"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

53 / 127
第52話

 ドームライブが無事に終わり、一日が経った。

 ライブの後は打ち上げがあり、佐藤社長がすごい上機嫌でお酒を飲みまくっていたのが印象深い。

 彼にとって育てたアイドルが、ドームライブをするのが夢だったみたいで、飲みすぎてはいたけど、終始嬉しそうだったから良かった。

 うちの子たちが一緒にいたから、そんなに遅くならない時間に帰宅。

 子どもたちと共に、眠りについた。

 今日は一日オフになっていたが、予定は既に決まっている。

 昨日の内にミヤコさんには伝えており、子どもたちをお願いして外出する。

 タクシーを使い、目的地へと向かった。

 

 

 タクシーを降りて、目当ての建物を見る。

 そこは病院で……カズヤのスマホが現在地として、教えてくれた場所。

 けれど、ここからは彼が病院内のどこにいるのかが分からない。

 顔バレしてでも病院の人に聞こうかな……?

 カズヤに会いたい。

 早く彼の顔が見たい。

 笑顔が見たい、声が聞きたい、一緒にいたい。

 カズヤを求める気持ちが逸り、そんな考えが浮かんでくる。

 だけど病室が分からないから、やっぱり聞くしかないかな。

 そう思い、病院に入ろうと足を進めると、入り口から男性が出てくるのが見えた。

 あの人は……。

 スーツ姿の男性に駆け寄る。

 

「カズヤのマネージャーさんっ」

 

 そう声をかければ、駐車場の方に向かっていた足を止めて、男性が振り返った。

 

「……どちら様でしょうか?」

 

 その言葉に、サングラスを外す。

 そして男性が驚いた顔を浮かべた。

 

「ア、アイっ……さん?」

 

 流石は芸能人のマネージャーというべきだろうか、一瞬大きめな声を上げそうになったが、すぐに私だけに聴こえる声量に戻してくれた。

 男性の言葉に頷き、サングラスをかけ直す。

 この人なら、カズヤがどこにいるのか知ってるに違いない。

 

「何故ここが……?」

 

 カズヤのマネージャー、田山さんだったっけ? 彼が訝し気にこちらを見てくるので、手に持ったスマホを見せた。

 

「カズヤがどこにいるかは分かってるよっ」

 

 マップを見せながら明るくそう言えば、田山さんは呆気に取られた表情を浮かべた。

 やがて、目を閉じて指で自分の眉間を摘まむ。 

 大きくため息を吐いた。

 

「全く……アイさん、それはやっちゃ駄目な事ですよ?」

 

「カズヤは許してくれるからだいじょぶっ」

 

 笑顔でそう答えれば、再びため息が返ってくる。

 疲れた表情で空を見上げ「……確かに、カズヤ君なら許しますね……」なんて呟いた。

 流石マネージャー、カズヤの事をよく知ってる。

 でも、私の方がもっと知ってるけどっ。

 

「それで田山さんっ」

 

「佐山です」

 

 あれ、違ったんだ。

 まあいいや。

 

「カズヤはどこにいるんですか?」

 

 そう伝えれば、田山さんは腕を組んで黙ってしまった。

 教えてくれないのかな……?

 彼の態度に、思わず不安になる。

 確かにスキャンダルとか、そういった心配だってあるかもしれない。

 だけど、私はカズヤに会いたい……!

 

「……本当にお会いしたいですか?」

 

 口を開きかけた時、田山さんの声が耳に届いた。

 

「えっ?」

 

 思わず聞き返す。

 田山さんは真剣な表情でこちらを見つめ、再び口を開いた。

 

「もう一度言います……本当に、お会いしたいですか?」

 

 その声を聞き、心臓に痛みが走った。

 えっ、いま私は何を考えた……?

 心臓の痛みと共に脳裏に浮かんだ映像。

 それは、病室にはいないカズヤの姿。

 病院内だけど、病人が行かない場所。

 霊安室。その言葉が浮かんできた。

 途端に、体温が下がったかの様に身体が震えだす。

 そんな、そんなわけないよねっ……?

 この考えを否定してほしくて田山さんを見るが、彼の表情は変わらない。

 必死で、こんな最悪な想像を頭から振り払う。

 カ、カズヤが私を置いていっちゃうはず、ないもん……。

 そうだ、絶対にそうだ。

 

「……カズヤ君に、会いますか?」

 

 まるで最後の確認の様に、再び声がかけられる。

 ……ぜったい、ぜったいにカズヤは大丈夫。

 そう自分に強く思い込ませる。

 田山さんの目を見て、静かに頷いた。

 

「……では、案内します」

 

 そう言って再び入り口へと歩き出した彼についていく。

 カズヤはつよい人なんだから、ぜったいに大丈夫……!

 強く何度も自分に言い続ける。

 じゃないと、心がどうにかなってしまいそうだったから。

 

 

 

 

 沈黙のまま廊下を歩き、ただ田山さんについていく。

 ……これも病室……これも病室。

 視界に映る全ての部屋を、気付けばチェックしてしまう自分が嫌だった。

 それは、万が一の可能性を自分で認めてるみたいに思えてしまって。

 やがて、廊下の端まで来たところで、彼が足を止めた。

 

「ここです」

 

 言葉にハッとし、顔を向ければ、先程まで見た病室と似た様な扉。

 その横には"木村隆"という見覚えのない名前。

 同時に、過去の記憶を思い出す。

 私が妊娠している時に、病院では偽名を使った。

 田山さんがこの部屋と言って、書かれているのが偽名なんだとしたら。

 凍てついていた心が仄かに暖かくなる。

 田山さんは、ドアノブを掴んでスライドさせた。

 

「どうぞ」

 

 そう言ってドアを開き、私を通してくれる。

 部屋に足を踏み入れれば、僅かにベッドが見えた。

 普通の、病室のベッドみたい。

 僅かに鼓動が早くなる。

 足を進めれば、徐々にベッドの全貌が明らかとなり、

 

 ――ベッドの中で、仰向けに眠るカズヤの姿があった。

 

 身体から力が抜けて、膝から床に崩れ落ちる。

 カズヤにかかっている布団が、僅かながらも上下しているのが見えた。

 生きてる。

 ちゃんと、生きてるっ……!

 涙がとめどなく溢れ、心がとにかく暖かい。

 

「カズヤぁ……よかったよぉっ……!」

 

 自分の心臓の辺りに手を強く当てる。

 苦しい、やっぱり苦しいよカズヤ……。

 心が痛いくらいに苦しいよ。

 だけど、昨日とは違う。

 この苦しさは、痛みはあるけど。

 

 ――怖さがないんだから。

 

 これが、きっと本当の幸せなんだよね……?

 だって……昨日幸せって思った心の苦しさよりも暖かすぎて苦しいんだから。

 昨日よりもずっと、ずっと触れていたい幸せ。

 これを一度知ったら、もう絶対に手放したくない。

 これが本当の、女としての幸せなんだ。

 女性として……心の底からカズヤを愛してる。

 もう絶対に離さない、片時も離してやるもんか。

 早くカズヤの笑顔が見たい。

 早くカズヤの声が聞きたい。

 早くカズヤと触れあいたい。

 早く、カズヤに愛してるって言いたいっ。

 私の中だけじゃ消化しきれない心からの愛を、カズヤに分けてあげたい。

 カズヤが起きたら、何よりも先に、彼の視界に私が映っていたい。

 だからカズヤ……早く起きて。

 

 腕で目元を擦り、涙を拭った。

 脚に力が入る様になったので、多少よろけながらも立ち上がる。

 

「田山さん」

 

 眠る彼に差し障りのない声量で声を出す。

 

「カズヤはまだ寝てるかな?」

 

 その言葉に「そうだと思います」という回答が聞こえた。

 そっか。

 なら……まず、話をしておきたい人がいる。

 振り返り、室内にいるもう一人を睨み付けた。

 カズヤのマネージャーである田山さん。

 彼はどことなく気まずそうに私から目を逸らしていた。

 

「……ここでは何ですから、屋上でお話でもよろしいでしょうか?」

 

 一般人にも開放されてますので、そう告げた彼に頷く。

 田山さんの先導で部屋を出る直前に一度振り返り、未だに眠る彼を見た。

 すぐ戻るから……ちょっとだけ待っててね、カズマ。

 

 

 屋上に着けば、緑が広がっておりいくつかベンチが設置してあった。

 幸い誰も居ないようで、これで気兼ねなく話せる。

 

「何であんな不安にさせる言い方したんですか?」

 

 病院の外での田山さんの言い方は、私に最悪の未来を想像させた。

 思い返せば、あれは明らかに狙った言い方だった。

 話し方もアイドルとしてではなく、カズヤの女として口を開く。

 

「田山さんって、女の子の不安な顔を見て興奮する変態?」

 

「違います」

 

 正面で向かい合った彼は、ため息を吐いた。

 

「……貴女には、反省してもらいたかったんです」

 

 田山さんの言葉に、思わず面食らってしまった。

 反省……?

 何に対しての反省なのか、全く分からなかった。

 

「……カズヤ君を病院に運び込んで、すぐに緊急手術になりました。そして手術が終わって、医者から言われたんです――あと少し遅ければ、本当に命が危なかったと」

 

 彼の言葉に、思考が停止した。

 後少し遅かったら、カズヤは死んでいた……?

 眩暈の様な感覚に苛まれ、たたらを踏んでしまう。

 

「あの時は手荒に扱ってしまい申し訳なかったですが……そうでもしなければ、カズヤ君は死んでいたかもしれない」

 

 動悸が激しくなり、上手く呼吸出来ない。

 わ、私のせいで、カズヤが……。

 そうだ、カズヤが刺された原因も私だった。

 全部私が悪いんだ――。

 

「気持ちは分かりますから、貴方が悪いとは言いません。ですが今後、万が一同じ事態に陥った時は思考を停止せず、カズヤ君を助けるのを優先して欲しいんです」

 

 田山さんの言葉が耳に届くが、何も理解出来ない。

 だって、私が、愛しているカズヤを殺そうとしてしまったんだから。

 愛しているのに殺したい……?

 そんなのありえない。

 けど、現実はそうなってしまった。

 もう、何を考えていいのか分からない。

 助けてよ、カズヤ……。

 思考を放棄し、ただカズヤに助けを求めた。

 そこに、田山さんが大きなため息を吐く音が聴こえた。

 

 

「それに……今回カズヤ君が刺されたのは、ある意味自業自得でしょうから」

 

 

 ……えっ?

 不意の言葉に、田山さんの顔を見る。

 カズヤが自業自得で刺されるって、どういうこと……?

 田山さんはまるで苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。