「なんとまぁ、刺激的な記事を書くものだ」
日刊予言者新聞に掲載された記事を見て失笑と共に呟いた。
内容としてはハグリッドが半巨人であり、そんな彼を教師として雇っているダンブルドアはおかしい等々…よくもまぁこれだけの悪意を隠そうともせずに記事にするもんである。著者はリータ・スキーター、クソ喰らえだ。
「これだからマスコミってやつは信用ならないんだ。誰も触れないようにしていたことを平気で記事にしやがって」
ハグリッドが半巨人であることなど見る人が見れば分かることだ。それをこのクソ女は明確な悪意で以て記事にした。読む者の関心を集めるためならどんなものを載せようとお構い無しか馬鹿がと内心で吐き捨てる。
「あたしゃ別に教師なんてやるつもりもなかったんだけどねぇ」
ハグリッドに変わって飼育学の教授になった老女がやれやれと言う風に呟く。前職はユニコーンのブリーダーをしていたらしくホグワーツの教師という一種の花形になっても、さほど興味は注がれないようだった。
「ハグリッドが半巨人だと言うのは?」
「勿論知ってたさ。けどそんなこと一々気にする必要もないだろう。アレの母親はヤバい奴だけどね」
聞けばハグリッドの両親は母親が巨人で父親が普通の人間だそうだ。
「女の方が普通の人間だと潰れちまうだろう」と言って老女が笑った。下世話だがその通りだろう。巨人族の女は見初めた男を拉致するらしい。率直に言ってハグリッドも父親も完全な被害者だ。
「だからこそ、物の道理を理解した連中は半巨人を叩かないものさ」
老女と別れた俺は道中ハリー達いつもの三人組と合流しハグリッドのいる小屋へと向かった。
「鍵がかかってるよ」
「そりゃそうだ」
扉を開こうとしたが、開かなかったためにハリーが嘆くのを横目にハーマイオニーが杖を振るう。
「開いたわ」
「ねぇハーマイオニー。それは姿あらわしで人の部屋に直接現れるくらい駄目なことなんだよ?」
「鍵が壊れかかってただけよ」
「うん、僕もそう見えたな」
勝手に施錠された扉をこじ開けたハーマイオニーにロンが驚くがハーマイオニーとハリーはどこ吹く風だ。
だからロン、そんな助けを求めるような目で俺を見ても何にもなんないぞ。
「邪魔するよ、ハグリッド」
「……おう、お前さん達良く来たな……」
何はともあれ開いた扉を通って小屋に入る。そこの主であるハグリッドに声を掛ければ、彼は目元を拭いながらも俺達を出迎えてお茶を出してくれた。
出生が露見したのが相当堪えたのだろう。目元には酷い隈が出来ていた。
「……俺は、教師を辞めようと思──」
『駄目』
ソファに座り、意を決したように語ったハグリッドを遮りハリー、ロン、ハーマイオニーが切って捨てた。
驚きで目を見開いたハグリッドが重ねるように言う。
「俺は半巨人で──」
「じゃあさ、アーデルの癖してスリザリンに入寮したから父さん達の本当の子じゃ無いとか不義の子だとかそう言われた俺はどうなるんだ」
「誰だそんなことを言った奴は!! お前さんは二人の子供だ! それをスリザリンに組分けされただけでそんなことを言うなんて、なんて酷い……」
俺の言葉にハグリッドが顔を真っ赤にして怒鳴る。そのあまりの声量に窓ガラスに罅が入った。
そんなハグリッドを見て、俺はニコリと笑みを浮かべながらもう一度話しかけた。
「ほらな。ハグリッドは俺の生まれを肯定してくれたじゃないか。そんな優しい人が誰かを襲うなんて俺は思わないよ──まぁ、犯罪っぽいこともしたかもしれないけどハグリッドはハグリッドだ。生まれなんて関係ないよ」
呆然とハグリッドが目を見開き、オウオウと泣き出す。今まで心無い事を言われたことはあってもこうやって肯定されることはなかったのだろう。
彼の肩をポンポンと叩きながら、ハリー達と一緒にハグリッドが落ち着くまで付き添うことにした。
◆ ◆ ◆
そして時は過ぎて二月の中旬。第二の課題が迫っていた。
「う~ん……」
そんな中で、俺はある一つのことに悩んでいた。
「未来視をもう少し楽に扱えないかなぁ……」
以前、ダンブルドア先生との話し合いの折に闇の帝王と戦うと決意した俺だが、そのための切り札たりえる未来視の精度とかその辺について頭を悩ませていた。
ダンブルドア先生に訊ねても、「わしもアーデル家の未来視については詳しく知らんでのう」とのことで、では他に頼りになりそうな人がいるのかと言えば父さんは未来視の力を持っていないそうだし母さんも同じ。
「何か困り事かねアーデルの子よ」
さてどうしたものかと考えていると頭上から声が掛けられた。顔を上げてその人物を視界に収める。
半透明の体でフワフワと宙に浮き、その青白く恐ろしげな風貌で俺を真っ直ぐに見つめていた。
その人物を見た俺はにこやかに笑みを浮かべると胸に手を当てて騎士の礼を取った。
「こんにちは男爵。そうですね。今、少し困ったことがありまして」
「ふむ。話してみなさい。アーデルの子の悩みともなれば私としても相談に乗るのもやぶさかではない」
そう言って男爵──スリザリンの寮憑きゴーストである“血みどろ男爵”は俺の周りを漂う。
その親切心に感謝しながら、俺はかくがくしかじかで──と未来視について男爵に打ち明けた。
それを聞いた男爵は「ふむ……」と考え込み、やがて人差し指を立てると俺に一つの案を提示した。
「それならば天文台に行ってみるといい。それに関しては“彼女”の方が力になれるだろう。気難しい御方だが君の頼みならば耳を傾けてくれるだろうよ」
「“彼女”……?」
首を傾げるも、男爵は「行けば分かる」とだけ言って姿を消した。
男爵の言う“彼女”が誰なのか見当が付かなかったが、相談に乗ってくれたことに感謝して天文台へと足を運んでみることにした。
「……お邪魔しまーす……」
小声で呟いて天文台に足を踏み入れる。やはりと言うべきかそこに人の気配は無かった。
騙されたのかと考えたが、男爵にそんな真似は出来ないだろうと考え直した。あの人、生前は騎士だったそうだしそういう真似とは縁遠いだろう。
「……とはいっても“彼女”って一体誰のこと──」
「ここに何の用向きかしら? アーデルの子」
「わぁっ!?」
突然後ろから声を掛けられ、肩が勢い良く跳ねる。急いで振り返り、その声の主を見る。
体は男爵と同じように半透明で、美しい長髪を靡かせ貴族らしいドレスを身に纏って気難しい顔をした女性がそこに居た。
「貴方はスリザリンの徒。ここに足を踏み入れることはそう無いのでは?」
「え? あ、あぁ。いえ、男爵にここに行けば俺の悩みが解決すると言われて来たんです」
「悩み?」
俺の話に女性は首をかしげる。それを話す前に、俺は彼女の正体について聞くことにした。
「あの……もし違っていたら申し訳ないのですが、貴女はレイブンクローの“灰色のレディ”ですか?」
「……えぇ。生ある者達は私のことをそう呼んでいます」
どうやら当たっていたようだ。レイブンクローの寮憑きゴーストたる灰色のレディはその
というか俺も内心で驚きを隠せずにいる。灰色のレディといえば滅多に人前に現れることはなく、同じレイブンクローの生徒でさえ例外ではないとマークが言っていたからだ。
「それで、悩みとはなんです? 男爵がここに導いたのなら私に関わりあることではないのかしら?」
「ええと、悩みの内容なんですけど──」
灰色のレディの言葉に俺は男爵にしたように未来視について打ち明けた。
「なるほど……貴方は時を視たのね?」
「はい。それでどうすれば未来視を使いこなせるようになるのかと頭を悩ませていたんです」
一通り話し終えた俺は軽く息を吐く。レディは考え込むように眉間に皺を寄せていたがやがて顔を上げると俺に近付いてきた。
「アーデルは時を視る者達。過去も、未来も──それらを見つめ、糧とする。どう扱うかはその者次第なの」
「その者次第……」
レディの言葉を反芻し、刻み込む。レディが俺の肩に触れようとして──悲しい顔をして手を引っ込めた。
彼女はゴースト。意思があり、心があったとしても生きる者としての体がなければ現世に触れることはできないのだ。
「悲しいわね。亡霊たるこの身では貴方に触れられない」
「いえ。お心遣いに感謝します」
悲しげに伏せられた双眸を晴らそうと声を掛ける。事実、俺のような人間を気にかけてくれただけで有り難いことだ。
「では、未来視を物に出来るかは本人の努力次第だと?」
「えぇ。けれど、私にも一つ手伝えることがあるわ」
そう言って、レディは俺の両目を手で覆い隠した。
行動の意味を図りかねていると「目を閉じて、息を三つ溢しなさい」とのお達しが来る。
それに従い、目を瞑って息をひとつ、ふたつ、みっつ──と吸って吐く。
その動作を終えた直後、レディが詠うように呟いた。
「───未来は川の流れを進むように。過去は川の流れに逆らうように。けれど流れを決める力は貴方の手中にある。漂う流れを俯瞰して見据えなさい。
───時の流れはアーデルの手の中に」
じんわりと両眼が熱を帯びる。焼け付くような熱さではなく、ふわりと包み込むような暖かさだった。
レディの手が離れ、閉じた目にうっすらと光が差し込む。「目を開けて」との言葉に従って両目を開いた。
「深く遠く……されど手繰り寄せて……“時”は決して貴方の敵ではないのだから」
───見据えなさい
世界が白く塗り潰され、やがて水面のように辺りに広がっていく。
そうして、“いつか”を視た。
『その程度かアーデル!! 俺様を失望させるな!』
『
『
『ようベラトリックスにドロホフ。いつかの礼をしてやる』
『決着だ、トム』
息を吐き出し、膝を突く。ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返しながらも“掴んだ”という確信があった。
視えた光景はてんでバラバラ。いつのものかなんて分からないが、それでも確かに手に収まる感覚が胸の内に躍っていた。
「視えたかしら」
レディが膝を突く俺に近寄り問うてくる。それに頷いて呼吸を整えると、しっかりと両の足で立ち上がった。
「バラバラではありましたが確かに。しっかりと収まる感覚もありました」
「そう、それは僥倖ね。けれど時を視過ぎないようにすることね。偶発的に視るものならばともかく意識的に使い続ければ手痛い目に遭うわ」
「気を付けます」
先達からの忠告にしっかりと頷く。「そろそろ日が落ちるわ。寮に戻りなさいな」とのお言葉に従って天文台を後にした。
「……儘ならないものね」
リオンが去ったあと、残された灰色のレディは一人呟く。その顔には憂いと哀愁が色濃く浮かんでいた。
「アーデルがスリザリンなんて……ねぇリイン。貴女の呪いが彼の子孫に降りかかるなんて貴女は思わなかったのでしょうね」
遠い遠い昔。まだ自分がホグワーツの生徒として生きていた頃を思い返す。
リイン───リイン・スリザリンがアーデルの祖に吐いた嘆きと怒りの声を憶えている。
『私と共にあると言ったのに!! 嘘つき、嘘つき──!!』
降りしきる雨の中で呪詛を吐いた友。かつての父と同じようにホグワーツを去った女。
一時の激情に身を任せて吐いた言葉なのだろう。ただそれだけであったはずなのに、いつしかその言葉はアーデルとスリザリンとを結び付ける呪いとなった。
「浅ましく罪を犯した我が身なれど、どうか、どうか───」
あの者達に平穏と安らぎをもたらしたまえ。
ただ祈る。彼らの友情が壊れる様を見ていたのに。罪に苛まれるアーデルを見ていたのに。何もせず、あまつさえ母を越えるために愚を犯した己のなんと恥ずべきことか。
レディに未来は視えない。けれどせめて今代のアーデルは平穏であるようにと天に祈った。