一人の意見からヒントを探るのが、顧客起点マーケティング
MZ:N1インタビューを繰り返すというのは、複数人に対して1対1で聞くことを何度も行うということなのですか? “N1”というと、どうしても「一人に聞く、一人だけに聞く」というイメージがありました。
西口:そこが誤解されやすいポイントですね。おっしゃる通り、1対1で聞くN1インタビューを10名、あるいは20名ほどの方に対して繰り返していきます。最初の発端は、インタビューとして設定してもいない雑談から、「これはヒントになるかもしれない」と思うこともあるでしょう。
自分やチーム内で「こうじゃないか」と思った仮説について、どのくらい正しそうかを確かめていきます。その上で、必要ならどのくらい支持されるか、量的なアンケート調査で確認します。これは数字で客観的にわかりますから、上長や経営層に投資の説明をする時にも役立つはずです。
一人の意見を丁寧に聞き、そこから強く支持されるプロダクトのヒントを見つけようとすることがN1分析の主旨で、顧客起点マーケティングの根底にある概念です。
MZ:「一人の意見を手がかりに」といっても、最初につかめた意見だけを信じて開発や販売のプロセスを進めるわけではないのですね。
西口:その通りです。起点を一人にしよう、ということです。「大勢の平均」を起点にしてしまうと、誰に対しても深く響かない、凡庸なアイデアにしか帰着しないことが多いのです。
3人の好みがバラバラな時、何を出す?
西口:前回吉永さんにN1インタビューをしましたが、たとえば吉永さんには同じ部署に同期の方はいらっしゃいますか?
MZ:はい、一人います。
西口:その方と吉永さんは、似たタイプだと思いますか? 共通の趣味があるとか、好きな服の傾向が似ているとか。
MZ:あ、まったく違うと思います!
西口:そうすると、吉永さんとその同期の方の2人ともが喜ぶ贈り物を考えるとしたら、どんなものがいいと思いますか?
MZ:そうですね……。結局、ギフトカードのような汎用性のあるものになりそうです。
西口:そうですよね。もちろん、もらえれば嬉しいと思いますが、それぞれ何が喜ばれるかを考えて用意するほうが印象深くなるでしょう。
MZ:平均を取ろうとすると、かえってぼんやりしてしまうのですね。
西口:他にも、書籍『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』で紹介した例をお話しすると、自宅に3人の友人を招いて料理を振る舞おうとしたけれど、それぞれ好みがカレー・ハンバーガー・寿司とバラバラだとします。3品を用意できればいいですが、予算的にも時間的にも大変です。
とりあえず鍋料理など全然違うものを作る手もありますが、これは元々誰も求めていないので、3人とも満足しない可能性が高いです。この問題に正解はないものの、「とにかくおいしいカレー」のように3品のうちいずれかを用意するのが、皆に喜んでもらえる確率が高いと考えます。確実に一人は喜んでくれて、それ以外の2人もそのメニューが苦手でなければ、おいしさに価値を見出す可能性があるからです。