「気に入ってくれたんだね、それ」
執務室でPCの画面とにらめっこしながら言うと、視界の端っこにあるソファに寝転がっていた人物が緩慢な動作で起き上がった。ふぁ、と欠伸を一つついてから彼─バンジは私の言葉に「何が?」と漸く反応した。
「君にあげた枕、仮眠を取る時はいつも持っていってるんだって?」
「……誰から聞いたの?」
「カムイ」
バンジのやつ、すっごく気に入ってるみたいだぜ!と快活な笑みを浮かべながらカムイがそう教えてくれたのも記憶に新しい。まぁ今はグレイレイヴン隊が任務に赴いている間、一応はバンジに補佐をお願いしているのにも関わらず枕を持ってこられて苦笑してしまったのだが。
「あいつはすぐに指揮官に何でも言うね……」
「友達だからね、君のことだけじゃなくストライクホークの、例えばクロムのこととか、他の隊員の子達のことも色々教えてくれるよ」
「へぇ……」
興味があるのかないのか、薄目を開けて枕を両手で抱き締めている姿は今にでも寝落ちしそうに見える。何か手伝うことがあれば呼んで、とは言われているがこの姿をリー辺りが見たら「何で彼に補佐を頼んだんですか」なんて言われてしまうかもしれない。
「ところでバンジ、君一応は補佐なんだからせめてちゃんと起き、」
「カムのことも?」
被せるように問われて、え?という返事が漏れた。視線をPCからバンジの方へと向けるといつの間にかパッチリと目を開いて此方を見ている。
「カムのことって……何が?」
「カムイから色々聞いてるんでしょ?その中にカムは入ってるの?」
「カム?うーん、まぁ入ってると言えば入ってはいるね。誰かのゲームを代行した代わりにおやつ貰ってたとか、私から貰った軍用チョコ一日で食べ尽くしたとか……」
「ふぅん」
何故突然カムの話になったのか皆目検討もつかずバンジを見返すと何だか先程よりも表情が険しい、ような。あまり表情が変わらない彼にしては珍しい。しかし何が彼をその顔にさせているのか分からず、どうしたの?と問い掛けると今度はソファから立ち上がって此方に向かって歩み寄ってきた。
「カムと、随分仲が良いみたいだね?」
「え?そう、かな……まぁ、色んな人にカムを頼まれてるのもあるし、ハセン議長とかアシモフにカムと私の意識接続が上手くいって、カムが実践投入出来るようにって言われてるし……」
「デートに、誘ったんだって?」
「そうそう!ちょっと場の空気を和ませたくてわざとそう言っ…………まって、それ誰から」
「カムが、僕に、だけど?」
わざわざ一言一言区切って言ったバンジの顔を見上げると、明らかに「不機嫌です」という表情とオーラを纏った彼がいた。しかし何故バンジが不機嫌になっているのかやはり分からない私はとりあえず笑顔でやり過ごそうとした、が。
「や、やだなカムってば!ほんの冗談で言ったのになー!でもそう言ったってことは私のことそんなに嫌いでもないってことなのかなー!あはは!」
「だろうね。あのカムが、君のことになると、まるで本物の狂犬のように僕にわざわざ牽制なんてしてきたんだから」
牽制?一体何の?と問うとバンジが手に持っていたふかふかの枕を掲げて見せた。それを見る目は何故かとても愛おしげに見える。
「まるで見せびらかして自慢したいかのようだな?」
「え?」
「だが指揮官とそんなに親密になりたいなら、俺のようにデートの一つでもしてみるんだな。出来れば、の話だが」
「…………」
「これが牽制でなかったら、何?」
カムが何故バンジにそんな台詞を言ったのか、皆目検討も……と言いたいところだが、まさか、いや、そんな筈は……と脳が否定する。否定するが、では何故?と疑問をぶつけられると正しい答えが出せない。
「そういうわけだから指揮官、今度僕とデート、しようか」
「は……はい?」
「焚き付けられたのは癪だけど、こんなに分かりやすく喧嘩を売られたんだ。買ってあげないと相手にも失礼だろう?」
「いやあの、そういうのは各々で解決して頂いて……」
「カムとはデート出来て、僕とは出来ない理由は?」
「いやだからね、あれはその場を和ませたくて言ったことで!断じてデートなんてしてません!」
「へぇ、そう。なら今度カムに会った時にそう指揮官が言ってたって伝えてあげるよ。それはそれとして、僕とデート、してくれないの?」
「い、いきなり言われましてもその……よ、予定とか色々……」
「成程、分かった。君と僕の休暇をもぎ取ってくれば良いんだね。クロム隊長にお願いしてくるから、少し待ってて」
そう告げるとバンジは踵を返して執務室から出ていってしまった。どうしてこうなった。何故カムとバンジが謎の火花を散らしているのだ。
一瞬自分を巡ってか?と少女漫画のようなことを考えてしまったがすぐに打ち消す。いやいや、いくらなんでも都合が良すぎるだろう。二人の青年に取り扱いされているなんてそれこそ少女漫画じゃあるまいし。そんな訳が。
「……とりあえず、仕事しよう」