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おやすみランダル - azuの小説 - pixiv
おやすみランダル - azuの小説 - pixiv
116,627文字
おやすみランダル
サトルがランダルと思い出を作る話。

自己解釈の世界観、口調|過去、舞台等全て捏造|左右非固定(お好きに解釈してください)|残酷描写、死ネタ注意

画像:ぱくたそ
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2024年4月10日 03:45

【1】

 よく晴れた窓の外から、夏の日差しが降り注いで廊下を照らす。ずっと遠くまで続いているような廊下にも並んだ教室にも、人の気配は全くない。
 セミと、車と、どこかから聞こえる子供のはしゃぐ声。たったそれしか音のしない世界では、1人分の足音は廊下の中でよく響いた。
 まるで世界に僕だけが取り残されてしまったような感覚。無いはずの経験を思い出して、胸が苦しくなった。
 2組と書かれた見慣れた看板を目印に、のんびり歩いてそれを目指す。開かれたドアから顔を覗かせて教室を見回すと、明るい色の髪をした子が1人、机に突っ伏して眠っていた。
「ランダル」
 彼に近づきながら声をかける。教室には電気がついていなかったけれど、強いコントラストの空が陽の光を反射してとても眩しく思えた。
「ランダル?」
 やがて彼の傷だらけの机に辿り着いて、もう一度声をかけてみる。しばらく様子を見るも、反応はない。ただ明るい髪を扇風機の風に揺らして、静かな寝息を立てていた。
 僕は持っていた紙を4つ折りにしポケットへ入れ、音を立てないように椅子を寄せて彼の正面に座った。
 半袖のシャツから伸びる白い肌に、熱を帯びてほんのり血色のいい頬がのっている。彼のお気に入りの手袋は、つい最近は蒸れるからと着けなくなった。
 畳まれた太縁の眼鏡が、陽の光を反射してキラリと光る。なんとなくそれを手に取って、レンズを拭いてやった。またもやなんとなくそれをかけて、彼の方へ向き直す。
 ───君の見ている景色はいつも、こんなふうに縁取られてるんだ。
 僕は眼鏡を外し、彼のそばに置いた。


『え、廃部ですか』
 顧問の先生が椅子をキィと鳴らしながら足を組んだ。彼女の机の上には何枚も書類があって、ホッチキス止めされたそれらには小さな字で"予算"や"部員"など目を塞ぎたくなる単語が所々に見られた。
『残念だけど、総会で決まったから』
 特別感情もなく、ぶっきらぼうに言われる。まぁこの人が部室に来たのは初日の道案内の時だけだったしなぁ、と思いながらやんわり返事をした。
 僕の所属していた囲碁部は部員数4名の極小クラブで、部活というより同好会のような空気感だった。名目だけの顧問と部室棟4階の1番奥の空き教室という環境で、細々と碁石を打って雑談をするだけのとてものんびりした部活は、僕もみんなも結構気に入っていた。
 そんな小さな娯楽も、生徒会の話し合いの中で呆気なく存続の必要無しと可決され、夏休みに入った瞬間即解散になってしまった。不思議と反発心は湧かなかった。思い入れがない訳では断じてないけど、どうせ既に決まったことにどれだけ声を上げても意味がないとわかっていたから、特に抗議する気も起きなかった。
『これ、入部届け。何か入りたいのがあったら、夏休み明けに書いて出して』
『はい』
『……寂しくないの?』
『え?』
 そんなことを聞かれるとは思ってもみなくて、受け取り損ねた入部届けの紙がヒラヒラと舞って床に落ちた。それを拾い上げながら、適当に笑って曖昧な返事をする。
『まぁ、どうですかね…はは』
『…とりあえず、用はこれで終わり。わざわざ夏休み初日から呼び出してごめんなさいね』
『いえ。怒られるのかと思ってたので、安心しました』
『はは。何か心当たりでも?』
『今のところは、まだ何も』
 会釈して、周りの教師の目線を浴びながら職員室を出る。ドアを閉めると一気にむわっとした暑さが肌に触れて、やたらと涼しかった職員室との別れを惜しんだ。


 ランダルは、まだ眠っている。
 それを起こしたくないと強く思ってしまうのは、一体何故なんだろう。
 普段ハツラツとした彼が大人しく寝ているのを見ると楽しいからかな、とか、また夜遅くまでゲームしてたんだろうから寝かせてあげようって気持ちがあるのかな、とか色々考えてみたけど、結局自分の本当の意思はわからなかった。
 今日は7月22日。時刻は12時を目前に控えた頃。私用にわざわざ着いてきてくれた挙句待たせてしまった親友を寝かせている間、僕はさっき貰った紙を取り出し、次の部を何にするか考えることにした。
 新しく部活に入る気はあまりなかったが、このまま残りの1年半を帰宅部として過ごすのも勿体ない気がする。かと言ってこの中途半端な時期に、既に出来上がったコミュニティの中に割行ってまで活動したいとも思えない。しかし何かしら、なんでもいい、何かしたかった。
(学生でいられるのも、今しかないし)
 彼はオカルト研究部に入っている。いや、コンピューター部だったかな。多分掛け持ちだ。ともかく放課後はいつも忙しそうにしていた。とても楽しそうに部活のことを話して「放課後が待ち遠しい」と笑う彼は、僕の目にはあんまりにも眩しく見えた。これがきっと青春を謳歌している顔なのだろうと、彼が笑う度にそう思った。
 一方で僕は放課後になるといつもぼんやりしていた。彼と部室棟へ行き、途中で別れて1人で4階まで上がる時、ふとこのままでいいのだろうかと何度も思った。
 下の階から楽しそうな話し声が聞こえてきて、外からはエネルギッシュな掛け声が聞こえてくる。そんな中で僕は、埃っぽくて狭い空き教室の中で顔見知りとアナログゲームをして過ごしている。そんなので、本当にいいのだろうか。僕がやりたいことは、本当にこれなのだろうか。
 自問自答して辿り着く答えは、悪くはないのだから無理に変える必要もない、という現状維持にかまけて変化を恐れている、なんとも弱々しいものだった。昔の僕はもっと、変化を望んでいたような気がする。今のままでも悪くないとわかっていながらも、失敗する可能性があるにも関わらず、より良い結果のためにたくさんの努力をするような、そういう人間だった気がする。
 ───自分のことなのに、なんだか他人事みたいだ。
 悶々としているうちに僕はいつの間にか紙を握りしめていたらしく、慌てて力を抜くと手汗を吸い込んだそれが少し柔らかくなっていた。またそれを4つ折りにして、ポケットにしまう。
 考えることがなくなったので、ふと窓の外を見つめた。風1つない空には張りつけられたような大きな雲が浮かんでいる。不気味なほど青い空に、主張の強い白い雲はよく映えていた。
 どこからともなく聞こえてくるセミの鳴き声が強くなったり弱くなったりして、ジジジとかミンミンとか、色んな声を出し合う。昔は所構わず泣き喚くそれらを疎ましく思っていたけれど、そんな考えを変えてくれたのは彼だった。


 あれは確か僕らが小学校低学年の頃。ちょうど同じくらいの時期の、夏休みの日。彼の家で、彼と2人で読んだ昆虫図鑑の中に、"セミの一生は長い"と書かれていた。僕が信じきれずにいると彼はすかさず僕の肩を寄せて、『土の中でたくさん寝てるんだよ』と言った。
『え〜、じゃあご飯はどうするの?』
『セミはね、木の根っこの汁を吸うんだよ。…ねぇ、セミの幼虫が何味か、知ってる?』
『知らない、何味?』
『ナッツ味だって。あはは』
『ははは』


 ───突然、チャイムが鳴った。
 驚いて足を跳ねさせ、彼の机の下を思いきり蹴り上げる。不意に伝わった衝撃に、彼が短い叫び声を上げて飛び起きた。
「……おはよう、ランダル」
 ぎこちなく笑みを浮かべて手を振ると、彼は頭の上にはてなを浮かばせたような顔をしながら辺りをキョロキョロ見回した。
「地震?」
「いや?」
 彼は安堵のため息をついて、それからあくびをした。机に覆い被さって伸びをする彼は大きな猫のようだった。1箇所だけ跳ねている寝癖を手ぐしで直してやり、そうすると彼は目を擦って眼鏡をかけた。
「終わった?」
「うん。待たせたね」
「何の話だったの?」
 僕は彼に言うべきか少し悩んで、椅子を戻しながら「行きながら話すよ」と言った。

 外に出ると凄まじい夏の暑さをより顕著に感じた。半袖シャツから剥き出しになっている肌が紫外線に当てられピリピリと痛む。歩いているうちにどんどん顔が暑くなってきて、やがて額から汗が流れてきた。
「───で、僕は帰宅部になったんだ〜」
「うわぁ、お気の毒に。でも、あんまり気にしてなさそうだね?」
「まぁね。急な話だから実感が湧かないだけかも」
 夏休みに入ってからこの通学路を帰ることになるとは、昨日までの僕は予想だにしていなかった。熱射にうんざりする反面、夏休みになっても彼と一緒に過ごせる午後があることを嬉しく思った。
「それでそれで? 次は何部に入るつもりなの」
「う〜ん、まだ考え中かな」
「オカ研、オススメ!」
「それダルが入ってほしいだけでしょ〜」
「だってサトルがいたら、きっとすごく楽しいと思うんだよね。今よりもずぅっと」
 そう言って笑いかけてくる彼の首元にも汗が光っていた。彼は存外インドア派なのに、夏空の背景が良く似合う。ここがアスファルトとコンクリートだらけの灰色の住宅街でなく、もっと広大なひまわり畑なんかだったらもっと彼は素敵に映るんだろうなぁとぼんやり思った。
(広大…か)
 今から4、5年ほど前、僕が中学に上がるより少し前に彼は海外へ行った。元々彼は日本に引っ越してきた身で、実家がカナダにあるというのは知っていたが、幼稚園からの付き合いだった親友との突然の別れに当時の僕は相当ショックを受けたのだった。
 と言うものの、僕たちは離れ離れになった後も毎日メールを送り合って関わりは絶やさずにいた。しかしそれが3ヶ月、半年ほど経った辺りで彼に現地で新しい友達ができたと伝えられた。彼はセバスチャンという新しい友達をそれはそれは大層気に入って(向こうに友達がいないと嘆いていたので当然だろうけど)、毎日彼はその子の話をして、いつの間にか彼から送られてくるメールの8割がその話になっていた。残りの2割は身内の愚痴だ。
 ランダル自身の話が聞きたかった僕はあの手この手で送り文を変えては、返信が"セバスチャンが服にケチャップをこぼした"とか"セバスチャンがずっこけた"とか"セバスチャンとお泊まりをした"とかなのを見て激しく不愉快になった。しかし彼との関係が途絶えてしまうのが何よりも恐ろしく、だから僕は平静を装って『君たちが楽しそうでなによりだよ』と返す他なかった。
 あの日々は今思い返すだけでも虫唾が走る。僕にはランダルしかいないのに、ランダルには他がいるというのがどうにも耐えられなかった。
「サトル?」
 ハッと我に返ると、ランダルの顔が真横にあった。
「わ」
 顔が更に熱くなるのを感じ、慌てて離れる。彼は不思議そうにしばらく僕を見つめた後、またいつもの顔に戻って「それでさぁ、どう?」と言いながら先を歩いた。
「な、何?」
「オカ研!」
「あ、あぁ、オカ研ね。考えとくよ」
 サトルがそう言う時って大抵明日には忘れてるじゃん〜、と彼は不貞腐れるように頬を膨らませた。
(ダルは昔から変わらないな…)
 それに比べて僕はいつまでも中学時代に受けた傷を延々掘り返してばかりだ。幾らあの頃が辛かったからと言って今の彼に非がある訳でもないのに。結果的に今こうして日本に戻ってきてくれて、僕の隣を歩いて帰ってくれているんだから、これが1番幸せな世界じゃないかと言い聞かせて、少し先を行く彼に走って追いついた。
「ねぇダル、どこか寄って行かない?」
「勿論! そもそもは私が遊びに誘って、サトルに用事があるからって着いてきたんだし」
「じゃあ待たせたお詫びにダルの好きな所へ行こう」
「イェイ、そんなの1つしかないよ!」
 彼は僕の手首を掴んで、走り出した。彼の走りに合わせると、軌道に乗った彼がバイクの音を口で真似る。思わず吹き出すと、彼も笑った。僕らは笑い合って、多分世界で1番幸せそうに走った。
 彼に導かれながら走るのは不思議と疲れを感じなくて、どころか体がとても軽いように思えてこのままずっと走っていけそうな気がした。
 アスファルトを蹴る2人分の足音、彼の少し低い体温の感触、あまりに早いスピードで流れていく周りの景色、彼の手に加えられている力、漂う夏の匂い、汗、光。
 汗ばんで張り付いたシャツに、タンクトップの形が浮き出ている彼の背中を眺める。明るい髪が陽の光を浴びて余計目立っているのを、それが彼の動作1つで激しく揺れ動くのも、この景色をただ1人僕だけが見ているのも、つい1年半前には叶わなかったことだ。
 そう思うと本当に空っぽだった3年間が今に全て報われていくような気がしてきて、これから何があってもきっと全部上手くいくような自信さえ湧いてきた。僕は彼とならきっと何でも楽しいだろうし、どこでも上手くやれるだろう。だからこそ彼と一緒にいなければ、僕の存在は不安定になる。空白の中学時代のように、生きながら死んでいるような毎日を過ごさなくてもいいように、もう傷をつけなくても色んなことが感じられるように、僕は彼と2人でいなければと、そんな気がした。
 ───僕たちはきっと、運命だった。
「ねぇっ、ねぇっダルっ」
「なにっ、っサトル」
「あは、楽しい、ねっ! 夏休みっ!」
 ランダルは振り返って、青空を背に笑った。

 僕たちが挟むテーブルの真ん中に、妙なデザインの小さなぬいぐるみが置かれて、もう10分ほどそれと見つめ合っている。黒色の服を着た人か、もしくはやたら胴の長い猫か何かのぬいぐるみ。いかにも彼が好きそうなデザインだった。
 ランダルに連れられやって来たのはショッピングモールで、僕たちはゲーセンでUFOキャッチャーに奮闘したり本屋でジャンプの最新号を立ち読みしたりして過ごした。そして今は、フードコートにて彼がアイスクリームを食べ終えるのを待っている。
「気に入ったのならあげるよ?」
 僕は咄嗟に要らないと言い、しかし目線はぬいぐるみに合わせたままだった。
 彼が苦戦していたために1000円も使って取ったものの、本当にこんなものに1000円をかける価値があっただろうかと思う。しかし彼はもっとお金を使っていたし、取れた時彼に抱きつかれて気分が良かったので、僕は渋々目線を外して彼と向き合った。
「次はどこ行こうか」
 時刻はおよそ14時過ぎ。帰るにはまだ少し早い時間だった。彼はスプーンを咥えたまま唸り、人差し指をくるくると回す。
「ゲーセンは?」
「もううんざり」
「じゃあ公園?」
「暑くて死んじゃうよ〜」
「映画はどう?」
「いいね、賛成」
 彼がゴミ箱にスプーンとカップを投げ入れるのを見届けてから、僕たちは映画館へ向かった。
 到着するなり量り売りのキャンディに夢中になった彼を尻目に、並べられたパンフレットを幾つか手に取って眺めた。話題の恋愛映画に、洋モノのアクション映画、それからホラー映画に、知らないアニメの実写映画。どれもあまりそそられる感じではなかった。
「ねぇダル、これとこれならどっちがいい?」
 僕はアクション映画とホラー映画のパンフレットを持って彼の元へ行った。彼はカラフルな砂糖菓子を袋に詰めながら振り返り、しばらく眺めてトングでホラー映画の方を指した。
「うん、僕もこっちかなって思ってた。チケット買ってくるね」
「あぁ、待って。右のポケットに財布が…」
「いいよ、今日は奢る」
 パンフレットを返し発券機で2枚チケットを買って戻る。ちょうど彼もお菓子を買い終えていたので、一緒に飲み物を買って入場時間まで待つことにした。
「はい、サトルの分」
「え、いいの。ありがと〜」
 透明な袋の中にはチョコレートやドライフルーツが入っていた。彼の熱視線を察し、丸いチョコレートを1粒摘んで口に放り込む。砂糖でかさ増しされた甘ったるい味が口いっぱいに広がって、思わず口元が歪んだ。
「美味しい?」
「うん、とっても甘くて美味しいよ」
「良かった! ね、私にもちょうだい」
 んぁ、と口を開けて彼が迫ってくる。あぁここにカメラがあれば!と悔しがりつつ彼の顔に見とれていると、彼が人差し指でチョコレートを指さしてきたので、彼の顔を目に焼き付けながら四角いチョコレートを食べさせてあげた。彼も口角を余計に吊り上げて「ホントだ、甘い」と舌なめずりをする。僕は人差し指と親指をつけたり離したりして、さっきの感覚を忘れないようにした。
 ロビーの時計を眺めていると、彼がザラメのついたピンク色の砂糖菓子を差し出してきた。見るからに甘そうであんまり食べたいとは思わなかったが、せっかく彼がくれているのに貰わないなんて選択肢はない。
「んん」
 あまりの甘さに倒れそうになる。どうしてこう海外チックなお菓子って甘くしたがるんだろう。
「美味しい? サトル」
「うん、美味しいよ」
 咄嗟に笑ってみせると、彼も嬉しそうに笑った。指についたザラメを舐めとる彼を見つめながら、入場時間になったことを伝えるアナウンスを聞く。立ち上がった彼の後に続いてゆっくりとスクリーンへ向かった。

 すっかり日も暮れ、モールを出る頃には辺り1面オレンジ色に染っていた。あんなにのさばっていた入道雲もどこかへ散って、下側が赤くなった雲が薄く伸びている。
 時計は17時過ぎを指していた。この時間帯になると昼間家にこもっていた人々が買い物のために外へ出てきて、あちこち賑やかになってくる。相変わらず気温は高かったが陽も隠れ風も吹いてきて、昼間よりは幾らか心地良かった。
「おまたせ〜」
 トイレから帰ってきたランダルを迎え、貸したハンカチを受け取る。それをポケットにしまい、僕たちはいそいそと帰路に就いた。
「…映画さぁ」
 彼がそう言い溜めたので、僕は察して口角を上げる。
「「めちゃくちゃつまんなかった!」」
 互いに顔を見合せて、一斉に吹き出す。
「あは、サトルも?」
「ふふっ、そう言うと思った」
「だってさぁ、あの主人公ったらないよ」
「ホントホント。脚本も無理あるし」
 僕たちは笑い転げそうになりながら、つまらない映画の愚痴を言い合った。随分長い間退屈な物を見せられた分、こういう会話はやたら弾んだ。
「あのシーンなんか最悪! バアァ〜だって」
「あはは似てる! 確かに最悪だったよね。ほらあの、殺人鬼が転ぶシーンとかも」
「う〜わぁ、そうそう。ナニソレ?って感じだった」
 これから毎日、こんなふうに彼と2人で過ごせる日が続くのかと思うと、顔をほころばせる他なかった。だってこんなにも、心から嬉しいんだ。1人じゃ何も感じないことも、2人でなら何倍にも感じられる。景色も、音も、映像も。
 ランダルと同じ世界を共有することが、僕にとって何にも変え難い幸せであるとよくわかる。たった3年離れていただけで、一生分寂しく感じた。彼のいない僕の世界には何の価値もなく、景色も何もかも変わらないのに僕にはとてもつまらなく思えた。この世界の景色も何も全て無くなったって、ただ彼さえ僕のそばにいてくれたのなら、きっと僕は幸せだ。───僕のいない世界を、彼はどう思ってくれるかな。
「…ねぇダル」
 僕の隣にランダルのいる日々がこれからずっと続けばいいのにと、そう思いながら俯いていた顔を上げた。
「夏休み、もしこの先予定がないなら…僕と一緒に過ごしてくれないかな?」
 恐る恐る尋ねてみる。もし断られたとしても十中八九邪険にされることはないとわかっていながらも、そんな無い可能性に怯えてしまう自分が情けない。それくらい僕は、彼に慎重になっているらしかった。
「勿論! 毎日君といるつもりだよ、サトル!」
「あ…」
 安心してつい声が漏れてしまう。そうだ、彼ならきっとそう言ってくれるはずだ。そして今、間違いなくそう言ってくれた。
「去年はちょっとバタバタしてて、夏休みもロクに会えなかったしね。今年はうんと遊べるよ」
「あ、あぁ…そっかぁ…! うん、ありがとう!」
 僕は彼の手のひらに触れて、ゆっくり握った。さっき僕を導いてくれたように、繋いだ彼の手を引いて1歩踏み出す。彼の細い瞳が開かれて、まっすぐ僕を見つめる。
「帰ろう、ランダル」
「うん」
 その日は1日がとても短く感じて、その分他の日よりもずっと楽しかった。

おやすみランダル
サトルがランダルと思い出を作る話。

自己解釈の世界観、口調|過去、舞台等全て捏造|左右非固定(お好きに解釈してください)|残酷描写、死ネタ注意

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2024年4月10日 03:45
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青雲
青雲
今までに読んだrnfr小説の中でいちばん心にグッと来ました。余韻を引きずっています。夏の表現、二人の心の描写、とにかく大好きです。 本当にありがとうございます。
2日前

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