男のおっぱいは進化中!? 「やがて授乳も夢じゃない」、ポーランド人生物学者が明かす

男性に乳房がないのは退化の途中と言われてきた。しかし、その説を真っ向から否定する、まったく新たな仮説が提唱された。男性の乳房は進化しているというのだ。

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Photo :saguayo/ Flickr

警告:この記事は4月1日に掲載されたものです。


男性の乳房は一体何のためにあるのか?

その意味について、生物学者はさまざまな説を提唱してきた。最も有力な説として考えられてきたのは、それが退化の途中にあるというものだった。男性は女性を基にして作られているが、出産はしない。そのため、女性から男性へ分岐する時点での名残として乳首があると考えられてきた。しかし男性は妊娠や授乳をしないため、将来、男性の乳首は消滅するのではないかと考えられてきた。

ところが、この説を真っ向から否定する、まったく新たな仮説が提唱されたという。提唱したのは、カナダ在住の在野の生物学者のボグスワフ・コヴァルスキ。ポーランド出身で、専門は合成生物学(注1)だ。

注1)合成生物学(Synthetic Biology):生物学の一分野で、なかでも化学、工学などのアプローチを導入し、新しい生命機能や生命システムを組み立てるといった学問分野が近年注目を集めている。詳しくは、『WIRED』VOL.4にて。

この発見についてコヴァルスキは、詳細はこれから発表する論文を見てほしい、ともったいつけるが、その概要は、「男性の乳房は、退化しているのではなく進化の途上にあるもので、ゆくゆくは、男性も女性のように授乳ができるようになる」というものだ。つまり、これから男のおっぱいはどんどん大きくなっていく、と。

乳房は,女性ホルモンの刺激を受けて大きくなることがわかっている。コヴァルスキは,女性ホルモンであるエストロゲンと遺伝子のかかわりを研究する過程で,男性ホルモンであるテストステロンによって,乳房肥大のスイッチがONとなるような雄マウスの作製に成功した。この変異体マウスは健康に何ら問題がなく,そして子マウスに授乳することができる。おどろくべきことに,たったひとつの遺伝子を変えるだけで,雄マウスが授乳可能となったのだ。

「信じられないですよね」とコヴァルスキは言う。「けれどもわたしの研究結果は,雄が授乳することを妨げる要因はないことを示しています。ヒトでも,同じひとつの遺伝子が変化するだけで授乳可能となるのです」

Photo : nycgeo/Flickr

男性の乳房拡大に関する研究はこれだけではない。近年、女性化乳房と呼ばれるおっぱいの大きい男性が増加している。その多くは原因不明であり、健康にも影響がないため治療の対象となっていない。なぜおっぱいの大きい男性が増えているのかは謎であったが、最近の研究が、この謎を解く鍵を提供している。

イタリアの研究グループによれば、女性は男性の「胸板の厚さ」で頼りがいがあるかどうかを評価しており、「胸板の厚さ」と恋愛の成功率には高い相関が見られることが、最新の社会生物学実験の結果わかってきたという。さらにこの実験では、女性化乳房の男性の場合も、胸板の厚い男性と同様の結果が見られることがわかった。

これは、服の上からでは胸板が厚くなったように見えるためではないかと考えられている。この傾向が高まっていった場合、男性にも乳腺は存在するのだから授乳可能な男性が生まれてもおかしくない。女性の社会進出が進むなかで、草食男子に代表される「女性化した男性」が生物学的にも女性化していく方が、生存・子孫繁栄に有利になるからである。

男性の乳房については、数年前に男性用ブラジャーが話題となり「落ち着く」などと好評を得たことも思い出される。コヴァルスキは、ここから今回の研究のヒントを得たのだという。

「ブラジャーとの親和性を男性も感じることができるというのは単なる生理的な感覚ではなく、遺伝子レヴェルのものなんじゃないかって、そう直感したんです」。そこから4年間、実験を繰り返しようやく論文発表に至るデータを揃えられることとなった。

Photo :zawtowers / Flickr

ところで、コヴァルスキは自分のことを「バイオパンク」(注2)と呼んでいる。かつて科学論文誌『Nature』や『Science』にて数々の成果を発表し、将来を嘱望されていた博士研究員であったが、論文の公表の際、オーサーシップをめぐって教授と対立し、大学を退職。数年前より故郷に戻り、自宅のガレージで研究に勤しむようになった。つまり、完全なるフリーランスの生物学者である。アメリカでは、こうした「バイオパンク」「DIYバイオ」の存在はすでに一般化しており、ウェットウェアと呼ばれる遺伝子キットなどが安価で購入でき、かつ、かつては研究所にしかなかったような顕微鏡などの装置も安価に入手できるようになっている。こうした連中は「バイオハッカー」などとも呼ばれ、アメリカの生物学の世界において新しい潮流となっている。

注2)バイオパンク(Biopunk):遺伝子研究のオープン化を目指すムーヴメントで、趣味として、遺伝子やDNA(「ソフトウェア」ならぬ「ウェットウェア」)を「ハッキング」することを楽しむアマチュア生物学者たちによって構成される。ビル・ゲイツは『WIRED』のインタヴューに対して、「もし自分が若かったら、いまなら間違いなく生物学をハッキングしてただろうね」と語っている。この内容は『WIRED』VOL.4においてさらに詳しく紹介する。
参考文献:『バイオパンク DIY科学者たちのDNAハック!』マーカス・ウォールセン=著 矢野真千子=訳〈NHK出版〉

「パソコンがコンピューターを民主化したように生物学を民主化する。それがバイオパンクなんです」と、コヴァルスキは語る。「研究機関でのポストや『権威ある』論文誌なんてものに振り回されるのは,もううんざりだからね」。当然、今回の新発見についても、大学などの『権威ある』研究機関からは多くの否定的な意見も出るだろうと予想しているが、「世界中のバイオパンクたちのみならず、一部の進化生物学者から、ぼくの発見を支持する声がすでに届いています」と、自信のほどを覗かせる。

Photo :Tattooed JJ/ Flickr

コヴァルスキは4月1日 に論文をApp Storeで公開する予定だという。「嘘みたいな話ですから、この日がいいなと思ったんです」とほくそえむ。論文が発表されれば、間違いなく論議を呼ぶことになるだろう。この発見をめぐっては、すでに製薬会社や医療関係機関、バイオヴェンチャー企業やシリコンヴァレーのヴェンチャーキャピタリストたちや大手下着メーカーなどが、水面下で動きはじめているという話も聞く。

「社会構造が根底から変わってしまいますから、おおごとだとは思います」と、コヴァルスキは自身の発見を評する。「でも、社会構造が不変でないように、人間だって不変ではありません。わたしたちは人間のいまのかたちが進化の最終型だと思いがちですが、どうしてそんなことが言えますか? わたしたちは進化の途上にあるのかもしれません(注3)。男女同権になって、生物としてのヒトが生きる環境が変わっていけば、当然生物学的な適応ということが起こりうるわけです」

注3)進化の途上:人間が目下進化の途上にあるという考え方は、ハーヴァード大学ビジネススクールの「ライフ・サイエンス・プロジェクト」の創設者ファン・エンリケスによるTED講演「Homo Evolutus」でも世界的に知られるようになった。生命科学と政治経済の関連性についての世界的権威であるエンリケスについては、『WIRED』VOL.4において詳細なライフストーリーを掲載する。

現代社会という「環境」がもたらす帰結として「男性のおっぱい」は必然だとコヴァルスキは主張する。

「女性の立場がより強くなったことで、草食男子って言われる人種が出てきましたけれど、わたしに言わせれば、それもひとつの進化なんです。その進化型の先にあるのが、『授乳男子』ってことになるんだろうとわたしは見ています。まさに『乳(ニュウ)タイプ』というわけです」

2012年4月1日

TEXT BY WIRED.jp_I

SUPERVISED BY HIROSHI M. SASAKI