"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
雨宮先生の後に続き、病院に入る。
ロビー部分は思ったより閑散としており、混雑はしていなかった。
そんな中を歩き進み、廊下を歩いている最中に声をかける。
「先生、会わせたい子ってってどんな子なんですか?」
ほぼ確定しているが、彼と認識合わせをしておきたい。
僅かに振り向き、歩みを止めずに彼は話した。
「さりなちゃんって言ってね、幼い頃から身体が弱くて病院にいる事が多い子なんだ。忙しいみたいで両親とも会えないんだけど、最近は君と同じ様にアイドルにハマっててさ」
君となら仲良くなれるんじゃないかって思ってね。
そう言う彼の表情はあまり変わらないが、それでも幾分か優し気に感じた。
「へー、それなら色々話が合う部分もありそうですね」
俺の言葉に頷き、彼は再び前を向いた。
ふむ、これで俺がこれから会う人は、俺が会いたい彼女で確定した。
正直、当初予定していた方法とは違い、関係値が全くない状態で面会する事になるから、行き当たりばったりで挑むしかない。
そしてあい程色々分析出来るだけ調べてないので、ホントにざっくりとした人物像しかない。
けれど、自分が満足出来るまでやれるだけやってみる。
決めたからには絶対に日和るな。
俺はクズだ、それを心に。
「さ、着いたぞ」
その言葉と共に、足を止める。
チラッと壁の入院患者名に目をやれば、そこには"天童寺さりな"の文字。
ドアをスライドさせ入室した彼に続き、俺も入る。
足を進めれば、窓側に少女の後ろ姿が見えてきた。
ピンクのジャージっぽい服に、ニット帽を被っている。
窓際に置いてある黄色のソファーに腰掛け、目の前のブラウン管テレビに意識が釘付け中っぽい。
「さりなちゃん」
雨宮先生の声に、呼ばれた彼女は振り返った。
次いで嬉しそうに笑顔になる。
「あ、せんせっ!」
そう言って足早に近付き、彼へと抱き付いた。
「お願い、社会的に殺されちゃうから勘弁して」
少女に抱き付かれ、慌てた様に俺と彼女に視線を繰り返す男性。
うーん、事案ですね分かります。
試しにジト目で彼に視線を送ってみた。
「い、いやっ、違う! 違うからねっ?」
両手を振って何とか弁明しようとする、絵に描いた様な慌てっぷりについ笑ってしまった。
そして、それに気付いた少女と目が合う。
「あっ」
やっと俺の存在に気付いたのか、慌てて雨宮先生から体を離す。
「別に抱き付いたままでもいいよ?」
そう指摘すれば、彼女の頬が赤く染まる。
「だっ、抱きついてなんかないですっ」
服の裾を強く握りしめながら俯いてしまった。
別に微笑ましいから、そのままでも良かったのに。
良い子にしなくていいから、好きなだけ甘えなよ。
「いや、俺も困るからね?」
なんて言う事案男性。まあ確かに。
俯いていた顔を僅かに上げ、少女は雨宮先生を見上げた。
「そ、それでせんせ、この子は……?」
「ああ、この子はカズヤ君」
さりなちゃんと同じくアイドルにハマってるんだって。そう伝えられれば、驚いたの表情。
「えっ……も、もしかして、B小町の……?」
俺へと視線が移ったので、頷く。
それに合わせて次第に変化する表情。
目を大きく開き、笑みが増していく。
「ほんとっ……ですか?」
もうキラッキラである。
「敬語じゃなくていいよー」
「じゃ、じゃあっ、B小町のライブにも行ってるのっ?」
さっきまでの態度はすっかり忘れたらしい、意識は完全にこちらに向いた様だ。
……ライブかあ。
ちょろっと、キザっぽい表情を浮かべる。
「ふっ……デビューライブも観てるよ」
「デ、デビューライブからっ!?」
表情の印象が遂にキラッキラを超えた。
物凄い尊敬の目で見られてる。
だが言ったはものの、デビューライブしか行ってないから非常に心苦しい……!
「B小町のデビューライブってどんな感じだったの!?」
目の前まで歩み寄られ、胸の前で両手を握りしめながら質問される。
ぐいぐい来るその姿は、ただただ微笑ましい。
そんな彼女に、ついこちらも笑顔にされてしまう。
「B小町のデビューライブはねー、大体一〇人くらいしか観客がいなかったんだよね」
「へー! それくらいしかいなかったんだ! みんな見る目ないねっ!」
急に毒舌やめて。
「アイはっ?」
「ん?」
急な言葉に思わず聞き返す。
「――アイはやっぱり可愛かった!?」
それは今まで一番力強い言葉だった。
これがもしかしたら彼女が一番聞きたかった言葉だったのかもしれない。
「……あいかあ」
「うんうんっ」
一切の誤魔化しが無い輝いた瞳で、その表情でこちらを見つめてくる。
……ならばこちらも、本心で応えて上げたい。
「うん、完璧な一番星だったよ」
それを聞いた彼女の笑顔は、
その後俺らはソファーに座りあいについて話をし、雨宮先生は端でパイプ椅子に座りながらそれを聞いていた。
「それじゃ、俺は予定あるからちょっと席外すよ」
不意に告げられた彼の声。
視線を向ければ、立ち上がりパイプ椅子をしまっている。
まあ、考えてみれば仕事中だし、長居は出来んよな。
「またあとでね、せんせっ」
明るい彼女の声に、彼は「ああ」という声で返す。
部屋を出る直前、一度立ち止まった。
「後は、若い二人でごゆっくり」
さっきの腹いせですかな?
という訳で、さりなと二人きりになる。
彼女は入り口の方を見つめたまま、僅かに寂しそうな表情。
まるで俺がここにいないかの様な雰囲気なので、その隙にポケットをごそごそ。
出した財布から目的の小さなプラスチックケースを取り出し、彼女の視線上に翳す。
「えっ……あっ、これって」
驚き、何かに気付いた表情。
「そ、デビューライブのチケット」
これだけは記念として大事に残しておこうと、ちょうどいいサイズのプラスチックケースに入れて保管していた。
「すごいすごい! ホントにデビューライブの日付けのやつだっ!」
それを見て彼女のテンションはまた鰻上り。
あい様様である。
「さりなちゃんが元気になったらあげるよ。そんで、これを持ってあいに会いに行きな」
決してダジャレの意図はない。
「えっ……で、でも、それってカズヤ君の大事なやつじゃ」
困惑気味の彼女に「いーのいーの」と呑気に答える。
「どうやらさりなちゃんの方が、あいのファンレベルとしてかなり上だからさ。これをあいに見せてデビューの時からファンでした! って言ってあげなよ」
俺がそれを出来る事はない。
ならばそれを出来る人に渡した方が、このチケットも喜ぶだろう。
例えそれが叶わぬ願いだとしても、こんな事でももし希望の一つとなれるなら、俺は喜んで渡したい。
「そしたら、きっとあいも『えーっ、こんなに可愛い子が最初からファンでいてくれたのっ?』って大喜びしてくれるからさ」
アイドルとなったあいなら、ホントに言いそうだ。
さりなを見れば、彼女はまだ遠慮気味な表情。
子供なんだから遠慮なんてしなくていいのに。
「で、でも、それだとウソになっちゃう」
「一個、良い事を教えてあげる」
彼女の言葉を遮る様に口を挟む。
「えっ?」
「皆には内緒だけど、あいのファンならこの言葉を憶えとくと良いよ」
これはあいにとって特別な言葉。
そう――。
「――嘘はとびきりの愛なんだよ?」