"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
「分かるよ」
「……なんで?」
素朴な声色に、天井から顔を逸らし彼女を見た。
視線が交差する。
「言霊っていうのがあってさ。言い続けると、いつかその言葉が叶うんだよ」
そう伝えれば、彼女は顔を逸らした。
「……信じらんない」
呟く声に力はない。
まあこの際だし、彼女に対してもう俺には出来る事がないから、言いたい事を言うか。
視線を合わせない彼女を気にせず、思い浮かんだ言葉を、誰に届けるでもなくただ空間に放つ。
「恋愛、家族愛、兄弟愛、親子愛、友愛、親愛、博愛、ファン愛……世の中にはさ、色んな愛の種類があるんだよ。これだってまだ愛情の種類の一部でしかないし」
これを聞いて彼女がどう思うかなんて、分からない。
「愛って言葉を一括りにしちゃうとさ、括りが大きすぎて、この人は愛してるけどこっちの愛してる人とは何か違う……じゃあ愛って何? ってなっちゃうんじゃないかな。だから先人たちは心の整理をつけやすくする為に、愛という感情の中に種類を作ったんだと思うんだよね」
気付けば彼女は顔を戻し、俺を見つめていた。
構わず続ける。
「だからさ……あいがファンの人たちに対して愛したいと思うならファンとして愛せる様に頑張ってみて、もし違う愛なのかもって思う人がいれば、それが何の愛なのか考えてみれば良いんじゃないかな?」
そう言葉を締めた。
彼女が今、何を考えているのかは分からない。
でも今考えている事は恐らく。
「ファンの愛、他の愛……」
彼女がいずれ考えただろう思考の、前借りでしかないはず。
にわかの俺に出来る事なんて何も無いから。
星野アイにはない価値観を植え付ける事なんて、出来る訳がないんだから。
俯きながら譫言の様に呟いていた彼女が、こちらを向いた。
「……ぜんぜん分かんない」
やがて顔を横に逸らした。
「……でも、一応考えてみる」
その言葉に、軽く笑みが浮かんでしまう。
俺の言葉なんかなくても、彼女はきっと答えを見つけた筈。
だけど、久々に二人の間に以前の様な空気が流れた事が、少し嬉しかった。
俺もまだまだ未練がましかったんだな、そんな情けない自分を見つめつつ。
けれど、自分に甘いんだから仕方ないと自己を納得させ、いずれ彼女が完全に俺から離れるであろうその時までは、このぬるま湯に浸からせてもらおう。
「おー、頑張れー」
そう告げれば、睨まれる。
「……なんか自分は分かってますみたいのなの、ムカつく」
俺だってちゃんと分かっちゃいないよ。
「ま、知識はありますから?」
「大人ぶんないでよ」
同い年のクセに、不貞腐れてしまった彼女に苦笑がこぼれた。
頑張れ若人よ。そう心の中で応援する。
「…………携帯」
不意に告げられた言葉に、彼女を見やる。
顔を逸らしたまま表情は変わらないので、言葉の意味が分からない。
「連絡先教えてよ」
ああ、そういう事。
「いや、アイドルなんだから男の連絡先入れない方がいいだろ」
「カズマには関係ないでしょ」
いや、がっつり関係あるが……。
俺の連絡先だし。
「早くして」
催促してくる彼女に、思わずため息が漏れた。
けれど――。
「ありがと。気が向いたら連絡する」
俺は彼女に肯定しかしてあげられないから。
赤外線で互いの連絡先を交換し、携帯を閉じる。
俺の携帯にあいの連絡先が入っている。
それが妙に不思議な感覚を覚えた。
その後少し雑談をして、彼女が帰る事になったのでタクシーを呼ぶ。
タクシーが到着したので、揃って外に出て下に降りた。
あいが後部座席に乗り、俺が助手席に乗り込む。
「一人で大丈夫なのに」
「一応ね」
「……ま、別にいいけど」
男として、大人として、流石に夜にタクシーとは言え少女一人で帰らせる訳にはいかなかった。
まあ彼女もそこまで反対しなかったってのはあるが。
タクシーの中では特に会話はなかった。
運転手が時折、気を遣う様にちらちら見てくるので申し訳なかった。
あいを送り届け、折り返して自宅まで届け直してもらう。
部屋に戻れば一人きりだが、特段寂しさはなかった。
椅子に座り携帯の連絡先を見れば、そこには『星野』の文字。
一応のカモフラージュとして、苗字だけにしておいた。
それを眺めながら、独り言でここにはいないおばちゃんに話しかける。
最初は本意ではなかったけど、
「約束通り、あいとは仲直りできたよ」
そんな、ありふれた日常の一幕。