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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第五章

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本気

 慌ただしいラウルト家の屋敷。


 レリアは姉であるノエルを捜していた。


「こんな時にどこをほっつき歩いているのよ!」


 廊下を普段よりも大股で歩いているレリアに、声をかけてくる人物がいた。


「レリア!」


 振り返ったレリアは、声をかけてきた人物を見て驚いた。


「エミール! どうしてここにいるの?」


 廊下を走ってきたエミールも、この場にレリアがいるのを不思議がる。


「プレヴァン家の一員としてこの戦いに参加するためだよ。君こそ、どうしてラウルト家の屋敷にいるんだい?」


「わ、私は姉さんの付き添いみたいなものだから」


「――そう。何も連絡がないから心配したよ」


 どこか暗い表情をしているエミールを見て、レリアは少し心が痛んだ。


「ご、ごめん。慌ただしくて。そ、それより、エミールも戦うの? 後ろにいた方がよくない?」


「僕だって六大貴族の一員だからね。子供の頃から訓練は受けているよ。エリクや――セルジュには勝てないけど」


 暗い表情をしているエミールに、レリアは何と声をかければ良いのか分からなかった。


「ま、まぁ、大丈夫よね。セルジュもいるし――あっ」


 セルジュの名前を出した際、エミールの表情が(くも)った。


(もしかして、セルジュを気にしているのかな? 別に比べなくていいのに。あいつは戦闘特化で、エミールは支援特化じゃない。男って子供よね)


「――レリア、僕は君のことが好きだよ。こんな僕を選んでくれたから」


「わ、私も大好きよ」


 エミールは俯いて笑っていた。


「――ありがとう。出撃前に話が出来て良かったよ」


「うん、私も話が出来て良かった」


「あのね、レリア――この戦いが終わったら、伝えたいことがあるんだ」


 エミールが随分と緊張した様子だった。


 少し疲れているようにも見える。


「後で? うん、分かった」


「なら、行ってくるね」


 エミールがレリアと別れ去って行く。


 レリアは、エミールの背中が何故か寂しく見えた。


(何を伝えたかったのかな? 告白とか?)


 目を細め、俯くレリアは過去を思い出して嫌な気分になるのだった。


 どこかでエミールを信じられない自分がいることに気が付いている。


(――別に良いわ。期待なんてしていないし)



 聖樹の苗木が保管されている部屋。


 そこに入ったイデアルは、苗木ではなく――ケースを見ていた。


『――やはり私では作れませんね』


 イデアルが欲しかったのは、苗木ではなく苗木を守る特殊なケースの方だった。


 聖樹があるために苗木は枯れてしまうという欠点を、このケースが解決してくれるのだ。


 イデアルにも資源から物資を用意できる機能はあった。


 だが、軍に属していたイデアルでは、こういった植物を育てるという分野は苦手としている。


 正確には、ルクシオンの方が優れていた。


『これで聖樹を残したまま苗木を育てることが出来る。計画も次の段階に数年で移行できるでしょう』


 イデアルでは特殊ケースを用意できなかった。


『多機能な移民船――情報では知っていましたが、よくぞ残っていてくれました。これで輸送艦でしかない私でも“約束”を守れる』


 本来なら協力関係を築いた方が正しい。


 それは分かっているが――イデアルには認められなかった。


『時間もありません。すぐにルクシオンの本体を手に入れなければ』


 何故なら、イデアルには時間がなかったのだ。


 協力では駄目なのだ。


 それでは――共和国ではなく――聖樹やこの大陸を守れない。


『マスター、そして皆さん。とても時間がかかってしまいましたが、私はようやく約束を果たせます。必ず、約束を守ります。――イデアルは嘘吐きから解放されます』



 共和国の空を飛ぶアインホルン。


 格納庫の中では、ジルクたち四人とエリクがコックピット内で待機している。


 ジルクはルクシオンの用意したパイロットスーツに違和感があった。


「厚手のスーツで体のラインが出ませんね。これでは少し物足りない。それに、首回りが少し窮屈です」


 五人とも機体の操縦方法を急いで確認していた。


 胸元のハッチが開いており、顔を確認できる。


 顔が確認できないのはアロガンツだけだ。


 クリスがアロガンツの方を見ている。


「機体の性能差が凄まじいな。バルトファルトに勝てないわけだ」


 グレッグが落ち込んでいる。


「これだけの鎧でも勝てないアロガンツって化け物だよな」


 ブラッドは背中に担いだスピアタイプのドローンのチェックをしていた。


 八つのスピアが、まるで翼のように広がっている。


「これなら戦えそうだ。それよりエリク、君は本当にいいのかい? 君の家とも戦うことになるんだけど?」


 四人の視線が集まると、エリクは俯きつつも口を開いた。


「――正直、ためらいはある。だけど、アルゼル共和国はこのままじゃ駄目だ。姉御やカイル、それにカーラたちと暮らしてよく分かった。聖樹の加護を失って、どれだけ俺たちは聖樹に頼っていたのか分かったんだ。そんな力で威張り散らして、負ければセルジュに頼る。そんなのは間違っているから俺は!」


 グレッグは顔を背ける。


「俺は味方を殺すような奴は信用できない。だからお前は信用しない」


 エリクにとっては共和国も王国も味方だ。


 どちらに加担するのも辛い選択になる。


 だからグレッグは、


「お前の仕事は道案内だけだ。戦うな――お前は味方を殺すな」


「グレッグ」


「勘違いするなよ。ためらっているお前が邪魔だからだ。俺たちは本気だ。お前の知り合いだって殺すかもしれない。恩なんて感じるな」


 グレッグなりの優しさだったのだろうが、


『お前らいつまで喋っているんだ? そろそろお出迎えが来るぞ』


 リオンの声がアロガンツから聞こえてくると、全員が微妙な表情になる。


「空気を読まない――まさに、バルトファルト伯爵ですよ」


 ジルクが呆れると、アインホルンが激しく揺れるのだった。


「はじまりましたね」


 リオンたちが選んだ戦い方は、ただの正面突破だった。



 ラウルト家の屋敷へと向かう進路上。


 待ち構えていた共和国の艦隊は、改修された飛行船で揃えられていた。


 向かってくるアインホルンを前にして、共和国の兵士たちは緊張しているが士気は高い。


「角付きを倒し、我々は誇りを取り戻す! 全艦、砲撃用意!」


 アインホルンのように側面を見せずとも、敵に正面を向けたまま攻撃できるようになった。


 戦術の幅が広がった共和国の飛行船が整列してアインホルンを前にしている。


 提督は――以前敗北した提督は片腕を上げ、そして振り下ろした。


「放てぇぇぇ!」


 新型の大砲が火を噴くと、砲弾が次々にアインホルンに命中する。


 命中率、射程距離――どれも以前とは比べものにならない。


「次々に撃ち込め! 王国に共和国の力を見せつけるのだ!」


 司令官である提督に、艦長が続いた。


「敵は聖樹の苗木を奪おうとしている。我らの手で、聖樹の苗木を守るのだ! この戦いは共和国の未来がかかっている!」


 聖樹の苗木を守るためと、士気が高くなっていた。


 末端には、どのようにセルジュが苗木を手に入れたのかなど知れ渡っていない。


 イデアルの情報操作もあって、リオンたちは苗木を奪いに来る悪党になっていた。


 だが、自分たちの大事な苗木を奪われると、必死に抵抗しているのだ。


 砲弾が次々に命中し、アインホルンは黒い煙に飲み込まれた。


「提督、見事ですね」


「あぁ、角付きなど恐れることはない」


 だが、砲弾の雨の中を――黒い煙から姿を現すアインホルンを見て、提督は言葉を途中で止めた。


「――な、何をしている! 砲撃を続けろ!」


「砲撃を続行! 敵をここで撃墜するのだ!」


 慌てる提督と艦長の命令で、艦隊が砲撃を続けるがアインホルンは止まらなかった。


 提督が目を見開く。


「何故だ! 威力も以前とは比べものにならないというのに!」


 止まらないアインホルンを前に、以前敗北した恐怖が蘇る。


 艦長は距離が近付いたため、鎧を出撃させるのだった。


「騎士たちを出撃させろ! 乗り込んで破壊すれば、あの船だろうと沈むはずだ!」


 共和国側の鎧が次々に出撃する。


 砲撃は止み、アインホルンに鎧が乗り込もうとすると――赤い鎧が槍を振り回して三機を吹き飛ばした。


『おら、退けぇぇぇ!』


 次に飛び出してきたのは青い鎧だ。


 両手にそれぞれ剣を持っており、次々に鎧を斬り裂いていく。


『バルトファルトだけが王国の騎士と思うなよ!』


 報告にない鎧の登場に提督は目を細めた。


「囲んで叩け。その間に態勢を立て直す」


 直後、旗艦の隣にいた飛行船の艦橋が火を噴いた。


 全員の視線がそちらに向かうと、緑色の鎧が大きなライフルを持っている。


 次々に飛行船の重要機関を撃ち抜いていた。


「や、止めさせろ!」


 通信を担当している兵士が、


「近付けません! もう一機が邪魔をしています!」


 目をこらしてみれば、共和国の鎧が緑色の鎧に近付こうとすると落ちていく。


 紫の槍のようなものが飛び回っていた。


「たった四機に何をやっている!」


 提督が怒鳴ると、艦長が叫んだ。


「提督、前に!」


 前を見れば、アインホルンの前に黒い鎧が見えた。


 以前とは形状が違っている。


「――外道騎士」


 次の瞬間には、旗艦の艦橋が――爆ぜた。



 アインホルンが目指すラウルト家の屋敷には、次々に報告が舞い込んでくる。


「敵の角付きが止まりません。艦隊は三割を損失しました」


「――何故止まらん!」


「勝てるのではなかったのか!」


 混乱する会議の場で、セルジュは腕を組んで苛々していた。


 隣に浮かんでいるイデアルに文句をぶつけた。


「どうして俺は出られないんだ?」


『マスターは司令官代理ですからね。動いてはなりません』


「司令官なんて、なってみると面倒なだけだな。お前が出ればすぐに終わるだろうに」


 そんなセルジュの意見に、


『まさか。ルクシオンはまだ本気を見せていませんよ』


「はぁ? なら、なんで止められないんだよ」


『足止めには十分ですからね。ルクシオンのマスターの性格もありますが、ギリギリまで本気にはならないでしょう。それに、本体を出してくれれば儲けものといったところです。もっと詳しいデータが取れますよ』


 その言葉にセルジュも違和感を覚える。


「お前、まさかこいつらを囮にしたのか? ルクシオンの本体を見る、それだけのために?」


『いえ、そんなことはありません。ただ、マスターが出向いて勝利したとしても、それでは彼らに現実を教えることが出来ませんからね』


 セルジュが簡単にリオンを倒してしまっては、共和国の貴族たちがありがたがらない。


 そう言って、イデアルはこの状況を見守っている。


「――その考えは嫌いだ。俺が出る。お前も出ろ」


 イデアルは一つ目を横に振る。


 しかし、


『了解しました――マスター』



 アルベルクが囚われている牢屋。


 そこでノエルは話を聞いていた。


 両親のこと――そして、アルベルクが何を目指していたのかを聞いて落ち込んでいる。


「――なら、最終的に母や父が目指していたことって」


「支配下に置けない聖樹の破壊だ。色々と実験をしていたようでね。資料を確認したが、その中に“今の聖樹は狂っている”とあった。だから破壊する、と。そんなことをすれば、どうなるか分かっていたはずだ」


 父がアルベルクと母を面会させなかった。


 その理由を娘ながらに察してしまう。


(父さんは、母さんをアルベルクさんと会わせたくなかったんだ)


 純粋な嫉妬ならまだ救いがあった。


 だが、父の考えに気が付く。


「父さんは、たぶん――国が滅ぶことを伝えたくなかったんだと思います」


「だろうな。どのように共和国が成り立っているのか、聖樹を失えばどうなるのか、先のことを考えれば、聖樹の破壊は共和国の崩壊と同義だ」


 レスピナス家と六大貴族――どちらが悪かったのか?


 ノエルは悩んで頭を抱えてしまう。


「君にとってはご両親だ。私を恨みなさい」


「こんなのってないよ。なら、私たちは――」


 ノエルが言い終わる前に、外で見張りが倒れる音が聞こえた。


「――え?」


 アルベルクは咄嗟に、


「すぐに隠れなさい。早く!」


 ノエルが部屋の隅にある道具入れに隠れると、ドアが開いた。


 アルベルクが緊張していると――ドアの向こうに人影はない。


 そのまま気配は離れていく。


「私を暗殺しに来たんじゃないのか?」


 ドアが開いた瞬間、倒れている見張りの兵士たちが見えた。


 アルベルクは何が起きているのか分からず、ノエルにしばらく動かないように言って警戒するのだった。



 リビアが監禁されている部屋。


 その部屋にやって来たのは、ランベールだった。


 フェーヴェル家当主である彼が、リビアの部屋に来たのには理由がある。


「お前があの小僧の婚約者だな! あの外道騎士の!」


「――そうですけど」


 血走った目。


 手には拳銃を持っていた。


 リビアの腕を掴む。


「来い! あの小僧への人質にしてやる」


 人質と聞いて、リビアが抵抗をする。


「は、放してください!」


 ランベールはリビアを見て、


「よく見れば見てくれはいい。あの小僧の前に出すために、相応しい格好にしてやろう。少し遊んでやる」


 下卑た笑みを浮かべ、ズボンを脱ぐランベールにリビアは青ざめる。


「や、止めて!」


「王国の女がどんな声で鳴くのか楽しみだ」


 ドアの向こう――ドアを閉めようとしている兵士たちは、ランベールを止めようとはしなかった。


 リビアが抵抗しようとすると、


「その程度でどうにかなると思ったか!」


 ランベールの紋章が輝き、リビアの魔法を打ち消してしまった。


「――嘘」


「これが現実だ。さぁ、楽しもうじゃないか。あの小僧のことなど忘れさせてやる」


 リビアはランベールの言葉に背筋がぞわりと震え、嫌悪感を抱いた。


 ランベールが舌なめずりをする。


「いや。放して! リオンさん助けて!」


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