"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第60話

 仕事に復帰して早一か月。

 段々と仕事量が戻りつつあるが、事あるごとに佐山さんや事務所のお偉い方から「疲れてない? 無理する前に言ってね」と暖かいお言葉がかけられ、心苦しさが溜まる日々だった。

 もうこのまま続けていいんじゃね、と何度思った事か。

 けれど、一度は星野ママを目にしないと未練が残ったままなので、やっぱり頑張って辞めようと思い返す今日この頃。

 俺の推し活はまだ、始められていなかった。

 

 今日は久々の丸一日休み。

 元々は仕事でスケジュールを抑えられていたんだが、リスケになりバラされた為だ。

 昔一回だけ撮った事のある、宮崎での九州ご当地CM。

 それをまた今回、俺にオファーをくれて撮りたいらしかった。

 前回が好評だったので、今回もかなり力を入れてくれている様だ。

 だがロケハンで撮影候補地を安全確認で見回っていたら、どうやら死体を見つけてしまったらしく、撮影どころじゃなくなったんだとか。

 それを聞いて俺は、めちゃくちゃ落ち込んだ。

 そういや色々あって忘れてたけど、その死体はもしかしたら雨宮先生のものかもしれない。

 最初抱いた格好良さは、アイ推しになってからは微塵も無くなってしまった彼だが、精神的に同い年くらいだからだろうか。とても話しやすかった。

 対面した機会は二回しかないが、メールや電話を通じてそれなりにやり取りをしており、話していて一緒に居て楽しい人だった。

 

 調べたくはなかったが、どうしても気になる方が大きくネットニュースで探してみれば、地元新聞のネットニュースに、該当の記事を見つける。

 そこに書かれている名前は"雨宮吾郎"。

 産婦人科の医師。

 何やら崖の底で、白骨化された状態で見つかったらしい。

 名前は所持していた名刺で判明、その後職場等への聞き取りや調査で確定したらしい。

 やはり、亡くなってしまったのか……。

 そんな思いに囚われる。

 もしかしたら救えていたかもしれない。

 俺は知っていて見殺しにしたのかもしれない。

 ……でも、あいを救うのが最優先だった。

 仕方ない、とは言わない。

 言える権利はない。

 雨宮先生が亡くなるというのを知っていたのは、この世界で俺だけ。

 ならば俺が救うのも救わないのも、自己満足でしかない。

 仕方ない、なんて自分に言い聞かせるな。

 俺は知っていたのに雨宮先生が殺された、という事実だけを一生抱え込め。

 この思いを心の底にしまい蓋して、普段通りに振る舞え。

 もし今後アクアと会ったとしても、雨宮先生への懐かしさは感じれど、この思いは絶対に出すな、俺。

 雨宮先生に伝えたとしても困惑されるだけ。

 彼の事だから、何故見殺しにしたなんて思う筈がない。

 ただ贖罪のつもりで自己満足をして、絶対に困らせるな。

 そう何度も強く自分に言い聞かせ、割り切りを完了した。

 

 それと、考えてみれば発見されたのが今のタイミングで良かったのかもしれない。

 転生してルビーとなったさりなはまだ幼子だし、転生前も一二歳だったので、ニュースを見る習慣もないだろう。

 故に大人になって過去のニュースを意地でも掘り起こすなんて事でもしない限り、彼女にこの事実が伝わる事はないはずだ。

 彼女にとって雨宮先生が見つからないというのは、悲しい事だろう。

 でも、死んだという事実を知らず、見つける術が無くなって諦めたという方が、良いのではないかと個人的には思う。

 これもまた自己満足な発想だが、それでもそう思わずにはいられなかった。

 原作では彼女が雨宮先生の死体を発見するのかは分からない。

 けれど、余計な復讐を生まないと考えれば、やはり今見つかって良かったのかもしれない。

 

 

 結局翌日まで自分の心に苛まれていたが、今日も今日とて仕事である。

 昨日まで考えていた事は頭から追い出し、仕事に集中する。

 今回はいつものハウスメーカーのCM。

 監督はいつもの監督。

 撮影はいつも通り俺のシーンは最後に撮る。

 何てことはない、いつも通りの仕事風景。

 俺のシーンを撮り終わり、撮影が全て終了。

 よーし、とりあえずこれで今日の仕事は終わりだ。

 時間は夜が更けだした頃合い。

 明日の仕事は午後からなので、睡眠時間も十分取れるので問題なし。

 

「カズヤ君」

 

 監督に声をかけられる。

 返事をすれば、何やら笑顔を浮かべた。

 

「明日から、新しいドラマの仕事入ってるでしょ?」

 

 監督の言葉に頷く。

 明日は午後からドラマのスケジュールでかなり抑えられていた。

 

「それ、俺だからよろしくね?」

 

「……マジすか?」

 

 思わず驚いてしまった。

 監督が言わんとする事は、つまりドラマの監督もやるって事なんだろう。

 この人、ホント手広過ぎん……?

 

「そうそう。だから明日、楽しみにしてるよ?」

 

 彼の言葉に、とりあえず頷く。

 そこで気付いた。

 この人が監督なら、明日の事を聞いちゃえば良いと。

 

「明日からのドラマってどんな感じの内容なんすか?」

 

 俺の仕事は全て会社か佐山さんが決めており、俺はそれに従うだけ。

 台本を渡されて、演じる役の情報や人間関係を聞いて演じる。

 俺もその方が楽なので、ずっとそのスタイルでやってきた。

 だって事前に原作読めって言われても、めんどくさいし多分やる気ない。

 それにどうせキャラクターの存在感薄くなるから、細かく演じたところで意味ないし。

 だがせっかく出るドラマの監督をする監督がいるなら、聞いておきたい。

 俺の言葉に監督は驚いた様な顔をしたが、すぐに頷いた。

 

「聞いてくるなんて珍しいね? まあ今回が初主演だから、いつもと違うしね」

 

 そう、今回のドラマは俺が初めて主演を演じる事になる。

 だから、知れるならば知りたかった。

 それでも原作読むのはめんどくさかったけど。

 

「まあ良くある恋愛ドラマの様な展開がメインだね。医師の男が幼馴染と想い合っているけど、中々くっつかないみたいな感じ」

 

 彼の言葉に「ほーん」と頷く。

 まあ、確かに聞く分には他の恋愛ドラマと大差はない。

 監督が言葉を続けた。

 

「ただ一つ違うのは、実は主人公の男性が途中で亡くなっていて幽霊として生前通りに生活して、ヒロインはそれに気付かない。やがて徐々に周りから、主人公が見えていないっていう事に気付き始めて、それで結局最後、結ばれるけど主人公は天に召されるっていう様なストーリー」

 

 その言葉を聞いて、何となく納得する。

 そして前世でだろうか、似た様な映画を見たことある気がした。

 

「だから、今回の主役はカズヤ君の演技がぴったりなんだよ。主役の存在感を消しながらも言葉で印象付けられるのが求められるから、所謂はまり役だね」

 

 確かに、俺の演技でキャラクターの存在感が消えて、それを上手く演出してくれれば、他の人が演じるよりも違和感を出せるかもしれない。

 監督の言う通りはまり役ってやつなのかも。

 ならば、監督が監督をやるし、俺も普段以上に頑張らねばならない。

 せめて、ずっと可愛がってくれるこの監督の評価を落とさない為にも。

 そう心に誓い、明日は頑張ろうと思った。

 

「あ、そうだ」

 

 不意に監督が口を開いた。

 思い出した様に言う監督に耳を傾ける。

 

「そういえばサブのキャスティングがちょっとごたごたしたみたいなんだよね」

 

 監督の話に「ほーん」と返す。

 キャスティングについて言われても何も分からんし。

 

「それで昨日やっと決まったみたいなんだ」

 

 そうなんすか。

 

「確か、昔カズヤ君も一回共演した事あるよね?」

 

 俺が一回共演?

 一見さんは居過ぎて分からん。

 

 

「あの、アイドルの……アイって子に決まったみたいだよ」

 

 

 ……なんですと。

 ならば、あいとは約八年ぶりの共演か。

 まあ前回と違って、今の仲は普通に戻ってるし緊張もない。

 今回は素直に彼女との共演を楽しめそうだ。

 

 

 

 

「主人公を好きな、ヒロインのライバル役でね」

 

 

 

 

 彼女との共演は、何故いつも緊張感に包まれてしまうのか。

 


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