"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
さて諸君、今日は待ちに待ったB小町のドームライブ当日である。
そして原作通りならば星野アイを、子どもたちを襲った悲劇の日。
事務所の社員さんたちは昨日、ライブに持っていくグッズを三人で話し合っていたのを目撃した。
俺も一応チケットを取ってはあるが、どうなる事やらといった感じ。
早朝からマネージャーの佐山さんを呼び出して、先払い式のカフェへとやってきた。
互いにそこで軽い朝食を取り、コーヒーを嗜む。
今日に向けて、準備は色々と整えてきたつもりだ。
後は俺の覚悟だけ。
今のところ緊張とかは特に無いので、変に気負ったり焦ったりする事もなさそうなので安心はしてる。
時間を確認すれば現在は午前六時。
いつが犯行時間なのか分からないので、早めから行動するつもりだ。
そろそろ行くかと決断し、立ち上がる。
佐山さんには、申し訳ないが今日は俺から連絡があるまでこの辺にいてくれと伝えている。
詳細は何も話してないが、最終的に頷いてくれた彼には感謝しかない。
佐山さんをカフェに残し、外へと出る。
もし結局、何も無ければただの取り越し苦労。
それに越した事はない。
けれど、俺が現時点で唯一記憶している原作の知識は、今日星野アイが刺殺されるという事。
なので、最低でも今日一日は万全を尽くしたい。
道を歩きながら考える。
今日という日を過ぎたらどうするか。
俺の願い通り、星野アイはドームライブの舞台に立ち、観客たちを魅了し大成功に終わる。
そこからまた彼女は、次のステップへと羽ばたいていくだろう。
そうしたら、俺は……。
昨夜出会った少女の事を思いだす。
あの少女の言葉を正とするならば、俺は彼女の子どもである双子とは無関係の人間。
それは以前、彼女から言われた血液型もDNA検査も一致しないという話と完全に紐づく。
あの双子には、俺の存在は全く入っていないという事。
即ち、星野アイとこうして縁が切れた今、俺は完全に彼女たちから存在を切り離されたんだ。
だからこそ、彼女らとは今後合わずに生活していけば、星野アイが生存する物語だ。
彼らは必ず幸せになれるだろう。
俺は、そうだなあ……。
生き残れたなら、やっぱりこのタイミングで芸能界からきっぱりと足を洗って、当初の予定通り星野ママを探す旅に出よう。
何だか色々あったせいで全く探せてなかったけど、これが終わったらそれ以外にやる事はなくなるんだ。
星野ママを早めに見つけてゴールインして、子どもでも生まれて、こっちはこっちでこの世界で幸せになる。
それが良いに違いない。
その為には、後腐れがない様に星野アイがドームライブを成功させるまで、ミスは許されない。
ポケットからプラスチックケースを取り出し、見つめる。
B小町の、星野アイの原点である、デビューライブのチケットの半券。
こいつにも色々お世話になったなあ……。
原動力になってもらったり、原動力にしてあげたり。
今日まで、俺の力になってくれてありがとう。
そう思いを込めて、軽く握りしめる。
原作の修正力さんよ、今日だけでいい。
その後、俺に対してなら残りの人生に全部の皺寄せを寄越したっていい。
だから……今日という日だけは、俺を見逃してくれ。
地図を見ながら歩けば、間もなく目的地付近。
意外と時間がかかって焦ったが、とりあえず着いて何より。
三軒程先に見える建物を見上げる。
星野アイの現在地。
ここに引っ越したばかりらしい。
こんなマンションに住める様になるなんて、すげー出世したな。
そんな感想を抱く。
だがここはオートロックは無く、住人の部屋までノンストップで行けてしまう。
正直、高級なマンションには見えるが、それでも人気絶頂のアイドルをこんな防犯性能の薄いマンションに住ませる、彼女の事務所の感覚が全く分からん。
普通に考えれば、最低限エントランスにオートロックドアがあるマンションじゃないと、事務所が認めないと思うんだが。
可能であればマンション内の昇降エレベーターが、住人用で管理されているタワマンとかの機能が無いとダメだと思う。
だが、そんな事を考えても今は詮無き事。
防犯機能が高い施設だって、侵入する方法は絶対にあるんだから。
なので、俺が行うのは単純。
一番の防犯方法。
だが、余りにもローリスクローリターンなので、普通は絶対やらない事。
つまりは特定で見張ってて、現行犯逮捕。
いや、彼女の部屋に行く前に捕まえるつもりだから、現行犯前逮捕か。
犯人がいつ、ここに来るのかは分からない。
けれど来るまで待ってやる。
星野アイが住むマンションから三軒前の辺りで、隠れながら張り込む。
ポケットに手を入れて、中に入っている紙を軽く握った。
それはデビューライブのチケットではなく、一番最新のチケット。
あい……必ずドームライブに行かせるからな。
そう心に決めて、見張りを続けていると。
一人の男が、星野アイのマンションの前で立ち止まった。