「君ごときがダフネに相応しいわけないだろう!!」
パーティーの舞台となっているグリーングラス本家の別邸に怒声とも悲鳴ともつかない声が響き渡る。
その発信元である金髪を撫で上げた端正な顔立ちの青年は、顔をファイアウィスキーもビックリの赤色に染めて自身の目の前に立つ少年を睨んだ。
睨まれた少年───パーティーに特別に招待されたリオンはなぜこうなったのだろうと物思いに耽った。
◆ ◆ ◆
事の始まりは数時間前。クロードがアーデル邸からアメリカへと帰省した日の朝の事だった。
「良い? リオン。ホグワーツの時のクリスマスパーティーと違って今回は社交界と遜色ない物よ。楽しむなとは言わないけど節度を保って、尚且つ粗相のないように気を付けてね」
「まぁ、出来るだけ気を付けるよ。俺も恥をかきたくないしね」
俺はそう言って心配そうに見つめてくる母さんに微笑んだ。なんだかんだ正式なパーティーに出席するのはこれが初めてのことなので色々心配なのだろう。
「じゃあ、行ってくるよ」
「えぇ。行ってらっしゃい」
母さんに手を振り、我が家から集合場所であるダイアゴン横丁に向けて出発した。
森を抜け、遠路はるばるやって来たダイアゴン横丁は以前よりも静かであった。ヴォルデモート復活が騒がれ、その影に怯える人々は外に出ることをしないのだろう。
「ま、それも仕方無いよな……」
逆にこんなときに彷徨く俺のような人間が珍しいのだ。チラホラいる人達も遠巻きにそんな俺を好奇な目で見てくる。
チラリと腕時計を見て、集合時間までだいぶ空きがあることを確認する。
本当ならもっと遅くに出ても良かったのだが、折角ダイアゴン横丁に来たのだし、とある用事を済ませておきたかったのが理由であった。
「こんにちはオリバンダーさん。いらっしゃいますか?」
そんな訳で訪れたのは親愛なるオリバンダー杖店だ。相も変わらず高く積み上げられた杖箱の山に首が痛くなりそうになる。
人っ子一人いない店内に俺の声が響き、やがて目的のギャリック・オリバンダーさんがいそいそとやって来て俺を見て目を丸くした。
「はいはい───おや、まぁ。アーデルさんですな? イチイの木にドラゴンの心臓の筋線。二十六センチの振りやすい杖だった」
「覚えていてくれたんですね」
「勿論。この店で杖を買っていかれた人達の顔と名前は良く覚えていますよ──して、今日は何のご用件で? 杖が折れましたかな?」
穏やかな笑みを浮かべるオリバンダーさんに、懐から“あるモノ”を取り出して目の前に差し出した。
「これは……」
「これが何か、オリバンダーさんはご存知でいらっしゃいますよね?」
「……セストラルの尾毛……しかし、こんなものを一体どこで?」
「魔法生物飼育学の授業でセストラルと接する機会がありまして。その時に懐かれて貰ったんですよ」
パックに仕舞われたセストラルの尾毛をオリバンダーさんは腫れ物を扱うように丁寧に、それでいて恐る恐る持ち上げた。
「実は、このセストラルの尾毛を使った杖を作って頂きたいんです」
「なんと──?」
俺の提案に、オリバンダーさんは目を見開く。その目に映っているのは杖作りとしての好奇心か、はたまた自分が取り扱う物以外で杖を作ることへの忌避感か。
「頼めますか? 折角受け取った物ですから有効に使ってあげたいんですが……」
「それは、えぇ。それは構いませんとも。しかし何故セストラルの尾毛を使おうと?」
その問いに俺は頬を掻き、「勘……でしょうか」と曖昧に答える。
「勘ですか……」
「はい。けど、何故かこれを使って杖を作らなければいけないような感じがして……」
「……ふむ。アーデルさん、実はセストラルの尾毛を使って作られた杖は珍しいですが存在はするのです」
「そうなんですか? 一体どのような?」
俺がそう聞くと、オリバンダーさんはどこか恐れるように、もしくは感動したように口元を震わせ、やがてその名を口にした。
「ニワトコの杖──かの杖にセストラルの尾毛が使われているのです」
「ニワトコの杖……まさか、死の秘宝? お伽噺の筈では?」
「いえ、いいえ。確かにそれは存在するのです。誰の手にあるか、私は存じ上げませんが」
オリバンダーさんが語った内容に思わず口をあんぐりと開けた。ニワトコの杖──歴史上最強の杖と言われている杖であり、『三人兄弟の物語』で死が長男に与えたとされる杖だ。
そんなものが実在するなどにわかには信じがたい話だ。
「セストラルの尾毛を使った杖は、死を受け入れた者にしか扱えず、また使いこなすことも出来ない。ですがこの毛の持ち主のセストラルは余程貴方のことが気に入っておるようじゃ。貴方の力になりたいと強く望んでおる」
オリバンダーさんは尾毛を撫で、どこか納得したように頷いた。
「もしこの芯に合う木材を見つけ、その杖を貴方が使うことになるのなら、貴方は何か偉大な事を成し遂げるやもしれませんな」
◆ ◆ ◆
オリバンダー杖店を出て、広場へと向かう。杖が出来たら報せてくれるとのことだし、気長に待つとしよう。
「さて、広場にやって来た訳だけど……肝心の迎えは一体どこに……」
「リオン・アーデル様ですね?」
広場を見渡し、キョロキョロと視線を動かしていると突如として後ろから声が掛けられた。
肩を大きく震わせ、急いで振り返ってみればそこに居たのはグリーングラスの家紋が施されたスーツを着た一人の魔女だった。
艶やかな黒髪は短く、深い新緑の瞳が俺を見つめていた。スーツ姿も相まってどこかスタイリッシュな雰囲気も感じさせる人だ。
「お迎えに上がりました。グリーングラス家本邸への案内を任されることとなりました、アンテリア・ホークスと申します。初めまして」
「え? あ、あぁ! はい、お願いします。リオン・アーデルです」
あまりのスピード感に呆けてしまったが、何とか持ち直して頭を下げる。目の前のアンテリアさんは「恐縮です」と頭を下げてさっさと歩き出してしまった。
実に職務に忠実な人だ。グリーングラス家に仕える従者だろうか?
「あの、グリーングラス家までどうやって行くんです? 箒ですか?」
「箒や煙突飛行も考えましたが、結果として付き添い姿くらましの方が早いとのことで今回はそちらを採用させていただきました」
簡潔に答えたアンテリアさんは、人通りの少ない場所で立ち止まると俺に手を差し出してきた。
「手を取ってください。姿くらましのご経験は?」
「母と共に何度か」
「結構。早速向かいましょう」
彼女の手を取る。景色がぐるりと一回転した次の瞬間には目の前に巨大な邸宅が鎮座していた。
「到着致しました。グリーングラス家本邸でございます」
隣に立つアンテリアさんが溢し、俺の荷物を持って歩いていくのを慌てて追った。
邸宅の前にある漆黒の門が近付く俺達に反応して一人でに開き、訪問者を歓迎する。そして緑豊かな中庭を通って玄関に辿り着くと、アンテリアさんが玄関を開けて入るよう促した。
「お入りください」
「……失礼します……」
緊張しながら玄関から本邸へと足を踏み入れる。眩い光のシャンデリアに目を細めていると、後ろで扉の閉まる音が響いた。
それと同時に奥の方にある階段から見知った顔が降りてくるのが見えた。
「お嬢様。リオン様をお連れしました」
「ありがとうアンテリア。リオンの荷物を部屋に届けておいてくれるかしら?」
「畏まりました」
少女───ダフネが告げ、アンテリアさんは恭しく頭を下げると俺の荷物を浮遊呪文で浮かせて去っていった。恐らく俺に宛がわれる部屋に運び込むのだろう。
俺は改めてダフネに向き直ると片膝を突いて右手を胸に、左腕を立てた左膝に添えて頭を下げる──父から教え込まれた魔法騎士の礼を取った。
「本日はグリーングラス家のパーティーにご招待頂き、恐悦至極に御座います。ダフネお嬢様に置かれましては──」
「ちょ、ちょっと! 辞めてってば。わざわざそんなことをしてもらう必要なんて無いわ。畏まらなくてもいいのよ」
「あ、そう? ならいつも通りにするよ」
「そうしてちょうだい……」
俺がいつもの調子に戻るとダフネが疲れたように溜め息を吐いた。しかしそれも一瞬のこと。ダフネはドレスの裾を摘まんで軽く膝を折る。所謂カーテシーという作法を取った。
「グリーングラス邸にようこそお客様。この日が、どうか貴方にとってより良い物でありますよう」
「畏まるのは無しじゃなかったのか? それにカーテシーをやる必要あったか? 立場はお前の方が上だろう。アーデル家なんて昔の栄光なのに」
「これは形式なの。それに、カーテシーを不要と言うのなら貴方の騎士の礼も同じでしょう?」
「俺のはあれだよ。先祖代々続く魔法騎士だし……」
「大昔のことでしょうに」
互いに笑い合う。まぁ、確かにアーデルが魔法騎士であったのは四百年ほど前までの話だ。だが騎士としての誇りまで失ったつもりはない。
というか騎士であったのならグリフィンドールがお似合いだろうに何故か家はハッフルパフかレイブンクローなのだ。いや、ハッフルパフの割合が五割でレイブンクローが四割、残りの一割だけグリフィンドールもいたらしい。歴代で四人くらいだそうだが。
そしてそんな歴代のアーデルの中で唯一、スリザリンに選ばれたのが俺だったというわけだ。そら周りの人達も奇異な目で見るよねって話だ。
「とりあえずリビングにいきましょう。父様達が待ってるわ」
「ルデアさん達か。会うのは久々だな」
「会っても騎士の礼は取らなくて良いからね? 普通に挨拶すればいいわ」
「了解です、お姫様」
ダフネに手を引かれ、長い廊下を歩く。自然とダフネの華奢な手を強く握ったことに、俺は気付かなかった。
リビングに行くと、そこにはアストリアと両親であるルデアさんとルナマリアさんが椅子に腰掛けてやって来た俺達に視線を向けて待っていた。
「おや、リオン君だね? 見違えたよ。ルデア・グリーングラスだが覚えてくれているかな?」
「勿論。お久し振りですルデアさん、ダイアゴン横丁以来ですね。ルナマリアさんとはクィディッチワールドカップ以来でしょうか」
「まぁ。覚えていてくれて嬉しいわ。こんにちはリオン」
二人が立ち上がり、俺に笑顔を向けてくる。それに俺も笑顔で返すとアストリアも立ち上がって俺に近寄ってきた。
「こんにちはリオンさん。ようこそ我が家へ!」
「こんにちはアストリア。お邪魔させてもらってるよ」
互いに笑みを浮かべて言葉を交わす。すると、横にいたダフネが俺の腕を掴んで無理やり椅子に座らせた。
「貴方はここよ」
「ぐえっ……なぁダフネ。何も引っ張る必要は無くないか?」
「引っ張ってないわ。引き寄せただけよ」
俺の反論にもダフネは澄まし顔で答える。何が気に入らないのか、組んだ指でトントンと机を叩いていた。
そんなダフネを見て他の三人は心当たりがあるのか「あらあら」とでも言いそうな顔で笑っていた。
「ダフネ……何か怒ってるのか?」
「別に怒っては……いえ。怒ってはいないけど少し理不尽な態度だったわね。ごめんなさい二人とも」
ダフネが頭を下げる。俺としては特に気にしていないし、何か機嫌を損ねた理由があるのだろうとして俺も頭を下げておいた。
「皆様、昼食の用意が整いました」
そんな感じで過ごしていると、扉が開かれアンテリアさんが入室してくる。どうやら昼食の準備が出来たらしい。
「ご苦労。リオン君、パーティーは夜に始まるし折角だから食べていきなさい」
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
◆ ◆ ◆
テーブルに並べられた料理の数々に、思わず苦笑した。
一汁三菜──いやこれは日本独自の考え方だったっけ──というか、一般的なご家庭くらいの量かと思っていたら結構な量が出されたのだ。苦笑いの一つでも出てくるだろう。
「あぁ、量に驚いているのかい? 実はこう見えて私が健啖家でね。普通の人より多く食べるんだ」
席に着きつつルデアさんが答える。テーブルの上にはローストビーフやタンドリーチキン、チポラータ・ソーセージにシェパーズ・パイ、ミートボールにボロネーゼに山盛りサラダなど様々な料理が並んでいた。
こういうのを見るとお米が欲しくなるのは前世が日本人であったからなのか。
ホグワーツ卒業後は日本に旅行に行くのもいいかもなと考えながら、餓えた腹を満たすためにさっさと席に着いて料理に手を伸ばした。