"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
最近徐々に仕事の忙しさで、執筆が難しくなっておりまして……。
ドアを開ければ、目の前には背を向けた刑事さんと、こちらを見るカズヤの姿。
やや遅れて刑事さんが振り返り、驚いた表情を浮かべた。
「なッ……ア、アイさんッ?」
刑事さんの言葉には反応せず、ただ一点だけを見つめる。
驚いた表情をそのままに、呆然と私を見ている彼。
カズヤだけを、私は見つめた。
久々に間近で見たカズヤに、やはり好きという感情が再燃する。
やはり愛してるという感情が昂る。
それを堪え切れずに、笑みが増してしまう。
カズヤにだけ見せていたはずの、本当の笑み。
その表情を隠す事なく、他の人がいる前でも、見せる事が出来た。
「刑事さんっ、ごめんなさいっ! やっぱりカズヤの逮捕はナシでお願いしますっ!」
「はっ……?」
刑事さんのポカンとした表情に、笑みを向ける。
「私が全部間違ってましたっ! カズヤは悪くなかったんです!」
「い、いや、だが……」
私の言葉に、刑事さんは渋る様子を見せてきた。
どうしたんだろ?
「刑事さん、カズヤの逮捕するやつ取り消してくれますかっ?」
笑顔で話しかけるが、刑事さんは表情を変えてくれない。
「……アイさんが被害を受けた事を取り下げるというのなら、可能ではあります」
ただ、と続ける。
「この男は逮捕しておいた方がよろしいかと思いますが……」
その言葉にハッとした。
刑事さんはまだ、カズヤの言葉の影響を受けてるんだ。
それに気付いた。
「――ですよね。絶対に俺を逮捕してくれるって約束しましたもんね」
その声に、視線を向ける。
カズヤが刑事さんへと、笑いかけていた。
それを見て、イラっとする。
は? なんで刑事さんに笑顔向けてんの?
私がいるのに、私に笑顔を向けてくれてない。
その事に、イラっとした。
……でも。
すぐに考えを改める。
カズヤは嫌われて、私の前から消えたいって思ってる。
それが私の幸せに繋がるからって。
だから、カズヤは刑事さんに力を使った。
私はさっさと消し去った声の力を、刑事さんに使ったんだ。
カズヤは、私の前から存在を消そうとしている。
昔、彼のマネージャーである田山さんから聞いた話の通りだった。
私を想って、私の前から存在しなくなる。
私を愛してるからこそ、私に嫌われようとしてる。
全て、全てが私だけを思っての愛だった。
だからこそ、こうして嫌われようとしているカズヤを見ると――どうしようもない程に、愛おしさが湧き上がってくる。
一年前、私は彼から愛してないと言われた。
だけど、それは大きな勘違いだった。
いや、そもそも私の認識が間違ってたんだ。
だって……カズヤは私を愛してないって、一度も言ってないから。
――俺のは、別にアイだけに向いてる愛じゃない。他の人にも同じくらい向いてるんだよ。
あの時カズヤが言った言葉。
あの時の私は、バカだった。
普通に考えれば分かる意味を、見ない振りしてた。
だってカズヤは、私を愛してないって言ってない。
俺のは、アイだけに向いてる愛じゃない――。
それはつまり、私を愛してくれてるって事だったんだもんっ。
でもバカな私は、自分と同じくカズヤからも特別な愛を向けてくれてるって思い込んでたから、カズヤの言葉を理解出来てなかった。
心の弱い私は、自分だけに向けてくれない愛なら、それは私を愛してないと捉えてた。
おかしいよね、"特定の誰かだけに向けない愛"って、アイドルの頃にファンに届けてた愛とまるで同じなのに、それを受け入れられないって……。
でも多分これは、アイドルを辞めたから分かる事。
……ううん、考えてみればこれも、カズヤが教えてくれた事なんだと思う。
引退ライブのあの日、私はファンの皆を本当に愛せた。
それはあの朝、特定の誰かを愛する気持ちを失って、私に残ったのは――特定じゃない誰かを愛する気持ちだけだから。
なら、比較する対象の気持ちがなくなって残ったその気持ちが、本物。
つまり、カズヤへの愛を失って、カズヤからの影響を受けずに、ようやく自分の中にあるカズヤ以外の人への気持ちが理解できた。
だから、ファンの人たちに本物の愛を届けられた。
だから、子どもたちにカズヤの愛じゃない、私だけの愛を届けられる様になった。
だから私は、やっぱりカズヤがいないとダメだ。
カズヤがいないと生きていけない。
その本当の意味が、ようやく分かった。
私はカズヤがいないと、本当が分からないから。
カズヤがいてくれるから、本当の私でいられるから。
こうやって気付いた、結局カズヤを愛してるっていう気持ち。
これが、本当の私だから。
私は子どもたちも、ファンでいてくれた人たちのことも、本当に愛してる。
でもそれは、カズヤへの愛とはまたそれぞれ違った本当の愛。
カズヤへの愛は、カズヤだけにしか向けられない愛。
カズヤが何も言わなくたって、私だけで気付けた本当の愛。
生まれて初めて自分で気付けた本当の私は、カズヤを愛してる。
だから私は、本当の私が想うままにカズヤへと愛を届けたい。
私に、声の力によって影響を及ぼさない様に、傷付きながらも黙って与え続けてくれたカズヤの愛。
だから今度は、私がカズヤに届ける番っ。
カズヤは私を愛してるって言わなくてもいい。
私がこれからずっと、言い続けてあげる。
カズヤが私を愛してくれてるって。
カズヤが一緒にいるから、私は幸せだよって!
ずっと、ずっと隣で言い続けてあげる。
自分がいなくなれば、なんてカズヤが思う暇がないくらいに、ずっと。
カズヤと一緒に、私の愛してる人たちが生きるこの世界を見続けたいから。
だから、ここから始める。
「刑事さんっ!」
声をかけながら、刑事さんを通り越してその奥にいるカズヤへと駆け寄る。
そして、彼の腕に思い切り抱きついた。
「私、カズヤを愛してますっ!」
「なッ、お、おいっ、アイ――」
横から聴こえてくる声は無視。
刑事さんに、笑顔を浮かべる。
「自分が嫌われても私の幸せを願ってくれてるカズヤも好きっ! 私に気付かれない様に、私を守り続けてくれてるカズヤも大好きっ! でもそれ以上にっ、こうして一緒にいてくれるカズヤの方が好きでっ、大好きでっ――愛してるんですっ!」
完璧な笑顔で伝える。
けれど、これは演技じゃない。
これを伝えるのに
――私はカズヤを愛してる。
それが絶対に伝わる様に。
刑事さんは、呆然と私を見つめている。
僅かに顔を動かせば、こちらを驚愕といった表情で見つめるカズヤの顔。
だからそれに、笑みを浮かべてあげる。
これは、カズヤだけにしか浮かべない笑顔。
再び刑事さんに視線を戻した。
「だから刑事さんっ、カズヤの逮捕をなかった事にしてくださいっ」
こうしてカズヤに触れられる。
私は最高の笑顔で、刑事さんに伝えた。
しばらく呆然のままにこちらを見ていた刑事さん。
やがて――ため息を吐いた。
「……分かりましたよ。全く、とんだ痴話喧嘩に付き合わされるとは……」
「――えっ」
カズヤの微かな声が耳に届く。
初めて聞いた彼のそんな声に、思わず嬉しさが募る。
これが、本当のカズヤなんだね……。
その事実に、幸せで心が暖かくなった。
どんなカズヤでも、私の愛するカズヤだもん。
なら、どんなカズヤでも愛おしく思ってしまうのは仕方ないんだ。
再びカズヤに顔を向ければ、目を見開いて刑事さんを凝視する姿。
そんな顔を見ながら、微笑む。
ねえ、カズヤ。
カズヤの声は、確かにすごい力を持っているのかもしれない。
でもね、私も得意なんだよ?
愛してるって、他の人に魅せるのは。
だから魅せたの、刑事さんに。
カズヤを愛してる幸せな私を、完璧に届けた。
私は一番星だから。
人の目を奪うって事なら、誰にも負けない。
そして嘘の愛を、言葉として完璧に届けられた私なら。
本当の愛は、カズヤの言葉より究極に届けられる。
だってそうでしょ?
カズヤが皆に向ける愛を私に届けてるなら、私の方がカズヤを愛してるんだもん。
だから私の本当の愛は、カズヤの言葉に負けるはずがない。
もうカズヤを疑わない私なら、カズヤへの愛で誰にも負ける訳がない。
アイは、もうアイドルを引退した。
けれど
今後は、カズヤへの愛で皆の目を奪うからね?
カズヤを愛してる私を、皆に魅せつけるんだ。
私の視線に気付いたのか、ゆっくりとカズヤがこちらを向いた。
だから、微笑む。
「カズヤ、愛してるよっ」