玄関メイドと甘く絡まる角煮
ここ一ヶ月、仕事が忙しすぎて何も出来なかった。
趣味の音楽やゲームにも触れることも無くなり、家に帰ってもシャワーを浴びて惰眠を貪るだけで、SNSすら見ない日もあった。
社会人としては正しいのかもしれないが、幸福追求権的な視点で考えると間違いなく間違っているだろう。
そんな考えが頭を過る中、僕は帰路に着く。
その日も仕事でヘトヘトになりながらも、無事に家のドアを開ける事ができた、その時だった。
メイドがいる。
よく分からないがメイドがいるのだ、玄関に。
だが落ち着いて見なくても、あれは僕の彼女だ。間違いなく
僕はメイドのコスプレなんて買った覚えは無い。
そしてメイドは聞き馴染みのある声で
「おかえりなさい、ご主人様」と言った。
曰く、メイドは僕の彼女同姓同名で同じ日に生まれたらしいが、全くの別人だそう。 そこまで一緒なら、もはや全くの別人では無いのでは…?
なんていう疑問も浮かんでくるが、言うのは野暮なのだろう。
「毎日疲れてるみたいなんで、私が今日だけはご主人様の身の回りのお手伝いをさせていただきます」
一体誰から伺ったのか、いや僕が言ったのか?それすら覚えてない。
覚えてないくらい疲れてるのだろうか?
そんなことを思いつつ、僕は流れに身を任せることにした。
最初はご飯を用意してくれるらしい。だが僕は知っている。
彼女の普段作る飯は非常に不味い。信じられないくらい美味しくないのだ。
前に出た味噌汁はお酢の味がしたし、唐揚げは焦げの味しかしないし、
パスタに至っては人の食える味をしてなかった。
少し経ってから、彼女が出したのは僕の好物の角煮だった。
「どう?バブ君がいつも作ってる感じを真似して作ってみたんだけど」
その一言を聞いた瞬間、嫌な予感は当たりつつある事を僕は理解した。
見様見真似で作る料理は全て失敗するのだ。
1口食べる。 甘い、いや甘すぎる。カラメルと焦げの味しかしない。
元来、角煮というのは砂糖を大量に浪費するカロリー爆弾なのだが、
これは通常の倍かそれ以上の砂糖が入ってるはずだ。 醤油の味もしない、ただキモいくらい甘い。 僕は咄嗟に「醤油入れた?」と質問する。
彼女は即座に否定した。自信から確信に変わった。
つまりこの角煮のカラメル色は全て砂糖由来という事になる。
神がいるのなら、僕はこういう時に何をすればいいのか聞きたい。
気持ちを無下にはしたくない自分と、今すぐ吐き出したい自分が脳内関ヶ原を繰り広げているのだ。
しかし結局食べた。えづきながら食べた。 美味しいって言って食べた。
彼女は喜んでた。
我ながらよく食べれたと思う。ただ甘すぎるだけの肉を
明日からこいつはキッチン出禁にする、確実に。そう誓った。
次はお風呂だ。正直僕としては最低でも食後30分開けて入りたいのだが
今日のメイドは新人なのでそこまで気は回らないらしい。
僕は即座に風呂場に連行され、素っ裸にさせられる。
寒さで萎んでフニャフニャのクマムシみたいなちんちんを見て大爆笑するのはどうかと思う。尊厳破壊も甚だしい。
そしてお風呂タイムが始まる。
悲しいことに彼女は「服を濡らすのは勿体ない」という理由で背中すら流してくれない。セルフサービスらしい。
まあ雑談しながら入る湯船は悪いものではなかったが。
あと髪の毛も乾かしてくれた。 めちゃくちゃ丁寧で、初めてしっかりとメイドを感じたかもしれない。
次は爪切りと耳掃除と歯磨きの3種盛りだ。
爪と耳はいつもやってもらってるので特に言うこともない。
しかしメイド服で膝枕されるのはめちゃくちゃテンション上がる。
この為に生きてきた気がしなくも無い。
気づいたけど、普段とは違うめっちゃいい匂いする。
自称「女の匂いソムリエ」の僕的には120点あげたいくらい良い匂いだった。好き
そして問題は歯磨き。
歯科以外で他人に歯を磨いてもらったのは何年ぶりだろう?
ああ、母親の友達に磨いてもらったな。膝枕で
もう20年くらい前か、何してんだろうな。
なんてことを考えながら歯磨きしてもらった。
別に上手くも無いが、少しのノスタルジーと
現在進行形で起きている多幸感は「ただ歯を磨くという行為」に、
これ以上ないほどの付加価値を与えていた。膝枕ってやっぱりいいな。
時計は深夜1時を回っていた。 ここまで来たら最後はあれしかない。
添い寝だ
ここまで来たらエロとかしたくないよ。
プラトニックに一日を終わらせたい。
疲れすぎてそんな体力が無いのもあるが。
僕が就寝を告げると、無言でベットの中に潜り込んでくる。
めっちゃ暖かかった。確かに服を濡らすのは勿体ないなと思った。
そこからの記憶は無い。会話したのかすらも覚えてない。
そして気がついたら朝だった。
リビングには彼女がいた。
メイドは何だったのか問うと 「夢だよ」と一言。
キッチンに放置されてたはずの砂糖まみれの角煮は何処にも無いし、そういえば風呂場の構造も違うし、弟とか他の人間の姿も見なかったし。
あと僕のちんちんはいくら寒くてもあんなに小さくない。
よくよく考えれば全てが全て夢だったのだ。嬉しいような悲しいような
今度メイド服着てもらうかぁ…
「玄関メイドと甘く絡める角煮」終
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