"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第19話

 待ちに待ったあいのデビュー日。

 公演時間はもう少し先なので、ライブハウス近くで時間を潰す。

 するとちょろちょろと会場に入っていく人たちの姿が見えてきた。

 その人らに続く様に歩き出し、階段を下りる。

 チケットを買っている人がいたので並んで購入した。

 僅かな人の波紛れ込み一緒に進めば、そこは薄暗い部屋だった。

 中にいるのは一〇人程度のお客さん。

 皆大人ばかりで、良いカモフラージュになってくれると一安心。

 

 そろそろ時間かな、なんて考えると、突然部屋が明るくなった。

 前方にあるライトが点灯され、ステージに注目する。

 後ろにいて、前に自分より背の高い人を配置した為結構見づらいが、それで楽しむしかない。

 会場に大音量の音楽が鳴り響く。

 そして前方に現れた人影。

 やがて、照明に照らされその姿がハッキリと確認出来た。

 

 

 ――ああ、やっぱり彼女はアイドルだ。

 

 

 観客の前でセンターに立つ彼女を見て、改めてそう思う。

 初めて見たにも関わらず、そこにいる彼女があまりにも違和感がなかった。

 星野アイはこの為に生まれてきた。

 今誰かにそう言われたら、迷わずに頷いてしまいそうだ。

 そして理解する。

 

 現在ライトを一身に浴び、観客の耳目を虜にし、この上ない輝きを放つ星野アイ。

 ステージからのライトは前の観客で遮断され、暗い中で絶対的なアイドルの目には映らない俺。

 存在する人と存在しない人。

 この世界における関係こそが、今の俺らの状況なんだって。

 

 才能だけでなく一生懸命努力もしたんだろう、間違いのない動きや表情で愛を届け続ける彼女を見つめる。

 

 ――今までの彼女との時間が奇跡、これが普通だ。

 

 そう考えた途端、自分の心がふと軽くなった気がした。

 これを人は割り切り、というんだろうか。

 今思えば彼女との喧嘩はもしや、原作の修正力だったのかもしれない。

 けれども、これからは彼女の事をアイドルとして見ていく事が出来そうだ。

 

 夢の様な時間はあっという間に終わった。

 歌が終わり、彼女たちは異口同音で観客へとお礼を述べた。

 ……ここまでかな。

 ライブが終われば長居は無用。

 このまま居続けたら、ずっと彼女を見ていてしまいたくなる。

 存在しない人間が、こんな表舞台(星野アイの視界)に居てはいけない。

 後ろから聞こえる観客からの惜しみない拍手や声援、主役だった少女の声を耳にしながら、ライブスタジオを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰り、おばちゃんに話をする。

 

「カズヤ君、ホントにそれで良いのかい?」

 

 俺の話を聞き、優しく問いかけてくる。

 それを見て思わず笑みが浮かぶ。

 ああ本当に、俺は良い人たちに巡り合えた。

 

「はい、事務所もそれで了承してくれています」

 

 それは前々から考えていた事。

 こないだ撮ったCMが放送されて以降、俺には何やら続々とオファーが来ているらしい。

 オファーに関して受けるかどうかの話をしている中で、俺から事務所に提案していた。

 

「そっか……カズヤ君が決めた事なんだから反対はしないよ」

 

 おばちゃんに深々と頭を下げる。

 

「本当に、今まで育ててくれて、ありがとうございました」

 

 この言葉に、おばちゃんは一瞬表情を崩し、すぐに笑みを浮かべ直してくれた。

 

「……全く、本当に女泣かせな男だよ、カズヤ君は」

 

 彼女の目に潤んでいるもの見て、こちらも思わず潤みそうになる。

 おばちゃんの洒落をありがたく頂戴し、苦笑いを浮かべる事で誤魔化した。

 

「ちゃんとご飯を食べるんだよ?」

 

 はい。

 

「風邪ひかない様にね」

 

 わかった。

 

「アイちゃんともちゃんと仲直りするんだよ?」

 

 ……もう無理かもしれないけど、もし機会があったら必ずするよ。

 

 

「……寂しくなるねえ」

 

 

 瞳から涙が零れ落ちるのが見えて、慌てておばちゃんに背を向けた。

 女性の涙は見ない方が良い、そしてそうしなきゃ、俺まで泣きそうだった。

 

 

 生まれて一二年、今世の全てが詰まったこの家から今日、俺は巣立っていく。

 


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