この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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三話目。


砂上の家

 魔法省はマグルの政府に相当する機関と言われる。

 

 しかしあくまで相当する機関に過ぎず、完全に等しい訳では無い。

 

 現代のマグル社会において、〝政府〟が無くなる事を望む者はそう居まい。

 どんなに反政府的な思想を持っている者で有ったとしても、新たな政府を設立する事を目的とするのが殆どで、原理主義的無政府主義を掲げる者は稀の筈である。

 

 現代の政府は、国民生活と密接に関わっている。

 たとえば国民保健に関連する業務を司る保健省、或いは労働省が吹き飛べば、各種の金銭給付が停止し、明日から食えなくなる人間が生じるだろう。農漁業食糧省が消えてしまえば水質汚染対策や農耕政策が滞り、即座に漁師や農家が困る事は無くとも、中長期的に生活不可能になる事は眼に見えている。貿易産業省が機能不全に陥れば、雇用関係もそうだが、電力やガス等のエネルギー関連分野の統制が不可能になり、生活自体が困難となるだろう。

 

 まあ、税務を司る財務省あたりは今すぐ滅べと考える人間──そこらの一般市民のみならず、政府内の他省庁も同様だろう──が多いかもしれないが、それでも本気でそう考える人間は多くない筈である。税は国家運営の根幹であり、その業務が停止すれば各所に広く影響が生じるだろうというのは、余程馬鹿でない限り容易に想像出来る。

 

 けれども、この世界における魔法省はそうではない。

 

「魔法省の存在が役に立つ場合も有る。その事まで否定している訳では無い」

 

 全くの無価値と考える原理主義者はやはり〝純血〟でも少数派であり、今の時代において価値を認める最先鋒は、当然ながらルシウス・マルフォイ氏である。

 

「しかし、無いなら無いで困りはしない。そう考えるのもまた魔法族なのだ。〝マグル〟の価値観、特に先進国特有の常識に染まった人間には考えられないかもしれないが、旧い世界に生きている魔法族は〝政府〟を必須のモノと見ない」

 

 〝マグル〟にとって魔法界は異国なのだ。

 同じ視点で世界を捉えてしまえば、当然に真実を見誤る。

 

「魔法省は、()()()()()()()()()()()()()()()()、1707年に設立された。この前提を胸に深く刻んでいる人間が一体どれだけ居るのだろうな? 特に〝マグル生まれ〟。三百年前を知る家系の血を引かない君達は、この意味を全く理解していないように見える」

 

 魔法史の授業で寝ている人間が殆どでは余計期待出来まい。

 

 国際機密保持法。

 魔法省を頂点とする現体制は、その法律を原点とする。

 ロンドン本部に居を構える部署は、唯一神秘部を除き、その法律維持こそを存在意義とする。

 

「魔法界を分析した評釈にこんなものが有る。魔法省が設立されたのは、機密保持法の制定を受けて、隠れ住む事にな(“needed a more highly)った共同体への(structured, organised and)支援、統制、情( more complex governing)報伝達を高度に( structure than they had)行う為の整然か( hither to used, to )つ組織化された(support, regulate and)

複雑な構造が必( communicate with a )要となったから(community in hiding”)とな」

 

 ハーマイオニーが実際に聞いた事があるかどうかは不明なものの、非魔法族向けの文章には割合引き合いに出される評である。

 

「しかしこれの意味する所は、魔法省の役人にとって非常に残酷だ」

「…………」

「その理由は、先の文章を反転させてみれば解る。要は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔法省の役人は何時仕事を喪っても可笑しくはなく、魔法大臣が誰からも頭を下げられる日が来る可能性は常に存在する──そういう理屈が成り立ってしまう」

 

 魔法省は魔法界の統治機関であり、魔法大臣はその頂点である。

 それは嘘で虚構だと看破してしまうのが、先の評釈の本質なのだ。

 

「この事は、省の機構を見ても明らかだろう」

 

 どれもが機密保持法を組織の土台としており、仕事の大半が生活に直接関係しない。

 

「ウィゼンガモット……初代魔法大臣ウリック・ガンプが主席魔法戦士であり、省の安定化には既存権力の権威を借りる必要が有ったから一体化しただけで、そもそもが省とは別機関だ。機密保持法違反者が消えれば管轄の裁判事件も激減する。神秘部……一般の魔法使いは必要性を感じていない。もっとも、無言者達は省が消えようと勝手に研究を続けるだろうが」

 

 一呼吸置き、更に続ける。

 

「魔法ゲームスポーツ部……魔法族が唯一存続を望む部であるものの、必ずしも魔法省の組織である必要は無い。分離すれば済む話だし、機密保持法が無ければそこら中でクィディッチを出来るようにもなる。魔法運輸部……省が煙突飛行や移動鍵を規制しているのを不愉快に思う者は数多い。特に今現在ドローレス・アンブリッジがホグワーツでやっている暖炉の監視は、伝統的魔法族にとって言語道断だ。部が消える事で移動面が多少不便となるだろうが、絶対に潰す」

「────」

「そして国際魔法協力部……嗚呼、これに関しては多少補足が必要か」

 

 バーテミウス・クラウチ氏が君臨し続けて来た部署は、今年スリザリン生の相談に乗っている内、非常に勘違いされやすいという事を学んでいた。

 

「国際魔法協力部は決して重要部署ではなく、省内の『傍流』だ」

 

 それどころか、省内で最も無くなっても困らない部署と言っても過言では無い。

 

「その理由は、やはり数百年前の非魔法界を参照するのが手っ取り早い。過去の非魔法界での外交官はどんな身分の人間だった? 僕から答えよう。貴族だ。そして、魔法界でそれに対応するのは? 〝純血〟だ。スリザリンの純血達に限らず、魔法界で長い歴史を持つ名家の子息子女こそが、他の魔法界との交渉人として最も相応しい。テスト勉強が出来るだけの平民なんぞ、端から御呼びではない」

 

 入省時点から多くのコネと人脈を持ち、そして相手方の魔法界に本家や分家と言った親族、嫁いだ娘を通じて繋がりを持つ者達こそが、最も国際交流を円滑に行える。それが旧い社会形態での思考である。交渉の本体は部の外に在り、内側には無い。

 

 パーシー・ウィーズリーが国際魔法協力部に配属されたのも必然だった。

 彼は能力を見込まれたというより、〝ウィーズリー〟だからあの場所に行った。そして、似たような人間は多い。血を誇るしかない純血崩れや、継承権の無い三男以下は大概あそこに送られる。魔法省高官という肩書は響きだけは素晴らしく聞こえるし、彼等の自尊心を一定程度満たせはするからだ。

 配下の〝純血〟を利用して交渉に関与出来る魔法省と、家内の穀潰しに職と立場を斡旋出来る〝純血〟。どちらも全く損しない取引で、この三百年間行われて来た事だった。

 

「そもそもたった七年、下手すればそれ以下の期間で交代する魔法大臣に、政治の話をする意味が有るのかと考える魔法族は多い。魔法省役人にしても異動するし、権力闘争で敗北すれば左遷されるし、下手すれば省自体を辞めてしまう。これで何の交渉が出来るというのだ?」

 

 そして魔法省自体が最初から信用に値しない組織である。

 機密保持法破棄の危険が付き纏う以上、十年後に存在するかすら怪しいのだから。

 

「一方で、ルシウス・マルフォイ氏のような〝純血〟は数十年変わらない。代替わりの際に約束を反故にされる危険は否定しないが、露骨に不義理をしてしまえば、他の〝純血〟家からも信用されなくなり、最終的に家を傾ける事になる。魔法省と〝純血〟。どちらと外交出来るか、交渉結果が信頼に値するのかは、普通の魔法族には明らかだった」

 

 結果、外交と言えるような交渉の多くは、〝純血〟達の邸宅、或いは彼等が開催する華やかなパーティーの中で行われてきた。決して、役人達の小綺麗な机の上ではない。

 

 一応、闇の帝王が堕ちた後は、左遷されて来たバーテミウス・クラウチ氏という傑物の働きもあり──言うまでもなく、彼も〝クラウチ〟だ──相応の存在感を持っていたようではある。しかし彼は去年消え、外交の主導権はルシウス・マルフォイ氏のような古い〝純血〟の手に取り戻された。結果、十数年前と同じく無能共の集まりに成り下がったと聞いている。

 

「貿易関連の業務にしても、産業革命以前の世界での貿易高、ひいては役人の仕事量は知れておいる。また金持ちしか飛行機を使えない〝マグル〟と異なり、魔法族は移動鍵等を使って直接個人で買い付けに行く事が可能だ。物品の欠陥や不揃い品の問題は、法律ではなく自己責任の問題で、そういう訳で──故に国際魔法協力部も必須とは看做されない」

 

 〝マグル〟界における外務・連邦省とイコールに考えるのが間違っている。

 

 非魔法界での序列が高かろうと、魔法界での序列は圧倒的に下だ。

 

「後、残っているのは……魔法生物規制管理部か。大多数にとって小うるさい事を言ってくる部署だな。ネス湖のケルピーなどの自由な遊泳を認めないのは、魔法生物愛護、動物の権利( Animal Rights )という先進的理念に反するという主張も有る。存在しない方が良い。魔法事故惨事部……言わずもがなだ。そもそも魔法を公然と使ったとしても、頭の足りない〝マグル〟は気付かないのではないか。そう考える魔法族も少なくない」

 

 ハリー・ポッターが空飛ぶ車を飛ばそうが、守護霊の呪文を行使しようが、現場の忘却術士の苦労と奮闘を見ないのであれば、二つの世界に何も大きな影響を与えなかった。ネッシーや雪男、妖精達を〝マグル〟が騒ごうとも、魔法界と魔法族の存在が露わになる気配は──今のところ、という限定が必要だが──無い。

 

 これでは、標準的な魔法族が楽観視してしまうのも已むを得まい。

 

「そして、最後。魔法法執行部」

 

 言及を敢えて後回しにした、現魔法省における最大にして最重要の部署。

 

「これは機密保持法が原点とはいえ、業務の性質上、その枠組みから逸脱する事が出来た。逸脱というより、拡大解釈して市民生活の為に利用出来るようにしたと言うのかな。その筆頭は勿論闇祓い局だ。エルドリッチ・ディゴリー魔法大臣は、スコットランドヤード成立の百年前に良くも改革を通したものだと感心する。そして今や定着した。闇祓いに拒絶反応が示される魔法族は、現在の魔法界では非常に珍しい部類に属するだろう」

 

 その部署は、魔法族が省の統治の正当性を多少なりとも認める端緒となった。

 

 初期の──十八世紀前半の魔法大臣は大概グダグダだ。

 

 初代魔法大臣ウリック・ガンプ以降は混乱が続き、新大陸に倣って闇祓いを作った第四代魔法大臣エルドリッチ・ディゴリー、創成期の闇祓いでもあった第七代魔法大臣ヘスパイスタス・ゴアによって漸く組織としての安定を見て、方向性を意識する事になる。彼等も大臣として問題は有ったが──特に後者は小鬼や狼人間達の叛乱に対して苛烈な態度を取った──その尽力と献身こそが今の魔法省の基礎を作り上げたと言っても過言ではない。

 

「けれどもそれは、あくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ソレが信頼に値しない、市民にとって不要と評されれば、最低限の警察力だけ行使しろ……つまり、機密保持法を破壊しようとする魔法使いだけ捕まえていろという話になる。そして勿論、機密保持法が消えれば仕事は無くなる。御役御免だ」

 

 どれもこれも、本物の魔法族にとっては要らない。

 魔法省が消えようが、マルフォイ一家の家族の生活は一切変わらない。他の〝純血〟一族も同じ。彼等の生計を立てる手段は、魔法省に拠っている訳ではないからだ。

 ただアーサー・ウィーズリーのように魔法省に寄生して生活している者だけが、省が消える事によって明日からの生活に困窮する。そして、彼等は少数派だ。ホグワーツ内で魔法省役人を進路として選択する人間を数えれば、その事は明らかであろう。

 

「要するに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 悲鳴混じりの小さな呻きを他所に、僕は続けた。

 一度口に出してしまった以上、途中で止まる事は許されなかった。

 

「ハーマイオニー。君は魔法界で三権分立が存在しない事を疑問に思い、もしかしたら危惧したかもしれない。まあ、非魔法界の連合王国も割と怪しい訳だが、魔法界はその比でない。権力分立という概念以前の話。この世界における魔法省とは、社会契約説──市民が合意に基づく契約の下、市民の権利の保障の為の組織を成立させる──そんな発想自体から程遠いのだから」

 

 権力分立制度は、権力機関同士の牽制により国民の自由を保護する為の制度だ。

 もっと言えば、機関運営の効率性に眼を瞑り、専制による最悪を回避しようとする制度だ。

 

 つまるところ、組織に国民保護の理念が不要であるというのならば、権力を分立・分割するのは非効率かつ無意味である。かつての絶対王政期のように、一つの指導者の下に三権が連携して行使されるのが、最も迅速かつ有効に問題へと対処し得るからだ。

 

 そして魔法省。

 

 あの組織は多数の人間に望まれて成立した訳でもない。非魔法界の王の家政組織が母体となり、済し崩し的に成立した訳でも無い。国際社会の多数決によって半ば押し付けられる形で、この世界に成立した。不自然な玉座が、脈絡も無く突然に、恣意的に据え付けられたのだ。

 

 そして業務上の必然として、彼等は機密保持法を維持する為の三権をロンドン本部に集約し、その法を維持するのに不必要な省──例えば魔法教育省等──は中央から排除された。だから、必要以上に市民に御優しくするという発想も生まれなかった。市民の方も同じ。自分達の直接の利害に関わらないのだから、魔法省に対して愛着や忠誠心を抱ける訳が無い。

 

 そもそも政府が民に()()()なったのは、1789年の大革命を大きな転換期とする。

 あの革命を端緒とした一連の破壊的戦争により、統治者達は領民の力を知り、同時に彼等を資源として最大限利用する手段を模索し始めた。その一つの答えが、〝国民(natin)〟を構築し、それへ支援する事だった。

 強固な官僚制の下での教育改革も、公衆衛生改善も、福利厚生強化も、経済的支援も、〝国民〟に優しい全ての政策目的は打算であり、最終的に行き着く目標は富国強兵、要は戦争に勝って〝国家〟や〝国体〟の維持・発展をする事にこそ在った。

 

 人権意識や人道目的に基づく社会福祉の概念が出来たのはその後であり、極々最近。二度目の世界大戦が終わってからの五十年程。その歩みは遅々として進み始めたに過ぎず、今の時代も尚、発展途上にある。

 

 ならば、魔法界がこの有様であるのは当然だろう。

 

「近代以前の政府が如何なるモノであったか。それを考えると良い。時の支配者にとって民とは一方的に搾取する存在でしかなく、羽虫のように何時の間にか湧いている存在で、必要以上に愛情を抱く対象では無かった。そして魔法省も然程変わらん。アレは、国民に対する慈愛の精神なんぞ持ち合わせていない。そもそも──魔法界は、〝国家〟では無い」

 

 魔法界(Wizardig World)

 或いは、魔法族の共同体(magical community)

 

 素晴らしい呼称だ。カントリーでもステイトでもネイションでも無い。魔法族の生きるのは場であり、人の緩やかな結び付きの間なのだ。

 

 国名というモノを、魔法族はクィディッチのチーム分けの便宜程度にしか思っていない。その旗の下に団結して社会を構築・守護する意識は、魔法族には無い。

 

「魔法界には、国家──或る一つの領域を全体を強化するという概念自体が無いのだ。王家を持たない世界では〝マグル〟のような王族間戦争が起きる事も無く、杖一本有れば生きられる魔法族は、土地に対して過度に執着する必要も無かった。家同士の抗争の規模は知れており、別の魔法界同士が戦争する事は稀で、ならば、〝政体〟を維持するという発想すら生じない」

 

 近代以前の王家や封建君主には、自家を存続させる為に戦う熱意が有った。

 近代以降の国民には、自国の王や政府を存続させる為に戦う熱意が有った。

 

 だが過去と現在を問わず、魔法族には、魔法界の為に戦う熱意は無い。

 

 何故なら魔法界とは誰の所有物でも無いし、姿眩まし等により好きな場所に移動出来る魔法族は、古臭い封建体制に縛られる事も無い。そして政府のような公的機関が無い事は、自分達の生命の危険に直接繋がるモノでもないからだ。

 

 だから──魔法界には国民という概念もまた存在しない。

 

 意識としては今の国際化社会に近しいだろう。

 杖一本で出来る事は限られるが、少なくとも人一人を生き延びさせる程度は出来る。僕達は贅沢さえ望まなければ、世界の何処でだって生きていける。

 

「だから、魔法族は……特に魔法省は、闇の帝王に勝てなかった」

 

 傷付いた少女から視線を逸らし、揺れる魔法植物を眺めつつ、冷淡に告げる。

 

 多くの〝マグル〟は、一人の魔法使いに〝政府〟が負けた事を不思議に思う筈だ。テロリスト集団に軍隊が負ける事は全く有り得ないという訳ではないが、それでも平和な先進国では非常に例外的で、だからこの魔法界で何故そうなったのかを強く知りたがる筈だ。

 

 けれども、魔法族の観念から見れば何の不思議もない。

 

「あの組織は本質的に国際機密保持法──魔法族という種族の為の組織に過ぎず、魔法族を〝マグル〟から隠すという決まり事さえ護っていれば、誰が上に立っていようとも構わない。そんな意識が魔法省の根底に存在していたから、彼等は当然のように敗北した」

 

 闇祓い等は軍隊や警察に近しい性質を持つが、等しくは無い。

 非魔法界の国民軍とは異質。1689年に創設された法を維持するのが本義の組織であり、治安維持や市民保護等はあくまで()()()だ。彼等が第一に想定する敵は、人間の法を理解しない小鬼等の異種族やゲラート・グリンデルバルトのような革命家だ。魔法省の統治へと組織的に挑戦して来る悪の魔法使いと戦う事は──スカウラーが敵であったMACUSAだけは少し状況を異にするが──最初から視野に入っていなかった。

 

「国際魔法使い連盟にしてもまた同じ。闇の帝王がゲラート・グリンデルバルトと同じ事を始めない限り、帝王を掣肘しようとはすまい。彼等にとって、それは〝違法〟ではないからな。大多数は内政問題として関わりたがらない」

 

 道義的批難を発する一部の魔法界や、魔法使いは再度出るだろうが、団結した行動を取る事にはならない。そして非魔法界のあちこちで独裁国家が放置されているように、この島で行われる地獄もまた、見ない振りをして放置されたままになる事だろう。

 

 というか、その気が有れば第一次の時点で介入している筈である。そして……そのような良心的魔法使い達は、多分敗北したのだろう。だから語られない。

 

「──当然ながら。魔法省もな、この状況を、指を咥えて眺めていた訳ではない」

 

 自身の存続の、そして存在意義の問題だ。

 三百年間微睡(まどろ)んだままに、見ない振りをする事は出来なかった。

 

「特に、彼等は直視せざるを得なかった。魔法大臣が舐められている最大の原因は、その地位が国際機密保持法を維持する為の組織の長としか見られていない事なのだと」

 

 その原点こそが、やはり魔法省を縛っていた。

 

「魔法大臣に一つの魔法界全ての管轄権が与えられているのは、世界が一丸となって魔法族を隠す為には、足並みを乱す魔法族を掣肘出来るだけの独裁的権力が必要であったから。逆説的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔法族が心の何処かでそう考えているから、〝マグル〟の首相と違って魔法大臣は敬意を払われない。その現実を受け容れざるを得なかった」

 

 だからホグワーツへの教育内容への介入や今年の高等尋問官の就任は、余り良い受け止められ方をされなかった。秘密の部屋が開けられ、シリウス・ブラックが侵入し、セドリック・ディゴリーが死んでも是とされなかった。本質的に、国際機密保持法に関わりないからだ。

 アルバス・ダンブルドアを逮捕しようとした事についても同種の事が言える。ハリー・ポッターへの裁判と違い、前校長は別に機密保持法を侵そうとした訳では無い。故に、彼の逃亡や暴力は然程問題視されないし、魔法大臣を積極的に支持もされない。

 

 一方で同じホグワーツに対する干渉でも、魔法大臣の命令で未成年の杖使用に制限を掛けたり、或いはホグワーツ特急の利用を生徒に強いたりする事は問題無く成功した。そちらの方は、国際機密保持法と密接に関わりが有ったからだ。

 

「しかし原因が解れば対応策も見えて来る。また、原点は囚われるもので、変化を阻むものだが、絶対という訳ではない。非魔法界の内閣(Cabinet)にしても、その語源が小部屋(cabin)であると言われるように、組織の原点は国王により招集された密室会議に有る。魔法省と魔法大臣が単なる機密保持法維持機関から変わろうとするのは必然だっただろう」

 

 〝政府〟らしきモノを先に始めたのは魔法界だった。

 そして三百年前の王宮と魔法省。どちらが仕事熱心だったかは明らかである。

 

 けれども何時の間にか優劣は逆転し、非魔法界の〝政府〟が魔法省より遥かに洗練され、強大な物となっていた。魔法省は〝マグル〟の後追いをする羽目になり──しかしそれは同時に、大衆支持を基盤とした独裁は世間的に許され得るのだと気付かせる事にも繋がった。

 

「ただ、問題が幾つか有った。その一つが、隣人である連合王国を見習う事は出来なかったという事だ。魔法界に王が存在しない以上、国王大権を掠め取って内閣制度を発展させる事は初めから不可能だ。……しかしまあ、国王を必要としない政治権力、合衆国大統領や対岸の人民皇帝は後世に現れたから、この点は致命的とまでは言えまい」

 

 御誂え向きな事に、魔法大臣は選挙で選出されていた。

 魔法大臣を民の代表として祀り上げる事は、必ずしも不可能では無かった。

 

「けれども、避けては通れない、どうにも解決出来ない問題というのも有る。例えば、だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。このような弱者を救うのは、普通の人間なら間違いなく〝善〟だと言うだろう。流石の僕ですら、それを悪と非難する事は出来ない」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは、この例え話の真意を理解出来るのだろうか。

 

 それを一々確認する事はしなかった。意識して視線すら向けなかった。

 御互いに確認しない方が良いという事も有る。特に、それが最強最悪の魔法使いの過去に関わるかもしれないのであれば猶更に。

 

「しかし、その善行には現実問題として金貨(ガリオン)が要るのだ。そして誰がそれを支出する? 善行は為されるべきだが、その為に大金を払いたがる者は居ない。故に絶対的権力が無理矢理命令する必要が有る訳だが、闇の帝王以前の〝純血〟は、そこに意義を見出さなかった。魔法族は数百年前を生きていて、当然のように自力救済が常識だったからな」

 

 古き善き相互扶助機能(セーフティーネット)

 彼等は親族間で助け合い、子や孫、或いは義娘らが困窮する事を許さなかった。

 

「畢竟、彼等は〝政府(魔法省)〟に頼る必要を見出さず、無関係の他人に寄生しようとする者達を嫌悪した。そして持ち出されるのは原点だ。〝魔法省は国際機密保持法を護る為に作られた組織の筈だろう? それなのに何故、魔法省は目的外の余計な仕事を増やす真似をし、あまつさえ純血に金をせびってくるのか?〟」

 

 そして魔法省は抗弁を用意出来なかった。

 

 理論的正当性が有ったのは、純血達の方だったが故に。

 見知らぬ他人の為に自分達の負担が増えるのは、やはり誰も望まなかったが故に。

 

「事実、魔法族の問題は杖を使えば大概解決するからな。そのシングルマザーにしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。誇り有る〝純血〟としてはそんな浅ましい真似をする気にならないが、社会で生きられなかった落伍者が今更何を恥じる? そして彼等の〝善行〟──自分と子供の命を救う為の緊急避難的行為を規制し、抑圧する連盟や魔法省こそが〝悪〟ではないか? 〝純血〟達がそう主張するのは尤もな話だった」

 

 些細な良心以外に、〝マグル(下等種族)〟への()()を静止するモノは無かった。

 国際機密保持法ですら何の障害にもならない。その法の本意が魔法界の隠蔽にある以上、バレなければ良いのだから。服従の呪文を用いれば如何様にでも非魔法族を操れるし、忘却術を使ってしまえば何も無かった事になるのだから。

 

「結果、その善良な母親は見捨てられる。そして彼女は最終的に、〝マグル〟の世界の孤児院や社会保障制度に頼る羽目になるかもしれない。しかしその場合、母親と子供は魔法界から排除される。まあ子供の方はホグワーツ経由で魔法界に戻って来るが、その際に彼が魔法界ないし魔法省に敵意を持ったとしても、何の驚きもしないな」

 

 そのような人間達を救おうと努力している者は魔法省に居るし、その為に立ち上げられた民間団体も確かに在る。彼等彼女等の活動は、一人二人は救っている事だろうし、けれども、全体の数パーセントも救えているかどうかすらも怪しい。

 

 単純に、力が足りないからだ。

 彼等は断じて、強権的中央政府ではないからだ。

 

「こんなのは序の口で、特筆にも値しない不幸の一つに過ぎない。そして、今までは大きな問題にもならなかった。単純に、そんな人間は圧倒的少数派だったからだ。〝マグル生まれ〟や魔法族と結婚した〝マグル〟、そして非魔法界で生まれ育った半純血もか。つまり、その手の新参者は稀だったから、社会問題として取り組む必要など無かった」

「…………」

「しかし、破綻を迎えつつあるのは君も理解出来る筈だろう」

 

 単純に、半純血が増えたから。

 正しくは、〝マグル〟を直接の親に、或いは親戚に持つ子供の数が増えたから。自力救済が神聖化され、弱者淘汰を容易く肯定する旧い社会を疑問視する人間が増えたから。

 

 魔法族ですら、〝マグル〟の常識や価値観に染まりつつあるから。

 

「三百年間、魔法省は足掻いて来た。今は国際機密保持法を維持する為の組織としか看做されていなくとも、何時の日か、魔法省は魔法族にとって必要不可欠の組織であると認識して貰えるように。魔法大臣は法が定める通りの頂点となり、そしてブリテンに住まう魔法族の未来の舵取りをし得る玉座となるように。自らの存在意義を確立しようとして来た」

 

 ウリック・ガンプ魔法大臣から始まり、エルドリッチ・ディゴリー魔法大臣や、ヘスパイスタス・ゴア魔法大臣が道筋を作った〝市民の為の魔法省〟という理想は、途中も幾度と無く失敗を重ねながらも信頼を積み重ね、今では優秀なホグワーツ卒業生が進路として考える程の組織となった。国際魔法使い連盟の走狗として忌み嫌われ、機密保持法に反対する親戚や家族を敵に回したくないとして、多くの生徒が就職を回避した1707年頃からは考えられない事態である。

 

「特にこの百年間──生活と医療水準が向上し、社会福祉制度が整備され、行政機関が肥大化して権限も増大した〝マグル〟の世界を見た魔法省は、決意を新たに、そして強くして来ただろう。硬直化した魔法界は腐りつつあり、激痛を伴う改革が必要だ。誰かがやらねばならず、勿論それを為し得るのは魔法省、ひいては魔法大臣だけだと」

 

 伝統や慣習のみを考慮するなら、ウィゼンガモット主席魔法戦士にも改革の資格が有った。

 しかし、魔法界で有利な立場に居たのは、やはり魔法大臣──魔法省という魔法界基準では大きな組織と人員を掌握し、法律上も最高権限を与えられている存在だった。

 

「そして御誂え向きな事に、()()()()()()()()()()()()()()

「────っ」

「元より並外れた杖腕と叡智で知られていた魔法使いは、伝説的決闘によって全魔法界を救い、歴史上類を見ない程の絶大な名声を獲得した。彼は紛れもなく国際機密保持法の守護者であり、闇の魔法に対しても厳格な立場を取り、しかも〝マグル〟に対してすら理解有る態度を示した。魔法省が三百年求め続けた、民主主義による〝独裁〟を成立させるに相応しい英雄だった」

 

 それが誰であるのかは、やはり言う必要も無い。

 

「だが、期待は裏切られた。彼は魔法省にとって、最大最悪の敵となった」

 

 過去も。現在も。

 アルバス・ダンブルドアこそが真なる敵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 世界に革命の火が上がったゲラート・グリンデルバルトの時代。

 それに対して最も不安を抱いていたのは魔法省だったと言って良い。

 

 国際機密保持法在りき。そんな組織は、法の廃止後も存続出来るか不透明だった。

 そもそもの成立時、少なくない魔法族が国際機密保持法に反対したという時点で組織の基盤は危うかった。第二代魔法大臣ダモクレス・ロウルは〝マグル〟への強硬路線を取ろうとし、第三代魔法大臣パーセウス・パーキンソンは〝マグル〟との結婚を一切禁じようとする始末。しかも、その両大臣の改革が何れも失敗した挙句、前者なんぞは国際魔法使い連盟の──非魔法界流に言うなら国連の──反発を受けて魔法大臣を辞任する羽目になっている。こんな有様だというのに、魔法大臣が民主的独裁的を行える地位だと認識する方が可笑しい。

 

 確かに法律上、魔法大臣は魔法界全体の管轄権を有している。

 しかし条文にどう書いてあろうと、やはり現実は独裁とは程遠かった。

 

 実態は〝純血〟達に頭を下げて政治を行うしかない、非魔法界の政府首脳とは程遠い名ばかりの単なる管理職に過ぎなかった。ましてや1707年当時、連合王国首相も合衆国大統領も人民の皇帝も世界に存在しない。設立時に参考に出来る権力機関など精々都市(ロンドン)の市長くらいしかなく、魔法大臣は手探りで組織の在り方を模索する羽目になった。

 

 その試行錯誤は当然のように、既得権益を守ろうとして反対する〝純血〟達、或いは政治に無関心な〝純血〟達の傍観により停滞した。非魔法界で国民国家――強固な官僚機構を備え、市民に広く命令し得る〝政府〟が形成されて行くのを、魔法省は呆然と眺めるしかなかった。

 

 だが魔法省を滅ぼすかもしれなかった革命家は、逆に一人の大英雄を生んだ。

 

 アルバス・ダンブルドア。

 

 今世紀における最強にして最高。

 反対勢力の一切を無視して改革を進め得うる程の、本物の魔法使い。

 

 そして世の良心的な者達──魔法大臣や魔法省の脆弱さに忸怩たる思いを抱き、非魔法界の首相や政府の権力に憧れていた役人達は、彼の出現を天啓と見ただろう。

 

 無論、アルバス・ダンブルドアに期待した者の中に、疚しい考えを持つ者が居なかったとは言わない。現在の支配者である〝純血〟に成り代わって魔法省が君臨したいという欲望を抱いていた者はそれなりに居た筈である。しかし、それが全てで無かったのは間違いない。

 

 彼ならば〝正しい〟独裁を振るい、〝政府〟を構築する事が出来る。

 さながらホグワーツの四寮のように、魔法界は魔法族が帰属意識を抱く大きな(House)となり、それを統括する魔法省は統治機関として敬意を払われ、民の側からも護るべき権力組織として忠誠を向けられる時代が訪れる。

 

 そんな期待が在ったからこそ、アルバス・ダンブルドアを魔法大臣にという声が無くならず、また魔法大臣にならないかと秘密裏に打診される事が繰り返されたのだろう。

 

 しかし、その期待は、希望は見事に裏切られた。

 アルバス・ダンブルドアは、明確に魔法大臣の座を拒否した。

 

 そして、それだけならまだ良かった。

 権力や支配を穢らわしいとして距離を取る旧い魔法族は一定数居たし、今でも尚少なくない。だから彼が単なる一魔法使いでありたいとして、中央に対して徹底的に不干渉を決め込むならば、魔法省も大人しく断念した事だろう。

 

 けれども、彼は違った。

 大臣の地位を拒否しながらも、外部から魔法界(省の管轄)に口出し、干渉した。

 

 ゲラート・グリンデルバルトを打ち倒した英雄としての権威を用い、ホグワーツ校長やウィゼンガモット主席魔法使いといった公職の権力を用い、最初から闇の帝王に抗い続けたという実績を用いて、本来魔法大臣のみが為すべき筈の魔法界の指導を行った。それが必要性在っての事であり、全体的としてみれば彼の行為が正しかったとしても、彼は魔法省の地位を向上させようとは――〝政府〟の確立の為に戦おうとはしなかった。

 

 マーリン勲章第一等、ウィゼンガモット主席魔法使い、国際魔法使い連盟議員、そして不死鳥の騎士団長。他にも数多くあるアルバス・ダンブルドアの肩書の中に、彼は魔法大臣とい

()()()()()()()()()()肩書を一つ加えるような真似はせず、彼がやる事の尽くは、魔法省ないし魔法大臣の弱体化で一貫していた。

 

 彼が考えるのは眼前の魔法界の事だけで、将来の魔法界の事など一顧だにしなかった。

 

 アルバス・ダンブルドアは、過去に囚われたままだった。

 

「……まだ続けるか?」

 

 もう十分だろう。

 

 既に魔法省の本質は指摘してしまった。

 ハーマイオニー・グレンジャーの頭脳ならば一人でこの先の思考を進められる筈で、僕が彼女の心を切り刻む必要など無い筈で、けれども、彼女はやはり頑なな態度を崩さなかった。

 

 血が乾きつつあった唇を再度舌で舐めた後、彼女は押し殺した声で答えた。

 

「……私はグリフィンドールで、ダンブルドア軍団の一人で、将来は不死鳥の騎士団に入るつもりよ。それで答えは足りるでしょう?」

「──そうか」

 

 本当に強情な事だ。

 アルバス・ダンブルドアに代わり、彼女が魔法省側の叫びを聞き遂げる義務もない。

 それでもハーマイオニーは、糾弾され続ける事を望むようだった。

 

「……ともあれ、魔法省は、市民生活にとって不要な組織から逸脱出来なかった。〝政府〟とは得てして憎悪されがちなものだが、魔法族が魔法省に対している嫌悪の強さは、〝マグル〟達の比ではない。口実さえ得れば、魔法族は魔法省を滅ぼしに掛かる」

 

 魔法省は魔法族が忠誠を誓い、守護すべき対象ではなく。

 故に、時が来てしまえば、三百年の歴史は当然のように終わる。

 

「国家は何故、暴力の独占や、税の徴収等の特権を有し、市民の自由を奪う事が正当化されるのか。非魔法界の古代や中世でそれを許した理論は神の代理人という資格であり、近代以降では市民の生命や財産を護る対価であるという社会維持の理念だった。魔法界にそうした理論的支柱の発展は無かったが、それでも収斂するように、同じ方向へと向かっていた」

「…………」

「しかし、やはり魔法界のそれは非常に危ういものだ。また、非魔法界ですらまま在るように、その前提が崩れてしまえば、政府機関は容易く統治の正当性を喪う」

 

 そして、今や魔法省は崩壊しようとしている。

 

「第一次魔法戦争は危うい所まで行った。特に戦争初期は殆ど役立たずだったからな」

 

 ユージニア・ジェンキンス魔法大臣は対応し切れず、ハロルド・ミンチャム魔法大臣もまた任期途中で辞任を余儀なくされた。有能と評される事が多いミリセント・バグノールド魔法大臣ですら、その名が知られるのは魔法戦争が停戦を迎えてから、戦後の演説と後始末の手腕故であって、戦争中の活躍によって功績を残した訳ではない。

 

「しかし、バーテミウス・クラウチ氏の台頭以降は多少勢力を盛り返し、またアズカバンの半分を埋めたアラスター・ムーディは闇祓い局──魔法法執行部傘下の役人という立場を捨てていなかった。そして停戦後、死喰い人裁判を主導したのはアルバス・ダンブルドアでは無くバーテミウス・クラウチ氏。また、刑を宣告された犯罪者達にしても(つつが)なくアズカバンへと収監された。最終的な魔法法執行部、ひいては魔法省の戦争への貢献は明らかだ」

 

 それでも批判は大きかったが、省に限らず誰もが闇の帝王への対応に御手に回っていたのは事実であり、最後にバーテミウス・クラウチ氏が失脚した事で全て有耶無耶になった。

 

「何より、光の陣営で最強の魔法使い、アルバス・ダンブルドアとて勝った訳では無かった。闇の時代を終わらせたのは一人の赤子だったからな。結果、魔法省の権威の低下は最小限に留められた。彼等は何とか踏み止まり、存在価値を維持する事が出来た」

 

 アルバス・ダンブルドアが勝利しなかった事を誰よりも喜んだのは、魔法法執行部──バーテミウス・クラウチ氏に限定しない。勿論、彼は大いに喜んだ筈である──なのかもしれない。少なくとも、自分達が一方的に無能だと罵られる事態は避けられたからだ。

 

 今世紀で最も偉大な魔法使いでも最終的には駄目だったのだから、魔法省が一時的に無様を晒したとしても仕方ない。寧ろ良くやった方だ。そう考えられたからだ。

 

「しかし、現在はどうだ? 魔法法執行部傘下の組織──闇祓いや魔法法執行部隊、捜索課や監視課に所属する者を親として、或いは親戚として持つ子供に対して如何なる言葉が投げつけられて来たか、あの傲慢な魔法使いはどれ程知っているんだろうな?」

 

 好きに搔き乱すだけして、後始末をしない。

 アルバス・ダンブルドアの悪癖は、ここでも見られる。

 

「三年間、彼等は皮肉や暴言に耐えて来た。何せ、シリウス・ブラックの無実を世間は知らないし、まあピーター・ペティグリューという凶悪犯が逃げおおせているのも事実ではある。彼等に対する無能や無駄飯喰らいといった誹りに対し、魔法省は反論など出来まい」

 

 今年の大量脱獄者を出す前から、魔法法執行部へ向けられる眼は冷たかった。

 市民の安全を守る組織であるという幻想は剥がれ落ち、彼等の権威は低下し続けていた。

 

「そして止めに今回のアルバス・ダンブルドアの逃亡。客観的な事実としては、二人の闇祓いとオマケの魔法使い三人が居て尚、百歳を超える老魔法使い一人を取り逃がしてしまい、今も捕捉出来ていないという事になる。彼は耄碌した、弱くなったと『予言者新聞』で散々喧伝していたのにな。そのような体たらくで、魔法法執行部の能力を──魔法省は闇の帝王に勝てる程強大な組織であると、そのように世間が考えてくれるとでも?」

 

 嗚呼、と付け加える。

 

「仕方が無かったと言う事は出来ない。相手が強かったから無理でしたなどという言い訳は、〝政府〟の暴力装置として論外だ。そもそもアルバス・ダンブルドアを捕まえられないなら、対等に位置する帝王を捕まえる方も無理と考えるのが筋だ。未だ帝王の復活は噂に留まるものの、魔法法執行部、或いは闇祓い達への信頼低下に歯止めは掛からない」

「……だから魔法法執行部、いえ、魔法省は滅ぼされる事になると言いたいの? どれも魔法族に不要であるから、廃棄されても已むを得ないと」

「結論としてはその通りだ。しかし、理由としては先の説明では不十分だ」

「不十分?」

「ああ。戦後の話。魔法戦争の後始末の話をまだしていないからな」

 

 第一次と同様、第二次でもアルバス・ダンブルドアが勝って貰っては困る。

 僕にそう思わせる決定的な原因は、魔法省側には無い。

 

「なあ、ハーマイオニー。コーネリウス・ファッジの次の大臣は誰になると思う?」

「────え?」

 

 その瞬間、今まで険しいままだった表情は、意表を突かれたような驚愕に変わった。

 実際、不意打ちの質問として機能するのは認める所だが、けれども、将来必ずや持ち上がる問題を提起するには、この問い方こそが最も適切なのだ。

 

「コーネリウス・ファッジが魔法大臣に就いたのは1990年。魔法大臣の任期は、最長でも一期七年。つまり、原則として1997年……今年度始めより起算すれば二年弱、現時点からは後一年程で選挙を要する。そして、彼が再選される事は無い。三年前のシリウス・ブラック、及び今年の十人の死喰い人の脱獄。更には一方的な検閲と独裁体制。世間でも省内でも、彼を支持する者は最早居ない。声高に叫ばないだけで、内心で誰もが早く辞めろと思っている」

 

 今回のアルバス・ダンブルドアの逃亡騒動にしても、コーネリウス・ファッジの熱意に反し、冷ややかな眼で見ている人間の方が遥かに多いだろう。

 

「だから問題はコーネリウス・ファッジが辞任した後、その次の魔法大臣だ。一体誰が大臣になると思う? いや、こう聞いた方が遥かに解りやすいか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そんなの決まってるじゃない。アル──」

 

 その名を口にしようとして、ハーマイオニーは絶句してしまった。

 瞳孔は大きく開き、手の甲が白くなる程に両手は強く握られ、全身は堅く強張っていた。その間も思考が目まぐるしく回転しているのが見て取れたが、けれども彼女は反論の言葉を用意出来ないらしかった。その名前を考え無しに口に出来たであろうハリー・ポッターやロナルド・ウィーズリーと違い、彼女は余りにも聡明過ぎたのだ。

 

「そういう事だよ」

 

 荒れ狂うハーマイオニーの内心を他所に、僕は至極淡々と回答を口にする。

 

「あの男は決して、次の魔法大臣に就きなどしない」

 

 杖腕を賭けたとしても良い。

 彼が魔法大臣となる未来は、絶対に訪れない。

 

 

 

 

 

 

 

「……十一月。貴方は二年以内にダンブルドアが魔法界を滅ぼすと言ったわ」

「そうだな」

「それって──」

「──ああ。コーネリウス・ファッジの任期を念頭に置いた話だ」

 

 1997年以降をどうするか。

 これは当然、光の陣営が今の時点から考えておかなければならない問題だった。

 

「真っ当な〝国家〟なら、そこに民主主義が存在するならば、国民は来る大戦争を前に最も相応しい……違うな、最も()()()人間を頂点に据えるモノだ」

 

 そうして、国家の全てを衝撃力に変換させる為の、〝独裁〟が成立するものだ。

 

「サー・ウィンストン・チャーチル。元々首相の芽など無かった筈の彼は、しかし世界大戦の勃発、そして終始一貫していたハーケンクロイツへの敵意によりその椅子へと昇った。また、フランクリン・デラノ・ルーズベルト。元々三選ですら慣例違反だったが、戦争を戦い抜く中で、彼は前代未聞、そして恐らく今後も繰り返されないであろう四選を遂げた」

 

 指導者一人が違った所で、戦争の趨勢や勝敗が変わったという事も無かろう。

 しかし、それでも彼等は頂点として望まれた。何故か。彼等の下でこそ、国家は苦しい大戦争を完遂出来ると信じた──そういう幻想を広く抱かせると思われたからだ。

 

「そして魔法界、闇の帝王との第二次魔法戦争。これからこの世界が全面戦争を行う際の、象徴(アイコン)と成り得る存在。その資格を持つ人間は、この戦争が再開される以前に四人居た。バーテミウス・クラウチ氏。アラスター・ムーディ。ハリー・ポッター。そして勿論、アルバス・ダンブルドア」

 

 だからこれも、彼等が実際に、帝王を滅ぼす能力を持っているかという話では無い。

 持っているかもしれないと信じさせ、彼の指揮の下でなら命を捨てて戦えると大勢に思わせるだけの力が有るかこそが問題なのだ。

 

 その力を持っているのであれば、これまでどんな失態を犯していようと──例えば、陰謀の下に〝生き残った男の子〟を散々危険に晒そうと、或いはポリジュース薬での成り代わりを見抜けず一人の生徒を殺そうと──非常に些細な事である。

 

 一方で、どんなに聖人君子であろうとも、実は魔法大臣としての能力を十分持っていたとしても、市民に勝利の幻想と希望を与えられないのであれば論外である。

 

 平時と戦時。頂点に求められる資質は全く異なる。

 

「しかし、三人は候補から外される。バーテミウス・クラウチ氏は既に死人で、アラスター・ムーディは去年死喰い人に敗北しており、ハリー・ポッターは未だホグワーツを卒業していない。だから1997年における魔法大臣としての適格者は、誰が見ても一人しか居ない筈なのだ」

 

 まあアルバス・ダンブルドアにも年齢問題は有るが、どう見てもアレの寿命はまだ先だ。

 そもそも、あの年齢であの杖捌きを出来るのが可笑しい。彼より十や二十歳程度若い魔法使いだろうと、既に一線から身を引いている人間は数多い。情報提供等で騎士団へと協力する者は居たとしても、杖を取ってまで決闘する者など極少数の筈である。

 

「そして、彼が魔法大臣になる事を希望すれば当然叶う。闇の帝王の復活が〝嘘〟であるかは最早関係無い。少なくとも、アズカバンから十人ばかり死喰い人が逃げた事に関しては、コーネリウス・ファッジも認めてくれたからな。故に、あれらの捕縛の為に己を魔法大臣せよと、そうアルバス・ダンブルドアが広く訴えた場合、一体誰がその主張を排する事が出来る?」

 

 ルシウス・マルフォイ氏が反対を示す事は事実上不可能である。

 この状況でその主張をするのは、自分は死喰い人達につくと宣言するようなものだ。

 

 そして闇の帝王ですら──裏で妨害工作する事は有っても──アルバス・ダンブルドア以上の魔法大臣など有り得ないと認めざるを得ないであろう。

 

 敵も味方も。誰がどう見ても、アレを魔法大臣とする事こそが最善手。

 それ以外の人間を魔法大臣として据えるのは、全て次善以下の手でしかない。

 

「彼自身は否定しているようだが、彼の本質なんぞ明白だ。富や名誉も既に十二分に持っている人間が、何の報酬も無く、ただ虐殺を看過出来ないという理由だけで闇に抗おうとする行為を、一体善以外の何と呼ぶのか。81年の時点で彼が年齢を理由に引退を宣言し、公から身を消していれば、彼は何も喪う事無しに第二次魔法戦争から足抜け出来たのだというのに」

 

 しかし、あの老人は戦うのだ。

 

 たかだかトム・マールヴォロ・リドルが元教え子だったという理由で。

 その程度で──自分の教え子が悪の道に染まり、改悛させる事も出来ず、その結果として犯罪を犯した責任を教師が負うべきだと言うのであれば、世界に教職なんぞ消えるだろう。

 

「そして、今の状況で魔法大臣になったとして、一体誰がそれを権力欲しさだと認識しよう? 彼が望めば何時でも魔法大臣となれた事なんぞ、多くの人間が知っている。まして闇の帝王が復活した以上、大臣の地位はどう考えても貧乏籤なのだ。今その地位を望んだとしても、後世では逆に無私の気高い行いとして讃えられるだろう。彼の懸念は最早杞憂であり──」

 

 過去その座を目指した理由とは全く違う理由で、魔法大臣に就く事が出来る筈で。

 

「──けれども、アルバス・ダンブルドアはそうしない」

 

 五年を費やして尚、彼の心は何も変わらなかった。

 

「……断言するのね」

「ああ。そして、この予測が外れたとして何ら気にもしない」

 

 本心では外れる事を──彼が魔法大臣に昇る事を期待しているとすら言って良い。

 

「どう考えても、アレが魔法大臣にならない合理的理由は無い。魔法大臣になれば、彼は魔法法執行部を、闇祓いを自由に使える。秘密同盟たる不死鳥の騎士団にしろ、現状のままでは、戦後に騎士団員が殺人罪で起訴されても何ら文句を言えんのだ。正当防衛が認定される事と、裁判……刑事手続自体を免除される事は違うからな。しかし、彼が魔法大臣となれば、騎士団自体を合法化してしまえば、何の問題もなくなる」

 

 確かに抵抗組織(レジスタンス)とは違法であるのが基本では有る。

 しかし、それは当時合法である専制・独裁政府を打ち倒すには、論理必然的に違法にならざるを得ないからである。平和的に政治の頂点に座れるし、合法化も出来るが、何も困っていないから違法のままにしておく──そんなアルバス・ダンブルドアの態度とは絶対的に異なるのだ。

 

「だが、彼は魔法大臣にならない。……嗚呼、〝正しい〟とも」

 

 戦争の事だけを考えるのならば、確かに魔法大臣の椅子など必要無い。

 

「闇の帝王さえ滅ぼせれば戦争は終わる。だからセドリック・ディゴリーが不要なように、不死鳥の騎士団が不要なように、魔法省もまた不要だ。それどころか、どれだけ裏切者と内通者を抱えるか解らん組織の立て直しなんぞ、時間の無駄とすら言えるだろう」

 

 闇祓い達の指揮権を加味しても、魔法省を内に抱え込んだ所で荷物にしかならない。この戦争だけを考えるのならば、アルバス・ダンブルドアが魔法大臣になる意義は小さい。

 

「しかし、それは戦後において、魔法省の、ひいては魔法大臣の権威を致命的に低下させる。法律上、魔法大臣は魔法界における最高権力者()()()()()()()、平時でも、戦争に際してさえも、アルバス・ダンブルドアは求めなかった。それが世間に与えるメッセージ性なぞ明らかだ。求める意味のない職、就く価値のない職。千年の歴史を有するホグワーツ校長の肩書より遥かに劣る、苦労しかない中間管理職。世間は、民衆は、魔法大臣をそう見ざるを得ない」

 

 そして実際にそうだから質が悪いのだ。

 この魔法界に真の玉座が在るとすれば、それは唯一ホグワーツ校長だけである。

 

 千年の歴史の中で自然と形成され、神秘性を宿し、絶え間ない闘争により確固たる地位を確立してきたその玉座のみが、魔法界の頂点と呼ぶ事が出来る。

 

「確かに魔法省と不死鳥の騎士団は、今後この戦争で同じ陣営に立つだろう。アズカバンが再度破られ、ハリー・ポッターの告発を受けて多くが闇の帝王の復活を信じ始めた以上、間違いなくそうなる。けれどもだ、不死鳥の騎士団の勝利は、決して魔法省の勝利では無い」

 

 コーネリウス・ファッジとドローレス・アンブリッジが違うように。

 闇の帝王とルシウス・マルフォイ氏が違うように。

 

 魔法省と騎士団も同一では無い。

 

 そして、魔法省が敗北する一方で騎士団が勝利する事は有り得るが、騎士団が敗北する一方で魔法省が勝利する事は有り得ない。魔法省は分霊箱の存在を知らないからだ。アルバス・ダンブルドアは、ソレを魔法大臣に明かす程に気の良い人間では無いからだ。

 

「結果、戦後に魔法省を上位者──〝政府〟として認める魔法族が現れるのか?」

 

 支配の座は永遠では無い。

 

 玉座や政権のみならず、政府自体もまた。

 資格無しと看做されてしまえば、革命によって滅ぼされる。

 

「今年度、魔法大臣は魔法族の自由を弾圧し、個人的権力欲の下に嘘を振り撒き、魔法界を混乱・麻痺させてくれた。闇祓いや魔法法執行部隊は未だにシリウス・ブラック達を捕えられず、市民の生命や財産を護ってくれもしない。その上、本質的に魔法省は市民生活に不要。この有様で、一体誰が魔法省に敬意を払い、彼等が執行する法に従い、彼等の統治を受け容れる?」

 

 ホグワーツでドローレス・アンブリッジの指示に誰も従わないように。

 魔法大臣が民からの敬意と忠誠を喪い、闇祓い等の暴力装置も完全に舐められ切った魔法界においては、同様の無秩序状態が広がる事になる。

 

 世界の大半で王政が消え、一部の国で政府が打ち倒されているように。

 被支配者からの敬意を欠き、権威を喪失した組織は、当然に歴史の終焉を迎える。

 

「……魔法省が勝者となれば、魔法戦争で役に立てば、そうはならないわ」

「それは間違いない。だが、君も良く知る通り、僕は非常に悲観主義でね」

 

 何時も何時でも、悪い展開を念頭に置いてしまう。

 

「現状魔法省が滅ぼされないのは、単純に滅ぼす為の労力(コスト)が上回るからだ。未だ国際機密保持法が撤廃される気配が無い以上、魔法省を滅ぼしてしまえば代わりの組織が必要になる。それを作らない怠慢を犯せば、ダモクレス・ロウル魔法大臣の時に為されたように、或いはゲラート・グリンデルバルトの時のように、連盟が、そして他の魔法界が介入しに来る。面倒事は眼に見えていて、なら、既に在る物を使う方が早いし楽に済む」

 

 変化を望む者は多くとも、急激な変化を望む者は圧倒的少数だ。

 ましてや、革命を志す者などそう居ない。

 

「しかしながら、魔法省が悪の組織であると、如何なる代償を払ったとしても滅ぼすべき組織だと看做されれば話は別だ。元々旧い常識に囚われた人間──現在の大多数の魔法族は、強権的で高圧的な組織を嫌うのだ。破壊して良いと判断すれば躊躇いはしない」

 

 そうなってしまった場合、アルバス・ダンブルドアが勝ったとしても、戦後には崩壊した魔法界が広がる事になるだろう。

 

「これを回避する為の手段は、やはり簡単だ。アレが魔法大臣になれば良い」

 

 選挙を経ずに私的に、かつ幾度となく大臣職の打診が来るのも必然なのだ。

 あの男が魔法大臣になる事こそが、この魔法界の歪みを解消する単純な手段なのだから。

 

 実質と形式。

 支配の座、魔法界の頂点に君臨する人間は一致してくれる。

 

「別に魔法大臣として仕事をしろとは言っていない。ホグワーツ校長兼不死鳥の騎士団兼魔法大臣なんぞ、どう考えても身体が足りん。しかし、名前だけで良いのだ。今世紀で最も偉大な魔法使いが魔法省を庇護し、支持するのだと──実態はどうあれ騎士団と魔法省は同質であると、役人達も市民の味方として日夜奮闘しているのだと、そう態度で示してくれるだけで良い」

 

 今回闇祓い達がアルバス・ダンブルドアに負けた事や、今も尚魔法法執行部が彼を捕まえられないでいる事にしても、堂々と有耶無耶に出来る。

 自分達が戴くべき主である以上、秘密裡に逃亡の手助けをしても可笑しくはないからだ。

 

「それだけで魔法省は、戦後においても権力と権威を保持し続ける事が出来る」

 

 低下は避けられないかもしれないが、喪失は避けられる。

 

「見方を変えれば、この魔法戦争は絶好の機会だ。薔薇戦争により絶対王政の道筋が付けられたように、二度の大戦で政府の力が拡大したように、今回の戦争で既得権益者(〝純血〟達)の一掃に成功すれば、この百年間で魔法省が抱いて来た野望──狼人間に、孤独な魔法族の母親、そして肩身の狭いスクイブ達に補助金を出し、非魔法界の〝政府〟が如く、多くの人間を救済し得る最大勢力へと変わる事が出来るかもしれない」

 

 アルバス・ダンブルドアはホグワーツを偉大であると看做す。

 それ自体は否定しない。

 

 しかし、如何にホグワーツが偉大であろうと、そこで魔法族が過ごすのはたった七年。五十年、百年、或いはそれ以上の期間、魔法族が生きるのはホグワーツの外の世界なのだ。

 あの老人は、その事を見ない振りをしている。ホグワーツの卒業を認められた一人前の魔法族ならば、その先の人生に苦難が在ろうと何とかやっていけると信じている。

 

 彼は個人として強過ぎるから、それが不可能な弱者が居る事を本質的に理解出来ない。

 

「非魔法界では最早、政府による国民生活への介入が当然視されている。君のような〝マグル生まれ〟や半純血は、その常識を引き継いだままホグワーツにやって来る。しかし、彼等は()()()()魔法界の冷酷さに打ちのめされる。自分が憧れていた世界など幻想だったと我に返る。そうして、当然の如く魔法界を去るだろう。今後一部の純血達もまた、それを追おうとするに違いない」

 

 かつての非魔法界は過酷な世界だった。だから人材の流出は起きなかった。

 が、今では両世界の格差はそれ程でも無くなっている。非魔法界にも自然と溶け込める能力を持つ者から姿を消し、魔法界には古い頭を持ったままの人間しか残らない。

 

 もっとも、非魔法界に近付き過ぎた者の末路というのもまた決まっている。

 

 魔法族にとって〝マグル〟は本質的に敵であり、彼等の〝政府〟は魔法省と比較にならない本物の怪物(リヴァイアサン)である。彼等が、奇跡(魔法)を使える人的資源を放置する筈がない。魔法界に失望し過ぎるが余り非魔法界を神聖視した人間は、非魔法界もまた信頼に値しない世界であると直ぐに気付く事になるだろう。

 

 そうして今後、二つの世界の狭間において、不幸な魔法族が溢れかえる事になる。

 

「誰がどう見たって、魔法界には変化が求められている。そして、それには強力な指導者と魔法史に前例の無い中央集権化が必須であって──けれども、あの魔法使いは、誰よりも愚かな道を選択する。独善的な一貫性、誤った思想信条の下に、魔法省が特にこの百年間目指してきた〝マグル〟化路線を、徹頭徹尾妨害してくれている」

 

 今世紀で最も偉大な魔法使い。

 そう呼ばれる魔法使いは来世紀になって、絶対に批判に晒される。

 

 それだけの力を持ちながら、何故お前は魔法大臣にならなかったのかと。

 まして統治機関の権力や権威を徹底的に貶め、一体何がしたかったのかと。

 

「──()()()()()()、アルバス・ダンブルドア。あの男こそが、この魔法界を滅ぼすのだ」

 

 そして瓦礫に埋もれた外界を他所に、治外法権の城は悠然と佇み続けるのだ。




・魔法省の財源
 ホグワーツ生の教育費は魔法省が負担しているというのが公式の声明であり、省はアーサーやパーシーに対して給与を払っているようだが、その財源が何処から出ているかは不明である。
 普通なら税金を徴収しているという発想をすべきなのだろうが、税務関連機関が魔法省──少なくともロンドン本部内──には存在せず、しかも一時期のイングランドの公職は無給だった事(治安判事、Constableなど)を考えると、断言するには少し躊躇してしまう部分がある。それ故、本作品では税金泥棒等の言及をしていない。

・魔法大臣の選任
 大臣は選挙で選ばれる(『Ministers for Magic』Wizarding World参照)が、現状、誰の選挙によって選ばれるかは明言されていないようである。
 一応はウィゼンガモットの評議員(彼等評議員の選出方法、ダンブルドアがどのように主席魔法戦士となったかも不明)による選挙という可能性も有るが、煙突飛行などが存在する世界では全魔法族による直接選挙も理論上は可能であろう。

 また、ルーファス・スクリムジョールの選任経緯についても言及されていない。
 ファッジの発言によれば、『三日前にクビ』『魔法界全体が、この二週間、私の辞任要求を叫び続けましてね』(六巻・第一章)との事らしい。戦争中にダラダラ選挙をやるのも難しい筈なので、スクリムジョールの就任がダンブルドアと同様、選挙でなく個人的に打診された結果という可能性も有り得るように思われる。

 また、七巻ラストにおいて『暫定大臣』が選出されているが、魔法省が陥落(同じ建物に存在する以上、ウィゼンガモットも落ちたと見るのが妥当であろう)しているのに、一体誰が如何なる手続で任命したのかという問題も存在する。

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