"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第113話

 俺の能力に関する質問を、茜ちゃんからされた。

 だが、どう答えるか迷う。

 別にはぐらかそうとして悩んでいるんじゃない。

 単純に、どうすれば出来る様になるのかが、自分でも分からないだけ。

 

「そうだなあ……」

 

 間を繋ぐ為にそう声を上げれば、茜ちゃんの目が期待に輝いた。

 その表情がまた、俺の心に刺さる。

 けれど分からない事なので、答えられないのは事実。

 なので、口を開いた。

 

 

「一回、茜ちゃんの想像でいいから、自分なりにやってごらん」

 

 

 相手への丸投げ、それを選んだ。

 だって、分かんないとか言ったら絶対涙目になるし。

 その表情を見たくなくて、相手に合わせる事を選択した。

 とりあえず茜ちゃんに俺を演じさせてみて、そこから判断。

 天性の才を持つ彼女の事だ、もしかしたら俺の能力も演じられるんじゃないかという思いもあった。

 そしてそれを見てちょっと感覚的に違うという部分があれば、それを指摘する。

 反対に全く出来てなかったら、もうちょっと俺を研究してみなよ、なんて偉そうに言ってお茶を濁す。

 ん、大人げないって?

 残念、俺は大人だから大人げないのも許されるのだ。

 大人げないは、大人だけに許される特権。

 だから俺はその権利を全力で行使する。

 

「えっ?」

 

 茜ちゃんはきょとんとした表情を浮かべた。

 悪い大人は、ここから畳みかける。

 

「茜ちゃんはずっと俺の事を研究してくれてるんでしょ? だから今どのくらい俺の演技を把握してるのか知りたくてさ」

 

 そう伝えれば、彼女はハッとした表情を浮かべる。

 そして再び笑顔になった。

 

「分かりましたっ、やってみますっ!」

 

 こんな大人げない大人になっちゃいかんぞ?

 目を瞑った少女に、内心で言葉を届ける。

 そしてやや間をおいて、その目を開いた。

 

 

 

 

「――君の事が好きだから」

 

 

 

 

 気付けば、全身に鳥肌が立っていた。

 同時に、背中に嫌な汗が流れてくる。

 そのセリフは、昔アイと共演したCMで言った言葉。

 何故そんなセリフを知っているのか、なんて疑問は微塵も浮かばない。

 そんな事に思考を割ける余裕がなかった。

 目の前にいるのは、黒川茜であり黒川茜じゃない。

 そんな錯覚をさせられた。

 黒川茜じゃないと感じるのは、それが、今の彼女は別人だと認識している自分がいるから。

 ならば、誰だと認識しているのか。

 …………俺だ。

 目の前にいる彼女のどこかに俺は、俺を見てしまった。

 けれど、目の前の人物が黒川茜とも認識出来ているのは、彼女の演技がまだ完璧じゃないから。

 だからこそ、黒川茜であるとも認識出来た。

 彼女の演技が俺じゃないと思える理由は何だ?

 その答えは目の前の少女を見つめていて、気付いた。

 黒川茜は――そこに存在していた。

 それが唯一であり、大きな違い。

 存在感が無くなる、それを彼女は行えていなかった。

 だから、完璧じゃなかったんだ。

 

 けれど、別の所で俺と錯覚してしまう要因はある。

 それは……声。

 彼女の放った言葉は、嫌でも俺の頭の中に強く残り続ける。

 言葉を印象付ける。

 それをこの少女は、ほぼ行えていた。

 改めて目の前の女の子の才能に、恐れ戦く。

 この子は、異常だ。

 直感の様に、脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

 幼いその身一つだけで、ここまで俺の能力を理解し演じられているんだから。

 故に、他者から見える自分について、初めて客観的に認識出来た。

 

 

 ――俺は今まで、色んな人に……こんなにも悍ましい力を使っていたのか。

 

 

 その事実に、思わず身体が震えそうになった。

 けれど茜ちゃんの姿が目に映り、必死で堪える。

 

「カズヤさん、どうでしたかっ?」

 

 演技をやめて完璧に黒川茜に戻った、演じている少女に、何とか笑顔を浮かべた。

 

「……いや、ここまで出来るって思ってなかったから、素直に感動したよ」

 

 言葉通り、彼女の演技を見て、確かに感動した。

 自分の力を恐ろしいものだと改めて感じ、それを無意識に長年行使し続けていた自分浅ましさに反吐が出る程、心が動いたよ。

 こんな能力――俺が持っていて良いものでは無い。

 存在しない人間が、これ程までに言葉でも、印象を残しちゃいけない。

 改めてだが、今まで以上にはっきりと自覚出来た。

 そして同時に思う。

 

 アイには、本当に酷い事をしてきたんだと。

 

 俺の能力の、一番の被害者であるのは間違いなくアイ。

 自分の言動を振り返り、改めて自身をぶん殴りたくなる。

 何が、アイと関わらないだ。

 何が、アイにとって俺は存在しない人間だ。

 何が……ただアイの幸せを願っているだ。

 これ程までに惨い力をアイに振るい続けてきて、どの口がそんな事を言えるのか。

 今まで俺がアイに告げて、これまで彼女が考えてきた思考は全て、俺がいなくともいずれアイが自分で考え同じ答えを見つけるものだと思っていた。

 けれど、こうして自分の能力を客観的に見て、そんな楽観的な考えをしていた自分を殺したくなる。

 過去に戻って、アイと出会ってしまう前の自分を殺してしまいたくなる。

 不完全とは言え、確かに俺の能力を再現した黒川茜。

 彼女の演技を見ると、後悔だけが押し寄せる。

 自分がこれまでにしでかしてきた事。

 それらを全て後悔してしまう。

 出会ってから今までアイが抱いた思考。

 それは全て、彼女がいつか見つけるものじゃない。

 

 

 

 

 全て、俺が植え付けた思考だ。

 

 

 

 

 そんな考えが頭を離れなくなる。

 アイだけじゃない。

 さりなちゃんや雨宮先生、かなちゃんや佐山さん、天使ちゃんに監督だって……皆、俺の力で本来には無い思考を、何かしら植え付けてしまっている可能性が高い。

 俺が関わって、大切にしたいと思った人は全て、俺の影響を受けてしまったんじゃないかと思ってしまう。

 俺がいなければ全員、俺が関わるよりも幸せな人生を歩めたんじゃないかと思ってしまう。

 俺が植え付けた思考のせいで、いつか皆がそれぞれ本来の自分とは違う思考に苦しむ未来が訪れるんじゃないかと思ってしまった。

 関わった人に、関わらずに幸せにしたい。

 そんな風に考えていた、自分の考えがそもそも間違い。

 だってそうだろ?

 こんなにも思っていた以上に頭に強く残るのなら、そしてそれが完全な力の発揮じゃないなら。

 完全にその力を発揮できてしまう俺なら。

 そんな俺が皆の幸せを願うのなら……。

 

 

 俺は誰とも関わらない方が、皆が幸せになれたんだろうから。

 

 

 結論に至った自分に笑ってしまう。

 何がいずれ俺を忘れるだ。

 俺の力で、忘れさせる様に洗脳してるだけじゃないか。

 そして俺の力がその人の中で弱まれば、その人は俺を思い出す。

 思い出してしまったら、その人は俺の事を考えるかもしれない。

 自分の力でその様に仕向けた、他ならぬ俺自身のせいで。

 内心でため息を吐く。

 俺のやってきた事は、そもそも本末転倒だった。

 前提から既に、間違っていたんだから。

 アイの、彼女の幸せを願うのなら、俺はそもそもアイと関わるべきではなかった。

 初邂逅した小学生の時に、彼女の存在を知った時点で、離れるべきだったんだ。

 彼女とは一切面識を持たずに、何とかあの日にアイの元に訪れるストーカーを退ける方法を模索すべきだった。

 初手から、俺はアイの幸せを潰す行為をしていたんだ……。

 その事実に気付き、心が重くなる。

 取り返しのつかない事をしてしまった。

 だから、後悔が押し寄せる。

 にわかなのだから、尚の事関わるべきではなかったとも自覚してしまう。

 

 そして、やっと気付いた。

 気付けてしまった。

 俺はこの世界で、ずっと存在しない人間だと思ってた。

 けれど、それは正確な認識ではない。

 俺の存在は、実際はそうじゃない。

 いや、それだけじゃなかったんだ。

 

 

 ――俺は、この世界に存在しない方がいい人間だったんだ。

 

 

 その認識が、綺麗に自分の中で型に嵌った。

 存在しない方がいいなんて、まるでファンタジーに出てくる魔王の様な悪役みたいだ。

 漠然とそんな印象を抱く。

 けれど魔王ってのは、人間を不幸にする存在だろ?

 なら、俺だって何も変わらない。

 そして魔王は必ず討伐される。

 そんな存在として、そこに存在しているから。

 けれど俺は、誰にも討伐されたくない。

 討伐するなんて事をさせたくないから。

 

 だから、決めた。

 時は戻せないが、未来はこれからどうとでもなる。

 原作の修正力?

 それは先ほどの魔王の話で言えば、まるで神の雷。

 ならば、その神の雷を受ける存在は誰が相応しいのか。

 ファンタジーで言う魔王と、同じ存在である俺であるべきだ。

 故に関わろう。

 原作の修正力が、登場人物ではなく俺に向けられる様に。

 そして討伐された魔王の様に、人間にはこう思われるべきだろう。

 魔王がいなくなって良かった、と。

 それを行えばいい。

 俺がいなくなって良かったと思える存在に、完璧に成れば良い。

 そして誰に討伐させる事無く、最後は存在しなくなれば、それはハッピーエンドと言えるんではないだろうか?

 俺がいなくなった事が最大の幸せだと、そう思わせれば良い。

 どうせ皆、俺の影響を受けているんだ。

 そうさせるのは決して不可能ではないはず。

 俺は全員に、一生解けないその呪いを掛けて、自らを討伐する。

 そう、心に決めた。

 自己満足?

 ああ、大歓迎だよ。

 

 だって俺は、嫌われる事でしか人を幸せに出来ない、魔王の様な存在しない方がいい人間なんだから。

 

 自分の存在をはっきりと認識出来て、気持ちが落ち着いてくる。

 黒川茜は、俺の胸中など知らずに笑顔で俺を見ていた。

 俺の決意と正体を、この少女は知らずに生きるべきだ。

 いや、誰にも気付かせる訳にはいかない。

 だから、笑顔を浮かべる。

 アイに心の中で、感謝を述べた。

 

 

 なあ、アイ。やっぱり君の言う通り――――嘘はとびきりの愛だな。

 

 

 俺の言葉を待つ目の前の少女を見やる。

 まずは彼女に感謝しなければ。

 

「茜ちゃん、ありがとう」

 

「えっ?」

 

 俺の言葉に、きょとんとした表情を浮かべた。

 主語の無い感謝だ、理解出来ないのも当然。

 

「俺の演技をしてくれた君のお陰で、本当の自分が分かったよ」

 

「えっ? あ、あのっ、それはどういう」

 

「茜ちゃんの俺の演技は完璧だったから、もうそれで全然問題ないよ! 俺がお墨付きをあげちゃう!」

 

 本人公認だよ? そう言って、作業を止めていた帰り支度を再開する。

 

「か、カズヤさんっ! あ、あの……わ、私なにか粗相でもしましたか……?」

 

 演技をやめて不安そうな声色で聞いてくる少女に、笑いかけてやる。

 

「いやー全然そんな事ないよ? 茜ちゃんの俺の演技はホントにすごかったからさ!」

 

 そう告げれば、背後から軽く息を吐いた音が聴こえる。

 納得してくれた様で何より。

 気付くはずもないだろう、これが俺の本気だ。

 帰り支度が終わり、荷物を持つ。

 

「じゃあ、そろそろ帰るね? 俺の研究だけじゃなくて、ちゃんと他の人の演技の研究もするんだよ?」

 

 笑顔で明るくそう言って踵を返す。

 

「えっ……あ、あのっ、カズヤさんっ? 待っ」

 

 その声が聴こえたのを最後に、稽古場を出た。

 茜ちゃん、君は俺を分析するのはもうやめとけ。

 それ以上俺を知ると、後悔するぞ。

 だから彼女を後悔させない為にも、俺はこれから茜ちゃんの目に入る全てで、自分の存在を消す。

 彼女にまだ知られてない部分を、全て消してみせる。

 完全なブラックボックスと化して、誰にも知られない様に完璧に振る舞う。

 

 スマホを取り出せば、大量のメッセージが来ている事を告げる通知が目に入った。

 チャットアプリを開けば、その送り主のほぼ全てが、ルビーから。

 まだ内容を見てないので、彼女らしからぬメッセージ量に思わず首を傾げた。

 でもまあ、やる事は変わらない。

 

 

 佐山さんと天使ちゃんが待つ車に乗り込みながら、彼女とのチャットを開いた。

 


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