"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
ドームライブが無事に終わり、一日が経った。
ライブの後は打ち上げがあり、佐藤社長がすごい上機嫌でお酒を飲みまくっていたのが印象深い。
彼にとって育てたアイドルが、ドームライブをするのが夢だったみたいで、飲みすぎてはいたけど、終始嬉しそうだったから良かった。
うちの子たちが一緒にいたから、そんなに遅くならない時間に帰宅。
子どもたちと共に、眠りについた。
今日は一日オフになっていたが、予定は既に決まっている。
昨日の内にミヤコさんには伝えており、子どもたちをお願いして外出する。
タクシーを使い、目的地へと向かった。
タクシーを降りて、目当ての建物を見る。
そこは病院で……カズヤのスマホが現在地として、教えてくれた場所。
けれど、ここからは彼が病院内のどこにいるのかが分からない。
顔バレしてでも病院の人に聞こうかな……?
カズヤに会いたい。
早く彼の顔が見たい。
笑顔が見たい、声が聞きたい、一緒にいたい。
カズヤを求める気持ちが逸り、そんな考えが浮かんでくる。
だけど病室が分からないから、やっぱり聞くしかないかな。
そう思い、病院に入ろうと足を進めると、入り口から男性が出てくるのが見えた。
あの人は……。
スーツ姿の男性に駆け寄る。
「カズヤのマネージャーさんっ」
そう声をかければ、駐車場の方に向かっていた足を止めて、男性が振り返った。
「……どちら様でしょうか?」
その言葉に、サングラスを外す。
そして男性が驚いた顔を浮かべた。
「ア、アイっ……さん?」
流石は芸能人のマネージャーというべきだろうか、一瞬大きめな声を上げそうになったが、すぐに私だけに聴こえる声量に戻してくれた。
男性の言葉に頷き、サングラスをかけ直す。
この人なら、カズヤがどこにいるのか知ってるに違いない。
「何故ここが……?」
カズヤのマネージャー、田山さんだったっけ? 彼が訝し気にこちらを見てくるので、手に持ったスマホを見せた。
「カズヤがどこにいるかは分かってるよっ」
マップを見せながら明るくそう言えば、田山さんは呆気に取られた表情を浮かべた。
やがて、目を閉じて指で自分の眉間を摘まむ。
大きくため息を吐いた。
「全く……アイさん、それはやっちゃ駄目な事ですよ?」
「カズヤは許してくれるからだいじょぶっ」
笑顔でそう答えれば、再びため息が返ってくる。
疲れた表情で空を見上げ「……確かに、カズヤ君なら許しますね……」なんて呟いた。
流石マネージャー、カズヤの事をよく知ってる。
でも、私の方がもっと知ってるけどっ。
「それで田山さんっ」
「佐山です」
あれ、違ったんだ。
まあいいや。
「カズヤはどこにいるんですか?」
そう伝えれば、田山さんは腕を組んで黙ってしまった。
教えてくれないのかな……?
彼の態度に、思わず不安になる。
確かにスキャンダルとか、そういった心配だってあるかもしれない。
だけど、私はカズヤに会いたい……!
「……本当にお会いしたいですか?」
口を開きかけた時、田山さんの声が耳に届いた。
「えっ?」
思わず聞き返す。
田山さんは真剣な表情でこちらを見つめ、再び口を開いた。
「もう一度言います……本当に、お会いしたいですか?」
その声を聞き、心臓に痛みが走った。
えっ、いま私は何を考えた……?
心臓の痛みと共に脳裏に浮かんだ映像。
それは、病室にはいないカズヤの姿。
病院内だけど、病人が行かない場所。
霊安室。その言葉が浮かんできた。
途端に、体温が下がったかの様に身体が震えだす。
そんな、そんなわけないよねっ……?
この考えを否定してほしくて田山さんを見るが、彼の表情は変わらない。
必死で、こんな最悪な想像を頭から振り払う。
カ、カズヤが私を置いていっちゃうはず、ないもん……。
そうだ、絶対にそうだ。
「……カズヤ君に、会いますか?」
まるで最後の確認の様に、再び声がかけられる。
……ぜったい、ぜったいにカズヤは大丈夫。
そう自分に強く思い込ませる。
田山さんの目を見て、静かに頷いた。
「……では、案内します」
そう言って再び入り口へと歩き出した彼についていく。
カズヤはつよい人なんだから、ぜったいに大丈夫……!
強く何度も自分に言い続ける。
じゃないと、心がどうにかなってしまいそうだったから。
沈黙のまま廊下を歩き、ただ田山さんについていく。
……これも病室……これも病室。
視界に映る全ての部屋を、気付けばチェックしてしまう自分が嫌だった。
それは、万が一の可能性を自分で認めてるみたいに思えてしまって。
やがて、廊下の端まで来たところで、彼が足を止めた。
「ここです」
言葉にハッとし、顔を向ければ、先程まで見た病室と似た様な扉。
その横には"木村隆"という見覚えのない名前。
同時に、過去の記憶を思い出す。
私が妊娠している時に、病院では偽名を使った。
田山さんがこの部屋と言って、書かれているのが偽名なんだとしたら。
凍てついていた心が仄かに暖かくなる。
田山さんは、ドアノブを掴んでスライドさせた。
「どうぞ」
そう言ってドアを開き、私を通してくれる。
部屋に足を踏み入れれば、僅かにベッドが見えた。
普通の、病室のベッドみたい。
僅かに鼓動が早くなる。
足を進めれば、徐々にベッドの全貌が明らかとなり、
――ベッドの中で、仰向けに眠るカズヤの姿があった。
身体から力が抜けて、膝から床に崩れ落ちる。
カズヤにかかっている布団が、僅かながらも上下しているのが見えた。
生きてる。
ちゃんと、生きてるっ……!
涙がとめどなく溢れ、心がとにかく暖かい。
「カズヤぁ……よかったよぉっ……!」
自分の心臓の辺りに手を強く当てる。
苦しい、やっぱり苦しいよカズヤ……。
心が痛いくらいに苦しいよ。
だけど、昨日とは違う。
この苦しさは、痛みはあるけど。
――怖さがないんだから。
これが、きっと本当の幸せなんだよね……?
だって……昨日幸せって思った心の苦しさよりも暖かすぎて苦しいんだから。
昨日よりもずっと、ずっと触れていたい幸せ。
これを一度知ったら、もう絶対に手放したくない。
これが本当の、女としての幸せなんだ。
女性として……心の底からカズヤを愛してる。
もう絶対に離さない、片時も離してやるもんか。
早くカズヤの笑顔が見たい。
早くカズヤの声が聞きたい。
早くカズヤと触れあいたい。
早く、カズヤに愛してるって言いたいっ。
私の中だけじゃ消化しきれない心からの愛を、カズヤに分けてあげたい。
カズヤが起きたら、何よりも先に、彼の視界に私が映っていたい。
だからカズヤ……早く起きて。
腕で目元を擦り、涙を拭った。
脚に力が入る様になったので、多少よろけながらも立ち上がる。
「田山さん」
眠る彼に差し障りのない声量で声を出す。
「カズヤはまだ寝てるかな?」
その言葉に「そうだと思います」という回答が聞こえた。
そっか。
なら……まず、話をしておきたい人がいる。
振り返り、室内にいるもう一人を睨み付けた。
カズヤのマネージャーである田山さん。
彼はどことなく気まずそうに私から目を逸らしていた。
「……ここでは何ですから、屋上でお話でもよろしいでしょうか?」
一般人にも開放されてますので、そう告げた彼に頷く。
田山さんの先導で部屋を出る直前に一度振り返り、未だに眠る彼を見た。
すぐ戻るから……ちょっとだけ待っててね、カズマ。
屋上に着けば、緑が広がっておりいくつかベンチが設置してあった。
幸い誰も居ないようで、これで気兼ねなく話せる。
「何であんな不安にさせる言い方したんですか?」
病院の外での田山さんの言い方は、私に最悪の未来を想像させた。
思い返せば、あれは明らかに狙った言い方だった。
話し方もアイドルとしてではなく、カズヤの女として口を開く。
「田山さんって、女の子の不安な顔を見て興奮する変態?」
「違います」
正面で向かい合った彼は、ため息を吐いた。
「……貴女には、反省してもらいたかったんです」
田山さんの言葉に、思わず面食らってしまった。
反省……?
何に対しての反省なのか、全く分からなかった。
「……カズヤ君を病院に運び込んで、すぐに緊急手術になりました。そして手術が終わって、医者から言われたんです――あと少し遅ければ、本当に命が危なかったと」
彼の言葉に、思考が停止した。
後少し遅かったら、カズヤは死んでいた……?
眩暈の様な感覚に苛まれ、たたらを踏んでしまう。
「あの時は手荒に扱ってしまい申し訳なかったですが……そうでもしなければ、カズヤ君は死んでいたかもしれない」
動悸が激しくなり、上手く呼吸出来ない。
わ、私のせいで、カズヤが……。
そうだ、カズヤが刺された原因も私だった。
全部私が悪いんだ――。
「気持ちは分かりますから、貴方が悪いとは言いません。ですが今後、万が一同じ事態に陥った時は思考を停止せず、カズヤ君を助けるのを優先して欲しいんです」
田山さんの言葉が耳に届くが、何も理解出来ない。
だって、私が、愛しているカズヤを殺そうとしてしまったんだから。
愛しているのに殺したい……?
そんなのありえない。
けど、現実はそうなってしまった。
もう、何を考えていいのか分からない。
助けてよ、カズヤ……。
思考を放棄し、ただカズヤに助けを求めた。
そこに、田山さんが大きなため息を吐く音が聴こえた。
「それに……今回カズヤ君が刺されたのは、ある意味自業自得でしょうから」
……えっ?
不意の言葉に、田山さんの顔を見る。
カズヤが自業自得で刺されるって、どういうこと……?
田山さんはまるで苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。