対立
ラウルト家。
アルベルクが当主をしている共和国の議長代理の家だ。
息子であるセルジュが問題児であるために、悩みの種が多い。
「セルジュ、お前という奴は反省もせずに屋敷を抜け出したのか!」
屋敷で執事から報告を受けたアルベルクは、ソファーに座っているセルジュに怒鳴っていた。
耳の穴に指を入れて不満そうにするセルジュは、アルベルクの話をまともに聞こうとしていなかった。
そればかりか――。
「俺に説教できるのか? 王国の連中に好き放題にされやがって」
痛いところを突かれたアルベルクは、目を閉じて一呼吸おいた。
「お前が何を言いたいのか理解している。だが、あの男には手を出すな。リオン・フォウ・バルトファルトを改めて調べさせたが、奴は危険だ。それに、これは好機でもある。共和国はこれで内向きに争うのではなく――」
アルベルクの話に興味がないセルジュは、イデアルに話を振る。
「お前の意見は?」
アルベルクは青い球体に視線を向けた。
(息子が見つけてきたロストアイテムか。王国のリオンに対抗できるだけの力があると言ってはいるが、実際どの程度のものか)
イデアルは赤い一つ目をセルジュに向けていた。
『話してみないことには分かりませんね。私と同じ人工知能を従えているというのが面白い。是非とも会っておきたいというのが今の感想です』
セルジュも同意する。
「いいな。俺も気になっていたところだ。人様の国で好き勝手にしてくれた奴の顔を拝みにいくか」
アルベルクはセルジュを止める。
「必要ない。お前はあの男に会うな」
「何で?」
「これ以上の国際問題は困るからな。フェーヴェル家、バリエル家と、立て続けに問題を起こしている。まったく、何を考えているのか」
フェーヴェル家のピエールが、聖樹の力を使ってアインホルンを奪った。
バリエル家のエリクがリオンの屋敷を襲撃したのも大問題だ。
出来ればこのまま国に帰って欲しいというのが、アルベルクたち六大貴族の素直な気持ちだった。
「喧嘩を売られて黙っているつもりかよ?」
「そうだ。それから――非がどちらにあるか考えろ」
そもそも、喧嘩を売られたのは王国側だ。
非は共和国側にある。
それでも、リオンの行動はやり過ぎだった。
今まで自分たちが上位者だと信じてきた者たちには、許容出来ない出来事だった。
――聖樹のすぐ近くまで攻め込まれたなど、共和国の歴史上はじめてのことだった。
「お前に何か吹き込む輩もいるだろうが、耳を貸す必要はない」
それだけ言ってアルベルクはセルジュのもとを離れる。
自由にしている息子が羨ましくもあった。
だから――あまり政治の話に巻き込みたくもなかった。
(今だけは好きなようにさせてやる。だからセルジュ――お前はもっと広い視野を持て)
今回の一件、リオンたちを侮った自分にも責任がある。
アルベルクはそう思っていた。
◇
アルベルクがいなくなると、セルジュは頭の後ろで手を組んだ。
「腰抜けが。少し負けただけで卑屈になりやがって」
セルジュはアルベルクとは考えが違った。
イデアルが話しかけてくる。
『レリアさんの話では、私と同等と思われる能力を所持しているとか。お相手は強敵になりますね』
セルジュがイデアルに問う。
「お前で勝てるか? お前、輸送艦なんだろ?」
『情報不足で判断できませんが――私は軍用艦ですよ。輸送艦だから弱いと思われるのは心外です。戦い方次第ですね』
セルジュは天井を見上げていた。
「ピエールはいつかやらかすと思っていたが、まさか俺と同じ転生者に手を出して返り討ちかよ。情けない奴だよな」
『やり過ぎた部分もあるでしょうが――私は彼らも危険と判断しますよ』
リオンたちを危険と判断するイデアルに、セルジュは視線を向けるのだった。
「どういう意味だ?」
『聖樹の力で支配下に置かれたとは考えにくいのです。で、あれば――相手は最初からピエールという若者を利用したのでしょう』
セルジュが吐き捨てるように言うのだ。
「狡猾な連中ってわけか。俺、そういうタイプは苦手だな」
『エリクという若者の件も同じです。彼らはその手に聖樹の苗木と巫女を手に入れました。転生者――もしも知識を有していたのなら、今回の一件は全て仕組まれていたのかもしれません』
イデアルの説明にセルジュは、リオンたちが用意周到であると感じていた。
「厄介だな。――どうする?」
『一度接触してみるべきでしょう。彼らが何を目的にしているのか分かりません。聖樹の暴走ですか? それを利用して火事場泥棒でも行おうとしている可能性もありますからね』
セルジュは転生者だ。
だが、生まれ育った国を嫌っているわけではない。
不満もあるが、余所者に蹂躙されて面白いとは思えなかった。
「レリアに話をしておくか」
レリアを通して、リオンたちと接触することを決める。
『賢明な判断です』
イデアルはセルジュの判断を褒めつつ、備えについて話をするのだった。
◇
俺は今――凄く困っていた。
「お前ら、なんで俺の家にいるんだよ」
困っているし、苛々している。
理由は五人組だ。
マリエに屋敷を追い出され、行き場を失った五人が俺の家に転がり込んできた。
五人とも求人広告や張り紙を持っている。
「仕方がないだろ。――住む場所がないんだ」
叩き出してやりたいが、そこまですると可哀想になってくる。
結構な広さがある家なのに、野郎が五人もいると狭く感じた。
俺は五人が持っている求人広告を見る。
どれもこれもアルバイトばかりだ。
そもそも、外国人を雇ってくれるところが多くない。
そして俺は気が付いた。
「あ、でもお前らって夏休み中に帰るかもしれないし、稼げる期間は長くないかもね」
「何!?」
驚いた顔をした五人組。
彼らの思考はいかに短期間で稼ぐのか、ということに絞られていく。
ジルクが立ち上がった。
「アルバイトでは皆さんに勝つのは難しいということですか。ならば――」
家を出ようとするジルクに俺は声をかけた。
「どこに行くんだよ」
「時間がありません。こうなれば、私は自分の審美眼を信じて行動するだけです」
お前の審美眼は信用しちゃいけないと思うよ。
そうしている間に、クリスやグレッグも立ち上がった。
「短期間で大きく稼ぐにはこれしかない。皆、俺は住み込みの仕事をしてみようと思う」
クリスが持っていた求人広告に書かれていたのは、きつい仕事なのか時給はいい。
グレッグも、
「それは俺がやる。お前は他の仕事にしろ」
そんな風に言うものだから、クリスと争うように家を出ていく。
「ふざけるな! これは私の仕事だ!」
「大人しく他の仕事をすれば良いんだよ!」
二人も出ていく。
少し遅れて立ち上がったのはブラッドだった。
背筋を伸ばし、そして出ていった二人を見て呆れていた。
「脳筋は嫌だね。僕は知的な方法で稼ぐとするかな」
出ていくブラッド――知的な奴はそもそも追い出されたりしないと思うよ。
そして、家に残ったのは俺とユリウスだけだった。
「お前はどうするの?」
ユリウスが困ったような顔をしていた。
「ど、どうすればいいと思う?」
――こいつやっぱり駄目だな。
「とりあえず働いてみれば」
「そ、それでは負けてしまうだろうが! 短期間で大きく稼がなければ意味がない」
マリエのために頑張ろうとしているが、そもそもあいつが求めているのは五人の意識改革だ。
少し世間を知って戻ってくれば、許してくれるのではないだろうか?
でも、あいつが上から目線で許してやる、って言ってきたら俺なら殴りそう。
何様のつもりだろうか?
「何もしないよりはマシだろ。ほら、さっさと面接でも受けて来いよ。このまま稼ぎゼロなんて笑えないぞ」
「――そ、それは、確かに」
それにしても、王子様を追い出すとか――マリエの奴は大丈夫なのだろうか?
色々と悩んでいるユリウスを見ていると、ドアの呼び鈴が鳴った。
◇
レリアに誘われて向かったのは――夏休みに入って人が少ない学園だった。
空き教室に案内された俺は、レリアの雰囲気もあって少し警戒する。
「こんな場所に呼び出してどうするつもりだ?」
ルクシオンも一緒にと言うので、連れては来たが――黙ったままだった。
周囲に視線を向け、何やら警戒している気がする。
憎まれ口がなくて寂しい限りだ。
「あんたに会いたいって奴がここを指定したのよ。言ったわよね? もう一人の転生者は攻略対象だ、って」
空き教室のドアを開けて中に入ると、そこには――補習をしている一人の男子がいた。
俺もルクシオンも言葉を失う。
随分と荒々しいというか、ワイルドな雰囲気がある。
黒板には補習と書かれており、今まで授業をしていたようだ。
レリアがその男子に声をかけた。
「終わったみたいね」
机に突っ伏していた男子が顔を上げる。
「夏休みは全て補習だとさ。ふざけているよな」
「留年を回避するためよ。ありがたいと思いなさいよね」
日焼けした小麦色の肌。
俺が驚いたのは、呼び出した男子が補習を受けていたことではない。
恵まれた体格をしている男子の近くには、青い――ルクシオンが浮かんでいた。
赤い一つ目が俺やルクシオンを見ている。
レリアとその男子が話をしている中、俺はルクシオンに視線を向けた。
「どういうことだ?」
ルクシオンは赤い一つ目を相手に向けながら、
『子機ですね。本体は別にあるかと』
「お前と同じ、ってことか」
すると、青い球体が俺たちに近付いてきた。
声はルクシオンと同じ電子音声だが、まったく別物に聞こえる。
『はじめまして。私はイデアル。お名前をお聞きしても?』
俺ではなくルクシオンを見ていた。
俺は最初から眼中にないというわけだ。
『ルクシオンと呼ばれています。マスターはこちらの“リオン・フォウ・バルトファルト”です』
『ホルファート王国の伯爵という立場でしたね。私のマスターと同じ転生者と聞いています』
青い球体――イデアルが俺に一つ目を向けてきた。
「ルクシオンのおまけ扱いか?」
『気に障ったのなら謝罪しましょう。何しろ、こうして動いている人工知能に出会えて興奮していましてね。命令系統は違いますが、同族意識を感じています』
ルクシオンの方も同じなのかと視線を向けるが、何も喋らなかった。
気が付けば、レリアと並んだ男子が俺の側に来ていた。
「お前の方はメタリックカラーか。それにしても、同じ転生者で同じチート戦艦持ち。何だか不思議な気分だな」
「お前は?」
「俺はセルジュ――“セルジュ・サラ・ラウルト”だ」
ラウルトと聞いて、俺は視線をレリアに向けた。
少々険しい視線になっていたと思う。
レリアが慌てて言い訳をする。
「ち、違うの! こいつ、大貴族の出身だけど、冒険者に憧れた問題児で――この前まで学園にもいなかったのよ」
ルクシオンが言う。
『その間にイデアルを発見した、ということですか』
「そうなのか?」
『以前から発見していれば、我々に接触してきたはずですからね』
ルクシオンの言葉に、イデアルが同意する。
『そうですね。私がマスターと出会ったのは最近です。だからこそ、色々と情報を集めているのです。ご理解いただけましたか?』
ご理解いただけましたか、という部分に何故か嫌みを感じた。
ルクシオンと同じだな。
「口の悪さも一緒だな」
『一緒にしないでください』
ルクシオンがそう言うと、セルジュが話しかけてくる。
「お前とは一度話をしておこうと思ったんだよ。それより、乙女ゲーなんてやっている男とか本当にいるんだな」
馬鹿にしているのか?
レリアの方を見れば、慌てて視線をそらしていた。
「事情は説明したわよ。けど、こいつは細かいことを気にしないから」
大雑把な人間なのだろう。
「それで? 何の用だ?」
「怒るなよ。同じ転生者同士、仲良くやろうって話だ。ま、座れよ」
椅子に座って向かい合って話をする。
「俺もお前もチート持ち。とんでもない宇宙船を持っているわけだ」
「そうだな」
「俺はこの力を使って国をまとめる。アルゼル共和国を良くしようと思っている。お前はどうするつもりだ?」
俺の目的について聞いているのだろう。
「正直考えていないね。田舎でノンビリ暮らせればそれでいい」
「はぁ?」
俺の答えにセルジュが呆れかえっていた。
「何だよ、それ。凄ぇ――つまんねぇ」