
気のせいに決まってる。
今、何故か頭に浮かんでることは。
全部、気のせいだ。
だって、嘘を吐く必要がないもん。
だから――気のせいに決まってる。
ママが帰ってきた時間と、カズヤ君の既読の時間差が……ウチからカズヤくんちまでの車の時間と同じくらいっていう考えは。