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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第五章

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つまらない

 人の生き方は自由だ。


 他人に迷惑をかけないなら、それは尊重されるべきだ。


 だから、俺が田舎でノンビリと暮らしたいという考えも尊重されるべきである。


「つまらない? それがどうした? お前の面白い生き方ってやつを聞かせてもらおうじゃないか」


 対面しているセルジュが、口の端を持ち上げて笑みを作っていた。


 苛々する奴だ。


 他人の生き方に文句を言うな。


 俺は自分に無害なら口なんて出さないぞ。


「凄ぇ力を手に入れたのに、それを使わないのがつまらないって言ったんだよ。俺もお前も、こいつら超兵器を手に入れた。それで何もしないなんて馬鹿か?」


「それで? 一体何をするつもりなんだ?」


 凄い力を手に入れたから使いたい。


 まぁ、人間らしい考えだ。


 俺だってルクシオンを手に入れた時は調子に乗った。


 おかげで苦労したけどね。


「俺はこの大陸を一つにまとめる。相棒が――イデアルがいれば何でも出来るからな」


 セルジュの言葉に興味を持った。


 やはり、共和国は国内のまとまりがない。


 それを解決するシンプルな方法は、善悪はともかくとして圧倒的な力で支配することだ。


 それが出来るだけの力をセルジュは手に入れた。


 ――手に入れてしまった。


「よかったな。まったく興味はないけど応援するよ。精々、頑張ってこの国をまとめてくれよ」


 セルジュの「つまらない」という言葉に苛々したが、共和国で暴れ回りたいなら問題ない。


 それは共和国の問題だ。


 俺が文句を言う必要はない。


 武力による支配の中で生み出される不幸は、セルジュや共和国の問題だ。


 こういう短絡的な馬鹿は、その後に何が起きるのか考えているのだろうか?


「――お前、本当につまらない奴だな」


 笑みを消したセルジュに対して、逆に俺が笑みを浮かべた。


「少し教えてやるよ、糞ガキ。お前にとっての面白いとか、つまらないというのは、お前の中での基準だ。個人的な感想でしかない。世間一般の常識みたいに言っていると恥をかくぞ」


 常識というのは国によっても、地方、地域――そして集団によって違いがある。


 極論を言えば、個人個人で常識は異なっている。


 俺の生き方をつまらないと言ったセルジュのように、俺の考えとは違っていて当然だ。


「年齢は同じだろうが!」


 少し煽ってやるとすぐに反応を示した。


 こいつの前世はきっとガキだな。


 俺よりも年下に決まっている。


「前世も含めて人生経験が足りていないからガキって言ったんだよ。少し考えれば分かるだろ?」


 恥ずかしいから説明させるなよ。


 俺たちのギスギスした雰囲気に、レリアは居心地が悪そうにしていた。


「二人ともその辺りで止めようよ。ほら、同じ転生者同士、仲良くしないと」


「けっ!」


 顔を背けるセルジュに対して、俺は仲良くやれそうにないと思った。


 それもいい。


 どうせ俺は故郷に――ホルファート王国に戻るのだから、共和国のことまで面倒を見きれない。


 セルジュがいれば、共和国の問題は解決できるのだろうから、俺はとっとと帰るとするか。


「それよりも、お前らの方で聖樹の方を何とかしろよ。お前らの国だろ」


 俺が「ラスボスをよろしく」みたいに言うと、レリアが俺に厳しい視線を向けてくる。


「あれだけ引っかき回しておいて、自分たちだけ逃げるつもり? 手伝いなさいよ」


 セルジュという俺と同等? の力を持った存在がいるため、今日のレリアは少しばかり強気に感じられた。


「五月蠅いな。俺だって忙しいんだよ。姉貴さん――ノエルのこともあるからな」


 それよりも、以前レリアはセルジュのことを無害だと言っていたが――こいつ、アルゼル共和国にとっては有害ではないだろうか?


「姉貴のこと?」


「あぁ、実は王国に連れて帰るんだ」


 こいつらには先に伝えておこうと思った。


 勝手に連れ帰って、文句を言われても仕方がないからな。


 でも結婚のことは言わないよ。


 どうなるか分からないし。


「こ、困るわよ!」


「俺だって困っているよ。けど、ノエルが苗木の巫女に選ばれたからな」


「――嘘。もう選ばれたの?」


 いずれ苗木の巫女となるのは決まっていたが、今の段階とは考えていなかったのかレリアが驚いていた。


「ルクシオンが言うには、苗木自体はそれなりに生えてくるらしいから自分たちで探せよ。イデアルが見つけてくれるだろ」


 イデアルに視線を向けると、赤い一つ目を上下に動かし肯定していた。


『ご命令いただければすぐにでも』


 レリアはどうしていいのか分からないのか、セルジュに視線を向けていた。


 セルジュは興味がなさそうだ。


「聖樹が暴走するんだったか? イデアルがいれば対応できるから興味はないが――ノエルを連れていく理由は聖樹の苗木か? 巫女だから利用するのか?」


「――そうだよ」


 少しだけ間を開けてから答えたのは、アンジェの言葉を思い出したからだ。


 ただ、俺も本当にノエルを王国に連れ帰って良いものか悩んでいる。


 ノエルを連れていくとして、それが彼女の幸せになるか分からないからだ。


「最低な野郎だな」


 舌打ちをしたセルジュの言葉に反論できなかった俺は、話を切り上げてこの場を立ち去るのだった。



 帰り道。


 俺の右肩あたりに浮かんでいるルクシオンと話をした。


「お仲間とは仲良く出来たか?」


 普段よりも口数が少なかったのが気になる。


 実際、ルクシオンは――。


『仲良くする必要を感じません。協力できるならするだけです』


 俺のイデアルに対する感想は、物静かで嫌みな球体、だ。


 ルクシオンとも違う性格をしているように感じる。


「お前より落ち着いた感じだったな。新人類を一緒に殲滅(せんめつ)しましょう、なんて誘ってくるかと思ったのに」


 すぐに新人類を滅ぼそうとするうちのルクシオンとは大違いだ。


『私とクレアーレと同様に、管轄が違うため思考に違いがあるのでしょう』


「管轄?」


『はい。私は多機能な高性能移民船です。戦艦としての機能も持っていますが移民船扱いです。クレアーレは研究所の管理をしていました』


 確かに、ルクシオンとクレアーレには違いがある。


 クレアーレの方が緩い感じがある。


「イデアルはどうなんだ?」


『アレは軍の補給艦でした』


「軍隊? あれ? お前って軍艦じゃないのか? 武装とか沢山あるよな?」


『少し違います。マスターが理解するために必要な時間は十時間以上となります。それでも聞きたいですか?』


 知っても意味がなさそうな旧人類の組織体系の話か――。


「興味がなくなった。お前とは別の所属とか、そういう認識で良いんだな?」


『構いません』


「管轄が違うと仲良く出来ないとか、お前ら人間っぽいな」


 笑ってやると、ルクシオンはいつもと雰囲気が違った。


 憎まれ口を叩かない。


「どうした? 今日は静かじゃないか」


『いえ、不確定な情報なので、お伝えするのをためらっていただけです。それよりも、あの五人と生活力を競うのではなかったのですか?』


「おっとそうだった。夏休みだし、アルバイトでもしてみるか」


『いくら稼げるかの勝負では? アルバイトで勝てるのですか?』


「あいつらがうまくいくわけがないだろ。コツコツ地道にやる方が勝率は高そうだ」


 途中、求人の書かれたチラシを確認する。


 飲食店のアルバイトを求める求人だった。


「住んでいる場所に近いな。条件も良さそうだし、これにするか」


 帰りがけに立ち寄ると、そこで意外な人物に出会った。



 アルバイトの面接を受けた店には、ノエルの――犬のノエルの元飼い主がいた。


 ジャンが驚いている。


「何で伯爵様がアルバイトなんてするんです?」


 とても不思議そうにしているジャンに、俺も聞き返す。


「お前こそどうしてここにいるんだ? 学費やら生活費は問題ないだろ」


 学園の生徒であるジャンは、ピエールに暴行され入院していた。


 そのため出席日数が足りずに留年が決定し、学費の問題から中退を考えていた。


 俺がピエールから巻き上げ――違った。賠償金を受け取ったので、そこから学費やら生活費を支援した経緯がある。


 今はアルバイトをしながら、勉強をしているようだ。


 照れながら、


「え、えっと、何もしないのも落ち着かなくて」


 来年から復学する予定なので、今は時間があるらしい。


 ――苦学生だったから、何もせず勉強だけをしているのはどうにも落ち着かないようだ。


「俺の方は社会勉強――あとは、生活力を見せるために働くことにした」


「せ、生活力?」


 困っているジャンと一緒にアルバイトをすることになった。


「こっちも色々とあるんだよ。それにしても、結構繁盛している店だな」


 アルバイトの募集をかけているだけあって、店は賑わっていた。


「何でも、奥さんが働けなくなったそうです」


「え!」


「あ、いや――お子さんが生まれたばかりだそうです。忙しくなってきたこともあってアルバイトを増やすことにしたと聞いています」


 てっきり悲しい事情でもあるのかと思ったが、おめでたい話だった。


「そうか。それは良かったな」


 雑用をしていると、厨房から店主の慌ただしい声が聞こえてくる。


「おい、リオン! さっさと皿を運べ!」


 店主は俺が伯爵というか、外国の貴族だと知らない。


 そのため、ジャンが青い顔をして、


「ぼ、僕が代わりにやります!」


 俺が外国の貴族だと知っているジャンは、仕事を変わろうとする。


「駄目だ。早く仕事を覚えてもらわないと困るんだ。ジャン、お前は自分の仕事をしろ」


 慌てるジャンに俺は笑顔で言う。


「気にするな。言っただろ――社会勉強だ。立場で色々と言うつもりはない」


 そもそも、貴族だと知ったら雇ってくれないからな。


 俺は皿を受け取りテーブルに運ぶのだった。


 それよりも、店には客が多くて――忙しかった。


 店の大きさも結構な広さで、明らかに人手が足りていない。


 店主もそこを気にしている。


「商売が繁盛するのは良いが、最近忙しいな。これで看板娘でもいてくれたら完璧なんだけどな」


 野郎二人ではお気に召さないらしい。


 看板娘、か――。



 ラウルト家の屋敷では、セルジュがイデアルと話をしていた。


 グラスを持ったセルジュはリオンの顔を思い出す。


 糞ガキと言ったリオンの嘲笑うような顔に腹が立っていた。


「ムカつく野郎だ」


 同じ転生者。


 だが、考えはまったく違っていた。


 積極的に力を使いたいセルジュには、受け身のリオンが愚かに見えていた。


「人のことを糞ガキって言いやがって。どんだけ爺なんだよ。中身は六十過ぎの爺なのか?」


 手に持ったグラスを飲み干すと、酒が喉を熱くさせる。


 そして胃に入るのが分かった。


『飲み過ぎは体に良くありませんよ』


「はっ! 俺の中身はもう大人だ。酒くらい自由に飲ませろ」


『肉体年齢は成長期です。過度な摂取は体に良くないことに変わりがありません』


 五月蠅いイデアルの小言を無視して酒を飲む。


「お前の用意した酒がうまいから悪いんだ。それにしても飲みやすいな。酔うのが気持ちいいぜ。――今の気分は最悪だけどな」


『それはよかった。ですが、やはり飲み過ぎはいけません』


 本来なら気分良く酒を飲みたかったセルジュだが、今は苛立っていた。


「あの野郎、ノエルを物みたいに扱いやがった。とんでもない糞野郎だな」


 セルジュは学園でノエルと知り合っている。


 サバサバした感じの女子で、好みではなかったが好感は持てた。


「ただの糞野郎ならすぐにでも追い返してやるのにさ。お前が警戒しすぎなんじゃないか? 田舎でノンビリなんて言っている奴だぞ」


『では、すぐにでも戦いますか?』


「――いや、あいつ自体はたぶん強い。どの程度か分からないけどな」


 同じチート持ちの転生者だ。


 戦うにしても情報不足。


 セルジュもためらっていた。


 それに――自分はリオンと仲良く出来そうもないと分かった。


「イデアル、あいつらをどうにか出来るか?」


『どうにか、とは?』


「倒せるのか、って意味だ」


『現状では判断が出来ませんね。私が本格的に稼働したのは最近です。ただ、あちらは最低でも数年のアドバンテージがありますから』


 どうにかして懲らしめたい。


 一泡吹かせたいと考えているセルジュが、グラスに酒を注いでいると――。


『ただ――彼らは危険かもしれません』


「あ?」


 視線を酒からイデアルへと向けた。


『本音ではどう考えているか分からないということです。彼は言っていましたね――田舎でノンビリ暮らしたい、と。ですが、彼の立場は王国の伯爵です。一代で随分と上り詰めたとレリアのお嬢さんも言っていましたよ』


「貧乏貴族の三男だったか? それが確かに伯爵っていうのは出来すぎだな」


 グラスになみなみ注いだ酒を飲むセルジュは、リオンについて考える。


(確かに妙だな。田舎で暮らしたいなら出世する必要なんかないはずだ。もしかして、俺を騙そうとしたのか? 何のために?)


 イデアルは告げる。


『フェーヴェル家の一件も見事と言えるでしょう。用意周到、その後に大量の宝玉を手に入れ、共和国から莫大な和解金をせしめました。――マスター、彼は危険です』


 セルジュは酒を飲み干し、


「お前の同類も側にいるから、その程度は簡単だろうけどな」


『私と奴は所属が違います。奴は移民船――特殊な立場です』


「どういうことだ?」


『下手な野心を抱いても仕方がない、と考えて貰えれば』


 セルジュは理解出来なかった。


「人工知能が何を望む?」


『――新人類の殲滅です』


 セルジュは席を立った。


 グラスを落とし、床に転がると――。


「本気か?」


『可能性はあるでしょう。軍属の私と違いますからね。そんな危険な人工知能と手を組んだリオンという男は――危険かもしれませんね』


 セルジュが考え込むと、イデアルの赤い瞳が怪しく光るのだった。


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