北海道から北上して樺太南部にやって来たのを北海道に押し返しただけやで。
熊木俊朗(考古学者・東京大学)
『擦文文化期における環オホーツク海地域の交流と社会変動』
kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-P
「具体的には北海道の中央部で成立していた擦文文化が全道に拡散して道東北部のオホーツク文化を吸収し、中世アイヌ文化へ移行していくという変化である」
中村 和之(法政大学 国際日本学研究所 客員所員)
『モンゴル帝国時代のサハリン島の史料に見える方位のずれについて』
hakodate-u.repo.nii.ac.jp/record/399/fil
「プロコーフィエフらがあげている擦文土器片はおおむね11世紀に属し、1点だけが12世紀のものと考えられるので[瀬川 2008]、11 世紀以降、アイヌの祖先が北海道からサハリン島の南部に移っていたということができよう。
これが『元史』・『経世大典』が記述する13世紀後半になると、アイヌの祖先はサハリン島の南部に居住域をなすにいたっていたと考えられる。」
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秋田県横手市出身の父と佐賀県波戸岬のあたり生まれの母を持つ日本人。関東(主に埼玉)に三十年程住んでいましたが、仕事の都合で今は奈良に。 アイマス(特にDS)が好き。ミリオンライブ、機関銃。シンデレラガールズは、やまはぷろ代表。 野球では何故か広島カープを応援。アイコンはデレマス六周年記念配布。
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