「ダフネ悪い。待たせたか?」
「集合の十分前よ。全然問題無いわ」
ダフネとの約束の日。玄関ホールに着いた俺は先に来ていたダフネに声を掛ける。
ダフネは問題無いと笑ったが、俺としてはダフネより早く来て待つべきだったかなという男心があるわけで……
「また変なことでも気にしてるの?」
「え? あぁいや。そんなこと無いさ」
「そう? なら良いけど……ほら、行きましょう? 折角のホグズミード休暇だもの。目一杯楽しみたいわ」
そう言って、ダフネは俺の手を取ってさっさと歩き始める。突然の事で足をもたつかせながらも、俺も何とか歩き出した。
この日はどうやら少し早い雪の降る日だったようで、外は一面銀世界となっていた。
そんな降り積もる雪に足を取られないよう注意しながら、俺とダフネはホグズミードを歩く。
「……えーさて、ダフネさん。俺の持ってきたお金もそろそろ尽き掛けてきた訳ですが、ここで『三本の箒』に行って最後にすると言うのは如何でしょう?」
「そうね……色々買えたことだし、良いわ。これで許してあげる」
「ホッ。助か「ただし」……うん」
「今度から、変に女性を近寄らせないこと。からかってきたら『俺には素敵な恋人がいます』とでも言って受け流しなさい」
そんなこっ恥ずかしいことを事も無げにさらりと口にするダフネに、どうにも身悶えしそうになる。
去年はこんな風に言うのも初々しさがあったというのに……この一年で随分と強かになったようだ。
「でもなぁ。俺なんかに寄ってくる女性なんて早々いるはずが無いと思うんだが……」
「随分と自己評価が低いわね……良いこと? 貴方は顔は整っているし性格も良い。しかも成績優秀で生まれも純血の名家なの。だからこれだけの優良物件を物にしようとする女は少なくないわ」
「へぇ~」
少し熱くなって語るダフネに淡白な反応を返す。実際、自分が他人からどう思われているかを知ったところであまり意味は無いと思うのだが……。
「この前だって貴方に『惚れ薬』を送ろうとした女もいたわ」
「……マジ?」
「えぇ。腹立たしいことにね」
衝撃の真実に思考が停止する。ダフネは心底不愉快そうに語っていたが、俺としてもそこまでのこととは予想外だった。
後で知ったことだが、その『惚れ薬』を送ろうとした女子生徒はダフネが事前に察知して阻止し、『ちょっと』怖い目に遭わせたようだ。その内容を聞く勇気は、俺には無かった。
そんな話をしていると『三本の箒』に到着した。
扉を開けて店内に入ると、中はホグワーツの生徒と大人の魔法使いで溢れ返っていた。
「……凄い人だな」
「この時期だもの。それより、座れる場所を探しましょう」
「だな」
ダフネの言葉通り、カウンターから少し離れた丸テーブルに二人して腰掛ける。
「じゃあマダム・ロスメルタのところに行ってバタービール頼んでくるよ」
「えぇ。お願いするわ」
ダフネに断りを入れて立ち上がり、マダム・ロスメルタのいるカウンターまで歩いていく。
「あら、あらあらあら。こんにちは素敵なお客様」
「こんにちはマダム。バタービール二つ、お願いしても?」
カウンターで他の客と話していたマダムはやって来た俺の注文に頷き、すぐさまジョッキに注がれたバタービール二つを俺の前に置いた。
「ありがとう」
「今日は彼女と来たのね。今後ともご贔屓に!」
茶化すように言うマダムに苦笑する。周りの客も温かい視線を向けてくる中で、ジョッキを両手に持ってカウンターから離れた。
「色々と注目されていたようだけど、何かあった?」
「いや何も。はいバタービール」
席に戻ると、ダフネからそんなことを聞かれる。それについてははぐらかし、バタービールをそれぞれの手前に置いて互いにジョッキを掲げる。
「それじゃ」
「えぇ」
「「乾杯」」
軽くジョッキをぶつけ、バタービールを口にする。
口の中にバタービール特有の甘さが広がるのを感じながらジョッキを置く。
すると、そんな俺を見たダフネが一息ついて口を開いた。
「それで何があったの?」
「……何がって?」
「あのパーティーから数日間も何を調べていたの? 隈が出来るほど無理をするなんてこれまでの貴方からは考えられないことよ」
ダフネが言い逃れは許さないと言わんばかりの目で俺を見る。
俺は『流石に全部話す訳にも』と考えつつ、念の為『閉心術』で心の中を読まれないようにしてから口を開いた。
「そんなに大したことじゃないさ。ほら、ハリーが代表選手に選ばれただろ?本来なら彼は出場資格を持っていないんだし助けになろうと「嘘ね」……えぇ」
「そんなことをするなら、貴方はまずポッターの所に行って声を掛けるでしょう。なのに貴方は一心不乱に調べ物をしていた───それは何故?」
俺の答えを即座に切って捨てたダフネに思わず身震いした。そして、そのダフネの言い分にも反論することは出来なかった。
まるで蛇に睨まれた蛙だと、そんなことを思いながら何とか口を動かそうとして───続くダフネの言葉でいよいよ俺は退路を無くすことになった。
「どうして隠すの? そんなに私は頼りないかしら?」
ひゅっ、と息が詰まった。最悪だ。こう言われては俺は隠し通すことが難しくなった。
「……その、あー…笑わないでくれよ?」
「えぇ。約束する」
「……セドリックが、死ぬかもしれない」
出来るだけ声を抑え、ダフネにしか聞こえないような声量で打ち明ける。
当のダフネに聞こえていたのか、彼女がそのアイスブルーの目を大きく見開くのが分かった。
「───それはいつ?」
「……分からない。分からないけど、それがあのパーティーの日に視えたんだ! どうすれば良い? どうすればセドリックを助けられる? だって彼が死ぬ必要なんて無いはずだろ!」
「リオン」
打ち明ける度、体の奥から熱が沸き上がる。すると、俺の両手にダフネの両手が包み込まれるようにして被せられる。
俯いていた顔を上げてダフネの顔を見ると、彼女は優しい目で俺を見ていた。
「大丈夫、大丈夫よ。貴方は一人じゃないの。分かるでしょう? カリアンがいる。パーシヴァルがいる。ザビニがいる。ノットがいる。アストリアがいる。勿論私もいる。ポッター達もそうでしょう? 辛くなったら誰かを頼っていいのよ。皆、貴方の力になりたいの」
───ねぇリオン。私だけの騎士様。
その言葉に思わず胸が温かい気持ちで満たされる。そうだ。何も全部自分だけの力でやる必要はないのだ。誰かを頼って助けてもらえば良い。去年のハグリッドの授業改善の時だってそうした筈だろう。
大きく息を吸い、吐く。そうして真っ直ぐにダフネを見据えると、ダフネは柔らかい笑みを見せた。
「もう大丈夫?」
「あぁ。ありがとう、随分と不安定になってたみたいだ。気が楽になったよ」
何だか頭もスッキリしたような気がする。想像していた以上に俺は俺を追い詰めていたらしい。
「それなら安心ね───それで、貴方が視たっていう光景のことなんだけど……」
「何て言うか……幻を見てるみたいだった。どこか現実味が無いというか、不思議な感じで──けど、これは実際に起こることだっていう確信があるんだ」
「……未来を視たということ?」
頷く。そう、あれは未来で起こることだ。何もしなければこうなるぞという、一種の警告のようなものなのかもしれない。
「実は、二年生の三年生の頃に、一回ずつ夢で似たようなことがあったんだ」
「夢で?」
「二年生のホグワーツ行きの特急で少し寝てた時に一回。それと、三年生の時にシリウスが校内に侵入したってことで大広間で寝た時があったろ?ダフネが魘されてたって起こしてくれたやつ。その時にも視てたんだ」
俺の話に目を丸くしたダフネだが、すぐさま何かを考え込むような仕草を取る。
「二年生と三年生の時の奴は予知夢のようなものかしら? でも、今回は直に未来を視た形になった───これがさっぱりね。これまでは予知夢だったのに今回は直接その目に映った」
「あぁ。だから俺も何かあるんじゃないかって思ってるんだ」
「……ここで考えたってどうにもならないわ。一回ホグワーツに戻ってカリアン達にも事情を───」
「いや。まだマーク達には話さないでおく」
立ち上がりかけたダフネが怒気を孕んだ目で俺を睨む。それに苦笑しながらも、「心配しなくていい」と声を掛けた。
「別にまた無茶しようって訳じゃないんだ。いきなりこんなことを話しても半信半疑だろうし、もう少し調べて情報が固まってから打ち明けるよ」
「私の話を理解していなかったの? もう貴方は無茶をして私達に心配を掛けているの。そんな貴方をまた一人で無理をさせると思う?」
「理解してるよ。理解した上で言ってる。……頼むダフネ」
真っ直ぐダフネを見返す。彼女はしばらく険しい顔を崩さなかったが、やがて大きな溜め息をついて椅子から立ち上がった。
「分かった。今回は貴方を信じる。……だけどまた無茶をしたら覚えておきなさい」
「あぁ。ありがとう」
そんな会話をして俺達は『三本の箒』を後にする。そこからホグワーツまでの帰り道。いつも以上にダフネが俺にくっついてきたことについては、心配の裏返しと取って良いのだろうか?
◆ ◆ ◆
それから日々はあっという間に過ぎて、いよいよ11月24日。第一の課題の日になった。
課題の内容はドラゴンが守る金の卵を独自の方法で奪取すること。これについてはマークとランスがハリーから聞かされていたそうで俺にも伝わってきた。
とはいえそれを聞かされて俺に出来ることなど精々が出来る限りドラゴンの弱点になりそうなことをいくつか教えるのと、激励の言葉を投げることくらいだった。
「頑張れよ、ハリー…」
そうして始まった第一の課題は、既に三人の挑戦を終え、残すはハリーのみとなった。
『そして最後を飾るは、異例の四人目の出場者。ハリー・ポッター!!』
バグマン氏のナレーションと共に、緊張した面持ちでハリーが入場してくる。
ハリーを見た観客は一斉に拍手を送る。これまでハリーに対して害意を向けていた者達も、いざ本番となればそんなことは関係ないようだった。
そうしてホイッスルが鳴り、試合が始まった。ハリーが金の卵を奪取するために立ち向かうドラゴンは『ハンガリー・ホーンテール種』。この課題に使う四体のドラゴンの中で一番気性が荒いと言われているドラゴンだ。
「さぁて、ポッターの奴はどう対処するのかね?」
「少なくとも、ホーンテールが相手ならこれまでの三人のようにはいかないだろう」
「確か一番狂暴なんだっけか?」
「あぁ。まさかホーンテールを連れてきているなんて驚きだよ」
俺の両隣に佇むブレーズとセオドール、ランスとマークが喋る。この四人、どういうわけか俺を連れ出してこうして固まったのだ。
マグル生まれであるランスのことをセオドールは嫌うかと思っていたが、少なくとも表面上はそんなことはなく普通に仲良くなっていた。
そうこうしているうちに、ハリーが杖を掲げて「
一体何を呼び寄せたのかと観客の注目が集まるなかで、ハリーの下に飛来した物を見て近くにいたハーマイオニーとロンが歓声を上げる。
「ファイアボルトか」
「なるほど。飛行術ならハリーの得意分野だ。上手く考えたな」
ハリーが箒に跨がり、空へ昇ると爆発のような歓声が上がる。なるほど、ハリーらしい手段だと言えるだろう。当の本人は先程までの不安はどこへやら。年相応の無邪気な表情で空を駆ける。
ハリーが急降下し、ホーンテールに迫る。ホーンテールは火を吐いてハリーを焼こうとするが、それより早くハリーは再び空へと舞い上がる。
その鮮やかな飛びっぷりに解説のバグマン氏も興奮冷めやらぬ様子だった。
「おいおい、グリフィンドールのシーカー様は流石だねぇ?」
ハリーが再び急降下する。今度もホーンテールの火を軽やかにかわすが、尻尾がハリーのローブを浅く切り裂き、観客から短い悲鳴が上がる。
そうして今度はホーンテールの火が届くギリギリの場所を旋回する。
ホーンテールは目一杯首を伸ばしてハリーを追うが中々捕らえられない。苛立たしげに尻尾を地面へと叩き付けるがそれでも卵から離れようとはしなかった。
それならばとハリーはさらに上空へと上がる。ホーンテールが炎を吐くがハリーはそれを軽やかにかわしてみせた。
「さぁ。飛べホーンテール……ハリーを追うんだ」
ホーンテールが後ろ足で立ち上がり、翼を広げると邪魔者を排除するために飛び立つ。
それを待っていたのはハリーだ。一気に急降下し、ホーンテールの間をすり抜けるとファイアボルトから手を離して金の卵をキャッチする。
瞬間、割れんばかりの歓声と拍手がハリーに送られた。かくいう俺も胸を撫で下ろし、ふとハーマイオニーとロンを見る。
二人は抱き合い、ハリーの成功を喜んでいた。ロンはハリーと過去一険悪な雰囲気になったと聞いていたが、この分なら大丈夫そうだと笑みを浮かべる。
さらに、今回のハリーの活躍で彼に対する中傷も減るだろうとどこか確信している自分がいた。