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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第五章

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プロローグ

 生まれ変わったら――今度は望む人生を歩みたい。


 アルゼル共和国。


 聖樹(せいじゅ)の根が複雑に絡み出来上がったダンジョンに、一人の青年が挑んでいた。


 手櫛(てぐし)で後ろに流した黒髪。


 健康的に焼けた褐色の肌。


 背も高く、筋肉のついた体。


 青年の雰囲気は荒々しかった。


 木の根をよじ登り、見えてきた景色に青年は笑みを浮かべていた。


 その青年はラウルト家の次期当主――跡取りだった。


 名前を【セルジュ・サラ・ラウルト】。


 七つの国が一つになったアルゼル共和国で、その一角を担うラウルト家の人間だ。


 議長代理を務めているアルベルクの息子でもある。


「――見つけた。レリア、感謝するぜ」


 頬を伝った汗を拭いながら、お礼を口にした相手はレリアだった。


 共和国に生まれた転生者同士、レリアとセルジュは友人同士だった。


 同じ元日本人という共通点が、二人を親しくさせた。


 ただ、リオンと同じ男性の転生者だが――セルジュはあの乙女ゲーのことを知らなかった。


 何も知らない状態で転生したセルジュにとって、この世界は純粋な剣と魔法のファンタジー世界だ。


 飛行船が存在し、鎧というパワードスーツが存在している異世界。


 セルジュにとっては、ゲーム云々という話は興味がない。


 興味があるのは、目の前に広がる光景だけだ。


 緑がかった青色の金属で出来た船体が、聖樹の根に絡まっていた。


 とても大きな飛行船は、古代の飛行船――宇宙船である。


 角張った形をしており、とても大きな宇宙船を前にしてセルジュは両手を広げる。


「これぞ冒険の醍醐味(だいごみ)ってな!」


 セルジュという人間を語るとしたら、簡単に言ってしまえばリオンとは真逆の人間だった。


 生活に困っているわけでも、家族に問題を抱えているわけでもない。


 それでもセルジュは冒険し、あの乙女ゲーで言うところの“課金アイテム”を回収しに来ている。


 リオンが受動的なら、セルジュは能動的。


 同じ男性。同じ転生者。なのに、二人の性格は違いすぎていた。


 セルジュは周囲に集まってくるモンスターたちを見る。


 背負った槍を手に持ち構えると、そのまま豪快に戦いはじめた。


 槍を振り回し、モンスターたちを次々に倒していく。


「おら、どんどん来いよ!」


 持って生まれた才能と、次期当主として鍛えられたこともありセルジュは純粋に強かった。


 そして、強くなるのを楽しんでいた。


 モンスターたちを蹴散らし、宇宙船にまで近付くとドアを探す。


 見つけると、レリアから聞いた話を書き込んだメモを取り出し、暗証番号をドア横にある操作パネルに打ち込む。


 戦いで傷つき、血がドアを開けるためにパネルに付着した。


「お、開いたな」


 ドアが開くと中へと入る。


 艦内は綺麗だった。


「もっとボロボロなのかと思ったが、意外に綺麗だな」


 入ってきたセルジュに、声がかけられる。


『――驚きましたね。貴方からは旧人類の遺伝子が検出されました』


「誰だ!」


 槍を構えたセルジュに、声の主は挨拶をするのだった。


『警戒しないでください。私はこの輸送艦の制御をしている人工知能です。本来であれば、貴方を排除したいところなのですが――貴方さえ良ければ、私のマスターになりませんか?』


「マスター?」


 怪しむセルジュに声――電子音声が答えた。


『この輸送艦の所有者になりませんか? 別に深い意味はないのです。ただ、私は新人類に使われるくらいなら、旧人類の子孫である貴方に使われたい』


 セルジュが首をかしげていた。


「旧人類とか、新人類とか知らないが、訳ありってやつか? お前、俺が何を目標にしているか知っているのか?」


『存じ上げません。お聞きしても?』


 セルジュは槍の石突きで床を叩くと、仁王立ちになって答えた。


「この国を一つにまとめる! 男なら天下統一くらいの夢を見ないとな!」


 電子音声はしばらく間を開け――そして、興味深そうな声を出していた。


『それが事実なら大変面白い。制御室へ案内いたします。そこでマスター登録をしてください』


「呆れると思ったのに乗り気だな。知り合いなんか、馬鹿にした顔をしたのによ」


『私がいれば、その程度の夢は叶うでしょう。新人類も随分と弱体化していますし、敵は少ないと思われます』


「そいつは結構だな。なら、お前――」


『イデアル』


「あ?」


『私の名前です。自分で付けました』


「イデアル――理想とか、そんな意味だったか?」


『ご存じでしたか』


「ゲームとか漫画で読んだ気がする」


 セルジュの知識は、その辺りから手に入れた物が多い。


 真面目に勉強をしてきたタイプではない。


『ゲーム、漫画?』


「歩きながら話してやるよ。俺の生い立ちっていうの? いや、前世から話した方が早そうだな」


 セルジュは、イデアルが馬鹿にすると思っていたが反応は違った。


『輪廻転生――面白いですね』


「馬鹿にしないのか? お前も面白い奴だな」


『どうやら、長い時を経て、ようやく私は素晴らしいマスターを手に入れることが出来たようです。お名前をお聞かせください』


「セルジュだ。これでも、こっちの世界では貴族様だぜ」


『支配階級の方でしたか。少々意外ですね。共和国の支配階級の者たちは、冒険者というのを嫌っていると聞いていたのですが』


 どこで聞いていたのか?


 セルジュは深く聞かなかった。


「おかげで変わり者扱いだ」


 こうして、セルジュとイデアルは出会うのだった。



 夏休み。


 皆さんいかがお過ごしでしょうか?


 故郷を離れ、遠い異国の地に留学している俺【リオン・フォウ・バルトファルト】は、ちょっと内気で心優しい青年だ。


 控えめな性格が表れた外見をしており、黒髪黒目であまり目立たない。


 そんな俺は、床に正座している。


 両頬を赤く張らし、俯いて嵐が過ぎ去るのを待っていた。


 聞こえてくるのは、メタリックカラーの球体ボディに赤い一つ目の相棒であるルクシオンの声だ。


『――と、いう理由でマスターがノエルを匿っていたのです。メールにて書かれていたノエルという犬は、別で存在していました。映像データを確認しますか?』


 理路整然(りろせいぜん)と話を進めるルクシオンに、困惑しているのは俺の婚約者たちだ。


 そう“たち”――俺には二人も婚約者がいる。


 それなのに、留学先で女を家に連れ込み――二人に見つかってしまった。


 言い訳できないこの状況。


 今の俺は何も言う資格がない。


 というか、これで信じてとか言えない状況だ。


 逆の立場だったら俺なら許さない。


 浮気現場を見て泣いて逃げるね。


 そのまま彼女と別れるわ。


 情けない? あぁ、そうさ。俺は情けないよ。


 綺麗な金髪をアップでまとめたアンジェは、赤い瞳が狼狽えていた。俺とルクシオンの間を、交互に視線を行き来させている。


「ほ、本当だろうな? 何もなかったと言えるのだろうな?」


 俺は頷くだけだ。


 ルクシオンが俺を庇う。


『信じていただきたいですね。そもそも、マスターがヘタレなのはお二人なら嫌というほどに理解しているはず。留学先で女を作るなんて器用な真似は、マスターには出来ません』


 あれ? 俺をフォローしているはずなのに、(けな)しているように聞こえるのは気のせいだろうか?


 亜麻色の髪に、青い瞳という素朴な感じの美少女――リビアが、悲しそうな目をしている。そんな目で俺を見るな!


 悪いことはしていないのに、謝りたくなるだろうが。


 嘘ですごめんなさい。


 謝罪するのでそんな目で見ないで。


「ごめんなさい」


 土下座をしている俺に、リビアが涙声で返事をしてくる。


「――私の方こそ、平手打ちをしてごめんなさい。リオンさん、もう立ってください」


 アンジェも俺の腕を掴み立たせようとする。


「悪かった。頭に血が上っていた。ほら、立て」


 俺はグスグスと鼻をすすり、立とうとするのだが立ち上がれない。


「脚が痺れて立てない」


 すると、室内にいるもう一人の女性――【ノエル・ベルトレ】が椅子を持って来てくれた。


 姉貴さん――空気がまた悪くなっています。


「座って」


「ど、どうも」


 痺れる足を引きずって椅子に座れば、ノエルさんを二人が睨み付けていた。


 修羅場の様子を見に来た兄のニックスが、少し震えている。


「お前は本当に馬鹿だな」


 ――黙れ。兄貴にもいつか修羅場をプレゼントしてやる。絶対だ!


 アンジェが腰に手を当てながら、ノエルさんに質問をするのだった。


「ルクシオン、この女が?」


『はい。聖樹の苗木の巫女です』


 先程説明したのは、ノエルさんが聖樹の苗木――トイレットペーパーよりも役に立たない苗木に、巫女として選ばれたという説明だ。


 こいつ、ノエルさんを見て二人が激怒しているときに紋章を光らせやがった。


 最悪だったよ。


 俺の右手の甲と、ノエルさんの右手の甲に、同じような紋章が浮かび上がり光るのだ。


 それを見た二人が更に激怒して大変だった。


 ノエルさんが頭を下げて挨拶をする。


「えっと、はじめまして。ノエル・ベルトレです」


 ふわりと膨らむツインテール。


 金髪にピンク色が混ざった髪がそう見せるのか、どうにもギャルっぽく見える女子だ。


「――レスピナス家の生き残りだな。よく生きていたと言うべきか?」


 アンジェはアルゼル共和国で起きた事件を知っていた。


 ただ、詳しい内容までは知らなかった。


 リビアが困っている。


 責めたいが、ノエルさんの生い立ちを聞いて同情しているのだろう。


 優しい子だ。


「リオンさんが貴女を匿った理由は分かりました。でも、もう少しだけ考えてください。婚約者がいる男性の家に同棲するなんて――」


 アンジェも同意している。


「そうだな。屋敷ならともかく、この家では問題がある」


 すると、リビアも俺も首をかしげた。


「アンジェ、屋敷でも駄目では?」


「屋敷なら許されたの?」


 俺のそんな言葉に、リビアが冷たい視線を向けてくるので目をそらした。


「何を言っている? 屋敷は自室以外なら公の場だぞ」


 リビアが困っていた。


 俺に助けを求めてくる。


「そう、なんですか?」


「いや、俺も知らない」


 兄貴が肩をすくめていた。


「うちは貴族と言っても末端みたいな家だし、屋敷も小さかったからそういう意識はないんだよね」


 アンジェがソレを聞いて少し恥ずかしそうにしていた。


「そ、そうか。それはすまなかった。だが、リオンは伯爵だ。共和国も、それに大使館も何を考えてこんな小さな家に押し込めているのか」


 俺は引っ越してきたというか、戻ってきた家を見る。


 一人で住むには大きな三階建ての家だ。


 結構広い。


 ――やっぱり、公爵令嬢は本物のお嬢様だな。


 価値観が違った。


 ルクシオンがアンジェに事情を説明している。


『用意された屋敷は、襲撃を受けて燃えてしまいましたからね。新たに用意するにも時間がかかるため、こちらに戻ってきたのです』


「最初にここを選んだ大使館の役人共は馬鹿なのか?」


『仕方がありません。ユリウス一行を優先したのでしょう』


 一緒に留学してきたマリエと愉快な仲間たち。


 あいつらは割と大きな屋敷に住んでいる。


 それなのに、まったく幸せそうに見えないけどね。


 ノエルさんが俯いていた。


「ごめん。あまりリオンを怒らないで。あたしがいけないのよ。優しくしてくれたリオンに甘えたから」


 ――助けた俺の心にダメージが入る。


 もう、見ていて可哀想で、助けなければいけないと――。


『マスター、聖樹の苗木から精神干渉を受けていますよ』


「何!?」


 テーブルの上に置いた聖樹の苗木が光っていた。


 この野郎――俺に一体何をした!


 痺れて動けない俺の代わりに、アンジェが右手に炎を出現させる。


「これがリオンを惑わせているのか」


 リビアもピリピリしていた。


 いや、本当に周囲に電気というか紫電がバチバチいっていた。


 以前よりも魔法の扱いが上達しているようだ。


「これさえなければ――」


 そんな二人の前に飛び出して、両手を広げるのはノエルだ。


「ま、待って! この子に酷いことをしないで。この子、あたしが悲しんでいるのをリオンに伝えたかっただけよ。あたしが巫女で、リオンはこの子の守護者だから守って欲しいって」


 全員の視線がルクシオンに集まる。


『それも一種の精神干渉ですよ。ただ、悪意がないのは事実です』


 アンジェもリビアも魔法を消す。


「厄介なものを手に入れてしまったな」


「えっと、アルゼルの人たちに返せばいいんでしょうか?」


 リビアの提案は却下だ。


 そもそも、苗木はアルゼル共和国では育たない。


 枯れてしまうのだ。


 ルクシオンがアンジェを見る。


『ホルファート王国へ持ち帰るのがよろしいかと』


 アンジェが頷く。


「そうだな。それが私たちにとっての最善だ。それから――リオン、お前はこの女を娶るつもりがあるか?」


「ふぇ!?」


 アンジェの言葉に俺は椅子から転げ落ちるのだった。


「何て変な声を出すんだよ。というか、今のお前は情けないぞ」


 兄貴にダメ出しされてしまった。


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