"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
時が経つのは早いもので、気付けばもう一二歳となり、小学生としては早くも卒業間近。
俺もそろそろ将来を考えなければいけない。
何故なら間もなく原作が始まっていくのだから。
だが、それ以前に最近は、直近についてどうしていくか考える事が多い。
それは何故か。
とりあえず金が欲しいのである。
小学生時代を改めて過ごし、やはり金がないとやりたい事が出来ないと学んだ。
星野ママを探すのも色んな場所に行く必要があるだろうし、やはり金がかかる。
だがこの年齢でバイトなんて出来ない。
ならばどうするか。
そこで一つ案として浮上したのは、やはりというか芸能界であった。
子役とか受かりさえすれば、すぐに仕事に繋がる。
そして仕事が忙しくなれば学校に行かなくてもいい。
つまり中学生における最大の挫折ポイント――数学の"証明"をやらなくて良いという事になるッ!
マジで証明だけは訳分からん。特に人生で使わんのだから、答えだけ合ってればいいだろと当時から憤慨していた記憶がある。
てな訳で即働けて、かつ上手くいけば中学に通わなくても良いという希望に魅入られ、俺は真剣に子役デビューを考えていた。
考えたところで、オーディションやら受からなければ、そもそも始まらないんだけども。
だが、短期的計画としては比較的ありだとも思っている。
何故なら仮に子役としてデビューしたとしても、いつまでも続けるつもりがない。
というか続けられる実力が無いだろうから、中学終るまで出来れば続けて、一六歳超えたらとっとと辞めてバイトすりゃいいだけだから。
芸能人として短い生命で終わり世間から特に認知されなければ、星野ママ探しでも余計な枷にならないという利点もある。
以上の理由から、俺は最近芸能界デビューを目指そうと決めかけていた。
「カズマ、いま大丈夫?」
突如開かれる自室のドア。
最早彼女はノックすらしなくなった。
そして質問形式の言葉だが、これは実質断定である。
無論俺としても何ら不満は無いので「あいよー」といつも通りの回答。
ドアを閉め、布団に横になっている俺の傍に腰掛ける。
長袖のパーカーにキャップを被っている、いつものファッションが俺の目には映っていた。
どちらも話さず、僅かな静寂。
不意に彼女の口が開く。
「アイドルにスカウトされた」
ほーん、俺の返しはいつもこれだ。
体育座りしながら、顔を膝に埋もれさせている姿を眺めつつ、思う。
いよいよ始まるのか。
「それだけ?」
いつも通りだが余りにもそっけなく思ったのか、僅かに顔を上げて視線を送ってくる。
「まあ、そうなるだろうなって思ってたからさ」
「なんで?」
「だって、そうなるだろうなって思ってたからさ」
何となしに返せば、視線の圧が僅かに強くなる。
「……答えになってない」
不貞腐れている様な気配を出しながら、再び膝に顔を埋めてしまった。
彼女は笑わなくなった。
一年ほど前から徐々に、もう母親が迎えに来る事は無いんだと、自分は捨てられてしまったんだと自覚し始めた。
その間、今もだが俺に出来るのは、ただ一緒に居る事だけ。
これが、この世界でなければ他にやりようはいくらでもあっただろう。
けれども、この世界では原作の修正力が起こるかもしれない。
そう考えると、ただ一緒に居る以外の選択肢を実行する勇気が、
彼女を原作通りに死なせる訳にはいかない。ただそれを成し遂げたいが為に。
「そんで、アイドルはやるの?」
会話が途切れてしまったので、こちらから話題を振る。
彼女は変わらず顔を埋めたまま。
「……やってみようかなって、思ってる」
小さく呟いた。
どうやら原作通りの流れになった様だ。
「そっか」
ただの相槌で、彼女の言葉に返事をした。
顔を埋めたままで、相変わらず表情は分からない。
寝転がりながら横目で眺めていた視線を天井に向け、そっと一息。
「……ねえ、カズマ」
衣類で籠った声が届いた。
「んー?」
見飽きた天井を眺めつつ返す。
「……嘘でも愛してるって、言ってもいいのかな?」
静かな声。けれど耳にはしっかりと聴こえた。
聞き方は質問だろう。
けれど彼女は俺に対して、いつも断定的だ。
「いいんじゃね?」
俺に対して初めて見せた承認欲求に、肯定してあげる。
「……いいの?」
「あいが嘘でもいいから愛してるって言いたいなら、言っちゃえばいいよ」
これから俺に出来るのは、求められた際に行う後押しだけ。
ここからの未来は彼女の独壇場なのだ。
彼女の輝かしい表舞台に俺の存在は不必要。
そんな関係で良いんだ。
「……そっか」
ほら、歩き始めた彼女は立ち止まらない。
何より誰にも止められない。
「じゃあアイドル、やってみようかな」
今ここに伝説の幕が開けた。
ここにきて、俺と彼女の道標が正式に変わった。
元気に羽ばたいてきちゃいな、
「おう、頑張れー」
言葉と共に視線を向ければ、幾分か
そんな表情も久しぶりだな、なんて感慨深くなってしまう。
これから俺の知らない、練習であったり厳しい裏側に直面もしていくんだろう。
けれどそれを乗り越えて、至った初ライブの時くらいは見に行ってあげよう。
じゃあ湿気のある雰囲気はここで終わりだ。
「アイドルのあいさーん、こっち見て笑ってくださーい」
そう言ってカメラを持つポーズをしてみれば、
「ざんねーん、
多少ぎこちなさは残りながらも笑顔を浮かべ、からかい交じりの視線を送ってくる。
まあ君は俺にとってもう"推しの子"なんだけどね。
だがもう先程までの空気は完全に霧散した。
さて、せっかくならこの空気に乗じて、先着特典でももらいますかな?
「ほら、せっかくだから愛してるーって言ってみてよ」
嘘ではあるが、一番最初の愛してる。
これくらいの役得はあったっていいだろ?
しかし彼女はきょとんとした顔を浮かべる。
まあいきなりだったかもしれん。
「んー」
首を僅かに傾げ、人差し指を唇に当てて何やら考えている。
いや、言えよ。
後の
やがて彼女は表情を変えた。
「カズマにはまだ、言ってあげなーいっ!」
解せぬ。
いっちょ前にからかってくれちゃってと思いつつ、浮かんだのは笑顔。
……けどまあ。
この最高の笑顔が俺一人に向けられたってだけで、役得だな。
三月は別れの季節、だが彼女の笑顔は早くも新たな門出を祝う様な輝きを放っていた。