"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第119話

 警察署を出て、タクシーに乗っている。

 隣にはカズヤ。

 取調室からずっと、腕に抱きついたままだ。

 刑事さんは小言の様に何か言っていたが、全部聞き終えた後にカズヤに顔を向ければ「……今回は不問にするけど、次から気を付けてねだってさ」と教えてくれた。

 私たちの愛の力だねっ、と笑顔を向ければカズヤの苦笑と刑事さんのため息が返ってきた。……むぅ、なんか解せない。

 カズヤがタクシーを呼んでくれて一緒に乗り込み、私のマンションを言いそうになったので、慌ててカズヤの家を伝えてそちらに向かっている。

 途中で私から離れようなんて、そうはいかないんだから。

 車内では私が、抱きついてるカズヤの顔をずっと見つめ、カズヤは顔を窓の方へと逸らしている。

 なんだか気まずげな雰囲気を出してるけど、私には関係ない。

 この状況が、この上なく幸せだったから。

 自ら手放してしまっていたものが、まだ完全に失ってはなかったんだから。

 だから、カズヤの家に一緒に向かってる。

 カズヤと再び……いや、昔以上に繋がるために。

 タクシーの運転手は、後部座席でいちゃつく私たちを一切気にせずに運転してる。

 随分としっかりした運転手だなぁ、なんて思ったがふと考える。

 カズヤが呼んだ、この運転手。

 電話してるカズヤの口調は、何やら親し気な様子だった。

 つまり、カズヤにとって馴染みあるタクシー運転手という事。

 そんな運転手が、物珍し気な態度を微塵も見せない。

 ハッとした。

 

 この運転手は、カズヤのこんな状況を見慣れてる……?

 

 誰と? 私も知ってる人? それとも知らない女?

 苛々とした感情が、心の中で徐々に大きくなってくる。

 そりゃあ、離れちゃった私が悪いけどさっ……なんかムカつくっ。

 そんな感情に支配されるが、やがて消えた。

 続いて現れた感情は、真逆のもの。

 それは、嬉しさ。

 あぁ、私……カズヤに、嫉妬してるんだっ。

 その想いでいっぱいになった。

 だって、嫉妬してしまうってことは、私はカズヤが好きってことなんだもん。

 だから嫉妬してる私を自覚し、嬉しくなってしまった。

 嫉妬してるからこそ、好き。

 こんな気持ち、初めてだった。

 嫉妬する程にカズヤのことが大好き。

 それが何よりも嬉しかった。

 やっぱりカズヤのことが大好きなんだ。

 その気持ちを再確認できたから。

 でも、自分勝手な感情だけど、ちょっとイライラしたのは事実。

 だから、腕を抱きしめる力を強めてやった。

 そしてカズヤの顔を見つめながら、胸中で呟く。

 ……カズヤのばーか。

 でも、大好きっ。

 

 

 

 

 カズヤの腕に抱きついたまま、タクシーから降りる。我ながら中々器用だと思った。

 着いたのは、久々に見たカズヤが住むマンション。

 カズヤの隣を歩きながら一緒に階段を上る。

 ここを、前に上ったのはいつだっけ?

 ふと、そんな事を思った。

 あれは確か、アイドルを辞めたら結婚してほしいって、カズヤに言った時だったはず。

 昔の、バカで愚かな私の姿を思い出す。

 あの頃の私はカズヤに寄りかかるだけで、カズヤのことなんて考えてるつもりで、考えてなかった。

 カズヤは絶対に私を裏切らない、そう信じていた私。

 いや、そう必死に思い込んでた私。

 だから、カズヤに求めた。

 ただ私を受け入れてくれるカズヤを。

 だから、カズヤは離れた。

 きっとあのまま結婚してても、私が本当に幸せになれないって思ったのかもしれない。

 カズヤさえいてくれれば、他に何もいらないと思い込んでいた私。

 もしかしたらカズヤと結婚しても、子どもたちに愛を向ける彼に酷く嫉妬して、最悪子どもたちを嫌っていた、なんて事まであったかもしれない。

 本当のカズヤを見ようと、信じようとしていなかった私が。

 バカな私は、カズヤの判断が正しかったのかなんて、今でも分からない。

 幼い頃から幸せの形を見た事のない私には、何が幸せに繋がるのかが分からなかった。

 でも、今なら分かる気がする。

 なにが幸せなのか。

 カズヤが隣にいて、一緒に子どもたちの成長を見て、それを皆から微笑ましく見てもらう。

 それが本当の幸せなのだとしたら、私は絶対にカズヤと一緒にいなくてはならない。

 カズヤが教えてくれた本当の愛。

 カズヤが気付かせてくれたアイドルとしての愛、そして子どもたちへの愛。

 カズヤがいなければ、絶対に手に入らなかった全ての愛。

 私はアイドルとしても母親としても女としても幸せを掴みたい。

 けれど、その全ての根底にカズヤがいるんだから、カズヤなしでは、私の幸せは絶対に叶わないという事。

 全ての幸せを手に入れて、ようやく私は幸せだと思えるんだろうから。

 星野アイは、欲張りなんだ。

 

 だからこそ、今度は本当に――本当のカズヤを二度と離さない。

 

 誰よりも本当のカズヤを見て、知って、全て受け入れる。

 今の私になって、ようやくそれが叶えられる様になった。

 ……この私も、カズヤが気付かせてくれたんだけどね。

 私の本当は、カズヤで出来ている。

 なので、カズヤの本当にも、私はなりたい。

 本当の私で、本当のカズヤを受け入れる。

 だからカズヤ……今度は、本当の夫婦になろうねっ?

 本当の夫婦になって、本当の父と母になりたい。

 

 

 カズヤと私、そしてアクアとルビーが――本当の家族なんだから。

 

 

 そこまで考えて、ハッとした。

 アクア、は大丈夫。

 そう、ルビーだ。

 あの子、カズヤのことが好きって言ってた。

 カズヤと結婚したいって言ってた。

 でも、でもっ、カズヤはあの子の父親だし、私の旦那様だからっ……。

 ルビーがカズヤを好き。

 その問題が、ようやく思い出した様に私に降りかかってきた。

 あの子にカズヤは諦めてって言う?

 ……ダメだ、絶対にケンカになっちゃう。

 今更、父親だって言う?

 ……ダメだ、絶対にケンカになっちゃう。

 それに、ルビーを応援してるっぽいアクアにも、ひょっとしたら嫌われちゃうかもしれない……。

 完全な八方塞がりに陥ってしまった。

 

「お先にどーぞ」

 

 いつの間にかたどり着いた玄関のドアを開けて、カズヤが言ってくる。

 それに従い、先に中に入った。

 どうしよう……。

 カズヤへの想いに加えて、新たな問題が私の心を占めた。

 

 

 

 

 懐かしいダイニングの景色を眺める。

 何も変わってない。

 そんな印象を、私に抱かせた。

 カズヤは、何も変わってない。

 変わらずに、私を愛してくれてた。

 そう言われている様にも感じて、思わず心が暖かくなる。

 でも、私は変わった。

 カズヤが、変えてくれたんだ。

 本当のカズヤも愛せる、本当の私に気付かせてくれた。

 カズヤに促されて、椅子に座る。

 カズヤもテーブルを挟んだ対面に座り、こちらを見つめてきた。

 僅かな沈黙。

 

 

「……俺の話、聞いたんだな」

 

 

 それを破ったのは、カズヤだった。

 カズヤの言葉は、先程までいた警察署を私に思い出させる。

 彼の言葉に、頷いた。

 

「うん、全部聞いたよ」

 

 そう答えれば、カズヤはため息を吐いた。

 それは私にではなく、まるで自分に向けて。

 

「……本当は、アイには死ぬまで聞かせるつもりはなかったんだ」

 

 カズヤの表情は、何故か自分を悔いている様に見えた。

 けれど、何となくだけど心境は分かる。

 多分、私があのまま嫌って、カズヤを忘れてくれれば幸せになってくれると思ってるんだろう。

 カズヤに恨みを持ったまま、カズヤだけに恨みを向けて、それ以外の事に負の感情を抱かせない様にするつもりだったんだろう。

 それが、たまたま私は知ってしまった。

 偶然。

 だけど、私には運命だと思ってしまう。

 だって昔も、カズヤが隠そうとしてきたことは、結局私は知ってしまってる。

 あの時は、田山さんから。

 そして今回は、刑事さんを介して、カズヤの口から。

 カズヤが望んでない真実の暴露を、私は悉く知ってしまってる。

 だからこれは、運命なんだ。

 

「カズヤの愛は、絶対に私に伝わっちゃうんだよ」

 

 そういう運命なのだ。

 私の嘘やカズヤの声の力なんてものでは到底覆せない運命が、私とカズヤの間にはあるんだ。

 そう思えば、しっくりときた。

 

「きっと私を幸せにしたいなら、ちゃんと隣で幸せにしろっていう神様の思し召しなんだよっ」

 

 カズヤが私から離れるなら、神様が私たちを正しい運命へと修正する。

 だから、偶然じゃなくて必然なんだ。

 私の言葉に、カズヤは呆然と見つめてくる。

 また、本当のカズヤが見れて、嬉しくなる。

 やがてカズヤは、目を瞑った。

 

「……俺と一緒にいても、アイは幸せになれない」

 

「なれるよ」

 

 小さな声で呟いたカズヤに、即答する。

 なれるよ……ううん。

 

「なれるんじゃない……幸せになるよ」

 

「……え?」

 

 再び目を開けたカズヤに微笑む。

 なるよ……ううん、違う。

 

 

「カズヤが隣にいてくれて――幸せになってみせるっ!」

 

 

 これが、私の本当。

 心から思う気持ち。

 私は本当が分からない。

 だから、叶うまで想い続ける。

 幸せになる、なんて弱い気持ちじゃない。

 絶対に、幸せになってみせる。

 そう願い続ければ、叶わない訳がない。

 

「アイ……」

 

 驚いた表情で見つめてくる彼に、再び微笑む。

 この笑顔は、カズヤだけに向ける本当の笑み(アイドルスマイル)

 彼だけのアイドルで、私はファン(カズヤ)の目を奪う。

 

「やっぱり、自信ないかな?」

 

 そう訊ねれば、やがて頷く。

 あまりにも素直なカズヤに愛おしさが溢れるが、必死に我慢する。

 

「……俺といない方が、アイは絶対幸せになれるからさ」

 

 まあ、私のせいでずっと何年もそう考えてこさせちゃったんだもんね……。

 今までの愚かな私のせいで、カズヤをこんな風にさせちゃったんだもんね。

 ここまでずっと、苦しい思いをさせてきてごめんね。

 愛してくれてる私を嫌う嘘までつかせてごめんね。

 私は、嘘はとびきりの愛だって思ってた。

 ずっと、そうなんだと思ってた。

 実際に、そうだった。

 カズヤの嘘は、とびきりの愛だった。

 見返りを一切求めない、究極の愛。

 私には到底出来ない、カズヤなりの愛。

 もしかしたら、私が知らないままだったらカズヤも、私以外の誰かと結ばれて幸せになったのかもしれない。

 そうなれば、私も幸せでカズヤも幸せということだろう。

 つまりは誰も不幸にならない、最高の選択肢だったのかもしれない。

 けれど、それを知った今、それは、とびきりの呪いの様に思えた。

 知らなければよかった、ではない。

 知らなかった自分を殺したいと思う程の激情。

 カズヤを嫌う? カズヤがいないで幸せになる? カズヤが、私以外の誰かと結ばれる?

 それに呼応する様に、心が仄暗い感情へと変わっていく。

 カズヤを愛してる。

 カズヤと幸せになりたい。

 カズヤがいないと幸せになれない。

 カズヤは、誰にも渡したくない。

 

「ねえ、カズヤ」

 

 私のせいで苦しんでいるカズヤを助けたい。

 でも、私のせいでずっと考えさせてしまった彼の思考は、簡単には変わらないだろう。

 それは取調室でのカズヤの話を聞けば、嫌でも理解出来る。

 自分の考えを変えられない。

 そして私を愛して、幸せになって欲しいと思ってる。

 

 ごめんね、カズヤ……。

 やっぱり私は心が弱いから。

 カズヤを支えるって決めたけど、こんな方法しか分からないから。

 ちゃんと本当のカズヤは全部受け入れるし、愛せるのは間違いないよ?

 ちゃんとカズヤを心から信じることもできるし、裏切りだって思うこともないよ?

 カズヤが他の人も愛してるっていうのも、ちゃんと理解できてるし受け止めてるよ?

 でも、でも……。

 私を見て、私を感じて、私を想って欲しいから。

 他の人と同じ愛じゃ、やっぱり満足できないから。

 私はカズヤがいないと、生きていけないから。

 だから私も、あなたに届けるね?

 

 

 

 

「私、幸せになれなかったら――――死ぬからねっ?」

 

 

 

 

 愛してくれるあなたに、私からのとびきりの(呪い)を。

 


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