「平成3強」の名馬イナリワンの蹄跡を追いかけて…。7日、東京・羽田の穴守稲荷(あなもりいなり)神社で行われた「必勝稲荷祭」に舟元祐二記者(29)が潜入。強風と激しい雨の中、地方と中央で活躍した名馬に思いをはせ、足を運んだ競馬ファンの姿を取材した。
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ドン、ドン、ドン…。大きな太鼓の音を合図に「必勝稲荷祭」の例祭は開始された。お清めの儀式の後、宮司が祝詞をささげる。最後には参加者全員が玉串を奉納。記者も祈願した。
オグリキャップ、スーパークリークと並び、「平成3強」とうたわれたイナリワンの馬名の由来となった穴守稲荷神社。同馬の誕生日に、日本競馬界の発展と人馬の安全、活躍を願うために行われているのが「必勝稲荷祭」だ。
例祭開始の10分前には、社務所の待合席には30人を超える人が集まった。イナリワンの勝負服は紫の鋸歯(きょし)形、袖も紫、胴桃色。これを意識させるように井上直洋宮司が桃色の狩衣(かりぎぬ)に、紫のはかま姿で登場する。「色は上下逆ですけど、イナリワンの勝負服に少しでも合わせられれば、と。これで模様がギザギザだったら言うことなし、でしたね」。
イナリワンが生まれたのは1984年の5月7日。今年は同馬の生誕から40年になる。この日は“特別御朱印”として、「イナリワンの蹄鉄(ていてつ)拓が入った御朱印」が頒布された。イナリワンに青春をささげたファン、現役時代を知らないファンも御朱印帳を手に受付を待つ。淀の直線で後続を突き放した勇姿、仁川の坂で粘り込む勇姿、中山のゴール前でスーパークリークを差し切った勇姿を思い浮かべながら…。
蹄鉄拓の御朱印は以前から企画されていたという。ただ、22年に発案されたときは職員会議でボツになったそうだ。宮司の井上氏は「当時はコロナ禍により羽田空港および航空関係が大打撃を受けました。航空安全祈願もあり、(新たな企画を)一緒には難しかったです」と振り返る。そして、今年、日の目を見ることとなった。
必勝稲荷祭に参加した女性ファンは「今回初めて参加しました。89年の有馬記念は現地で見てました。昨年の有馬記念も同じ誕生日のドウデュースが勝ったそうで不思議ですね。ネットでイナリワンの特別御朱印があると知ったので、ゴールデンウイークを1日延ばして来ました」と感無量の様子。また、ある女性ファンは「普段は競馬はやらないけど、当時私が妊娠していて、妊娠中は運が上がるといいますし、“イナリ”という名前を見て、主人が馬券を買ったら的中したんです」とイナリワンの思い出を語った。「ウマ娘でイナリワンを知りました」という若い競馬ファンも大事そうに御朱印帳を受け取り、社務所内の貴重な展示物を見学していた。競馬関係者の姿もあった。
1頭の馬をめぐって、あらゆる人がエピソードを語る。競馬の、サラブレッドの作る縁はそれほど深く、広い。イナリワンと穴守稲荷神社。記者も取材を終え、ありがたく今日限定の「特別御朱印」をいただき、同馬の蹄跡を見つめながら、記された文章を読んだ。自分が生まれる前の名馬イナリワンに思いをはせて…。【舟元祐二】
◆イナリワンとドウデュース 同じ5月7日生まれ。イナリワンは武豊騎手とのコンビで89年の天皇賞・春を制している。宮司の井上氏は昨年の有馬記念を日刊スポーツの紙面で予想。ドウデュース本命で見事に的中させている。「イナリワンが制した年と同じ“12月24日の有馬記念”を、イナリワンと同じ誕生日のドウデュースが制し、馬券が的中しました。的中した馬券は子ども食堂に全額寄付し、牛丼がふるまわれたそうです。本日もたくさんのご参詣をいただき、まさに八方よしの導きであったと存じます」と井上氏はイナリワンが作った縁に感謝した。