レスピナス家の秘密
鉄格子越しに向かい合うのは、かつて愛した人の娘だった。
アルベルクは、そんな彼女――ノエルに、懺悔でもするように語る。
「私は守護者になるはずだった」
ノエルは黙って聞いている。
「君の母上と結婚し、聖樹を守る守護者になる――それが先代である君たちの祖母から聞いた話だ」
アルベルクはノエルたちの母親と婚約していた。
だが、ノエルの父親は一般人――六大貴族の出身者どころか、貴族ですらなかった。
「母が父を守護者に選んだと聞いています」
「そうだ。そして、聖樹の怒りに触れたレスピナス家は、君たちの母親の代から紋章を失っている」
それを聞いて驚きつつも、ノエルは「やっぱり」と呟いていた。
アルベルクはその様子から、ノエルが気付いていたのを察した。
「知っていたのかい?」
「父と母が何かを隠しているのは知っていました。巫女の紋章があるのに、他家に負けるのも不思議でしたから」
アルベルクは当時を思い出すと胸が苦しくなる。
「――彼女は私と婚約破棄をして、自分の愛した男を選んだ。そして、守護者にしようとした結果、そこで巫女の資格を失っていた。随分と長い間、私たちは騙されていた」
だが、ノエルたちの母親は、自分の夫こそが守護者であると発表した。
それが聖樹の意思ならば、と共和国の国民も貴族たちも受け入れた。
「婚約破棄は私にすれば寝耳に水だった。私は君たちの母親と話をしたかった。だが、面会すら許されなかった」
当時、アルベルクは貴族たちの笑いものにされた。
巫女に見限られた男として扱われたのだ。
ノエルが悲しそうな顔をした。
「母は――私から見ると横柄でした」
「優しいところもあったさ。そして過激なところもね」
ノエルの母が特別な人格者であったということはない。
「彼女は共和国がこのままでいいのかと悩んでいた。私もその意見には同意していたが――学園で一人の男と出会った。それが君たちの父親だ。聖樹の加護がなくても人は生きていける。そう言っていた男だよ」
ノエルも覚えているのか、頷いていた。
「聖樹があるから、共和国は間違った道を進んでいると言っていました」
「――私から見れば、あの男の言動は加護が得られない者の嫉妬だったけどね。聖樹の力を人々に平等に利用できるようにすると言っていた。聖樹に利用されるのではなく、利用するのだ、とね」
それは、アルベルクからしても正しいと思えた。
正しすぎて認められないとも思っていた。
「彼女はそんな彼の言葉に従った。聖樹が神のような存在であると信じていなかったからだ。巫女は私たちよりも聖樹に近い存在だから、きっと何か彼女しか知らないこともあったのだろう」
――だから、貴族でもないノエルの父に恋をしてアルベルクを捨てた。
「守護者になれなかった君の父は、人の手で聖樹を支配しようとしていた。貴族に頼らないで聖樹を利用しようとした。それがいけなかった」
互いの考えが近かったから。
「認められないから殺したのですか? それとも、復讐ですか?」
「――どちらか分からない」
アルベルクは当時を思い出す。
「君の父と話をしたときだ。強烈な殺意が芽生えた。その程度の考えだったのかと腹が立ったからだ。だが、今にして思えば――何かに操られていた気もする。いや、気のせいだな。――君たちの両親を殺したのは私だ。私を憎みなさい。今の君なら、私に復讐できるはずだ」
ノエルは悔しそうにアルベルクを睨み付ける。
「――どうして、両親を殺したんですか?」
「それが七大貴族から、六大貴族になった我々の決定だったからだ」
フェーヴェル家だけではなく、当時の当主たちは事実を知り――レスピナス家を滅ぼすことにした。
実行犯には軽率なフェーヴェル家のランベールが選ばれ、ラウルト家が後ろに立つ形を取ったのは表向きの話でしかない。
「私には復讐する理由があり、当時は問題児のランベールもいた。奴が当主になる手助けをするのを見返りにレスピナス家を襲撃させた――他の大貴族が黙っていたのは、裏で話がついていたからだ。今の当主たちは知らない話だけどね」
当時の当主たちは、その事実を墓場に持っていき秘密にした。
今では、この事実を知っているのはアルベルクだけだった。
ランベールは実行犯であったが、軽率なため真実は教えられていない。
「そんなのって!」
「一歩間違えれば、我々は全てを失っていたかもしれない。加護を失い、我々を騙してきたレスピナス家を――誰も許せなかった」
聖樹が、自分の守り手として不十分と判断した場合――共和国は国家として成り立たなくなる可能性が高かった。
今まで受けてきた恩恵が一切受けられないことを意味しているからだ。
聖樹に依存してきたことの弊害だ。
そして一番許せないのは、七大貴族を否定したレスピナス家だった。
巫女が聖樹を否定したなどと、六大貴族には認められなかった。
しかも、今の支配体制を崩そうとした。
それはつまり、六大貴族を滅ぼすつもりだったということだ。
六大貴族にしてみれば、裏切ったのはレスピナス家である。
「レスピナス家がこのまま権力を握っていれば、いずれ共和国が滅んでしまう可能性もあった。聖樹を利用するなど、人の身には手に余るというのにあの男は――」
ノエルたちの父親は、六大貴族にとって許容出来ない思想を持っていた。
そのために、レスピナス家は滅ぼされた。
「だが、個人として君の恨みも理解できる。君には私に復讐する資格が――権利がある」
ノエルは首を横に振る。
涙を流していた。
「貴方を殺してもどうにもならない。――あたしは、今更巫女になんて興味がなかったのに。今までのように普通に暮らしたかっただけなのに」
アルベルクは目を閉じた。
「私も同じだ。君たちを見つけたときは、本来なら静かに暮らせるようにしたかった。王国への移住は悩んだが、目をつむっても良かった」
(あの時、遠くに逃げてくれさえいれば)
当時、燃える屋敷から逃げ出せたノエルとレリアは――アルベルクによって見逃されていた。最低でも外国に逃亡させる計画だったのだが、レスピナス家の生き残りが共和国内で匿ってしまった。
ノエルが顔を上げる。
「――これからどうなるんですか?」
アルベルクは首を横に振るのだった。
「私にも予想がつかない。セルジュがあの一つ目に誑かされなければこんなことにはならなかった」
奥歯を噛みしめるアルベルクは、傀儡にされるセルジュの未来が見えてしまった。
◇
「何をしに来た?」
アインホルンでラウルト家に攻め込もうとしている俺のところに、ジルクをはじめとした四人組――ユリウス抜きがこの場にいた。
あと、エリクがいるのでトータル五人だ。
「お手伝いしますよ。私たちも共和国のやり方は嫌いでしてね」
ジルクがそう言えば、ブラッドは髪を弄りながら、
「一人だけで攻め込むのはどうかと思うよ。成功率を上げたいなら、味方がいた方がいい」
俺は溜息を吐く。
「お前らを連れていったとして、どれだけの成功率が上がるんだ? 邪魔だから大人しくしていろ」
グレッグが真剣な顔付きをしている。
「だろうな。けどよ、その僅かな差でオリヴィアを助けられるかもしれないだろ。お前にリベンジをしていないんだ。ここで死なれたら寝覚めが悪いからな」
こいつらやっぱりアホだな。
俺が死ぬつもりだと勘違いしている。
「馬鹿か。俺は命を大事にする男だ。自分の命が、この世で一番価値があると信じているから自殺なんて考えていないぞ」
クリスが少し驚いていた。
「お前のそういうところは素直に感心する。だが、助けたいのは本心だ。それに、このまま舐められて終われない。私たちにも意地がある」
邪魔だと言って追い返そうとすると、エリクが一歩前に出た。
「道案内は俺がする。ラウルト家の屋敷には何度か行ったことがあるからな。それに、共和国の空を飛ぶなら、俺がいた方が便利だよ」
「お前が? 信用できないな」
「それなら! ――俺を先頭にしろ。裏切ったら後ろから撃て」
エリクがどうしてここまで俺に手を貸すのか疑っていると、
「俺はあまりオリヴィアという人を知らない。だけど、俺は――ノエルを傷つけた。今更謝ってすむものじゃない。だから、あいつが次に進むために手を貸してやりたいだけだ。あんたを助ければ、ノエルを助けることにも繋がる。そうじゃないか?」
「――お前」
感心していると、
「あと、姉御に顔向けできる男になりたい」
こいつらオチを付けないと喋れないのだろうか?
俺の側にいたルクシオンが、
『マスター、五機の鎧を用意しております。彼らなら乗りこなせると思いますよ』
「いつ用意した?」
『イデアルと出会ってから、色々と準備を進めていました。他には、お友達の皆さんのために、飛行船のパーツも用意しております』
「――お前、あいつが敵対すると分かっていたのか?」
『警戒していただけです。本当にここまでやるとは予想していませんでした。イデアルが、一体何を考えているのか分かりませんでしたからね』
俺たちに喧嘩を売ったイデアルの気持ちなど分からない。
そもそも、互いに不干渉の方がいいに決まっているのだ。
空からアインホルンの甲板に五つのコンテナが降下してきた。
コンテナが開くと、そこにはルクシオンが作った五体の鎧が出てくる。
ジルクが驚いていた。
「これは――私たちの鎧を用意していたのですか?」
自分たちの、という勘違い――でもないな。
俺が壊してしまった彼らの鎧と凄く似ているからだ。
大きさはアロガンツより少し小さいくらいだろう。
『役に立ってもらわねば困りますよ』
ブラッドが紫色の鎧に触れた。
「君は本当に僕たちに冷たいよね。だけど、ここまでしてもらったんだ。これなら、足手まといにはならないよ」
俺はルクシオンに視線を向ける。
「性能は?」
『この世界の従来機より数段上です。アロガンツには劣るでしょうけどね。もう少し時間があれば、もっと性能を上げられたのですが、今はこれが限界です』
最後に一つのコンテナが降りてくる。
開くと、既にシュヴェールトを背負ったアロガンツの姿があった。
「外見は少し変わったか?」
細部に変更が見られるが、ほとんど同じにしか見えない。
『外見はそこまで変更がありません。大事なのは中身では?』
「違いない」
エリクは四人がそれぞれ向かった鎧ではなく、残った一つの鎧の前に立っていた。
「白い機体? 俺のカラーじゃないな」
『あ、そちらは――』
すると、空から声が聞こえてくる。
――俺は頭が痛くなる。
「ふははは、久しぶりだな――バルトファルト伯爵」
全員が見上げると、クリスがその男を指さした。
「お前は! な、なんとかの騎士?」
「仮面の騎士だ。“仮面の”騎士! ――どうやらお困りのようだ。私も手助けしようじゃないか」
グレッグが舌打ちをするのを見て、まだこいつら気が付いていないのかと呆れてしまう。
この変な仮面を付けたマント男は――ユリウスだ。
「何でお前がここにいるんだよ」
「義によって立つ君たちを助けに来た、では駄目かな? バルトファルト伯爵、私にも一機用意してもらおう。私の力を存分に使うといい」
義によって? こいつは本当にポンコツだな。
俺がいつから正義の味方になった?
しかし、
『時間がないのでご用意できません。それに、貴方に用意した機体は既にエリクが搭乗していますよ』
そそくさと白い鎧に乗り込んだエリクが、パイロット登録を行っていた。
「な、何だと! おい、そこの貴様! 白は俺のイメージカラーだ。図々しい奴め、降りろ!」
エリクの方は興味がなさそうにしている。
「はぁ? 誰のものか名前なんか書いてないだろうが。というか、バルトファルト伯爵の機体だろ。お前の方が図々しいぞ。その仮面もおかしいけど、頭もおかしいのか?」
「貴様ぁぁぁ!」
登場した仮面の騎士は、乗れる鎧がなかった。
「なら、お前はお留守番で」
「え!?」
「仮面の騎士様はお留守番だ。リコルヌで大人しくしていろ。――あそこは安全だ」
俺がそう言うと、仮面の騎士が地団駄を踏む。
「な、何故だ!」
◇
ラウルト家の屋敷で緊急会議が開かれていた。
六大貴族がセルジュを中心にまとまりつつある。
会議の進行役は――イデアルだった。
『港からの情報です。アインホルンが動いたとのことです。ただ、一隻でこちらに向かってきていますね』
ランベールが自分の大きなお腹を叩いていた。
「笑えるじゃないか。女を取り戻すために交渉に来たのか? あの小僧がどんな顔で我々に謝罪をするのか今から楽しみだ」
他の当主たちも笑みを浮かべている。
「まずは宝玉を全て返して貰うとしよう。話はそれからだ」
「王国にも相応の責任を取らせましょう」
「最低でも被害額の三倍は払ってもらいたいものですね」
そんな中、フェルナンだけは俯いている。
「どうした?」
セルジュが声をかけると、フェルナンは――。
「一隻で謝罪に来たのだろうか? 彼はそんな男か?」
ランベールがフェルナンを馬鹿にしたように笑う。
「何を今更。この状況で戦いを挑むような馬鹿はいない。セルジュ君に負けたんだ。少しは心を入れ替えてくるだろう」
だが、イデアルの答えは、
『いえ、一隻で攻め込んでくるつもりのようです。正確には二隻ですね。彼が持つロストアイテムの飛行船がついてきています』
ざわつく六大貴族を見ながら、セルジュは不敵に笑うのだった。
「ようやく本気を見せてきたか。イデアル、勝てるんだよな?」
『もちろんです。ルクシオンの戦力計算は済ませています。負ける要素はありません。それに、せっかく用意したもう一隻のアインホルン級や王国の飛行船は、港に残していますからね。予想よりも戦力は少ないですよ』
セルジュが笑っていた。
「仲間割れか? あいつは人望がねーな」
『ただ、このままでは到着予想時刻まで二時間もありません』
セルジュが立ち上がった。
「迎撃準備といきますか。改修した飛行船や鎧のお披露目も兼ねて盛大にやろうぜ」
『大変よろしいかと』
動き出すセルジュたちを見ながら、イデアルは思うのだった。
(ここまで予想通りに動いてくれる。やはり貴方は私が見込んだ通り、素晴らしい――傀儡ですね)