仲間
駆けつけたマリエの屋敷で、俺は――とんでもない光景を見てしまった。
「何これ? ねぇ、何これ!?」
唖然としている俺に声をかけてくるのはカーラだ。
何だか諦めた顔をしている。
「皆さんが戻ってきたんです」
「それは分かっているんだよ! 俺が聞いているのはこの状況だよ!」
屋敷の玄関前は、どう説明すれば良いのか分からない状況だった。
これはルクシオンもクレアーレも困るわ。
オーダーメイドの高級スーツを着用したジルクが、大量の荷物を屋敷の庭に積み上げていた。
革製の旅行鞄にはティーセットや食器が入っており、絵画や壺なども置かれている。
店でも開けそうな数だ。
ただし、それらはどう見てもボロボロな――偽物っぽい芸術品の数々だ。
「マリエさん、貴方のためにこれだけの芸術品を集めてまいりました。私は屋敷に入れてくれますね? いえ――貴女の隣に立たせてください」
マリエは黙っている。
俺から見えるのは後ろ姿だけ。
どんな顔をしているのか分からない。
分からないが――こいつ先程から少しも動いていない。
カーラは両手で顔を隠して首を横に振っている。
「ジルクさん、骨董品を売り買いして儲けたそうなんです」
「あいつが! 見る目のないジルクが骨董品に手を出したの!? それで儲けた!!」
信じられなかった。――あの見る目のないジルクが成功しただと?
俺についてきたアンジェやリビアの二人は、声も出ない様子だった。
ただ、この光景を見ているだけ。
別にジルクだけがおかしいのではない。
四人――戻ってきた四人全員がおかしかった。
白いスーツ姿のブラッドが、帽子を取るとそこから花束を出現させる。
手品の真似事だろうか?
魔法の方がもっと凄いことが出来るのに。
「マリエ、君のために花束を用意した。受け取って欲しい。そして、僕こそが君の隣に相応しいと認めて欲しい!」
ブラッドの後ろには、これでもかという花が飾られていた。
お祝い事の大きな花飾りが並んでいた。
――ここまでは百歩譲って認めてもいい。
金を稼いでこいと言って追い出されたのに、偽物の美術品や花束を持って来たこいつらは頭がおかしいと思うけどね。
百歩譲って、マリエへのアピールだから考えられる。
「こいつら、いったいいくら稼いだんだ?」
俺はこいつらのことを舐めていた。
こいつら――元々の資質は高いのだ。
本気を出せば稼げるのだろう。
肩を落として右手で顔を押さえているカイルが俺に答える。
「――ほとんど残っていないそうです」
「は? いや、これだけ金を持っていそうなのに、それはないだろ」
「ほとんど全部をこれらにつぎ込んだらしいです」
俺はこいつらを舐めていた。
こいつら、俺の想像を超える馬鹿だった。
俺は泣きたいのを我慢して、次の二人を見る。
正直、こいつらが一番理解できない。
「わっしょい! わっしょい! わっしょい!」
ふんどしにねじりはちまきという、西洋風の世界観に喧嘩を売る男集団が担いでいるのは神輿だった。
ふんどし姿の男たちが担ぐ神輿――。
それも、二つ用意されている。
その二つの上に乗っているのは、ふんどし姿にねじりはちまきとはっぴを羽織ったグレッグとクリスだった。
「マリエ、俺たちは男を磨いてきたぜ」
妙にてかった肌。
随分と絞り込まれた二人の体は、筋肉が浮き上がっている。
「見てくれ、この立派な神輿を! 急いで用意したんだ」
自信満々の二人。
お前らは先に、これまで何があったのか説明しろ!
何がどうなれば、マリエに神輿を用意して喜ばれると思えた?
どうしてこうなったのか、せめて過程をしっかり説明して欲しかった。
それよりも、ここは普通になんで神輿があるのかツッコミを入れるべきだろうか?
あれ? おかしいことばかりで、何をしたらいいのか分からなくなってきたぞ。
「リオンさん、これはどういうことでしょうか?」
リビアが俺に尋ねてくる。
「ごめん。俺にも分からない。カイル、説明しろよ」
カイルは首を横に振っている。
「彼らが何を考えているのか、僕に分かるわけがないじゃないですか。分かるなら異常ですよ。というか、理解したくないです」
少し口の悪いハーフエルフのカイルに、理解したくないとまで言われた四人。
リビアが少し俯いている。
「これ、ユリウス殿下は一体どうなっているのか気になりますね」
チラチラとアンジェの方を見れば、
「――こいつら、元は王国で期待されていた若手だったんだよな? あ、あれ? 私の記憶違いか? うん、そうだ。そうに違いないな!」
混乱しているようだった。
こいつらを理解しようとしているみたいなので、諦めるように進める。
「アンジェ、深く考えるな。あいつらはもう手遅れだ」
「リオン、お前はあいつらのようになったりしないよな? な!?」
アンジェがすがってくるので頷くと、カーラが声を上げるのだった。
「あ、殿下が来た!」
全員の視線が門に集中すると、そこには少しくたびれた格好のユリウスが立っていた。
大量の荷物がある訳でも、花を用意しているようにも見えない。
変な集団と一緒にいるように見えず、一人だけだった。
その手には茶色の封筒を大事に握りしめている。
ユリウスが四人を見て驚いていた。
「み、みんな、凄いな」
ジルクがユリウスの格好を見て、少し悲しそうな表情をしていた。
「殿下、随分と苦労されたのですね。ですが、その格好はどういうことですか?」
着飾っている四人に対して、ユリウスはどう見ても一般人のような格好をしている。
少し前まで仕事をしていたのか、疲れている様子だった。
ブラッドが溜息を吐いていた。
「僕は五人で競いたかったんだ。なのに、殿下一人がこんなリタイアするみたいな形になるなんて――残念だよ」
自分たちとは勝負にならないと思ったのだろう。
確かに、一番稼げなかったのはユリウスのようだ。
ユリウスが俯いている。
神輿から降りたクリスが、ユリウスを見て悔しそうにしていた。
「殿下、貴方の本気はその程度のものなのですか!」
グレッグがはっぴを脱ぎ、そして肩に担いでいる。
まるで自分の肉体を見せびらかしているようだ。
「ブラッドの言う通りだ。俺たちは五人で競いたかった。ユリウス――お前がそんな格好じゃあ、勝負にならないだろうが」
ユリウスは顔を上げ、そして口を開く。
「すまない。だが、俺は精一杯働いた。そこに嘘はない」
恥じることはないという顔で、ユリウスは自分のことを語るのだった。
「屋台で働いた。本格的に料理をした経験もない俺は、毎日が新しいことの連続だった。下働きをして、クタクタになるまで働いた。それで――やっとこれだけ稼いだんだ」
茶色の封筒に入っていたのは、ユリウスの全財産。
大金ではない。
ジルクが驚いている。
「それだけしか稼げなかったのですか!?」
本気で驚いていた。
ユリウスなら、もっと稼げたと思ったのだろう。
「俺は思うんだ。ユリウスが正解で、他の連中は何かの間違いじゃないのかな? あいつらがそんなに稼げるわけがないって」
カーラが頷き、リビアと同時に口を開いてしまった。
「私もそんな気がするんですよ――」
「というか、稼いだお金を全て使い切ったのはおかしいと――」
二人が顔を見合わせ、そして気まずそうに顔を背ける。
この二人は二人で、過去に因縁というか色々とあるので距離がある。
ユリウスの話が続く。
「頑張ったつもりだ。だが、これだけしか稼げなかった。だからこそ分かったんだ。マリエ、俺はお金のありがたさを知らなかった。これだけしか稼がない俺だが、屋敷に入れてくれると嬉しい。そして俺は――いつか串焼きを極めてみせる。マリエにいつか、俺の串焼きを食べて欲しい」
四人の残念そうな顔。
カーラとカイルが、不安そうにマリエを見持っている中――新人のエリクが口を開いた。
「図々しいにも程がありません? 姉御にはあんな男たちじゃ釣り合いませんよ。姉御にはもっと相応しい男がいるはずです」
「お前、随分とキャラが変わったな。何? もしかして、俺の方がお似合いだって言いたいの?」
エリクは女性に暴力を振るう糞野郎だった。
どうしてマリエには、こんな男ばかり寄ってくるのだろうか?
こいつを排除するべきか悩んでいると、
「俺だってそこまで自惚れていない。自分が一番なんて言えないさ。いつか姉御の一番にはなりたいけど――姉御にはもっと幸せになって欲しいんだ」
「お、おぅ」
何か予想外の返答だったので、判断に困ってしまう。
すると、マリエがゆっくりと歩き出した。
誰のもとにいくのか?
四人が背筋を伸ばし、自分の所に来るはずだと待ち構えていると――四人を素通りして、マリエはユリウスの手を両手で掴んだ。
茶封筒を持っている手を握ったところに、俺は下心を感じて仕方がない。
「ユリウス、貴方ならきっと分かってくれると信じていたわ」
「マ、マリエ!」
ユリウスが涙を流して喜んでいるが、俺には分かる。
「あいつ絶対に嘘ついたよ。五人とも信じていなかったけど、一番マシなユリウスを選んだだけだよ。信じていたなんて白々しい」
文句を言うと、能面のような無表情をしたアンジェが同意してきた。
「そうだな」
リビアが困っている。
「アンジェ、えっと、その――」
「安心しろ。殿下やマリエに対して嫉妬やらそういった感情はない。ないが――頭が痛い」
ユリウスは確実に成長した。
したが、アンジェは頭を抱えている。
別にユリウスは間違ってはいない。ただ、元王太子としてそれでいいのか、とは思ってしまうよね。
串焼きを極めたいとか――お前は一体どこに向かっているんだ、って。
さて、問題は四人だ。
「待ってください、マリエさん!」
ジルクが、ユリウスを選んだマリエに抗議している。
「もっとも稼いだ者を側に置くはずでは?」
「私は一度もそんなことを言っていないわよ。この中で誰が一番稼ぐかな、って言っただけだし。そもそも、稼いだお金を家に入れないで自分で使うのは論外なの」
「そんなぁ!」
その場に崩れ落ちてしまうジルクたち。
リビアが冷めた目で四人を見ていた。
「何だろう――私でも駄目だな、って気付きますよ」
よかったね。
マリエが引き取ったおかげで、リビアは彼らの相手をしなくてすんだよ。いや、マリエに奪われたから、こいつらポンコツになったのかな?
そんな落ち込む野郎四人。
だが、クリスが立ち上がった。
「――殿下、完敗です」
「クリス」
「私たちはマリエの気持ちを考えられなかった。殿下が一番、マリエのことを理解していた。――今は、この敗北を認めます」
こいつらいつになったら目を覚ますのだろう?
グレッグが地面にあぐらをかいて座る。
「負けだ。負けだ! ユリウス、俺たちの負けだ。だけど、いつかお前を追い抜いて、マリエの一番になってやる。気を抜いたら、マリエの隣はすぐに俺のものだからな」
「グレッグ――あぁ、分かっているさ」
ブラッドが帽子をかぶると、顔を隠していた。
「情けない。マリエの気持ちに気が付かなかったなんて――殿下、マリエの隣は一時的に預けるよ」
「ブラッド――お前も認めてくれるのか?」
何これ? 誰か一人でもマリエに文句を言えよ。
「当たり前じゃないか。ジルク、君も認めてあげたら?」
ジルクはゆっくりと立ち上がると、少し悲しそうに笑みを浮かべていた。
「殿下を追い抜いたと思ったのですけどね。やはり、殿下は私の目標です。殿下、こんな私ですが、次も勝負していただけますか?」
「ありがとう、ジルク」
エリクが鼻をすすっていた。
「けっ、馬鹿野郎共だ。ライバルを認めるなんて、普通は出来ないぜ」
――こいつはこいつで、いったいどんなキャラを目指しているのだろうか?
リビアが俺のシャツの袖を指で掴む。
「リオンさん、それよりも皆さんに事情を話した方がいいですよ。皆さん、きっと何も知らないでしょうし」
「そうだな」
そんな俺たちのやり取りを聞いていたのはクリスだった。
「何だ、私たちがいない間に何かあったのか?」
「あぁ、実は共和国のセルジュっていう糞野郎に負けてさ。ノエルを奪われたんだ。おかげで共和国の貴族たちが、俺に復讐したいそうで大変なの」
「何だ。それは大変だな。私に出来ることがあれば言ってくれ。お前には借りもあるから助けに――え゛ぇぇぇ?」
眼鏡が傾いたクリスが、俺に駆け寄ってくる。
止めろ。裸同然な男に迫られたくない!
逃げようとすると、両肩を掴まれ前後に激しく揺さぶられた。
「お、おおお、お前が負けたとはどういうことだ! バルトファルト、また何かの作戦か? お前が負けるなんてあり得ないだろ!」
クリスが騒いでいると、ユリウスたちも俺の方を見る。
「バルトファルトが負けた? おい、次の被害者は誰だ?」
「また共和国から賠償金を搾り取るのですかね? 相変わらず容赦がないですね」
「お前、絶対に鬼だよね。――え、本当に負けたの? ふりとか作戦じゃなくて?」
「バルトファルト、どいつにやられた! 言え、俺にも教えろ!」
ユリウスは俺がまた仕込みをしていると勘違いし、ジルクは俺が金稼ぎをしようとしていると思い込んでいる。
ブラッドは俺を鬼と言いだし、グレッグは俺に勝った相手を聞き出そうと近付いてくる。
どうして裸同然の男に迫られないといけないのか?
クリスとグレッグが俺を揺さぶる。
「ハッキリしろ、バルトファルト!」
「お前を倒すのはこの俺だぞ! その前に誰かに負けるなんて許さないからな!」
――止めて。それ以上揺らさないで!
アンジェとリビアが助けに来る。
「リオンを放せ!」
「リオンさんに何をするんですか!」
そんな二人に、クリスやグレッグが言い返していた。
こいつら、マリエ以外の女性に優しくないな。
「これは私たちの問題だ!」
「そうだ。男同士の問題に口を出すな! お前もそう思うだろ、バルトファルト!」
俺に同意を求めるな。
それよりも――こいつら前より暑苦しいんだけど!