近年、性的少数者の権利拡大を求める運動が急速に広がり、日本でも昨年、LGBT理解増進法が制定されたところである。
しかし、運動の影響は単に大人の世界にとどまらず、欧米では、性的少数者を賛美する社会的風潮の下、少年少女が思春期になって「自分もトランスジェンダーかもしれない」と言い出す例が増えているばかりか、その子供たちに後戻りできない性転換を進める「治療」を促す動きが存在する。
そうした「トランスジェンダー推進派」を厳しく批判した米国人ジャーナリスト、アビゲイル・シュライアー氏の『取り返しのつかないダメージ』(Irreversible Damage)は2020年に出版されると、世界的ベストセラーとなった。この本は、思春期の少女の間でトランスジェンダーを自認する例が近年急速に増えたのは、SNSなどを通じた「社会的伝染」も大きな要因と指摘しており、英国を代表する高級週刊誌『エコノミスト』(12月5日号)は、この年に出た最良の書のひとつに選んでいる。
一方で、本書に対してはトランスジェンダー推進派からは激しい非難の声が殺到し、イスラエルではヘブライ語版をめぐって出版中止を求めるデモが行われ、米アマゾンでは従業員の一部が本書の販売に抗議して退社している。日本でも昨年、邦訳が出る予定だったところ、抗議に屈するかたちで出版中止になった。今年4月、産経新聞出版から『トランスジェンダーになりたい少女たち』(岩波明監訳)というタイトルで改めて出版されたものの、これに対しても、単なる抗議を超えた脅迫的行為があり、一部の書店で本書が発売日に店頭で取り扱われないという異例の事態となった。
本書の出版中止を求める人たち、中止まで求めないにしても非難する人たちは、その内容に科学的根拠がなく、トランスジェンダーを貶める本だと主張する。トランスジェンダーが増えるのは「社会的伝染」などではなく、トランスジェンダーへの社会的理解が進み、自分がそうであることを隠す必要がなくなったからに過ぎない、ということであろう。その根底には性自認は生まれつきのもので、流行に左右されるようなものではないという認識があるようだ。しかし、だとすれば、子供のうちから生まれつきの生物的性を変えてしまう後戻りできない「治療」を行うべきなのであろうか。