推しガイル   作:TrueLight

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千葉村⑥

 さて、俺たちボランティアスタッフが鶴見留美の現状をみんな力合わせてどうにかしよー! などと意気込んだところで、これから彼女を含めた小学生連中に接触することは出来ない。各々浴場で汗を流して、宿泊小屋(バンガロー)で夜を明かすのみだ。行動を起こすとしたら明日になる。

 

 男女で分かれて風呂に入り、寝支度をして。全員頭を突き合わせて作戦を練ろうなんて言動を見せる者が居なかったことが、留美に対する問題意識の低さを物語っているようだった。

 

 俺も別に、そこまで意欲的な訳じゃないけれど。

 

「…………」

 

 皆が寝静まった、月の満ちる夜の林を散策する。留美の件について1人作戦を練るため……とかではない。俺たちに割り当てられた小屋の中で、少々気まずいことになったからだ。他の面子はすでに夢の世界へ旅立ったようだったが、一度気持ちをリセットするために夜風に当たりに来た次第である。

 

 女子だと思ってた同級生の1人が実は男子だったとか、それどころかクラスメイトだったこととか。彼女だと誤認していた彼こと戸塚に対する困惑に、葉山と戸部からも呆れたような苦笑が向けられたのは中々にキツかった。その戸塚の寝床は俺の隣で、どうにも居た堪れなかったし。

 

「…………?」

 

 宿泊小屋(バンガロー)が視界から外れない程度の距離を適当に歩いていると、視線の先で、月明かりに照らされた少女が佇んでいた。微かに耳に届くのは、彼女が口ずさんでいる歌声である。その幻想的な様子に、俺は見惚れて立ち止まってしまう──

 

 ──こともなく、そろりそろりと後退を始めた。その少女は雪ノ下雪乃。あの葉山をも黙らせる意志の強い女子だ。偶然だとしても、歌声を盗み聞いたなどと思われては面倒である。葉山に対して見せた鋭い表情で非を咎められたりなんかしたら、ちびってもう一度風呂に入らにゃならんかも知れん。

 

 触らぬ神に祟りなし。どうにか雪ノ下に気取られることなく距離を置いて──

 

「あれ、八幡だ」

 

 ──今度こそ俺は、濡れた髪に月光を映した女の子の笑顔に魅入られてしまった。

 

「ん? おーい。はちまーん?」

 

 こちらに気づいたアイは、ぴょこぴょこと跳ねるように近づいてきた。目の前で止まると前かがみになり、俺の顔を下から覗き込んでくる。

 

「あ……あぁ。何してんだ、もう寝る時間だろ」

「うーん、ちょっと居心地悪くってさ」

 

 他人に言えた口では無い俺の言葉に、アイは素直に答えてくれる。男女別に分かれたところで、やはり俺もアイも浮いてしまったらしい。

 

「なるほどな……まぁ、俺も似たようなもんだ」

 

「そうなんだ? 小町ちゃんとお話ししよーと思ったんだけど、まだ緊張が解けないみたいでね。寝ようと思ったら別の人達が喧嘩し始めちゃうし、避難してきたんだ」

 

「喧嘩ねぇ……」

 

 ついさっき見かけた雪ノ下もその口だろうか? いや、彼女なら正論でぶった切って黙らせそうだ。夜中に騒ぐなでも何でもいいが、雪ノ下の態度で反論出来ないような物言いをされれば簡単に場は収まるだろう。したがって、その喧嘩の片割れは他でもない雪ノ下であるように思えた。その場を見た訳でも無し、思い違いかもだけどな。

 

「それじゃあ……まぁ。しばらく適当に駄弁っとくか」

「うん♪」

 

 するりと。自然な所作で腕を絡めとられて、俺とアイは肩を並べた。雪ノ下が佇んでいた木立の方向から離れるように、足元に気を配りながら、ゆっくりと歩き出す。

 

「……それで、どういうつもりなんだ?」

「んー? どれのこと?」

 

 さくさくと草を踏みながら。俺はアイが、どういうつもりで留美と接したのかという疑問を呈した。首を傾げるアイからは、誤魔化そうとする様子は見受けられない。こっちが何を疑問視してるか本当に分からないんだろう。あるいは分かっているが、以前俺が見当違いな質問をしたこともあり、確信を持てずにいるか。いい加減、俺もアイも互いに分かりやすい振る舞いをした方が良いのかも知れない。得てして、自分のそういう振る舞いには気づけないものだが。

 

「留美のことだ。お前、あの子と友達になりたいなんて思ってないだろ」

「まぁねー」

 

 俺の指摘を意に介した様子もなく、あっけらかんとアイは認めた。

 

「で、何がしたかったんだよ」

 

 あるいは、したいのか。アイは考える間もなく口を開く。

 

「楽しいかなーって」

「留美と友達になることが?」

 

「んーん? ただ、そうした方が良いかなーって」

「…………?」

 

 やはり、彼女の物言いは曖昧だ。しかし、なんとなく分かることもある。アイは真実、留美と友達になりたいなどと欠片も思ってはいないだろう。可哀想な年下の女の子に、口先だけの優しさを見せた……って訳でもない。

 

 留美と友達になりたいのではなく、友達になることで起こる何かしらに価値を見出した、ということだ。それが何なのか分からなければ、明日行われるだろう留美に対するアクションに不安が残る。それこそ口先だけとは言え、俺も留美とトモダチになっていることだし、アイの口は割らせたいところだ。

 

「アイと留美が。俺と留美が、友達になったとして。それの何が良いって?」

 

「んー……どうしても教えて欲しいって言うんなら、教えるけど。八幡は、あんまり考えない方が良いんじゃないかな」

 

「…………?」

 

 困惑は深くなる。アイが留美と友達になり。俺もそうなるように促して。その理由を、どうして俺が考えないで良いなどと言える? それではまるで……。

 

 まるで──俺のために、そうしたのだと。そう言っているかのようじゃないか。……いや、おそらくだが。本当に、紛れもなくそうなのだろう。

 

「そんなことより、もっと考えるべきこと。あるんじゃない?」

 

 俺の腕を解放して、アイは数歩先をてててと進む。手を後ろで組んで、頭上の満月を見上げた。つられるように、俺も天上の望を仰ぐ。

 

 それきり口を噤んだアイに応じるように、俺は彼女の真意を探そうとして──やめた。

 

 アイの言う通り、考えるべきことがあるのは事実だ。友達なのだ、それが口約束以下の、場の流れで結んだ友誼だとしても。考えるべきは、俺のためにと言葉を濁す、好きな女の子の真意ではなく、孤独に苛まれている友達を救う手立て。

 

「……そう、だな。どうにかしないとな……」

 

 音になったか怪しいほど小さな俺の呟きを。当たり前のように受け取ったアイは、その場でくるりと回って。こちらを見て、破顔した。

 

「うんっ。がんばろ!」

 

 月の魔力など比ではない。人を惑わす魔性を覗かせた、それでも魅入られることを是としてしまうような。誰もが心奪われるような、そんな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日自由行動なんだって。朝ごはん終わって部屋戻ったら、誰も居なかった」

 

 翌日。小学生たちの午前は自由行動らしく、伴ってボランティアスタッフである俺たちも自由時間が与えられた。夜に行われる肝試しとキャンプファイヤーの準備をする、その隙間時間程度だが。

 

 施設内には川があり、それを知っていたらしいスタッフの面々は、水着に着替えて遊んでいる。急に誘われた俺は、宿泊のための着替えこそあれど水着なんぞ持っている筈も無く、その場の流れでついてきたアイも同様だ。

 

 木陰で膝を抱えながら、やはり輪の外で肩を並べていると、そこに鶴見留美が訪れたのだった。彼女の口ぶりからするに、群れる小学生の中で1人朝食を取り、1人で部屋に戻って、1人にされたのだろう。

 

 川で遊んでいた連中が、アイと俺と。その横に腰を下ろした留美に気づく。顔を見合わせてこちらに来るか迷っているらしい連中に……と言うか葉山に手を振って、不要だと伝えた。浅く頷いた葉山が何事か口にすると、周囲の面々は意図してこちらを意識の外に追いやったようだ。

 

「……ねぇ、八幡はさ」

「名前呼び捨てかよ……」

 

 まさかの態度に慄く。小学生女子にこんな雑な態度取られるとは、この八幡を以てしても予想できなんだ……いや、昨日の時点で十分雑だったけどね。

 

「は? 名前、八幡でしょ?」

「えぇそうですけれども」

 

 言い咎めることでもなし、こちらも雑に返した。一応は友達と言うことになってるらしいし、名前の呼び方くらいで目くじらを立てることもない。俺を隔てて座っているアイを気にしながらも、どう接していいか分からない様子でちらちら視線を向けているいじらしさにも、同様に目を瞑ってやろうじゃないか。

 

「八幡は小学校のときの友達っている?」

 

 その疑問は、文字通りの問いかけではなさそうだった。ので、先回りして回答してやった。

 

「いない。多分みんな大体そうだ、だからほっといていい。あいつら卒業したら1人も会わないぞ?」

 

 留美はおそらく、自分を肯定したいのだ。ボッチでいることに正当性が欲しい。高校生になって小学校の縁が無いと言われるのなら、今孤立していることへの慰めにはなる。将来無くなるものなら、別になくても構わないのだと、そう言い張れるから。

 

「そう、なんだ……そうだよね」

 

 俺の言に頷きつつも……留美は、どこか寂しそうに。首から下げているカメラをそっと撫でた。

 

「……そいつは?」

「デジカメ……お母さんが写真、撮って来なさいって」

 

「……(かあ)ちゃんは、知らないのか?」

 

 ハッキリと口にせずとも、留美は俺の疑問に正確に返した。

 

「なんとなく、察してはいると思う。友達と仲良くしてるかって、いつも聞いてくるし。今回の林間学校でも、友達とたくさん撮りなさいって」

 

 唇を噛んで。留美は地面に、その先にある何かに目を向けていた。

 

 留美の母親は……きっと、留美を想ってカメラを渡したのだろう。幼少期を思い出せば、同級生が持っている変わった何かに興味を惹かれて、持ち主を中心に輪が広がって。そんなことはいくらでも見られた。

 

 友達作りのとっかかりになればと、そう思ったのではないか。そうでなくても、カメラで人を撮るのにもコミュニケーションは生まれるし、なんにせよ留美の親は彼女の助けになればと祈ったんじゃないだろうか。

 

 だが、どう見たってそれは裏目に出ていた。留美は母親が託した道具にプレッシャーを感じている。俺が、俺たちがいかに孤独を認めようと。留美が己の現状を受け入れようとも。留美の母がそれを憂いているのなら、結局のところ、本当の意味で留美が胸を張れる未来は無いのだ。

 

「私の状況も、今の嫌な感じも、高校生くらいになれば変わるのかな……」

 

 昨日アイが、中学生になったところで状況は好転しないだろうと留美に告げた。しかしと言おうか、だからと言おうか。留美は時間が解決してくれるという希望を捨てられないようだった。

 

「可能性は無くも無いだろうな。小中学校の連中が居ないような高校に進学すれば、とりあえずお前に対する固定観念は消える。友達を作ってみるか、自分でボッチ極めるかって選択は生まれる。変われるかどうかって話なら……お前次第にはなっちまうだろうけどな」

 

 俺の意見は、楽観的な人間ならいくらでも好意的に捉えられただろう。じゃあ高校生になった時、友達を作ろうと前向きになれただろう。

 

「私次第……じゃあ、もう良いかな。仲良くなっても、またこうなっちゃうかも知れないし。私……見捨てちゃったし。同じことになるなら、このままで良いのかも……惨めなのは、嫌だけど」

 

 ──留美の独白に、思わず眉をしかめた。

 

 留美はもはや、友情と言うものに欠片も望みを持っていないのだ。留美は友達がハブられた時、自身もそうしてしまったと言った。その末に、今度は自身がターゲットになったと。

 

 見限ったのだろう。馬鹿馬鹿しい理由で友達を孤独に追いやる同級生を……それ以上に、一度加担してしまった己自身を。

 

 惨めなのは、嫌だと言った。でもそれを呑み込んで、孤独で居るべきなのかも知れないと、留美は自分の未来を嘆いた。嘆きつつ、諦めつつ……受け入れて、ため息を漏らすのだ。

 

「……自分がされて嫌なことは、相手にしちゃいけません。そんな風に教えられたこと、あるよな」

 

「え……? う、うん」

 

 唐突な話に、留美は目を白黒させつつも、控えめに頷いた。

 

「これが出来る奴は少ない。よっぽど想像力豊かで相手の立場を思いやれる人間か──実際に嫌なことをされた奴じゃなけりゃ、何が嫌なのか分からないからだ」

 

 ちらりと留美を一瞥すれば、その表情は怪訝そうでありつつ、話についてこれていないようには見えない。なら良しと、俺は続きを述べた。

 

「そして留美、お前はこれが出来る奴だ。少なくとも、無意味に誰かを貶めたりしない。惨めな思いをさせない。それが出来る」

 

 純粋な誉め言葉だ。しかし……留美は、不満そうに唇を尖らせた。そんなものは、何の慰めにもならないと。結論を急がないで欲しいものだ、話はこれからなんだから。

 

「ちなみに──俺も、それが出来ちまうんだな」

 

 親指を自分に向けてドヤ顔を向けると、留美はキョトンとして目をぱちぱちさせた。

 

「ついでにアイも……おい」

 

 隣に座るアイに水を向ければ……いつの間にやら俺の肩に頭を、というか全身を凭れ掛からせて、すやすや寝ていやがったのだ。

 

「まぁいいか……こいつもそうだ。俺もアイも、ハブられた経験なんざいくらでもある。だから、仮に自分がそう出来る立場にあったとして、それをすることは無い……この教えに則るなら、だけどな」

 

「何が言いたいの?」

 

 いつまでも話の流れが見えないことに、ついに留美は口を出した。けど、それで良い。あと言うべきことなんて大して無いんだから。

 

「写真、撮ろうぜ。俺とアイなら、同じことにはならねぇだろ」

 

 やはり数秒、留美は目を丸くして──けれど、ついには恥ずかしそうに俯いて、唇を波打たせたのだった。


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