G. Samantha Rosenthalによる2024/2/4のThe Adovocateの記事。
The history of backlashes against transgender health care
著者のかたを存じていなかったのですが、トランスジェンダーの歴史の専門家らしいです。その専門家の視点から、トランスジェンダーヘルスケアへのバックラッシュを3つの波に分けて解説しています。
まずは1930年代のナチスによる攻撃の話。19世紀以降の性科学の発展もあり、1920年代にはドイツに性科学者がトランス医療を実践する施設があったらしいです。が、これはナチスが力を強めた1933年に極右勢力によって破壊されてしまったとのこと。
啓蒙時代の「人間の分類をする」という発想に性科学も優生学もともに根を持つけれど、性科学者が法的解放のためにトランスの人々を分類する一方で、優生学者はそれを劣った存在と見なし、矯正的に生殖能力をなくす方向に進んでいたみたいです。
次の波は1970年代。すでにいくつかの大学病院がトランス医療を手がけるなか、精神科医ジョン・メイヤーとその秘書ドナ・リターというふたりがトランス医療の効果に疑問を持ち調査をおこなって論文にしたとのこと。
この手法がひどくて、手術を受けたトランスの人々を対象に、①手術後に異性婚をしていたら加点、②経済的に安定していたら加点、③ジェンダーノンコンフォーミングだったり同性愛者だったりメンタルヘルスケアを求めていたりしたら減点、で点数をつけたとのこと。要するにシスヘテロの女性や男性と同じように暮らし、目立った格好をせず、経済的、絶対的な精神的安定(手術前と比較して改善、ではなく)を得ている、というのでプラスになる採点の仕方なんですね。「そんなのトランス医療の範囲をはみ出てるだろう」と思いますが、とにかくこれで調査したら点数は思わしくなかったとのこと。ただし、ふたりは「後悔をしているか」などの調査もして、手術が本人にとっては満足のいく結果になっていることも確認しています。
が、本人にとっての話は顧みられず、「普通のひと」になれていないという点で激しいバックラッシュが引き起こされ、いくつものジェンダークリニックが閉鎖したらしい。異性婚を重視するのは単なる偏見だし、経済的、精神的安定なんてトランスのひとがきちんと雇用されるかだとか嫌がらせを受けたり不安を感じたりせずに暮らせているかだとかが大きそうで、社会の問題に思えるし、それを理由に当事者たちには満足を与える医療が潰されるの、正直なところ意味不明で酷いですね…。ちなみに最近のいわゆる「キャス・レビュー」で話題のヒラリー・キャスも似た発想を語っています。
そして最新の第3波は2020年代に始まり、現在世界を席巻中です。医療への影響はまだ不明瞭ながら思想や言説としては日本にも来始めてますね。
この間、トランス医療については科学的な研究が進み、トランスヘルスケアの必要性については専門家のあいだでもはやおおむね意見が一致していると言っていい状態。
Medical Association Statements in Support of Health Care for Transgender People and Youth | GLAAD
ところが、ここでやってきたのがコロナ禍でした。コロナ禍で反科学、反医療の潮流が広まるなか、その流れと結託するようにして反トランス医療の言説が広まり、バックラッシュになっている、と。トランス医療の締め付けや禁止を求めるバックラッシュの一方で、当事者たちは医師によるゲートキーピングを緩めるよう求めていて、少し複雑な状況であることも語られています。
コロナ禍での反科学が反トランスに結びついているというのは、肌感覚としてはよくわかります。有名な右派団体Moms for Livertyなども当初は学校でのマスク強制への反対運動だったはずなのが、いまやジェンダー/セクシュアリティに関する本の学校図書館への収蔵に対する禁止運動とかをしているので。
日本ではトランス医療に関するまともな情報がそもそも欠けている状態で女子大へのトランス学生受け入れの話あたりから生じたバックラッシュに見えますし、少し前から海外の反医療言説が輸入されてきているものの、少し経緯は違うかも。(あまり詳しくありませんが)