十二月二十三日の事である。一人の魔神が、VIIの座で魔神柱となっていた。
VIIの座の上には、生命院と化した魔神柱の他に誰もいない。ただ、遠くを見ると既に四柱が七〇〇万のカルデアのマスターによってロクでもない末路を辿っている。
生命院がVIIの座にある以上は、七〇〇万のマスターと彼らが辿ってきた特異点……つまり、七〇〇万×7=四九〇〇万の特異点から召喚されるサーヴァントは生命院による魂を抑制する妨害攻撃によって強制的に弱体化されるはずである。それが、あれらの衰える様子は全く見えない。
何故かと云うと、この数時間、溶鉱炉ナベリウス、管制塔バルバトス、情報室フラウロス、観察所フォルネウスとか云う生命院の同僚たちは彼らに為すすべもなく倒された。彼らの敗北要因は一通りではない。魔術王の千里眼によると、奴らは見た目は普通の人間であるが、戦闘時に限って二頭身の姿となり、リヨリヨした漫画の如きデタラメなご都合主義を振りかざしたり、廃人となって三国志の大軍師やブリテンの花の魔術師を酷使した圧倒的火力を以って粉砕したり、多くの英霊を見てきた観察力を以って魔神柱の性癖を暴き出した挙句それを自覚させて自滅させたりしたと云う事である。他の座はそんな始末であるため、一日のうちに犠牲となった四柱の魔神柱には憐れみを送らざるを得なかった。すると、自らの強大さを自覚してきたのをよい事にしてガチャを回す。手分けして魔神柱に殴り込みをする。とうとうしまいには、諸葛孔明やらマーリンやらアンデルセンやらを、生き残った魔神柱の元に向かわせて、どれだけ火力が出るか実験していくという習慣さえ出来た。そこで、なんとか猛攻に耐えると、次は何をされるかと震え上がって、生き地獄を味わう前にさっさと自滅するのである。しかし、各座に存在する魔神柱は生命のストックが二〇〇万もあるため、その行為に意味があるのかはわからないのだが。
その代わりまたマスターがどこからか、たくさん集ってきた。たまに傍を見ると、完全にここを遊び場と見做したマスターたちが魔神柱を遊び道具にしている。
ことに夜になり、マスターたちの活動が活発になる時には、それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。マスターは、勿論、人理救済のために、魔神柱を消滅させに来るのである。——もっとも今は、深夜であるせいか、一羽も見えない。ただ、所々、あまりあるストックを擦りへらした、そして痛みを避けるような身動きをする魔神柱の身に、その身から流れた血流が、点々と染み付いているのが見える。生命院サブナックはそんな世界をぼんやりと眺めていた。
サブナックは、大儀そうに目をぐるりと回した。人理の外にあるこの世界は、寒さなどという概念が存在しないものの、風は魔神柱の肉塊を遠慮なく、吹きぬける。
サブナックは、もぞもぞと肉塊を脈動させ、黒の図体にまとわりつく眼球の目線を高くして門のまわりを見まわした。魔術王の計画を達成させるため、大量発生しているマスターを探す。幸い、少なくとも近くに奴らの姿はなかったが、いつ如何なる状況に陥るかもわからない今、気を緩めず常に警戒を続けていた。
見ると、周囲には、予想通り、幾つかの英霊が、霊体化してこちらを見ているが、気配遮断スキルを持っている英霊もいるので、数は幾つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に
まずい。ヤツはだめだ、手に負える相手ではない。
生命院はそれを確信していたが、しかしこの身は魔術王に使役されるものである。戦わないなど論外。ここで少しでも時間を稼げればそれでいい。言うなれば、死の順番が少し早まっただけにすぎない。
さあ、幾千幾万の英霊たちよ。そして最高に狂気的でサイコパスなマスターよ。
これより貴様らが挑むのは、生命院を司る九柱。
即ち、シャックス。ヴィネ。ビフロンス。ウヴァル。ハーゲンティ。クロケル。フルカス。バラム。
我ら九柱、誕生を祝うもの。
我ら九柱、接合を讃えるもの。
“七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この賛美を蔑む事能わ————?
と、ふと、サブナックは何かに気付いた。
九柱のうちの一柱が、思い出したくないものを思い出したかのように震えている。
九柱に共有された
————生命院を司る者。九柱が一柱、ハーゲンティよ。何をそこまで怯えている? いや、彼奴の強さはわかるが、何もそこまで怯えることはないだろう……?
ブルブルと過剰に震え、怯えるハーゲンティは、サブナックの問いに答える。
————……ヤツがいる。
————ヤツ? ヤツとはあれか、カルデアのマスターの事か?
————確かにカルデアのマスターも脅威だが。そうではないのだ……。そうでは、ないのだ……。
そう言ったっきり、ハーゲンティは眼球を虚無感を抱えた沈黙してしまった。その様は、何か失ってはならないものを失ってしまったというべきだろうか。心にぽっかりと穴を空けているような有様である。サブナックの困惑は既に有頂天を優に越えていたが、少なくともハーゲンティは何かしらの
しかし、ハーゲンティをあそこまで怯えさせるとは、カルデアは一体どんなバケモノを抱えているというのだろう。四月一日に突如襲来し、魔術王の首を締めていたというカルデアのマスターですら一般人という肩書きには到底当てはまらないド外道のバケモノだというのに。
————つまり、カルデアのマスターに並ぶレベルのサイコなバケモノが、ハーゲンティを襲ったということか……?
サブナックはみるみるうちに顔が引き攣る錯覚を覚えた。
……王よ。我々は一番喧嘩を売っちゃいけない相手に突っかかったらしい。下手すると何処ぞの犬や蜘蛛もはっ倒しかねないぞ……。
無論、比喩である。よもや、人類への殺戮権を持つ死徒や水星のアリストテレスすら撃退するようならば、そいつは人間じゃない。人間という枠組みを逸脱している、ただのバケモノ以外何者でもない。
閑話休題。
すると、サブナックとハーゲンティの聴覚が、一人の娘の声を聴き取った。
「あ! 何時ぞやの魔神柱さんですね! 以前召喚したハーゲンティさん!」
ビクンッ、とハーゲンティの肉塊が蠢いた。
サブナックは戦慄した。まさか、今の声の持ち主がハーゲンティの心を折ったというのか? どうみても小娘の声にしか聞こえないが……。
……いや。相手はカルデアである。変な造形をしている割に、その実トンでもない実力を隠し持っているサーヴァントだっているのだ。見た目だけで判断するのは、決して英断とは言えない。むしろ愚の骨頂。アホにもほどがある。
サブナックは、その目を下に向ける。
その姿は純粋無垢な娘。しかし、その霊基に内包した神秘から、神代から存在する者であることがわかった。杖を持つ姿を見る限り、おそらくはキャスターのサーヴァント。
ギリシアの女神ヘカテーの巫女が、裏切りの魔女という烙印を押される前の姿。
————ふむ。つまり、あの魔術師が、ハーゲンティのトラウマなのか。……まあいい。元より死は目に見えた話。無理やりにでも、時間を稼ぐことができれば良いだけのこと!
今にも白目をひん剥きそうな勢いであるが。
ほんと、逃げ腰状態であるが、サブナックは体にムチを入れ、カルデアの戦士たちの排除を開始した。
*
「小さくなぁーれ、小さくなぁーれ、ボウルで跳ねる小麦粉みたいに小さくなぁーれ……」
オオ——オオオォォォオオオ……! コンナ——コンナ
「ぺったん、ぺったん、メイプルぺったん、スプーンひとさじ、苺みたいに小さくなぁーれ……」
ガアアァァァ‼︎ ワレハ! ワレラは! マタ パンケーキニサレルノカァァァァ‼︎
戦闘は、一分にも満たなかった。
それどころか、カルデアのマスターが一捻りで全滅させてしまった。
それは戦闘ではなくやはりいつもの蹂躙というべきものであった。
一瞬にして無力化された魔神柱たちは、すぐさま取り押さえられ、メディアの可愛らしい詠唱の餌食に遭うハメになったのである。
メディアが詠唱を唱えるたびに上がる魔神柱の絶叫は、繰り返すごとに小さくなり、図体もまた、メディアが呪文を唱え切ったころには、ちょっとしたミニチュアサイズにまで縮小していた。
その後の魔神柱たちの末路は、諸君らの想像に任せるが……。
一言でいえば、魔神柱の中で一番最悪な結末を迎えたわけである。
彼らの悲劇に、黙祷。
サイコな奴らにクレイジーな殺され方を二度も受けるハーゲンティくんかわいそう