「っあ~~やっと終わった!もう暫くはPCの画面見たくない!」
悪態を吐きながらデスクに頭を突っ伏した指揮官を、しかし補佐のリーは特に気にする様子もなくタブレット端末の画面に指を滑らせる。執務室のPCとデータを共有している端末は、時折デスクワークをサボって脱走を図る指揮官の悪い癖の防止策の一つとしてリーがわざわざ改良を加えたもので、PCが起動している間は30分置きに自動でデータの保存がされるという優れものだ。
逆の言い方をすれば、そのデータ保存の更新によって報告書の内容に進捗がなければサボっていることがすぐにバレるということにもなるのだが(寧ろそちらが改良した理由でもある)。
そのリーによる有難い改良によって指揮官の脱走する頻度は目に見えて減少し、今日のようにきっちり業務時間内に仕事を終わらせる日が増えた。元々頭の出来は同期の指揮官よりも頭二つは抜けているのだ、要するにやる気を出してやればすぐに終わらせられるのである。
「……はい、問題はありませんね。本日の業務はこれで全て片付きましたよ、お疲れ様でした指揮官」
「うん……お疲れ……。やっぱりデスクワークより現地での任務の方が良いなぁ、肩凝らないし」
「僕としては基地で安全に過ごして頂く方が良いんですけどね……」
「ん?何か言った?」
「いいえ、何も。それよりも指揮官、この後はどうされるんです?僕が想定していたよりも早く終わりましたので、予定は特にありませんよね?」
リーの問いにこくん、と頷いて返事を返した指揮官はデスクに置かれたデジタル時計に目をやった。時刻は16時を少し過ぎた程だ。夕食にはまだ早いし、だからといって訓練室で汗を流す気にもなれない。どうしたものかと思案して、そういえばグレイレイヴン隊の宿舎を増やしたことを思い出した。
その部屋はグレイレイヴン隊の宿舎だが他部隊にも開放しており、新しく改装した所は丁度ストライクホークの隊員達に使って貰うことに決めていたのだ。
「ちょっと宿舎の様子でも見に行こうかな、休憩するのに必要なものは一通り揃えてあるけど、他に何かいらないものとかないか聞いてこよう。リーも来る?」
「まぁ特に予定もありませんし、行きましょうか」
■ ■ ■
宿舎についた指揮官がIDカードをスキャナーに通す。基地内にある宿舎とはいえ防犯はきちんとするべきだとグレイレイヴン隊一同に言われ、指揮官が信用した者にのみ手渡されるIDカードがなければ宿舎には入れないようになっている。
スライド式の自動ドアが開かれ、足を踏み入れた指揮官とリーの目に最初に飛び込んできたのは、宿舎の片隅に置かれたベッドで指揮官が贈った枕を抱き締めて眠るバンジの姿だった。アイマスクを装着しているので本格的に寝に入っていると思われた、のだが。
「んん……?……あぁ、指揮官か……」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いいよ、別に……たっぷり休めたし……ふぁ……」
アイマスクを取り起き上がったバンジは軽く伸びをして指揮官と背後に立つリーに向き直った。指揮官とリーを交互に見て首を傾げて見せる。
「珍しいね、指揮官だけならともかくリーまで居るなんて」
「僕が居ては何か不都合でも?」
「誰もそんなこと言ってないよ、ただ珍しいなと思っただけ。今日はリーが補佐なの?」
「うん、そう。さっきまでねPCと睨めっこしながら事務作業してたの。本当に疲れたよ~」
「貴女がどんどんと後回しにするからでしょう、自業自得です」
呆れたような様子で溜め息を吐いたリーとは対照的に、リーの言葉に子供のようにムスッとした顔の指揮官を見つめ─そうして立ち上がるとぽん、と頭を撫でた。そのまま指揮官の頭頂部を何度か撫で、無表情が常の彼には珍しく頬を少しだけ緩めてみせた。
「頑張ってえらいね指揮官、よしよし」
「なっ……!」
「え、えっと……もしかして、褒めてくれてるの?」
「前に僕が途中で寝ずにちゃんと任務をこなしてきたから褒めてって言ったら、こうやって撫でてくれたでしょ?お返しだよ」
「ちょ、貴方そんなこと指揮官に頼んだんですか!」
声を荒げるリーをぼんやりとした顔で見つめるバンジは、相も変わらず指揮官の頭を撫で付けている。その手を止めろ、と言いかけたリーだったが突然リーが怒り出したことに驚いた様子の指揮官が待ったをかけた。
「な、なんでそんな怒ってるのリー?別にバンジにだけじゃなくて、色んな子にやってることだよ?」
「ルシアやリーフならまだしも大の男にやることじゃないでしょう!それと、いつまで撫でてるんですか貴方は!」
「え?駄目なの?頑張った指揮官を褒めてあげたかっただけなんだけど」
「気安く僕の……っ僕達の指揮官に触らないで下さい!」
「別に良いのに……バンジごめんね、一旦手を離してくれる?」
指揮官の言葉に渋々といった様子でバンジは手を離す。そのままリーが指揮官の腕を掴み自身の背中に隠すようにして引っ張った。何故か警戒心、というより敵対心を剥き出しにしているリーに?を浮かべながら指揮官はどうしたの、とリーに疑問を投げ掛けようとした矢先バンジが口を開く。
「はぁ……嫉妬はみっともないよ、リー。それに、そんなに指揮官に触れて欲しくないなら君が撫でてあげれば?」
「……は?」
「だって、僕が指揮官に触れるのは嫌なんだろう?なら君が指揮官のことを褒めてあげなよ」
「何故僕が……そもそも先程も言いましたけど後回しにした指揮官の自業自得であって……」
「わ、私リーに撫でて欲しいな!頑張ったから!ね!」
この微妙な空気を何とか払拭しようとした指揮官がリーの腕を引っ張りながら見上げた。その目は若干の戸惑いと、それ以上に期待の色がありありと浮かんでいた。バンジと指揮官を交互に見たリーは……やがて観念したように指揮官の頭に掌を乗せた。
掌から伝わってくる髪の感触は柔らかく、よく手入れされているのが分かった。恐らくリーフのお陰だろう。ズボラ、とまではいかないがあまり自身の容姿に頓着しない指揮官の髪の状態が良好なのは、身の回りの世話を自ら買って出ている支援型の彼女の努力の賜物だと思われる。
「……リー?」
指揮官の名を呼ぶ声にハッとする。気が付けばリーは頭を撫でていた掌が指揮官の髪を鋤くように動いていたのだ。慌てて手を離す。意識海が乱れているのを感じる。顔にも熱が籠るような感覚にリーは頭を振った。
「こ、これで満足でしょう!僕はもう部屋に戻りますので!」
「あっリー!……行っちゃった。何で私の頭を撫でただけであんな真っ赤になってたんだろ……」
「……それだけ好きな子に触れるっていうのは、意識海が乱れてしまうものなんだよ」
「?」
バンジはそう言いながら再び指揮官の頭に掌を乗せる。……リーとは違い意識海は静かに、寧ろ安寧を譲受するかの如く穏やかだ。バンジにとってはそれが『好きな子』に触れた時の感覚だった。