「今日も順調だったねカム、えら……おっと」
最近の日課になっている指揮官とカムの意識接続と戦闘シミュレーション訓練が無事に終わり、指揮官がカムに声をかけた時だ。背伸びをしてカムの頭を撫でようとした彼女がしまったという顔をしながら慌てて掌を引っ込めた。その仕草にカムの片眉がピクリ、と動く。
「なんだ、今のは」
「あ、いやその……つい頭をね、撫でそうになって……」
「アンタはつい、で誰にでもそんなことをするのか?」
「誰にでもって訳じゃないよ、ただ昨日カムイを……」
カムイの名前を出した途端、カムの眉間に思い切り皺が寄った。表情も明らかに不機嫌さを隠しもしない仏頂面に変わる。カムイとカムの二人の関係は複雑だ。勿論、喧嘩をしたり仲違いをしている訳ではないが、お互いがお互いを心から受け入れ蟠りも何もなくなるまではまだ時間が掛かるだろう。
とはいえ何だかんだお互いを気にはかけている(特にカムイは指揮官にカムを託すような発言も多い)様子ではあるので、ゆっくりと時間を掛けていけば何れは解決する事ではある。しかし何故か今はカムイの名前を出したことによりカムの機嫌を損ねてしまったことを察した指揮官は何か別の話題を、と口を開きかけた、が。
「カムイが、どうしたって?言ってみろよ」
「え?いや、でも……」
「今のアンタの行動とカムイが関係あるんだろ、言え」
腕組みをして指揮官を見下ろすカムの表情は相変わらずだが、指揮官が言いかけた先の言葉が聞きたいらしい。頼むからこれ以上不機嫌にならないでよ、と思いながら口を開く。
「昨日、グレイレイヴンとストライクホークの合同任務があったんだ。それでカムイが凄い活躍をしてくれてね、褒めて!って言うから、いつも宿舎でしてあげてるみたいにこう、頭を撫でたんだよね。だから今の訓練でこの間より良いスコアが出た君を、つい撫でたくなっちゃったというか……」
「おい、いつもと言ったか、今」
「え、うん……ナナミのこととか撫でてると、俺もー!って言ってくるから、宿舎にカムイがいる時は撫でてる、かな」
「あいつ……はっ、己の利点を生かしてるって訳か、上等だ」
己の利点?と指揮官がカムの発言の意味を問おうとする前にカムが何故か指揮官に向かって屈んで見せた。正面にカムのフードを被った頭がずい、と寄せられて困惑する。
「ど、どうしたの?」
「撫でろ」
「なで……はい?」
「俺のことも撫でろ、と言っている」
ドスの効いた低い声で命令されるように言われ、指揮官はますます混乱する。というのも以前撫でた時に思い切り酸っぱそうな、何とも言えない顔をされたからだ。殴るべきか感謝するべきか悩んでいたあの表情を思い出して、すぐには手が出ない。
「でもこの間、あんまり撫でられたくなさそうな顔してないっけ……?」
「事情が変わった。それともなんだ、カムイには出来て俺には出来ない理由でも?」
「事情ってなんだよもう……本当にいいの?」
「いいから、早くしろ」
急かされて漸く指揮官が観念したようにカムの頭を撫で付けた。フード越しなので髪の感触はない。恐る恐る撫でていた指揮官だったが、カムの表情と纏う空気が次第に軟化していくのを感じ取った。
そして最後に唯一触れることが出来る前髪をそっと撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。それがカムに触れることを許された証のような気がして、思わず頬が緩む。
「……悪くはないな」
「本当?なら、たまに撫でてもいいかな。私ね、構造体の子達を褒める時はよく頭を撫でてあげるんだ」
「カムイにだけじゃなく、誰にでもこんなことしてるのかよ……まぁいい。次からも撫でさせてやってもいいぞ。アンタが望むならな」
「いいの?やった!」
嬉しそうに笑う指揮官の笑顔を眺めながら、こいつの掌に触れられるなら構わない、寧ろ悪くない。そんなことを思いながらカムは訓練室の扉に向かって歩いていく。
「今日はもう終わりだな?なら前に言っていたレストランに行くぞ」
「ふふ、いつものデートだね?」
「はっ、好きに解釈しろよ」
わざとデートという冗談を口にした指揮官だったが、まさか否定されず好きに解釈しろと返されるとは思わず一瞬きょとんと目を見開く。だが足早に訓練室を後にするカムの背を慌てて追い掛けていく。
カムの言葉の真意と彼の心の内が指揮官に明かされるまで、後少し。