"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

74 / 127
第73話

 今日は、かなり久々のオフ。

 現在はまだ午前中。俺は外用の服を着込み、家を出ていた。

 向かうのは渋谷駅。

 曜日としては平日だが、それでもあそこは沢山の人が集う街。

 俺にとっては今生で二度目の渋谷。

 一度目は、正直あまり良くない思い出に傾いてしまう。

 無言パンケーキ事件。

 俺が渋谷駅前で待ち合わせをしていると、二人組の同い年程度の女の子が声をかけてきた。

 逆ナン、そういう事だ。

 人生初の逆ナンにテンションを少し上げてしまった俺だが、その直後に急転直下となってしまった。

 待ち合わせ相手が到着し、女の子たちを威嚇。

 そんで腕を引かれて、無言で渋谷を歩かされる。

 無言で、目的の店に並ばされる。

 無言で、料理を食べる。

 無言でタクシーに乗らされる。

 そんな印象しかない、渋谷だった。

 

 良い印象のない渋谷に、何故向かっているのか。

 渋谷は別に、俺が自発的に行きたいと思う場所でもない。

 タクシーで渋谷駅前を目指していると、スマホが振動し電話の着信がある事を伝えてくる。

 ポケットからスマホを取り出し、応答した。

 

『あっ、いまどの辺?』

 

 相手は女性で、明るい声が耳に届く。

 彼女の声以外にも、がやがやと話し声の様な雑音が入ってくるので、恐らく人が多い場所にいるんだろう。

 通話相手からの質問に、視線を前方にあるカーナビに向ければ、あと二分程度で着く予定が表示されていた。

 

「後二分くらいで着くっぽいわ」

 

『そうなんだっ。ならこのまま電話繋げとこっ?』

 

 俺の言葉に、更に明るくなる女性の声。

 もうすぐ着くのもあるので、どうやらこのまま話していたいらしい。

 

「あいよー」

 

 そんな返事を返した。

 相手の現在地などを聞いていれば、タクシーが渋谷駅に到着。

 料金を払い外に出て、通話を繋いだままに、この通話の相手がいるであろう場所へと向かう。

 歩く事数分、目的地付近に近付けば、見えたその姿。

 見覚えのある服装に、小柄な体躯。

 こちらに背を向けており、俺には気付いてない様子。

 話を数秒だけ止めて、静かに近付く。

 

「あれっ、どうしたの?」

 

 急に話さなくなった俺を不審に思った言葉が、受話口越しと直接耳に届く。

 彼女が被る帽子の上から、ぽんと手を置いた。

 

「えっ?」

 

 大きく肩を震わせながら勢い良く、驚いた顔をこちらに向けてくる。

 スマホを耳に当てたままの姿に、俺もスマホを耳に当てたままで口を開いた。

 

「お待たせ」

 

 その瞬間に驚きの表情が、笑顔に変わる。

 

「カズマっ!」

 

 勢い良く胸に飛び込んできた。

 俺の背中に手を回し、胸に帽子越しで頭をぐりぐりと擦りつけてくる。

 

「もうっ、驚かすなんてひどいっ」

 

「ごめんなー」

 

 彼女の声に、軽い口調で謝る。

 丁寧に謝るつもりは、特になかった。

 

「ゆるさないっ……今日ずっと手つないでくれなきゃ許さないからねっ」

 

 喜色満面。

 そう言うに相応しい程、嬉し気な声が届いてきたから。

 

「へいへい」

 

 彼女の要望にいつも通りの返事をしながら、スマホを持っていない手で、帽子越しにその頭へともう一度手を置いた。

 

「分かりやしたよ、マナ」

 

 互いに互いを偽名で呼び合う。

 本名星野アイと木村カズヤは、付き合って約半年。

 俺は存在感を消し、彼女は本当の自分を演じる事で、変装してればバレる事はない。

 今日は、何度目かのデート日であった。

 

 

 手を繋ぎながら、彼女の案内の元で渋谷の街を進む。

 横を見れば帽子とサングラスの奥で、笑顔を浮かべるあいの姿。

 かなり楽し気な雰囲気で俺の隣を歩いていた。

 

「そういや今日ってどこ行くの?」

 

 渋谷に集合。

 今日の予定はそこしか聞いてなかった。

 これまでのデートも、全てあいが色々とプランを考えてくれた。

 俺はデートプランなんて全く思い浮かばんから、すげー助かってる。

 相手の行きたいとこに行くが、一番性に合っていた。

 あいは笑顔でこちらに顔を向ける。

 

「んー……ないしょっ」

 

 逡巡の果てに、秘密という答えだった。

 

「なるほどなあ」

 

 まあ行きゃ分かるか。

 そう考えて相槌を返せば、彼女はややむくれ顔になる。

 

「……もっと聞いてきてっ」

 

「ん?」

 

 あいの言葉に首を傾げれば、頬を膨らましたままこちらを軽く睨み付けてくる。

 

「えー教えてよーっ、とか……もっと聞いてきてっ」

 

 むくれ顔の理由が判明した。

 なるほどなあ。

 あいがそう言うならば、合わせるしかあるまいて。

 

「えー、教えてくれてもいいじゃん」

 

 俺の言葉に、彼女の表情が輝いた。

 嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

「そんなに知りたいのーっ?」

 

「知りたい知りたーい」

 

「んー……やっぱりまだないしょーっ!」

 

「えー、教えてくれてもいいじゃん」

 

 そんなやり取りが、あいが目指していた場所まで続けられた。

 

 

 到着したのは、とあるカフェ。

 おしゃれなカフェで、所謂映えると呼ばれる様な佇まい。

 内装も女性に人気そうな、カジュアルでありながらも少しばかり高級感を感じる。

 平日という事もあり、待ち時間なく案内されて席に座った。

 案内してくれた店員が離れ、あいが口を開く。

 

「ここ憶えてる?」

 

 その言葉に頷いた。

 

「昔、来たとこでしょ?」

 

 そう返せば、対面に座る彼女ははにかむ様に笑みを浮かべた。

 このカフェは約五年程前に発生した――無言パンケーキ事件の舞台なのだ。

 忘れる訳が無い。

 プライベートでは、過去最上位に来てもいい程にメンタルが削られたあの日。

 忘れられる訳が無かった。

 されど浮かぶ疑問。

 

「そんで、今日ここに来たかったのって何でよ?」

 

 道中で、あれ程内緒にされたんだ。

 何か理由があるなら聞いてみたい。

 そう訊ねれば、再び発現したむくれ顔。

 可愛らしい表情で、こちらを睨んでくる。

 

「……同じ日」

 

 ん?

 不意に呟かれた彼女の言葉に、首を傾げる。

 

「……前きた時と、同じ日だからっ」

 

 若干強まった語気に、しまったと思う。

 そんなの憶えてなかった。

 誕生日なら分かる。

 付き合った記念日とかなら、ワンチャン憶えていられるかもしれない。

 けど……パンケーキ記念日は流石に覚えられんて。

 

「前はあんま良い思い出じゃないから、今日上書きするのっ」

 

 表情をそのままに告げられる。

 まあ……俺が悪いか。

 

「ありゃ、忘れてたわ。ごめん」

 

 俺の言葉に、あいは腕を組んで横を向いてしまった。

 

「もうっ、デートした日忘れるなんて信じらんないっ」

 

 その言葉に苦笑する。

 あの時は、デートだったんだろうか。

 付き合ってもいなかったその時を思い出すが、すぐに消す。

 

「……やっぱ、俺だけだと駄目駄目だなあ」

 

 不意にそう呟けば、

 

「えっ?」

 

 きょとんとした表情をこちらに向けてくるあい。

 

「俺を支えてくれる人がいないと駄目だなー」

 

 そう告げて、彼女と視線を合わせる。

 そのまま言葉を続けた。

 

「こうやって、一緒に遊んだりしたの憶えててくれる人が、俺には必要なんだよなあ」

 

 言い終わり、互いに無言となる。

 見つめ合う視線。

 それは、まるで我慢比べの様で。

 やがて、不満顔だった彼女の表情が変化する。

 

 

「……もうっ、やっぱり私がいないとカズマはダメダメだなぁっ」

 

 

 勝った。

 笑みを抑えようとするけど、抑えきれてない。

 そんなによによとした表情を浮かべているあい。

 

「パンケーキ、カズマにもあげるねっ?」

 

 笑顔でそう言ってくる彼女に頷く。

 とりあえず、機嫌を直してくれたらしい。

 店員を呼び、注文する。

 あいは昔と同じくパンケーキを。

 俺も昔と同じく、コーヒーを頼んだ。

 俺がコーヒーだけを頼んだ時、彼女が嬉しそうな表情をしたのは見て見ぬふりをする。

 やがて、注文していた料理がテーブルに並ぶ。

 あいはそれをスマホで写真に収めてから、ナイフとフォークを手に取って食べ始めた。

 コーヒーを飲みながら、俺はそれを眺める。

 前回と一つ違うのは、俺はスマホを見れないという事。

 デート中にスマホでも見ようものなら、俺の目の前に爆弾低気圧が発生してしまうから。

 だからスマホは見ずに、美味しそうにパンケーキを頬張るあいの姿を肴に、コーヒーを飲むのだ。

 不意に、彼女がパンケーキを刺したままのフォークをこちらに向けてくる。

 

「はいっ、あーん」

 

 求められるままに、僅かに身を乗り出してフォークに刺さるパンケーキを食べた。

 俺がパンケーキを食べた事に、嬉しそうに笑う彼女の顔が目に入る。

 

「どうっ?」

 

 聞かれる感想。

 

「んー、甘い」

 

 正直に答えれば、軽くむくれてしまった。

 ……やばい、やってしまった。

 

「美味しくないのっ?」

 

「美味しいっちゃ美味しいんだけど……やっぱ甘いわー」

 

「美味しいって言ってっ」

 

 むくれ顔のままで美味しいを強要してくる彼女に、伝える。

 

「いや、俺らのこの空気の事」

 

「えっ?」

 

 俺の言葉に、きょとんとした顔を浮かべる。

 

「俺らのこの空気、甘いって言っちゃ駄目だった?」

 

 甘い空気じゃね? なんて言えば、彼女は黙ってしまう。

 俯いてしまい、次第に身体が小刻みに震える。

 

 

「……あっ、甘いって言うの、特別許すっ」

 

 

 俯いてはいるが見えてしまう表情の笑みを、見ない事にする。

 あのまま美味しいって言い直したって、どうせむくれてしまっていたに違いない。

 ならばこんな感じで終われる方が、良いに決まってる。

 

 

 そんなデートを重ねながら、気付けば二年の月日が経とうとしていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。