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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第五章

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お話

 ふんどし姿の男たちから解放された俺は、引っ越し作業が進む屋敷内でこれまでの事情を話すのだった。


 ただ、これが難しい。


 全てを話すわけにもいかず――でも、危機感は持ってもらうように説明しなければならない。


 ユリウスたちが真剣な表情をしている。


 だが、格好は先程までと変わらない。


 まるで仮装でもしているような連中が、真剣な表情をしていても説得力がない。


「ラウルト家の跡取りは聞いていた以上に危ない奴だな。――バルトファルトを襲撃するとか正気か? いや、外国の要人を襲撃するという意味で、だが」


 わざわざ言う辺り、俺に喧嘩を売るのが馬鹿だと思っているらしい。


 お前らの中で俺の評価っておかしくない?


 エリクが恥ずかしそうに両手で顔を隠していた。


「少し前までは、もう少しまともな奴だったんです。というか、うちは身内の評価が重要で、外国の評価はあまり気にしてなくて」


 魔石の輸出で大儲けをしている国だからな。


 周辺国よりも立場が強い上に、聖樹なんてものもある。


 聖樹に選ばれた貴族たちは選民思想を持っているし、実際に大きな力を得ておりおごるなと言う方が無理な話だ。


 アンジェは溜息を吐いていた。


 ユリウスが「正気か?」と、他者に疑問を持っているのが――何とも納得できない顔をしていた。


 俺もそう思う。


 お前ら、正気じゃないからこの国に送られたんだよ。


 そこは忘れるなよ。


 アンジェが俺の横に浮かんでいるクレアーレに視線を向ける。


「クレアーレの分析が本当なら、共和国は王国に攻め込んでくるらしい。これまでにない飛行船や鎧を揃え、王国よりも数段優れた軍隊を用意できるという話だったな?」


 クレアーレが一つ目を縦に振り、頷いているように見せていた。


『私の分析は高い確率で当たると思うわよ』


 セルジュよりも、問題はその後ろにいるイデアルだ。


 あいつは共和国を支配したら、次に王国を狙うとルクシオンも断言していた。


 グレッグが椅子の上であぐらをかきながら、腕を組んでいる。


「そこが信じられないんだよ。元々一つの国を、セルジュがラウルト家で支配するつもりだろ? 内乱は確実だ。早くても国内をまとめるのに十年はかかるんじゃないか? 問題はその後だよ。セルジュみたいな奴が、うまく国内をまとめられると思うか? 出来たとしても、反発があるはずだ」


 意外と考えているらしく、グレッグは力で押さえつけても貴族なり、領民が反発すると考えている。


 クリスは壁に背中を預けて腕を組んでいる。


「私もグレッグと同じ意見だ。そもそも、クレアーレの分析がおかしい。セルジュが二年で共和国を支配できるのが信じられない」


『あら、失礼ね。十分に可能なのよ』


 リビアが困った顔をしていた。


「アーレちゃん、さすがに私でも難しいというのは分かるよ」


 アンジェも同意している。


「今まで内輪でグダグダしていた共和国が、僅か二年でまとまるとは思えないな」


 ただ――ブラッドは帽子を押さえて深くかぶると、


「――いや、あり得るんじゃないかな?」


 ジルクが興味深そうに尋ねる。


「ブラッド君には可能に思えると? その理由を聞いてみたいですね」


「ピエールの時から思っていたんだ。あいつら――いや、共和国全体でプライドが高いんだ。聖樹に認められた貴族はもちろんだけど、不敗神話だっけ? 防衛戦で負け知らずの共和国は国全体で自尊心が高い」


 ユリウスが気付いたらしい。


「――バルトファルトか」


 俺の名前が出ると、周囲の視線が集まる。


 ブラッドは自分の予想を話すのだった。


「そう! 一度負けた共和国はプライドをへし折られたようなものだよ。内輪で揉めている場合じゃない、って危機感があるんじゃないの?」


 ブラッドがエリクへと視線を向けた。


 エリクは少し俯きながら、


「危機感はある。いや、恐れているといった方がいいかもしれない。言い方は悪いが、王国なんて共和国は眼中になかったんだ。周辺国の一つに過ぎなかった。そんな国に――その国の伯爵ただ一人に負けた。うちの実家も酷いものだったよ」


 クレアーレがクルクルと宙で回りながら、


『正解! よりにもよって、共和国をまとめたのはマスターの存在が大きいの! 実際に危機感を煽ってまとめようとした形跡もあるのよ』


 アルベルクさんが共和国をまとめようとしていた。


 自分の思う通りにしたいのか、それとも国のためを思っているのか――ラスボスだから前者、と決めつけてもいいが、個人的に少し気に掛かる。


 ジルクが俺を見て肩をすくめていた。


「バルトファルト伯爵の武勇には恐れ入りますよ。共和国に危機感を持たせ、まとめ上げてしまうのですから」


「嫌みか、この陰険緑野郎」


「あ、気付きました?」


 ジルクを睨むと、アンジェが助け船を出してくれた。


「そうだとしても、リオンが悪いとは言えない。やり過ぎた部分はあるが、セルジュの行動は目に余る。それを許す共和国も信じられない」


 エリクがそのことについて予想を口にする。


「――たぶんだが、負けたのが随分とショックだったと思う。俺たちにとって、敗北はもう一つの意味を持つ。聖樹だ。聖樹の信頼を裏切ればどうなるか、あんたたちなら分かるだろ?」


 ピエールのように紋章を失うことになりかねない。


 それは共和国の貴族にとって死を意味する。


「一度負けて、不安なところにセルジュがバルトファルト伯爵に勝ったんだ。期待したくなるし、もっとしっかり勝敗を決めて欲しいと思うのさ」


 アンジェがエリクに吐き捨てるように言うのだ。


「阿呆が。たったそれだけの理由で襲撃を許したのか?」


 プライドね。


 ――厄介なんだよね。


「俺たちにとっては重要な問題だ」


 ブラッドが自分の予想が当たったと思い、随分と調子が良さそうに今後を予想する。


「つまり! 共和国は王国が――バルトファルトが怖くてまとまるのさ。バルトファルトに負けたピエールが、紋章を失ったのも影響しているかもしれないね」


 エリクが頷いていた。


「あるだろうな。俺たちにとっては死ぬのと同じような意味だ。実際、俺も紋章を失って加護なしになった時は――酷く落ち込んだよ」


 今まであったものがなくなる。


 それがとても価値のあるものなら、失ったときの喪失感は大きいだろう。


 リビアが俺を見ながら、


「リオンさんは悪くないです」


 クレアーレが笑っていた。


『え? そう? 結構悪いと思うわよ。いつも手を抜いて痛い目を見るのは悪い癖よね』


 こいつも俺のことを嫌いすぎじゃない?


 ユリウスが話をまとめる。


「ともかく、セルジュという軽率な奴は、共和国をまとめて王国に攻め込む可能性が高い。それは理解した。理解したが――王国は対抗できるか分からないぞ」


 ジルクもユリウスに続いた。


「そうですね。厄介なことに王国は今も混乱中です。落ち着くのに何年かかるか分かりません。その間に、共和国は軍備を整えて攻めてくるなど――悪夢ですね」


 王国だって抵抗できる戦力はあるが、その戦力は同等レベルの敵を想定している。


 セルジュが――イデアルが自重しないで揃えた軍隊を相手に、防衛できるとはとても思えなかった。


 リビアが俺を見る。


「で、でも、王国にはリオンさんがいますよ。パルトナーは沈みましたけど、アインホルンは凄い船です。王国も負けていません!」


 その意見に、クリスが意地の悪い質問をする。


「確かに素晴らしい船だ。だが、バルトファルトの持つ工場で、年間どれだけ建造できる?」


「え、えっと――」


「仮に用意できたとしても、王国はバルトファルトから飛行船を買わない。いや、買えない。他に工場を持つ貴族や商人が邪魔をしてくるからだ。性能だけで正式に採用されるわけじゃない」


 困っているリビアを助けようとしたら、クレアーレが感心していた。


『あら、分かっていたのね』


「それくらい私にだって分かる」


 そんなクリスにアンジェがボソリと、


「マリエに誑かされたのが嘘みたいだな」


 クリスは堂々としていた。


「誑かされてなどいない。私がマリエを選んだんだ。この選択に私は後悔しない!」


 その言葉に、ユリウスをはじめ――エリクまでも満足そうに頷いていた。


 アンジェが眉間に皺を寄せ、クリスを睨み付けていた。


「この阿呆共が」


 俺は顔を右手で隠しつつ、


「頼むから少しは悔いろよ、馬鹿」


 ユリウスが俺を見ていた。


 ジルクは、ユリウスを一度見て頷き視線を俺に向ける。


「バルトファルト伯爵――中央で権力を握ってみませんか?」


「あ?」


 ジルクが何を言っているのか分からなかった。


 アンジェは黙っている。


 リビアは――。


「あ、あの、それってどういう意味ですか? どうしてリオンさんが権力を握るんです?」


 そんなリビアにマリエが噛みつくように、


「そんなことも分からないの? あに――リオンが総大将になって、公国の時みたいに共和国と戦うのよ」


 ――何それ? 俺ってそんなに都合の良い存在じゃないよ。


 そんなマリエの意見に――リビアもアンジェも鋭い視線を向けていた。


 マリエは「す、すみません」と、小声で謝っている。


 そんなマリエを見て、ユリウスが「分かっていないマリエも可愛いな」とか言っていた。


 ――お前らいい加減に目を覚ませ。


「マリエ、バルトファルトに中央で権力を握ってもらう理由は、こいつならセルジュと同等か近いことが出来るからだ。セルジュと対抗するためには、どうしてもバルトファルトの力が必要だ。あとは――短期間で共和国と戦うために、こちらも多少の無茶をする必要がある。そのためには、事情を知っている人間が中央にいないと始まらないのさ」


 アンジェが冷たい視線をユリウスたちに向けていた。


 五人を視線で巡った後、


「本来であれば、ユリウス殿下たちの仕事だったのですけどね」


 ユリウスも負い目があるのか、


「あ、あぁ、そうだな。だが、今はバルトファルトを頼るしかない。俺たちでは手助けできることも限られるが――やってくれるか、バルトファルト」


 まるで俺が頷くと思っているような態度だ。


 そんなユリウスに俺は笑顔を向ける。


「お断りします」


 すると、五人が唖然としていた。誰かが、


「え?」


 と、間の抜けた声を出していた。


「何が悲しくて権力を握らないといけないんだ。俺にはもっと崇高な目的がある。田舎でノンビリ暮らすために、いかに降格するか普段から考えている。それなのに、中央で権力を握るとか――真逆じゃん。嫌だよ」


『マスター素敵! その出世したくない精神は筋金入りね。私はマスターの意見を尊重するわ!』


「もっと褒めていいぞ」


 アンジェとリビアが疲れたように笑っていた。


「リオンらしいな」


「そうですね。これがいつものリオンさんですね」


 そんな俺にユリウスたちが迫ってきた。


「お、お前! この一大事に何をのんきなことを! お前にも責任があるだろうが!」


「ふざけんな! 俺は働きたくないの! そういうのは、権力を持っている人たちに言えばいいだろうが!」


「それでは時間がかかると言っているんだ! 俺たちが事情を話しても、まずはこの話を信じるかどうかの調査から始まるんだぞ! その後にグダグダ会議が行われて、気が付けば数年なんてあっという間に過ぎる。だが、お前が中央で権力を持てば、全て解決するだろうが!」


「俺の幸せは誰が解決してくれるんだよ! お前らがマリエに転んで地位を失うから駄目になったんだろうが! お前らがやれ!」


「出世しているなら責任を果たせ!」


「お前も果たせ、このポンコツ王子!」


「言ったな、この外道! 今日という今日は!」


「やんのかごらぁ! こっちも一回殴ってやろうと思っていたところだ!」


 つかみ合って喧嘩になると、意外と強くてしぶとい。


 ゲームみたいに速攻で沈めよ! 何でこんなにしぶといんだよ!


「俺たちではどうにもならないから、お前に頼るんだろうが!」


「知るか! お前がやれ!」


「やれないから言っているんだが、馬鹿!」


「馬鹿? 馬鹿はお前らだろうが! 俺は身の丈に合った幸せを追い求めているだけだ。お前らよりお利口だよ!」


「お、お前はそれでも英雄か!」


「英雄って言うのは偉大なことをしたから英雄なんだよ。もう俺は頑張ったの! 疲れたの! 権力とか興味ないんだよ!」


 結局、話はまとまらなかった。


 リビアが俺を見ている。


「アンジェ、放っておいていいんですか?」


 アンジェは俺を見て、


「――やらせておけ。この程度、じゃれ合っているだけだ。男は喧嘩をすると仲良くなれるらしいぞ。父上と兄上が言っていた。逆に下手に溜め込まない方がいいらしい」


「あぁ、そう言えば地元でもそんな感じでした!」


「負けて落ち込んでいると思ったが、意外と元気そうで安心した。だが、本当に共和国の問題は頭が痛いな」


 小声で「この五人はどうしてこうなったのかな――頭が痛いな」とも呟いていた。


「バルトファルトォォォ!」


 何かスイッチが入ったのか、しぶといユリウスとそのまま殴り合いをする俺だった。


「ここで日頃の恨みを晴らしてやらぁぁぁ!」


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