今後の展開ですが、前回触りだけ言及した魔法省の体制の問題、ないし魔法族の問題については、次回以降(魔法省が次回、魔法族は次々回)触れるシーンが有るのでそこで触れ切ります。一方屋敷しもべ妖精に関しては、S.P.E.W.が今後原作中で出て来ないので、恐らくこれ以降触れる事は無いかと思われます。
必要の部屋は、真に〝必要〟とする時しか開かない。
その仮定が正しいのならば、あの仲直り以降、僕達が入れなくなる可能性も有った。
けれども僕の仮定が外れたのか。もしくは、ハーマイオニーが何らか裏道を見付けたのか。〝必要〟の部屋はあの日の後も変わらず、僕達の為に扉を用意し続けてくれていた。
恐らく僕にとって一番〝正しい〟行動とは、その原因を確かめる事だっただろう。
そもそも〝必要〟の部屋が宿す魔法の深淵に触れてみたい、全てとは言わずとも一部を己が物としたいという欲求は非常に抗いがたいものが有った。曲がりなりにも魔法族ならば例外無く同種の欲求を抱いた筈である。しかも卒業後には──二年後には触れる機会自体喪われるのだから、可能な限り早く取り掛かるべき事で、しかしながら、そんな気になれなかった。
理由は幾つか有る。
例えば、僕が真に部屋を〝必要〟とする事柄は既に存在しないだとか、部屋前の廊下で僕がウロウロしていれば余計な疑念を招くとか。他にももっともらしい理由は幾つか挙げられるのであって、しかしそれらは全て単なる口実に過ぎないだろう。
結局の所、僕は部屋に拒絶される事を恐れた。
余計な真似をしてこの〝ホグワーツ〟の怒りを買い、今後ハーマイオニーと会えなくなるような事は望まなかった。
今でこそ部屋を使えてはいるものの、部屋の作成者が定めた入室
原理も時限も不明である事を除けば、必要の部屋は本当に便利だった。
ハーマイオニーと会う頻度、時間は、三年次までよりも遥かに増えたと言って良い。三日に一度は必ず会ったし、毎回一時間以上は共に居ただろう。しかも図書室と違い、他の人間の眼を気にしなくて良くなったというのが申し分無い。
各々が持ってきた本を自由に読み、時に互いの本を交換し、そして気が向いた時に顔を合わせて会話をする。
魔導の深淵が費やされた部屋を使って行うには贅沢過ぎる程の、何も特別な事などない秘密の会合。何れ壊れる事が解り切っている逢瀬を、僕達は存分に満喫し続けた。
後はまあ、しもべ妖精達の〝規定外労働〟の貢献にも言及せねばなるまい。
最初のように食べきれない程のデザートが用意されている事は流石に無いものの、毎回毎回、必ず二、三品は軽食が用意されていた。その事をハーマイオニーは歓迎しているようではなかったが──彼女が気にしていたのは、妖精の問題というより個人的な問題である。女性は体重を気にする生き物だと僕はフラーとの経験で学び取っていた──それでも文句を言う事は無かったし、出された分に関しては必ず完食していた。
ただ、何故そこまでするのか。
疑問に思い、一度妖精の一人に聞いてみた事が有る。
そして彼は恭しく頭を下げながら答えた。
「御嬢様が我々に願われた〝目的〟を果たされたようであるのは、僅かばかり助力させて頂いた身として非常に喜ばしくあられます。けれども、その望ましい時間が可能な限り続くように願うのもまた、良い屋敷しもべ妖精というもので御座います」
妖精にしては珍しい謎掛けのような回答で、ハーマイオニーが慌てて口を塞ごうとしていたのが印象的であり――色々考えを巡らせた結果、真意の追求は棚上げにしている。
深い興味が有って聞いた訳でも無かったし、少なくとも僕が知るべきではないとハーマイオニーが、そして何より妖精がそう考えているのは十分伝わって来たからだ。ならば僕に何を隠しているにしろ悪い企みではないのだろう。妖精達とハーマイオニーの関係も険悪という風でも無さそうだから、僕が余計な口を挟むべき事柄でもない。
しかしながら、変わらない事がもう一つ。
給仕に現れる妖精達の服は相変わらず、至極みすぼらしいままだった。
あの校長がハーマイオニーの目論む〝革命〟──妖精達の〝自由〟を認めない筈も無いから、妖精達は依然として強固に抵抗しているようだ。それが良い事なのか悪い事なのか未だに僕は判断が付きかねるが、妖精が色とりどりの服を選んで着る日はまだまだ遠いらしい。
ともあれ、殆ど一年振りに訪れた、静かで穏やかな日常だった。
これが最後になるかもしれない。
毎回毎回、彼女と会う度に抱くそんな想いさえなければ、完璧と言っても良かった。
それにしても今年は良い年だ。
クィディッチを禁止されているハリー・ポッターは意見を異にするかもしれないが、少なくとも僕にとってはそう思える。
現在出ている教育令と、それが齎した変化はどれも可愛らしいものだ。
ホグワーツ教授に対する監査は、二人への無意味な嗜虐行為を除けば全て終了してしまったと言って良く、他にクビになりそうな者は居ない。防衛術の授業は今も無意味な時間を続けているものの、それも各寮が勝手に行い始めた自習で補完され、時折医務室送りになる人間が出る以外に支障は出ていない。学内にしてもドローレス・アンブリッジに処分の口実を与えない為か、ホグワーツ生は誰もが──ウィーズリーの二人とその取り巻きは数少ない例外だが──品行方正を心掛けており、校内の秩序は例年以上に維持されている。
殆どの人間が現状を窮屈だと考えているのは明らかだが、しかしそれだけだ。高等尋問官殿はそれ以上の影響を与えられていない。
流石に彼女の方も現状の拙さは自覚し、何とか状況を打破したいと考えている様子が明らかに見て取れたものの、有効な手段を考え付かないらしい。
まあ結局の所、ドローレス・アンブリッジは御行儀が良過ぎるのだ。
法令を施行する役人としての責任感は結構だが、その役人らしい振舞いは魔法族の本質から程遠い。現状を変えたいのなら彼女はアルバス・ダンブルドア校長こそを見習うべきであり、それが嫌だというならばスリザリンとしての原点に立ち戻るべきである。スリザリンはグリフィンドールよりも法令を守る方では有るが、しかし何時も守るような種族でも無い。その事を彼女は忘れている。
そんな小役人の悪戦苦闘を観察しているだけで一年が過ぎてくれるならば、僕は今年がホグワーツで最も良い年だと断言出来た事だろう。
しかし、既に戦争が再開された以上、やはりそう上手く行かないのは承知していた。
そして四年続いたハロウィンの呪いは解けたようだとは言え、やはり騒動の始点となるのは何時もあの男であるらしい。
とうとう〝異変〟が起こったのは、冬期休暇に入る直前の事。
未だ学期が最後まで終わっていないにも拘わらず、ハリー・ポッターがウィーズリーの兄妹達と共に突如として姿を消した。
今年の状況でそれを見過ごす者が居るとすれば、ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイル以下の脳味噌の持ち主であろう。……いや、彼等もドラコ・マルフォイに教えられて気付いた可能性が有るから微妙な線かもしれない。
ともあれその〝異変〟は校内に大騒ぎを引き起こす性質の物では無かったが、それでもホグワーツ内で広く関心を集め、一体何が起こったのかと広く噂されるには十分だった。グリフィンドールは秘密を守ろうとするというより事態を把握しきれていないようで、スリザリン内でもしきりに情報交換が為され、レイブンクロー生やハッフルパフ生が直接ミネルバ・マクゴナガル教授に訊ねに行っている姿も見かけた。
そして最終的に布告された公的見解によると、ウィーズリー兄妹に一足早い休暇が認められたのは、彼等の父親が入院したからという事らしい。
まあ、それ自体は嘘では無かった。
アーサー・ウィーズリーの入院自体は事実のようで、その裏付けはスリザリン生──聖マンゴ魔法疾患傷害病院に関係者を有する人間からも取れた。
だがしかし、その事実だけを馬鹿正直に受け止めた人間がどれだけ居たのやら。
何故ならアーサー・ウィーズリーの入院はウィーズリー兄妹が消えた理由を説明してくれるが、
一応ハリー・ポッターに関しては、ミネルバ・マクゴナガル教授が別の言い訳をしてはいた。
けれどもそれが全く信じられていないというのは、公式発表後も色々と憶測が流れるのが止まらなかった辺りからも明らかだ。勿論あの教授は相手にしなかったが、それでもハリー・ポッターの消失についての言い訳が杜撰である。その事は彼女も自覚する所だったであろう。
しかもアーサー・ウィーズリーが一時は危篤状態に陥った程の重症だという続報が流れ始めると、ハリー・ポッターは〝恒例行事〟として消えたのだという見方を確固たる物とした。
噂の一部を例に出すなら、シリウス・ブラックと戦っているアーサー・ウィーズリーの救援にハリー・ポッターは向かったのだとか、そういう調子である。正解かどうかは関係ない。結局の所、何だかんだ言って闇の帝王の復活を──ハリー・ポッターの言葉を
まあ言い訳の杜撰さは個人的に非常に不愉快な物で有ったものの、それでも魔法戦争に限って言えば、確かに問題無いと言えば無い。
アーサー・ウィーズリーの入院、更にはハリー・ポッターが消えた理由が魔法戦争絡みだというならば、それらの事情は闇の帝王に当然伝わっている筈である。御互い承知済みである以上そもそも言い訳する必要自体が無く、雑でも十分なのは理解出来る。
しかし、果たして全く問題無いとまで言って良いのだろうか?
去年までならこの程度の頭の悪い言い訳で十分だ。
生徒が何と噂していようとも、校長と教授が主張する事は校内において〝正しい〟。それらの地位は〝ホグワーツ〟において絶対であるべきで、彼等が生徒達に媚び諂う必要性など欠片も無く、そうで在って初めて校内の秩序が維持される。
けれども今年のホグワーツには、彼等の権威と権力に対して挑戦しようとしている者、彼等に対して〝間違い〟だと声を上げる資格を持つ人間が一人居る。
その人間──言うまでもなくドローレス・アンブリッジ高等尋問官は激怒していた。
ハリー・ポッター達への対応につき全く相談されず、あまつさえ深夜にミネルバ・マクゴナガル教授やアルバス・ダンブルドア校長が雑な嘘を吐いて煙に巻いてくれた事を、彼女は決して許せない違法行為であると確信していた。
今回彼女が意識した法令は教育令第二十六号。
当該法令は高等尋問官職に対して『特権の剥奪に最高の権限』及び『他の教職員が命じた処罰、制裁、特権の剥奪を変更する権限』を付与している。故に彼女の見解によれば、ハリー・ポッター達が早期休暇を許されるという〝特権〟なんぞ認められず、したがって当然それを『剥奪』出来るという論理が成り立つらしい。
……正直言って、半分は無理筋な主張では有る。
少なくともウィーズリー兄妹に関しては、家族の入院を理由にホグワーツを出る事を
しかしながら、もう半分。
ハリー・ポッターに関する部分については一理有ると肯定せざるを得なかった。
……まあ、ドローレス・アンブリッジの主張に不用意に同調を示してしまった為に、やけに気を良くした彼女の愚痴に三時間ばかり付き合わされる羽目になったのは流石に閉口したが、しかし、彼女の心情──『特権』の剥奪を校長が却下した事に不満を抱くのは解るというのは変わりがない。秩序を重んじる体制側としては、ハリー・ポッターへの対応を問題視するのも当然である。あの校長閣下は耄碌でもしたのだろうか。
もっとも、その事とは別に、彼女の優秀さを再認識させられた点が一つある。
それは一体如何なる手段を用いてか、ハリー・ポッター達の不審な行動をドローレス・アンブリッジが察知してみせた点である。
寮を抜け出した生徒を教授が察知出来るかというのは、一応可能と言えば可能だ。
労力を無視するならば呪文すら要らない。毎晩自らグリフィンドール寮に赴き、寮の入口を見張っていれば良いのだから。
ただ体力面を考えれば現実的では無く、そもそもハリー・ポッター達が夜間に寮を抜け出す可能性は一体どれ程有っただろう。彼等とて馬鹿ではないのだから、平時にそんな事をしようと思わなかった筈である。今回は非常に例外的な事態であり、それなのにドローレス・アンブリッジは彼等の行動に気付いた。
闇の帝王による連絡が有ったのだ──そう考えれば彼女の行動を容易く説明し得るが、しかしその可能性は明らかに低い。
ドローレス・アンブリッジは死喰い人ではなく、帝王は彼女に連絡する手段、それも真夜中に寝ている彼女を叩き起こす程の手段を持ち合わせているとは思えない。それは僕に闇の帝王の不関与を確信させる一つの理由であったが、しかし決定的な理由は、ドローレス・アンブリッジがハリー・ポッターを取り逃したからである。
今回の〝異変〟が帝王の故意的な行動であったのならば、彼女は予めグリフィンドール寮の入口で待ち構えていて然るべきである。必然、取り逃す訳が無い。
つまり今回の一件は光と闇の何れにとっても偶発的なものであると踏むべきであって、とすれば、ドローレス・アンブリッジは今回の異変を殆ど独力で察知してみせたという事だ。
要は何らかの魔法的手段を使って九月から十二月末までずっと監視していた可能性が高く──屋敷しもべ妖精という反則は考慮する必要が無いだろう。高等尋問官より校長閣下の命令の方が当然優先されるからだ──そして、彼女が如何なる手段を用いたにせよ、並大抵の発想と執念で為せる事では無い。
結局失敗し、ハリー・ポッターを取り逃してしまったとは言え、その事は彼女の評価を下げる理由にはならない。やはり曲がりなりにも我が蛇寮出身の人間という事だろうか。
何はともあれ、状況は一つ動いた。
未だ些細であるように思えるが、それでも潮目が変わったのは確かだ。
次の問題は、ハーマイオニー・グレンジャーが僕に疑問をぶつけてくるのか。ぶつけてくるとして、ハリー・ポッターの現状を知る前か知る後か。
そして僕としては、何れでも従う気だった。
その選択権は、この関係を続けさせてくれた彼女にこそ委ねられるべきである。
冬期休暇前、彼女は何も聞いて来なかった。
彼女が何としてでも僕と会話しようと試みていたならば、一応それは可能だった。
何時も通りの放課後でなくとも、昼休みの時間中、最悪の場合は授業をサボって無理矢理に時間を作る事は出来た。在ったり無かったり部屋という反則は、彼女にその〝必要〟を許しただろう。
しかし、彼女はそれを選ばなかった。
理由は色々有る筈だ。ドローレス・アンブリッジの警戒の眼、三人組の内残された一人に対する生徒の好奇の視線、僕と会話すれば不可避的に背負う事になる心労、何より自分を置いて消えたハリー・ポッター達への心配と憤り。どれか一つだけという事も無い筈で──そして、その大半は、あくまで冬期休暇前の事情に過ぎない。
新年になれば状況が変わるだろうというのは早々に予想出来ていたし、そして新学期が始まって二日目に起きた事件がその予想を肯定した。
十人の死喰い人がアズカバンから脱獄した。
そのニュースが『日刊予言者新聞』に載った翌日、一シックル銀貨──真っ当な社会では通貨に似た外見を持つ物体を作る事自体、通貨偽造の罪に該当する危険がある。その指摘を僕は未だに口に出せていない──が熱を持った。
ハーマイオニーからの呼び出しだった。
必要の部屋に来るのは、何時もハーマイオニーが先である。
どちらが決めた訳でも無い。
御互い何も言わない内にそのように決まっており、また変えようともしなかった。
その理由は多分、ハーマイオニーも僕も同じ筈である。
個人的願望と主観的必要性は全く別物であり、だからこそ僕達は疑いを捨てきれなかった。
──果たして〝必要〟の部屋は、
幸運な事に、その疑惑を試す機会は未だにやってきていない。
今回もまた同じ。約束の時間ぴったりに訪れる僕を、ハーマイオニーは何時も通り部屋内で待ち受けていた。
「――今日は随分と趣向が変わったな」
「…………ええ、そうね」
部屋に入りつつそう言った僕に、ハーマイオニーは力なく笑いを返した。
僕が訪れる時、在ったり無かったり部屋は毎回内装を様変わりさせる。
正しくは、ハーマイオニーがそれを〝必要〟としているのだろう。
一度目はマグルのカフェかレストランめいた内装だったが、その次は巨大な図書館。或る時は王城もかくやと思われるような豪奢な空間で、また或る時は魚や鯨が僕達の周りを泳ぐように作られた、半円球状の巨大なアクアリウム。
似たような場所に変わる時もあったが、連続する事は殆ど無く、そして大半は一度切りの空間であった。良くもまあ色々な場所を思い付くものだと感心しまう程で、その日どんな風に変わっているのかは内心割と楽しみにしていたのだが、今日の部屋は違う。
殺風景な灰一色の空間に、椅子が二つだけ。机すらない。
部屋も非常に狭く、手を横に広げたままでは二人が並ぶ事すら出来ない程の狭さだ。取調べを受ける容疑者というのは、こんな感じなのかもしれない。
「どうも御互い良い休暇とはならなかったようだな? 確か家族でスキーに行くと君は言っていた筈だが、その様子では叶わなかったんだろう?」
丸木を不格好に組み合わせただけの、ガタつく椅子に座りながら尋ねる。
僕から口を開いたのは、どう話を切り出したものかという逡巡が彼女の表情から見て取れたからだ。そして僕の質問が、休暇中の彼女の居場所を確信した上で為しているのは伝わった事だろう。今度の彼女の笑みには少しばかり安堵が混じっていた。
「……ええ。パパとママは残念がってたけど、認めてくれたわ」
「そうか」
グレンジャー夫妻が彼女を溺愛しているのは良く知っている。
彼女が見え見えの嘘を吐いたとしても、受け容れない事は有り得なかった。
「しかし、あの校長も薄情な事だ」
相変わらず、あの校長は人の心を解さない部分が有る。
「わざわざハリー・ポッターまで外に出したのだ。後もう一人ばかり一緒に連れていくか、或いは後発便として朝から彼等の下に送り出すべきだった。そうしていれば、君が今冬家族旅行を諦める羽目にはならなかったかもしれないというのにな」
「……ハリーは──」
「――
「…………」
ハーマイオニーは開いた口を直ぐに閉じ、悔し気に唇を噛んだ。
反論の火が即座に消えたのは、彼女とて考えなかった訳ではないからだろう。
〝異変〟が起こったのは夜間であり、当時ハーマイオニーが居たのは当然女子寮であろうから、彼女が気付く事は不可能だったかもしれない。しかし、あの校長が三人の友情を重んじるのであれば、今回の事件で彼女一人を仲間外れとすべきではなかった。
「ウィーズリー兄妹が学業を放り出して聖マンゴに向かった事は何の批難もしないが、ハリー・ポッターの場合には道理が通らない。彼はウィーズリー家に良く世話になっているというだけ、実の子供のように扱って貰っているというだけで、養子でも何でもない。赤の他人だ。彼の早期休暇をドローレス・アンブリッジが不快に思うのは必然だ」
ミネルバ・マクゴナガル教授は反対しなかったのだろうか。
てっきり僕は、彼女がこの手の特別扱いを最も嫌う人間だと思っていたのだが。
「彼に如何なる〝異変〟が起こったにせよ、経過観察はホグワーツでも出来ただろう? あの校長の傍以上に安全な場などこの魔法界には存在しない。ドローレス・アンブリッジ如きに構ってられない程の緊急性があったならば別だが、彼に纏わる情報や噂を聞き、その上で僕が事情を推測している限りでは、それ程の緊急性があったとは到底思えないのだがな?」
アルバス・ダンブルドア校長。
半端に相手を尊重する彼の態度は、他人の気を大いに逆撫でしてくれる。
校長の主観ではドローレス・アンブリッジに割と譲歩しているつもりなのだろうが、彼女の視点で見れば、校長は何も譲ってなどいない。
彼女を歯牙にも掛けず、尊重すべき個人とすら看做す事もなく、しかし彼女が本当に実現したい希望だけは的確に潰して回っている。これでは最初から何も譲歩しない方がまだマシだろう。校長の殺害の提案は既に一度断られているものの、再度提案すれば頷いてくれるのではないか。そう思えるくらいに今の彼女は憎悪を溜め込んでいた。
しかし、ハーマイオニーは僕の疑問に答えなかった。
何も聞こえなかったかのように大きく息を吸い、そして吐いた。
「……御互いに、と言ったわね。貴方にとっての休暇も良くなかったの?」
「最悪を更に更新してくれたな」
彼女の無理矢理な軌道修正に、僕は逆らわず従った。
「帝王による制裁を恐れてパーティーどころでは無かった去年とは違う。表向きは何も起こっていないようにしなければならないから、〝純血〟達は毎年恒例のそれを開く訳だ。そしてスリザリン生である僕は、全てでは無いがその一部に出席しなければならなかった」
「……貴方が楽しんでいる光景って元々想像出来ないけど、それ程酷かったの?」
「ああ。表面だけ取り繕っていた分、余計に酷いものだった」
その時の事を思い返し、思わず溜息が漏れ出る。
「あの場で真面目に楽しんでいた〝純血〟は零だった。……まあ彼等にとってはパーティーも戦いの場では有るから、本当の意味で楽しむという事は無いのだろうが。しかし、今回は質が違う。頭を使った会話をしているのは何も知らない外部からの人間だけ。〝純血〟の大人達は悉くが上の空で、誰もが早く〝仕事〟に戻りたいと思っていた。けれども、彼等の体面上、或いは建前上、それが出来ない。全くもって喜劇だよ」
そんな異様な雰囲気に包まれていれば僕達も呑気に楽しむどころではない。
料理やデザートは何時も通り上等だったが、それ以外は全く良い所が無かった。
しかも例年通りの〝純血〟達は休暇中に何度もパーティーを開くものだ。
つまり、その地獄は一度では終わらなかったのだ。
「そ、それは……大変だったわね」
ハーマイオニーは真面目な顔をしていたが、口元が震えている。
笑い事ではないと解っていながらも、どうやら想像図の滑稽さに堪えきれなかったらしい。彼女の笑いの波が治まるのを少し待った後、改めて僕は話を切り出す。
「あの時点では、彼等が戻りたいと思っている〝仕事〟というのが解らなかった。彼等はバーテミウス・クラウチ氏のような仕事中毒人間には見えなかったからな」
流石の彼女も、一瞬で表情を引き締めた。
「またルシウス・マルフォイ氏にしても、ドラコ・マルフォイに対して秘密を漏らすような真似をしなかった。まあ、休暇明けに〝何か〟が起こるとは教えていたと聞いたから大概甘いと思うが。ただ僕達の視点ではその〝仕事〟や〝何か〟が不可解なままで、しかし今では既に明らかになっている。勿論、君も解る筈だ」
「……アズカバンから死喰い人を脱獄させた事よね」
「その通りだ。立場上、僕は成功した事を喜ぶべきなのかね」
仮に失敗していれば、スリザリン寮内の雰囲気は酷い物になっていただろう。
かと言って、成功した今も良い物とは言い難いが。スリザリン生の大半が死喰い人関係者ではあるが、しかしながら全てではなく、帝王への協力の濃淡にも家や個人によって差異がある。ドラコ・マルフォイ達三人組のように無邪気に歓迎している者ばかりではない。
「一応、昨日の『日刊予言者新聞』は持って来た。君も既に読んではいるだろうが、それでも今この場で必要とするかもしれない。そう考えたからであるが――」
「――必要無いわ」
「そうか。不要なら何よりだ」
「……貴方にとって良い事なの?」
「言葉の綾だよ」
一瞬眼を見開き、返答を間違ったかと途端に考え始めたハーマイオニーに笑う。
「寧ろその程度の事を聞いてくれる方が有難かった。全く知らないという回答で済んだからな。恐らく、スリザリン生で今回の件を知っていた人間は皆無だろう」
万一にでも情報が漏れれば比喩では無く殺される。
誰だって命は惜しいものだ。
「非常に意外な事に、闇の帝王も校長と同様、ホグワーツ生の助力を必要とする人間ではないらしい。これは僕と意見が異なるな。あの魔法使いは生徒に手を出したがらないのだから、存分に利用してやる方が良さそうなものだが」
手慰みにクルリと手元の新聞を回す。
まあ個人的に、闇の帝王が何故今アズカバンを破ったかは気になる所では有る。
帝王の復活宣言を今まで世間が信じなかったのは、表向きは事件など何も起こっておらず、平和そのもののように見えたからだ。脱獄したシリウス・ブラックにしても、彼が誰かを殺したというニュースは──冤罪だったから当然だが──流れていない。極まった愚か者などは、シリウス・ブラックの脱獄すらも魔法省かアルバス・ダンブルドア校長のでっち上げだと考えていた。
しかし、アズカバンが再度破られた事で、間違いなく状況は変わった。
闇の帝王の復活はやはり本当ではないのか。
或いは、現在は〝例のあの人〟が確かに死んでいたとしても、今後シリウス・ブラック達が甦らせてしまう事態になるのではないかと。
そのように噂をする人間は、ホグワーツに限っても増えつつある。
四つ折りにされたまま宙を舞った新聞の写真の中では、本物と違って囚われたままの死喰い人達が抗議の声を上げている。魔法族が写真に音声機能を付けなかったのは、今は助かる事ではあるものの、少し残念だと思っている部分だ。
ロングボトム家を破壊したベラトリックス・レストレンジ。プルウェットの男系を断ったアントニン・ドロホフ。そしてかつて神秘部に勤務し、ルドビッチ・バグマンらを利用して魔法省の情報を散々漏洩させたオーガスタス・ルックウッド等々。
写真の中で暴れるこれらの人間をアズカバンから出したのは、素直に考えれば戦争の準備が出来たからという事になる。しかし少し邪推すれば、これらの人間が戦争の
どちらが正しいのかは──まあ、ここで考えても出ないだろうし、今年は教えてくれる人間も居ない。既にアズカバンが破られた以上その理由について考える意味も薄く、ハーマイオニーが不要というならば突き詰めなくても良いだろう。
そう内心で結論付け、杖を振って新聞を焼失させる。
「まあ、今は僕の意見など重要ではない。ハーマイオニー、君がこうして呼んだ以上、聞きたい事が有るのだろう? ならば遠慮せず聞くと良い」
その促しに彼女は安堵半分、不安半分に瞳を揺らした。
「……貴方はもう少し渋るものだと思ったわ」
「状況は多少変わった。一部については渋る意味すら無くなった」
「…………ダンブルドアの意に反する事は話さないんじゃなかったの?」
「僕から明かす気は無い。それは変わらない」
義理が有る以上、あの老人の意思は可能な限り尊重する。
「が、そもそも僕は校長の味方ではない。道理が通りさえすれば、その義理を踏み躙る気は有る。君が既に当たりを付けている内容について言及する位はするとも。要は、知っている事を全て吐けというような
何の手掛かりも無しに僕が持っている情報に辿り着く事が出来たならば、それは最早アルバス・ダンブルドア校長が隠し切れなくなったという事である。隠す意味も無い、というより僕は明かすべきだという立場を取る。
「何より君の在り方は正しい。必要だと考えたのならば、使える物は使うべきなのだ。優先順位というものを間違えてはならない。今は既に戦時なのだからな」
僕との友情と、ハリー・ポッターの安全。
彼女にとってどちらが重いかなんぞ明らかだ。当然過ぎて残念に思いすらしない。
「改めて僕の立場を鮮明にしておこう。僕が答えられない類の質問は三種。ドラコ・マルフォイの利益に反する事。アルバス・ダンブルドア校長の意思に反し、かつその意思を無視する道理も存在しない事。そして闇の帝王の目的を明らかに妨げると思われる事。君達の陣営に立てない以上、これらは譲れない」
「…………」
「意図的に嘘を吐くつもりはないが、必ずしも約束出来ないし、そもそも誤解等により間違った事を言うかもしれない。答えられない事は答えられないと言うし、解らない事は解らないとも言う。それでも君が構わないというならば──質問を受け付けよう」