この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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一話目。


天秤の主張

 

 ()()が有ったのは、イースター明け初日の事だった。

 

 朝一発目の授業が終わり一人で廊下を歩いていた時、それは起こった。

 

 前触れは無かった。そして殆ど全てが一瞬だった。

 何処からともなく現れた、一瞬で視界を覆う程の大量の煙。更に色とりどりの眩い光、続けて複数の爆発音。僅かな火薬臭に、それを遥かに上回る鼻が曲がる程の異臭。そこら中で上がる悲鳴と、僕の傍を駆け抜けて行った小さな笑い声……間抜けにも後から咽る音。そして何よりも、他人によってローブのポケットが触れられた感覚。

 

 色んな意味で劇的で、しかしその一切に反応せず、僕は成り行きを傍観し続けた。

 

 十秒以上経ち、煙が晴れて見えるようになった光景はまあ、中々壮観だった。

 

 爆発は相当の衝撃を与えたのだろう。流石に廊下自体は傷一つ付いていないにしても、窓硝子には大きな罅が入っている。また天井や壁、床には、ドロドロした何かがそこら中に飛び散り、何処もかしこも極彩色のまだら模様で覆われている。

 更に、ここは生徒が往来する廊下である。狙いが僕であり、彼等なりに最大限配慮はしたのだろうが、それでも周りに全く被害無しという訳には行かなかったらしい。……まあ、そもそも()()()()()()()()()()。咳込んでいたり光と音の衝撃でフラフラしていたりする生徒が居るが、彼等には運が悪かったと諦めて貰うしかないだろう。

 

 そこまで認識してから軽く息を吸い直し、漸く杖を抜いた。

 自分に清掃呪文を掛け、周りの被害をある程度修復してやり、更に騒霊(ピーブズ)を先制攻撃で叩き落す所まで終わった後、やっと聞こえて来たのは誰かが急いで駆けて来る音。そちらに視線を向けてやれば……嗚呼、素晴らしい。秩序の教授の御登場で、完璧(スマート)すぎる仕事だ。ここまで計算ずくか。

 

「──どうも、ミネルバ・マクゴナガル教授」

 

 どういう訳か、彼女は僕の軽い挨拶に大きく怯んだ気がした。

 しかし、咳払いをした後、凛とした声で教授は言った。叱られている訳では無いと言うのに、被害の余波を受けた生徒や野次馬達が一斉に背筋を伸ばした。

 

「レッドフィールド。状況の説明を求めます」

「僕が何をやったのかとは問わないのですか?」

 

 少しだけ裾が汚れたらしい下級生達のローブに、順番に片手間で呪文を掛けながら聞く。けれども、教授は呆れたように小さく首を振った。

 

「貴方の遣り口では無いでしょう。また、犯人の見当も既に付いています」

「そうですか。言い訳を考えなくて良いのは非常に助かりますよ」

「……まさか、本当は貴方の仕業だと言うのですか?」

「その問いに僕は回答出来ない。これで教授には十分だと思いますが」

 

 ミネルバ・マクゴナガル教授は余計に険しい表情を浮かべた。

 話が早く済むのは良い事だ。それが個人の頭の良さから来るなら猶更に。

 

「そして教授、一つ御願いが」

「……ウィーズリー達には私から罰則を科します」

「そう言う事では有りませんよ。今の貴方の危惧も見当違いだ」

 

 懇願の言葉に警戒の視線が返され、笑みを苦笑へと変える。

 そのような事を望んでいる訳では無いし、復讐を目論んだ訳でも無い。これは必要経費であり、僕の義務の内で、だから多少不愉快に思う以上の事も無い。

 

「変身術教授。次の貴方の授業に遅れる事を、どうか御許し頂きたいのです」

 

 可能な限りの誠実さを籠め、頭を軽く下げる。

 

「確かに魔法を使えば全てを綺麗に出来る。だとしても、流石に糞爆弾と臭い玉と……後は良く解らない何かが色々。兎に角、それらのフルコースを浴びせられたそのままの姿で教室に向かうのは、何処となく嫌な気分を払拭し切れない。僕はそう感じるのですが、貴方もそう思いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 これだけやって何も無しであれば、逆に感動すらした。

 しかし、そういう事は流石に無かったらしい。

 

 他人に触れられた感覚の有ったポケットの中には、期待通りに羊皮紙が入られていた。

 それは本来何かの設計図の一部が描かれていたようで、しかし僕が読めないようにする為の措置だろう。雑でありながらも物理的に削った痕が残っていたが、今回意味と用事があるのはそちらでは無い。その裏面を見てみれば、一つの指示が掛かれていた。

 

 本当に上手い事やってくれたものだ。似たような事を僕も三年前にやったが、比べる事自体が馬鹿らしくなる程良く出来ている。ここまで完璧な仕事をされてしまわれては、後から僕達の繋がりを疑う部外者は現れまい。

 

 指定場所は、五階に置かれた一つの鏡の裏側。

 必要の部屋以上にそんな都合の良い場所があるのかと思ったが、一々探し回る必要も無く簡単に見つかった。指定された場所から大きな会話と笑い声が殆ど間断なく聞こえて来たからだ。普通の生徒は授業中である筈なのに、彼等は余程の怖い物知らずらしい。

 

 ……いや、違うか。

 彼等が最初からN.E.W.T.を受けるつもりが無いと言うのであれば、普通の生徒と異なり大幅に自由時間が増える。元々空き時間かもしれないし、仮に学期最初の時間割としては入れていても、教授に説明して授業を放棄する事は可能だ。所詮ホグワーツは自由教育の場で、非魔法界と違って国家により必要単位が管理されている訳では無いのだから。

 

 足音を少しだけ大きくして近付いた後、僕は踏み込む前、中の人間達に呼び掛けた。

 それまでの間も二人の会話は全く止む事は無かった。侵入者へと不自然さを抱かせるヘマはしないようだ。もっとも、彼等の声色は余りにもわざとらしかったが。

 

「──合言葉を言う必要が有るか?」

 

 演技がかった呼び掛けをしたのは意図的なモノ。

 御互いの関係は険悪という表現すら生温いのだから、大袈裟な方が良いだろう。そして僕の思惑通り、部屋内には一瞬だけ静寂が訪れた後、直ぐに笑い声の二重奏が響いた。

 

「そうだな……野心最高とでも言って貰おうか?」

「純血主義最高でも良いんじゃないか?」

「そっちも捨てがたいな」

「だろ?」

「思えばスリザリンが馬鹿な合言葉を馬鹿真面目に言うのは聞いた事が無いしな」

「……何なら、グリフィンドール最高でも構わんぞ。或いは、アルバス・ダンブルドア万歳でも。言うだけならタダだからな。その程度で気を悪くなどしない」

 

 更に笑い声。

 

「ああ、そうかい。陰険スリザリンにしては少しばかりユーモアを解するらしいな」

「ハーマイオニーは、冗談を解さない人間だと言ってたけどな」

「彼女はかなり石頭な所が有るからな。それで、どうなんだ?」

 

 確認をすれば、返ってきたのは快活な許可。

 

「良いぜ。だが、中で余計な物に触れたり、床に転がっている物を蹴ったりするなよ? その場合、君が悲惨な事になる。もっとも、俺達の発明品の実験台として志願してくれる気なら好きにすればいいけどな」

「そうか。ならば立ち入らせて貰おう」

 

 改めて宣告した後、僕は彼等の縄張りに踏み入った。

 

 仮の隠れ家にしては悪くない。踏み入り、中を見渡してみて思う。

 

 そこは行き止まりの通路、それも崩壊して通行不能になった通路と表現すべきだろうか。

 まあホグワーツには最初から行き止まりの通路というのもままある訳だが、どちらにせよ、こそこそと何かをするには申し分ない程度の広さはしている。恐らく、ここが健在だった時代には、双子のような人間が悪さの為に利用してきたのだろう。今現在崩壊してしまっているのも、誰かが魔法薬でも爆発させたか、或いは何か危険な魔法生物でも秘密裡に飼っていたのか。

 

 しかし、やはりホグワーツの構造の把握は〝本職〟に叶わないようだ。少なくとも、僕はこの場所を今日初めて知った。

 

「で、スリザリンの監督生様が何のつもりだ」

 

 双子の片割れの先制攻撃に、一つ溜息を吐く。

 改めて向かい合ってみて思うが、二人とも良く似ている。少しばかり注意深く観察した程度では、どちらがどちらであるか見分けがつかない。区別が出来ずに困る場合はそう無さそうではあるものの、個人を認識し切れないというのはやはり何処か落ち着かない。

 

 ただ、一つだけ、酷く気に入った事が有る。

 声を掛けて来た一方は、僕の存在など気にする程では無いというように床に座り、汚らしい襤褸布──恐らくは、何かの悪戯道具を弄っている。つまり、両手が見えている。しかし、もう一方は立ったまま腕組みをしており、必然的に両手が見えていない。彼の顔は笑っているが、その眼は油断なく僕の動向を観察しているのが良く伝わってきた。

 

 スリザリン生に対するモノとしては満足出来る対応で、だから僕は何も握っていないと示す為に両手を広げた後、軽く肩を竦めてやった。

 

「僕は別に監督生では無いのだがな。形式も実質も、僕はそうでは無い」

 

 ドラコ・マルフォイこそが監督生。

 我がスリザリンの第五学年において、頂点に立つ人間である。

 

「でも、他の連中は君を真の監督生だと言ってたぜ?」

「それは単純に、君達の交わっているのが下流の人間達なだけだ」

 

 ドラコ・マルフォイの取り巻き──つまり間違いなく死喰い人であった者達の子供である連中と、このグリフィンドール達の付き合いは皆無と言って良いだろう。

 

「そして下流の人間なら、僕も多少は命令に従わせる事は出来る。が、〝純血〟は下級生だろうと僕が言ってもどうにもならず、従うのはドラコ・マルフォイの言葉のみ。僕に出来るのは精々伏して懇願する事くらいだ。簡潔に言えば、大した事のない連中の担当が僕で、所詮は下請け労働をしている身に過ぎん。自惚れる気にもなれんよ」

 

 まあ最近は割合言う事を聞いてくれる場合も有るが、それはやはり、僕の言葉に理が有る事が大前提である。そして、僕の価値観の下で理が有るように思えても、実際には彼等の方に理が有り、屈せねばならない事も多く有った。〝純血〟達の秩序と価値観の多くは、半純血である僕にはやはり理解出来ないからだ。

 

 けれども、それでも左側のウィーズリーは意地悪く笑った。

 

「そうは言っても、監督生の仕事の大部分をしてれば、そいつはやっぱりもう監督生と呼ぶべきなんじゃないのか?」

「ロニー坊やより余程熱心に仕事をしているのは間違いないよな? その上、マルフォイも明らかに君の()()を聞いてるっていうのがスリザリン生や、他の寮生の見立てだし」

「そうそう。来年あたりマルフォイは監督生じゃなくなるんじゃないかってすら言われているよ。非常に例外的な事だとしても、監督生から降ろされる事は有るって聞くし」

「多分グリフィンドール的にはそっちの方が有難くあるよな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「────」

 

 ほんの僅かの間、言葉を喪う。

 

 彼等が何処まで主導権を握る気だったのかは解らない。

 しかし知ってか知らずか、最初の()()は間違いなく彼等の勝ちだった。

 

 嗚呼、当然ながら彼等は僕達の会話を──非魔法界の首相についての会話を知るまい。

 けれども、あの時のドラコ・マルフォイは一体どういう気持ちで聞いていたのだろうか。

 まあ、今の彼は僕の眼から見ても少々頼りなく思えるし、寧ろ彼には僕を振り回す位であって欲しいのだが……それでも、他の寮からすらそう見えてしまうという事は、僕も今まで以上に注意を払うべきだという事なのだろう。

 

「成程、君達の忠告は感謝しよう」

 

 そう言えば、彼等は何故か爆笑し始めた。

 冗談抜きに腹を抱えての、本気の笑いのようだった。

 

「……今の発言に、何処か愉快な所が有ったか?」

 

 疑問に思って問えば、更に笑われた。

 

「はっはっは。そりゃあ愉快な事しかないさ。スリザリンがグリフィンドールに感謝するなんて、少なくとも俺は、ホグワーツの七年間で初めて聞いたな」

「そして、俺達の人生で最初で最後になるかもな」

「なら、俺達もまた逆に感謝してやるか?」

「──君達は、一々何かを茶化さないと会話出来ないのか?」

 

 溜息を吐きながら問えば、更に大袈裟に溜息を吐かれた。それも二人分。

 

「諦めてくれ。産まれた時から俺達はこんなだったとオフクロから聞いてるんでね」

「そもそも、俺達に会いたがったのは君の方だろう? 俺達は別に、君に会いたいと思った訳じゃない。ロニー坊やとハーマイオニーが君に会う事を反対しなければ、最初から君をここに呼ぼうとはしなかったさ」

 

 深く考えるまでもなく、明らかにペースを握られている。

 余り相性が良くないと言うのも有るが、単純に二対一であるというのは分が悪かった。僕が一つ言えば、二つの方向から二倍の言葉が返ってくるからだ。

 

「けれども、反対されたのにも拘わらず、君達は僕に会うのか」

 

 床に落ちているガラクタを注意深く避けつつ、壁へと寄りかかって腕組みする。

 その際、警戒している方の杖腕がピクリと動いたが、それ以上の反応は無かった。

 

「正直な所、僕は君達が拒絶する可能性も高いと考えていた。君達はグリフィンドールで、僕はスリザリンだ。何より、アルバス・ダンブルドア前校長が出て行ってから、僕と君達は()()()()()()()()だろう? もっとも、君達が──グリフィンドールが、本気で仕掛けて来ていない節が有ったのも理解しているが」

 

 前校長の退場を契機としてホグワーツは花火が丸一日以上乱れ飛ぶ状態に陥り、更には少しだけ()()()()事件が起こりはしたが、しかし現状ではそれ止まり。事件を巻き起こしているのはこの双子と取り巻き数人だけらしく、生徒達が全て騒ぎを起こすような、完全な学校秩序の崩壊には至っていない。

 

 拍子抜けだ。期待外れでもある。

 大勢の生徒は、この後に及んでもまだ、〝悪戯〟に踏み切る気がない。

 

「まあ、今年度のグリフィンドール新監督生殿、そして我が弟が揃って〝会う事自体が間違いだ〟と言う相手が、一体どんな人間なのか。その事に興味が湧いたというのも有る」

 

 立っている方の片割れが、おどけながら言う。

 

「そして迷わなかったと言えば嘘になるけどな」

 

 座っている方の片割れが、話を引き取るように続けざまに言った。

 

「君がウィーズリー謹製の花火を退治しまくっていたのは、全くもって愉快な事じゃない。あのガマガエルババアに嫌がらせする為の出費は覚悟の上とは言え、決して安いものじゃないしな。けど、君が相当ヘンなのは、俺達から見ても明らかだったからなあ」

「そうだな。ほら、君の頭に鹿の角を生やしてやった事件が有っただろう?」

「……有ったな」

 

 忘れもしないイースター前の一件を思い出し、顔を顰める。

 油断したつもりは無かったが、完全に出し抜かれた事件だった。

 

「しかし、逆に疑問なのだが、アレはあの一度っきりだろう? 僕が以降警戒を強めていたのも有るのが、それでも同種のモノ──例えば、夕食に不審物が混入され、四六時中嘔吐する事になったり、カナリアの羽が突如として生えたりする事は無かった」

「……あー、それなあ」

「……俺達にも意外な展開になったよな」

 

 僕が苦い顔をする一方、双子は揃って微妙な顔をしていた。

 

「俺達はな、君を笑い物にするつもりだったんだよ」

「そうそう」

「……十分に笑い物にしてくれたと思うが?」

 

 既に整理を付けてしまった事象とは言え、全く腹が立たなかったという訳では無かったし、蒸し返されてしまえば当時の感情も戻ってくる。

 

「ドラコ・マルフォイと子分二人は爆笑してくれるし、ハリー・ポッターを虐めている時以外に、スネイプ寮監があそこまで楽しそうなのは初めて見た。スリザリンの女生徒は笑いを止めんし、他の寮生もそうだ。流石に角に触らせてくれという妄言を吐く下級生が現れたのは驚いたが」

 

 休み時間中にハッフルパフとレイブンクローの……二年か三年だろう。クスクス笑っていた集団が僕に纏わり付き、あろう事か、そんな要望をして来やがったのだ。

 対応に困った末、大人しく全員に触れさせてやれば揃って満足したような反応を示してくれたが──そして監督生のハンナ・アボットとパドマ・パチルが回収して行った──アレは一体何だったのか。一年生なら兎も角、ホグワーツでそれなりの時間を過ごしているのにスリザリン生にあんな真似をやるのは、こちらが心配になる位に危機感が足りない。

 しかも話はそこで終わらない。その後に寮の談話室で同じような頼みをされた上、今度は断ってやれば、何故他の寮生は良くて自分達は駄目なのかと詰め寄られるし、非常に疲れるロクでもない事件だった。

 

「アー、マルフォイ達は別として、後半は俺達の辞書じゃ笑い物と言わないな」

「というか、何で平然と授業を受けていたんだ? 普通は医務室に行くべきだろ」

「何故? 優先順位は明らかだろう。二ヶ月後のO.W.L.であり、僕の些細な異変では無い。頭の重りが数ポンド増えた所で、別に授業に差し触りなんぞ出もしない」

 

 何日も続けば流石に困っただろうが、然程大した呪いでも無かった。一日も費やしてやれば、掛けられた魔法を解くには十分だった。

 

 けれども、双子は揃って毒気を抜かれたような表情をした。

 

「……聞いては居たけど、君って大分イカレてんな」

「ロックハートの授業を真面目に受けた唯一無二の生徒だと、伊達に言われない訳だ」

「……懐かしいな」

 

 授業を受けていた当時は割と苛立っていた気がするが、流石に三年も経ってしまうと、そんな感想が先に来てしまうらしい。自分でも意外では有った。

 

「とは言え、当時でも真面目に受けていた生徒は割と居た筈だが」

「なら、唯一の男子生徒と付け加えておくか?」

「御遊戯の時間を真面目にやってたのは唯一だから、やっぱり良いんじゃないか? 良い機会だから聞くけど、君は一体どんな気持ちで受けていたんだ?」

「そうだな……諦めの気持ちが強かった気もするが──嗚呼、そうだ」

 

 少しだけ懐古し、同時に納得する。

 

「ギルデロイ・ロックハートは一つの教訓を残したのかもしれん」

 

 少なくとも、単なる一年限りの科目担当以上に印象的ではあったものだ。

 

「彼は無能と呼ぶのも烏滸がましい程の魔法使いだったが、何時も堂々としていただろう? あそこまで自信満々で居られれば、寧ろ周りが何も言わなくなるものだ。あの時のスリザリンの授業もそうだったし、数日前の僕も、知らぬ内に彼を見習ったという事かもしれない」

 

 僕が思うより、あの男は影響を残してくれたらしい。勿論、全く喜ばしい事では無いのだが。

 

 そして、双子達はやはり、呆れの調子を強めていた。

 

「……手を引いたのは正解だったな。君は絶対、俺達の望む反応をしてくれそうにない」

「寧ろ、途中で恐怖を感じ始めてたかもな。いやまあ、君に角を生やしてやった後で別の恐怖を感じる羽目にはなったんだが。チャーリーが居れば、間違いなく発情期の雌ドラゴンに喩えてた」

「でも、それは彼女だけだろう? 他の人間は立場が逆だし」

「いいや、どうせ求愛中の雌ドラゴンに喩えるから変わらんさ」

「──何が何だかよく解らんのだが」

 

 そして理解する努力に挑む気も無かった。

 彼等の話を真面目に受けとるべきでは無い。段々とそう思えて来たからだ。

 

「その口振りだと比喩の対象はミネルバ・マクゴナガル教授という訳では無いのだろう? 恐怖云々にしても、君達が教授に叱られた所で感じるとも思えん」

 

 そもそも以前の教授達の立場は、ホグワーツ生の無法を見逃すというものだ。

 それは僕に対しても例外では無い。彼女達の介入が無い事は確認済であり、合意済でもある。

 だから疑問を呈したのだが、汚らしい布を投げ捨てた片割れはマズいという顔をして、一方で警戒心の強い片割れの方はヒラヒラと片手を振った。

 

「こっちの話だ。けど、そうだな……本気でやる気が無かったのは君もだろう? 先々週アンブリッジやフィルチと楽しい追いかけっこは何度もしたが、君とは一度も無かったし」

「寧ろ、僕が本気でやる義理が有るか?」

 

 所詮、しがない下請けだ。熱心にやる理屈が無かった。

 

「ドラコ・マルフォイの命令が下されればその限りではなかったし、本腰を入れて取り組みもしただろうが、今の所それが無いからな。僕が真面目に取り組んでいない事なんぞ気付いているだろうに、彼は何も言って来ない。であれば、必要以上に真剣にはなれんよ」

 

 ドローレス・アンブリッジは煩いが、彼女の命令を素直に聞いてやる筋合いはやはり無い。

尋問官親衛隊の方は何か言ってくるかと思ったが──そして、その場合は彼等の希望を尊重する必要が有ったが──ドラコ・マルフォイに遠慮しているのか、何も言って来ない。

 結果として、僕が適度に手を抜く事を止める理由は無かった。

 

「へえ? マルフォイが君に命令してないのか? アイツの性格からすれば、君を使って俺達に最大限嫌がらせをしたがる物だと思っていたんだけど」

「──まあ、僕もそうすべきと思う側ではあるが。彼にとっても堪えたんだろうな」

「「堪えた?」」

「それは、こちらの話だ」

 

 意趣返しのつもりは無かったが、今度は僕がそう返答する。

 

 グラハム・モンタギューがああなったのは余程衝撃的だったらしい。

 また、事件を知ったルシウス・マルフォイ氏から、あの後で手紙が彼の下に届いたとも聞いている。多分、余計な事に首を突っ込むなと改めて釘を刺されたのだろう。あれから非常に大人しくなっているし、かつドローレス・アンブリッジの我儘を撥ね退けても居るようだ。

 

「ま、俺達としても、本気で君を叩きのめす動機は無いからな」

 

 本気で内容に興味があった訳では無かったのだろう。

 あっさりと質問を放棄し、肩を竦めながら双子の片割れが言う。

 

「君には一応去年のクリスマスの時の借りが有るし、他の親衛隊の馬鹿と違って寮の減点なんて事もしない。割とグリフィンドール生を見逃してくれてるどころか、スリザリン生を叱ってすら居るとも聞いているぜ?」

「全て誤解だ。クリスマスはフラーが殆ど勝手にやった事で貸しは無く、寮の減点については尋問官親衛隊でない僕は権限を有さない。そしてたとえグリフィンドール生だろうと、非が無ければ拘束する理由が無い。スリザリン生にしても叱ったつもりはないな。彼等の愚かさに嫌味は言った程度の事は記憶に残っているが」

 

 そう答えれば、双子はやはり揃って笑った。

 

「そんな事を言う時点で、余り悪くないスリザリンって事さ」

「口が裂けても良いスリザリンだとは言えないけどな」

「僕もグリフィンドール生からそんな評価を受けたくもないがな」

 

 既に確信しているが、仲良くやれる気はしない。

 

「とにかく、考えてみたが、何が何でも会いたくないという理由は一つも見つからなかった。だから、俺達は君に会ってみても良いかもしれない点に合意した。けど、一つの試しとして、今まで少し自重していた()()を、今回君に仕掛けてみたという訳だ」

「……成程、あの糞爆弾と花火のフルコースにも意味が有ったのか」

 

 上手く考えられている。

 実利と嫌がらせの一石二鳥。怒り狂って押し掛けて来たら、そこで交渉は終わりか。

 

「だって、そうだろう? 話をしたいのは君であって、俺達じゃない」

「そうだな。確かに、とやかく言う気は無い。そして僕達の接触を疑われない為には非常に良い手だったし、それ位の費用は僕が支払うべきだろう」

 

 そう同意を示してやれば、やはり奇妙な物を見る眼で双子から見られたが、僕がどんな人間かというのは彼等にも掴めて来たらしい。

 直ぐに納得を示した後、双子は何かを思い出した顔をした。

 

「そういや、マクゴナガルの行動、アレは君の仕業だろう?」

「ああ、君は当然知らないだろうけど、全グリフィンドール生を強制的に集めた上で、イースター休暇前に説教してくれたんだ」

「……具体的には?」

「内容自体は大した事無いさ。悪戯は校則により禁止、仮に自分がその場面を目撃したら罰則。俺達にとっては聞き飽きた警告だった」

「────」

 

 彼等に気付かれないよう、口元に手の甲を当て小さく息を吐く。

 ……どう切り出すかは悩み所だった。最初から今まで主導権は一貫して彼等の側に在り、だが、彼等は自分から踏み入ってくれるようだ。

 

 そして思う。ハーマイオニーは手を抜くべきでない場所で抜いてしまったのだと。同じ寮の仲間を思うのならば、彼女はもっと親身になって反対しておくべきだった。最低でも用件が解っていたのなら、彼等もこのような形で不用意に話題に出しはしなかっただろうに。

 

 僕の僅かな失望を他所に、彼等の軽妙な遣り取りは続く。

 

「ただ、随分とマクゴナガルらしくもない所が目立った一件だった。それが終わってから俺達二人を別個に呼んだ上で改めて釘を刺されるなんて初めての事……でもないが、それでも間違いなく何時も通りじゃなかった」

「そうだな。口煩いのは何時もの事だけど、何度も同じ事を繰り返す人間じゃない。それでも、あそこまで真剣に、強く念押しして来たのは、記憶に有る限り初めてだな」

「しかも、その時に君の名前を出した」

「ほう?」

 

 その部分だけは少し意外だった。

 御丁寧にも、僕の存在の意識付けまでしてくれた訳だ。

 勿論、ミネルバ・マクゴナガル教授に全くその意図は無かった筈だが。

 

「となれば、口煩くなったのは君達の寮監だけでは無かっただろう? 説明するまでもない事の気もするが、ハーマイオニーについて言及している」

「ああ、そうだな」

 

 双子が全く同時に頷いてみせる。

 

「あの監督生様には遣り過ぎるなって言われたよ。特に、モンタギューのような事は二度とするなってな。万一にでも君を激怒させたら酷い事になるって言ってた」

「……まあ、アレは俺達としても反省すべき事件だったからな。今度は上手くやるさって返してやったら、余計にプリプリ怒っていたけど」

「そして俺達に愛想を突かしたのか、下級生を脅す方に直ぐ切り替えてたよ。スリザリン生に遣り返されても知らないってな。彼女はロニー坊やの()()()()を見習うべきだな」

「真面目過ぎてハーマイオニーに一番怒られてたしな」

「──成程、君達からそれを聞いただけで、一応は満足としておこうか」

 

 ハーマイオニーと教授は、僕の警告を受けて行動を起こしてくれた。

 彼女達が連携しているのは明らかであり、恐らく他の監督生もか。更に言えば、双子が話に出したのはあくまでグリフィンドール内の事だけだが、他の二寮でも同種の事が行われはしたのだろう。そして僕は、それらが行われる事自体は期待していた。

 

 けれども、やはり所詮はその程度止まり。

 別に落胆している訳でも軽蔑している訳でも無く、彼女達の立場からはそれが限界なのだ。ミネルバ・マクゴナガル教授にしてもハーマイオニーにしても善良な人間で、そしてアルバス・ダンブルドアの愚行により不本意な形で制限が掛けられている。

 

 だからこそ。

 僕のような悪党が世に必要なのだろう。

 

「……何だ。随分と、おっかない顔をするんだな」

「しかしハーマイオニーが言ってた通り、確かに表情が解りやすいな」

「遠目から見ていた限りだと、表情を余り変えないように見えたのにな」

「…………本当に、君達は減らず口が過ぎるな」

 

 好き勝手に口々言ってくれる双子に、一つ溜息を吐いた。

 

 その後で、僕は()()()()()()()()()()()()()()杖を一振りした。振る先は眼の前の地面で、意図通り、肘掛とクッション付きの椅子が一脚出現した。

 

 そして僕の行動に対する双子の反応は迅速で、けれども手遅れだった。

 座っていた方は即座に立ち上がり、もう一人の立っていた方は既に杖をこちらに向けていたが、それは僕が杖を振った後だ。僕が彼等に呪文を撃っていたのなら、少なくとも一人は打ち倒す事が出来ただろう。警戒していた割には酷く御粗末な対応だった。

 

「……一体何時、杖を抜いたんだ?」

「何、単なる奇術(マジック)だよ」

 

 険しい表情をしている二人を無視し、彼等の目前で、悠々と椅子へと座る。

 予想以上に長引いた下らない雑談には流石に疲れを覚えたし、これからの話題で負うであろう更なる疲労を考えれば、余計に立ったままでいたくもなかった。

 

「僕が対峙してきた相手は、誰も彼も余りに杖を抜くのが早過ぎてな。だから、こういう小細工を覚えてみたのだ。と言っても、君達に通用した所で何の喜びも無いが」

 

 彼等から杖を向けられるまでの時間を観察していたが、これでは普通にローブから杖を抜いても太刀打ち出来そうだった。工夫を凝らした意味など全くない。そしてまず間違いなく、アルバス・ダンブルドアやスネイプ教授には通じはしないのだろう。

 

「さて、スリザリンとグリフィンドールらしくない話題が続いたが、何時までも()()()会話している訳にも行かない。ミネルバ・マクゴナガル教授からは、授業の後半には顔を出すようにと言われたのだが、どうも無理そうだからな。とは言え、急ぐに越した事は無い。さっさと本題へと移ろうか」

 

 頭を下げに行く事は確定で、罰則と余計な宿題も課せられる羽目になるだろうが、まあ已むを得まい。まさか、ここまで良いようにされるとは思ってもみなかったのだから。

 

「この調子では、君達はハーマイオニーから僕の用件を聞かなかったのだろう? ここに来ている理由はスリザリン生、或いは尋問官親衛隊を手伝っている人間としての仕事だ。嗚呼、流れから想像が付いているだろうが、グラハム・モンタギューの一件だ」

「「…………」」

「いや、君達の〝悪戯〟を止めに来た訳では無い」

 

 二つの杖先を向けられたままに、左手に杖を持ち換えながら続ける。

 

「少し表現が悪かったのかもしれないな。彼と関係無いスリザリンの意向と言った方が良かったかもしれない。校則を愛するハーマイオニーや君達の寮監と違う。つまるところ僕は、彼が未だに錯乱状態に有る事自体は問題視していないし、多くのスリザリン生もそうだろう」

 

 結局、他人事だ。

 彼が如何に不幸な目に遭おうとも、親身になど成れはしない。

 

「そもそも、僕が止めろと言って君達が止める口かね? スリザリンとグリフィンドールが互いに抱く憎悪を踏まえて尚、それが出来るとは更々思っちゃいない。実際、今のこの瞬間でさえ、君達に何の文句は言っていないだろう? ()()()()()()()を問題視するという、そんな御行儀の良い真似はしない」

「……じゃあ、何をしに来たんだ」

「一つは伝えに来たのだ」

 

 まずは単純な事実を、と続ける。

 警告でも通知でも無い。逆恨みを回避する為の確認に来た。

 

「スリザリンは君達の〝悪戯〟の全てを、今君達が計画しているであろう今後の『卒業』も肯定する。グリフィンドールの行為を何も批難しないと。──嗚呼、だが、それは裏表でも有る。僕達は君達にも同じ事を欲する。これからやる、否、やるかもしれないか。兎も角、僕達が為そうとする全てを肯定して貰う。そうして初めて、天秤は釣り合うものだ」

 

 理解させる気が無い言葉であり、実際双子の顔に理解の色は浮かばなかった。

 けれども、十分不吉さは感じ取ったらしい。彼等の敵意と警戒心は一段と強くなった。

 

「──お前も、やっぱりスリザリンなんだな」

「奇妙な事を言う。見て解るだろうに」

 

 ローブの色を認識出来ないの──いや、これはすべきでない、不適切な表現か。

 兎も角、彼等は認識が甘かったようだ。良いスリザリンなど一切存在しない……訳ではないが、少なくとも僕はそうではない。

 

「……ロンの頼みは、お前と会う所までだった」

「その通り。そして、会わない権利すら君達には有った」

 

 この双子達がハーマイオニーやロナルド・ウィーズリーと如何なる会話をしたにせよ、この会合を設定した以上、彼等は僕の思惑に乗ってしまったのだ。

 

「……なら、俺達は十分義理を果たした。さっさと出て行きやがれ」

「そうしたいのは山々だが、それは僕の目的を果たしてからだ」

「別に、呪文を使って追い出してやっても良いんだぜ」

「好きにすれば良い。敵の本拠地に単身で乗り込む際に、狡猾なスリザリンが何の準備もしていないと本気で思っているのなら、だがな」

 

 彼等が準備していたであろうように、僕もまた準備はしてきている。

 

「そうだ。僕は君達の花火を随分と退治して来たが、不良品だったり、仕掛けられた物を爆発前に回収したり、使用前に生徒から没収したりした事も有る。その総量を知りたくはないか? ここで君達が僕を撃てば、多分即座に知れるぞ?」

 

 少しの間双子を眺めていたが、彼等は呪文を使おうとはしなかった。

 片方はウズウズしているように手を小さく動かしていたが、もう片方が視線で止めていた。

 

「そして、別に僕としても、喜んでこの場に居る訳では無い」

 

 二本の杖先から視線を切り、自らの杖へと視線を落とす。

 

「今僕がこの場に座っているのは、ハーマイオニーやミネルバ・マクゴナガル教授への義理であり……まあ、多少の苦労で今後の面倒を省けた方が助かるという個人的希望でもある。この場が最初から用意されないと言うなら、それは別段構わなかった。既に、寮監達へと通告はしているからな。その後に報いを受けるのは、最早自業自得と言うべきだろう」

「──お前は一体、何を言ってやがる?」

「解らないか? 例えば、今後不幸な事故により、ドラコ・マルフォイがグラハム・モンタギューと同じ目に遭ったとしようか。その場合、御互いにとって、或いは、ホグワーツそのものにとって非常に不愉快な事態になる。そう言っているのだ。まあ、こちらは警告だな」

 

 その瞬間、双子達は低く笑った。

 視線を少しだけ上げれば期待通り、楽しげな笑みを浮かべていた。

 

「へえ。マルフォイの保護者様は流石に言う事が違うな。()()()何が起こるってんだ?」

「そもそもスリザリン生の脅し文句は聞き飽きてる。君が独創的であれば良いんだが」

「そうだな。七年間で最優秀賞を上げられる位だと俺達も時間を取った甲斐が有る」

「どうぞ、ミスター・レッドフィールド。拝聴させて貰おう」

 

 伺える瞳の色から察するに、彼等も本気で言っている訳では無さそうだ。それでもスリザリンが相手である手前、グリフィンドールとして下手な態度は見せられないと言った所か。

 けれども、やはり完全に冗談と言う訳でも無い。ヘラヘラとした二つの表情には、全くもって現状への危機感、人間が齎す悪意への恐怖が全く見て取れない。

 

 ……嗚呼、心底羨ましくも有る。妬ましさすら抱く。

 そのような反応が出来るという事は、彼等の人生には大きな不幸が存在しなかったという事だからだ。人間の醜悪さに真正面から向かい合わずに済んだという事だからだ。

 害意と殺意を向けられた経験など一度もない位には幸福だったという事だからだ。

 

「期待に沿えず申し訳無いが、やはり僕は、陳腐な脅し文句しか吐けそうにない」

 

 兎も角、と僕は笑った。

 

「仮に、万一そのような事態になってしまった場合だ。僕は……()()か。君達の妹である()()()()()()()()()()()()()()()。たとえミネルバ・マクゴナガル教授が立ちはだかり、四人の寮監と三寮の全生徒が敵に回る事になろうと、絶対にな」

 

 最も弱い人間こそを、躊躇いなく狙ってみせるとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の宣言が彼等の脳に染み込むには、相応の時間を要したようだった。

 そして、それだけの時間を待って彼等の口から発されたのは、僕が投げ掛けた挑発と同じ位に陳腐な、何の独創性も無い怒りの言葉だった。

 

「な、何でそこでジニーの事が出てくるんだ……!」

「ジニーは俺達のやる事とは何も関係無いだろ!」

「寄りにもよって卑怯な真似をスリザリンは──」

「──死喰い人が筋や道理を重んじる。君達はそんな甘い考えをしているのか?」

「「────」」

 

 本当に迫力が足りないと、頬杖を突いたまま嘆息する。

 僕に殺意をぶつけてくるにしても、もっと真剣にやって欲しいものだ。去年の夏のアルバス・ダンブルドアの圧力とは比較にならないし、これを直接伝えに行ったミネルバ・マクゴナガル教授の迫力とも雲泥の差である。

 

 そして簡単に絶句してしまっている時点で、此度の革命家としては論外だ。当初の期待は完全に消え失せ、早くもやる気が喪われつつあったが、これは仕事でもある。伝える事は伝えねばならない。

 

「行為者当人に責任を問う。これはな、善人の発想だ」

 

 アルバス・ダンブルドア前校長の、ミネルバ・マクゴナガル教授の、ハーマイオニーの、そして彼等ウィーズリー達の思考だ。

 

「一方で、悪人は違う。親の責任は子の責任、兄の責任は妹の責任。更に友人知人にも連帯責任を強要する事に躊躇いは無く、実行犯が解らなければ勿論一番怪しい人間の首を吊るす。僕のような人間はな、ドローレス・アンブリッジやアーガス・フィルチ程に御優しくは無いのだ。……まったく、彼等は一体何故、馬鹿正直に主犯の現行犯逮捕に固執するのかね」

 

 つくづく迂遠な真似が御好きな事だ。

 ロナルド・ウィーズリーやジネブラ・ウィーズリーを適当に吊し上げれば、彼等の方からノコノコやって来てくれるだろうに。

 

「そもそも、教育令──何号だ? 二十九で良かったか? あんな〝マグル〟被れの教育令を改めて出した事自体、僕にはやはり信じられないな。……嗚呼、君達は知らんのか」

 

 非魔法界被れを見せびらかす親を持つ割に、彼等は余りに無知のようだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もっとも、公立校では十年程前に廃止されたし、私立校でも既に廃止する方向に動いているようなのだが、何れにしても、魔法魔術学校でやる罰則としては何の面白味も感じられない」

 

 まあ、アーガス・フィルチが試し振りをしていた乗馬用鞭の使用は流石に許されていない気がするが、魔法界なら誤差の範疇であろう。痛みも外傷も、呪文で直ぐに消せるからだ。その辺に気の利く上級生が居合わせれば医務室に行く必要すらない。

 

「僕達は魔法族なのだから、その通りに杖を使うべきだ。馬鹿をやった生徒をケナガイタチに変身させ、廊下でバスケットボール扱いする程度ではまだ甘い。ホグワーツの秩序を害した生徒に対しては、磔の呪文の使用を許可する位はすべきだな」

「……っ。許されざる呪文をヒトに掛けるのは、法律で禁止されている!」

「校長が魔法大臣を害するのは合法だったとは、僕は今の今まで知らなかった」

「────」

 

 彼等はこの状況で一体どうして()()()思考をしているのだろうか。

 ホグワーツ校長の椅子は、この閉鎖的な治外法権の城は、世俗と異なる措置を可能にする。その事は、今世紀で最も偉大な魔法使いが露わにしてくれただろうに。

 

「君達の大先輩は、魔法界の法律を大っぴらに軽んじてくれた。その時点で法律を護れという主張は空虚を通り越して無意味だ。ドローレス・アンブリッジが同じく現行法を破ろうと、グリフィンドールに批難する権利は一切無い。非常にあの魔法使いらしい愚行だがな。弱者が一体何故法律を守るのかが、誰よりも御強い彼には理解出来ないらしい」

 

 魔法族は非魔法族より〝社会〟を頼りにしないが、それでも不必要ではないだろうに。

 

「そもそも君達もまた、魔法省の法律や新校長の下での校則を一切守る気が無い。それなのに、都合の良い時だけ法律に──大多数が守るべき世の秩序に守ってくれと欲するのは、酷くみっともないと思わないのか? 汚い手(Dirty Hands)の者に法の救済は与えられるべきでは無い。野蛮人は勝手にしろというのが、近代法治社会が取る態度だ」

 

 この古臭い世界ではそれすら期待出来そうにないようだが、と鼻で笑う。

 

「アルバス・ダンブルドアも、勿論、君達も。君達がやっているのは歴史の巻き戻しであり、原初の自力救済世界の肯定だ。そしてあの魔法使いは単純に強過ぎ、余人が害する事は出来ないが、君達は違う。僕程度でも君達を傷付ける事は出来る。例えば先に挙げたジネブラ・ウィーズリー。後先考えないのであれば、彼女に死の呪文を放ってやる事すら可能だな」

 

 懸念と言えば唯一、この生きた城が生徒に如何なる庇護を掛けているかだけ。

 それが死の呪文すら防げる程の強力な代物でなければ、僕は望む通りを行えるだろう。

 

「……俺達が黙っていると思ってるのか? 今この場で、呪いを掛けても良いんだぞ」

「構わんよ」

 

 震え始めた杖先と共に紡がれた脅しに、少しだけ愉快さを感じつつ頷いてやる。

 

「しかし、その場合は僕を確実に殺せ」

「「────!」」

「或いは、ギルデロイ・ロックハートのように永遠に正気を喪わせろ。グラハム・モンタギューにしたような半端を、今度ばかりは決してするな」

 

 故意と覚悟をもって、人一人の尊厳を踏み躙りに来るが良い。

 

「仮に君達が僕を撃ち、しかし僕が回復してしまえば、僕は必ずや報復する。君達の妹に、君達の両親に、もしくは君達の将来の恋人に。君達以外を狙い、君達を徹底的に苦しめる行為を機械的(オートマチック)に為してしまう。つまるところ、この平和な話合いの場で呪文を放った瞬間に、君達は僕を最後まで滅ぼす義務を負うのだ」

 

 殺すか、壊すか。

 それ以外に報復の連鎖を終わらせる道は無い。

 

「……じ、ジニーに死の呪文を使うなんて、マクゴナガルが、そんな真似は絶対に許さない」

「だろうな。もう止められすらしたよ」

「止められ……?」

「ああ。ミネルバ・マクゴナガル教授に伝え、既に制止されたという意味だ」

 

 もう一方には、肯定の言葉を返す。

 僕の返答を受け、何故か表情に恐怖が過ぎったのを、淡々と観察しつつ。

 

「けれども、彼女が止められるのは所詮その程度の事だ」

 

 あの卓越した魔女であって尚、それ以上の事を出来やしない。

 彼等は所詮教師に過ぎない。親でもなく闇祓いでもなく、そして全能の神では勿論無い。

 

「ジネブラ・ウィーズリーを破壊するというのは、別に物理的に破壊する事に限らない。君達が今まで校内でやった〝悪戯〟くらいは、僕達も教授の眼を盗んで行える。今回の愉快な花火の返礼品として、同種の代物をグリフィンドールの彼女の寮室に毎日打ち込んでやるとかな。彼女は来年O.W.L.だが、睡眠時間も勉強時間も、正気の時間すらも奪える手頃な手だ」

 

 必然、彼女は、そして彼女の周りもO.W.L.どころでは無くなるに違いない。

 

「お、俺達の妹は、君が思う程に甘っちょろい奴じゃない……。そんな真似をすれば、コウモリ鼻糞の呪いを君に掛けてやる位はするぞ……!」

「ほう? 試験前の一分一秒も惜しい時に、彼女は僕と楽しく遊んでくれる訳か? それはまた随分と成績に余裕が有るのだな?」

「っ。ロンやハリーがお前を好きにさせない!」

「随分と彼等の守護を評価しているな? 仮に君達が僕の立場になれば、あの二人の護りを抜いた上でも容易に〝悪戯〟が出来ると思うのだが、それは僕の見込み違いか? そもそも彼等もまた、再来年のN.E.W.T.の為の準備で忙しくなる筈だが」

「…………」

 

 時間の流れは不変だが、相対と絶対を問わず、時間の価値は同一では無い。

 そして彼等自身に出来る事を、他人が出来ないとは考えて欲しくないものだ。

 

「嗚呼、だが。見た所、君達は勘違いしている節が有る」

 

 そろそろ呪文を撃つ誘惑に耐えきれないであろう二人を前に、僕はそう言った。

 

「僕は必ずそれをやると言っている訳では無い。仮にドラコ・マルフォイがグラハム・モンタギューと同じ目に遭った場合、と言った筈だろう? そんな事が起きなければ何も問題は無い。たとえば君達が僕に再度鹿の角を生やそうが、ニ、三日ばかり医務室に叩き込んだりしようが、その程度の可愛らしい事件で〝スリザリン〟は動かない」

 

 御互い様なのは重々承知だ。

 どちらがどれだけ悪いという議論は、無意味かつ非生産的である。

 

「けれども、ドラコ・マルフォイに限った話では無い。スリザリン生の誰かが次に〝事故〟に遭い、それにより受ける被害が悪戯として許容出来る程度を超えた場合。〝スリザリン〟は報復に動く、動いてしまう。たとえアルバス・ダンブルドアが帰還した後であろうと、これから数年を待つ事になろうが関係無い。加害者の人生を何としても破壊する」

 

 そもそも勝手な話だ。

 ドローレス・アンブリッジが校長になったからホグワーツを無秩序にする、アルバス・ダンブルドア前校長が帰って来れば元のホグワーツに戻すというのは、あくまでグリフィンドール側の一方的理屈に過ぎない。その内容にスリザリンは決して合意して居ない。

 

 それが必要とあれば、来年以降も無秩序を続ける気は当然に有る。

 

「……グリフィンドール生が、そんな脅迫に怯むと思ってるのか?」

「……ああ、そうとも。逆に返り討ちにしてやるさ」

「御好きなように」

 

 更なる失望を自覚しつつ、気の無い言葉を返す。

 

「君達が反撃をしようとするのは自由だ。或いは、自衛の為の先制攻撃すらも。ドローレス・アンブリッジは勿論の事、尋問官親衛隊である生徒の全てを聖マンゴに叩き込む〝権利〟は、間違いなく君達に在る。グリフィンドールは今までそうして来た通り、己が為したい所を為すが良い」

 

 自力救済を基礎とする末法世界は、それを当然許容する。

 

「けれども、君達には良心が無いのかね?」

 

 相手がスリザリンならば、こんな事は言わない。

 しかし、この場の二人は、組分け帽子にグリフィンドールと宣言された筈だった。

 

「グラハム・モンタギューは未だに混乱と錯乱から戻って来ない。これが彼相手だったから少々困った事が起きた程度で済んでいるが、仮にO.W.L.受験者の、今のスリザリン五年生の身に起こったらどうなっていたか、一度でも想像した事が有るのか?」

「「────」」

「君達にとって、O.W.L.もN.E.W.T.も大した価値が無いのかもしれん。けれども、ロナルド・ウィーズリーにとってはどうだ? ハリー・ポッターにとってどうだ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少なくとも君の弟の方は、或いは妹の方は、グラハム・モンタギューと同様の目に遭わせても構わなかった。偏にドローレス・アンブリッジが御優しかったから、意気地が無かったから、そんな不幸な事故は起こっていない」

 

 彼女の側から持ち掛けてきたのなら、僕は間違いなく協力してやっただろうに。

 速やかにキャビネットに叩き込み返す準備を手配してやった筈で、しかし、要請は無かった。だから今の所、報復としてグリフィンドール生の誰かの人生が破壊される事にはなっていない。この双子も、彼の弟も、ヘラヘラ笑ったままで居られている。

 

「勿論、大部分のスリザリン生にとって、O.W.L.の結果は大きく進路に影響を与えない」

 

 他の寮生と事情を異にする者達、同列に語れない人間が圧倒的多数である。

 

「しかし、全員がそうでは無いし、〝純血〟にとっても重要な試験である事に変わりない。五年間のホグワーツ教育の集大成とも言える試験をパス出来ないのは、自分が阿呆であると宣言するに等しいからな。そして誰であっても、自分達の当主や上司、配偶者が馬鹿である事を歓迎しない」

 

 一度限りの試験が人生を左右し得る。

 その事は、このホグワーツに居る殆どの者にとって変わりはない。

 

「……嗚呼、聖マンゴ魔法疾患傷害病院での特別試験、或いは別日での追試──こちらは存在するか把握していないが──を受ければ大丈夫とか、そんな下らない事を宣ってくれるなよ? それが出来た所で本来費やせる筈だった勉強時間が帰って来る訳ではないし、万一良い成績を収められたとして、〝ところで、貴方は何故ホグワーツでO.W.L.の本試験を受けられなかったのですか?〟という質問を、他人に対して許す気か?」

 

 魔法界は狭い。失敗話など容易く広がる位には。

 また中世世界の例に漏れなく、杖腕──個人の強さは相応に尊重される。

 同じホグワーツ生に叩きのめされて入院していましたというのは、やはり恥なのだ。その後に命を賭した決闘を挑んだり、人生を費やして復讐しようとしたりする行為は、稀ではあるが、不思議に思う程の珍事でもない。

 

「そして個人的な感想になるが、正直言って、今の状況は非常に憂鬱で仕方ないのだ」

 

 想像するだけで襲い来る気怠さと共に、紛う事無き本音を吐露する。

 

「君達が勝手にやったり遣り返したりするのは好きにしろと思うが、最終的に怒れる〝純血〟達に振り回されるのは僕達だ。彼等が僕に命令して来た場合、僕達は殆ど断る選択肢が無い。特にドラコ・マルフォイが僕に命令したのであれば、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズだったか? 全く気が進まなくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──」

「──!? 待て待て待て待て! 何でそんな話になりやがる……!」

「幾ら何でも流石にそれはやり過ぎじゃねえのか!?」

 

 虚勢をかなぐり捨てて捲し立てる双子を眺め、ふと気付く。

 

「……嗚呼、そうか。僕とした事が、話を飛ばしてしまったのか」

 

 どういう訳か、その瞬間に双子は大きく震え上がった。

 別に特別変な事を言ったつもりはない。脅迫の意図を乗せた訳でも無い。それにも拘わらず、構えていた筈の杖は僕から完全に逸れ、二本ともあらぬ方向へと向けられていた。

 

「これはな、別に難しい話では無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう天秤の主張だ」

 

 遣り過ぎも何も無い。

 遣られた分を、遣り返すだけである。

 

 そしてグリフィンドールの全てを認めた以上、スリザリンの全てを認めて貰う。

 

「先程、僕はジネブラ・ウィーズリーを破壊すると言ったが、それは単純に、O.W.L.にはO.W.L.をという発想で話に出したに過ぎない。君達は既にO.W.L.を終え、N.E.W.T.を受ける気が無い。そうである以上、君達に同種の報いを受けさせる事は出来ないからな」

 

 どう足掻いても、目には目をという対応を取る事は不可能である。

 

「しかし同程度の代価を取り立てられるのであれば、ホグワーツ教授の監視を掻い潜るという苦労をしてまで彼女を狙う必要は欠片も無い。君達の夢、悪戯店の経営を不可能としてやれば、それは叶うのだから。君達の人生を徹底的に滅茶苦茶にしてしまえば、被害者が切望する復讐を果たす事は可能なのだから」

 

 護る物が多い人間は傷付けるのが簡単で助かる。

 闇の帝王も、かつては同じ事を思っていただろう。もしかしたら、今もこの瞬間もか。

 

「幾らだって方法は有る。君達の店を物理的に焼き払う事も。君達が雇う店員に危害を加える事も。店で売る品物に毒物を混ぜ込む事も。店から出て来た子供の手中の商品を摩り替え、使えば家族丸ごと爆死する危険物とする事も。たとえ僕が最終的にアズカバンに叩き込まれる羽目になろうと、君達が現在全く予想も出来ない方法で、人間の醜悪さを見せつけてはやれる」

「「────」」

警察機構(闇祓い達)はな、悲劇が終わった後でしか役に立たない。君達はその事を理解していない」

 

 暫くの間、双子は何も言葉を発さなかった。

 

「……お前はイカレてる」

 

 ポツリと片割れが呟き、黙っている方も同意と畏怖の瞳で僕を見た。

 それに対して、微笑みを返してやった。

 

「最近、特に良く言われるとも」

 

 

 

 

 

 

 

「勿論、僕はコレを()()望まない」

 

 沈黙から抜け出す気配のない双子へ、静かに語り掛ける。

 彼等の内で渦巻く激情と反比例するかのように、僕の心は凍り付いていた。

 

「良く疑われはするのだが、僕はこれでも平和主義のつもりだ。だからこそ、僕は今この場に居る。ハーマイオニー・グレンジャーに伝言を頼み、ロナルド・ウィーズリーに対する些細な借りを行使し、今夜以降に課せられるであろうミネルバ・マクゴナガル教授からの罰則を覚悟してまで、君達へとこの話をしている」

 

 足を入れ替え、組み直す。

 

「先程、君達のどちらかが──左右どちらの発言かすら忘れたが、まあ今となってはどうでも良いか。ともあれ、ミネルバ・マクゴナガル教授やハーマイオニーが君達に警告した話が出たな。そして、君達の想像は正しい。それはな、確かに僕が彼女達に伝えた懸念が原因だ」

「……ジニーに矛先が向くとか、俺達の店を焼き払うとか、そういう事か」

「不正解だ。まさか自分達が世界の中心だと思っているのか?」

「「────っ」」

 

 その皮肉に彼等は強く杖を握り締め、けれども僕の方へと向けはしなかった。

 ……本当に張り合いの無い事だ。

 

「君達は魔法法上成人しているだろう? ならば、その行為の結果として君達が、或いは君達の周りの誰かが報いを受けようが、全て()()()()()覚悟が済んでいる筈だ。既に社会では子供として扱われない年齢なのに、それでも笑えない()()()()に及ぼうというのだから、その程度は覚悟していなければならない。──嗚呼、そうでなくてはならない」

 

 そして被害者にとって、結果のみが全てだ。

 如何なる理由や動機、正当性が有ろうとも、ただ他人に奪われたという結果のみが。

 

「既に終わった事を咎めるにも限度が有り、そもそも贖えもしない回復不能の損害は有ると僕は考えている。……しかしながら、下級生達は君達と事情が異なる。彼等は未熟であり、未だ起こってもいない事態に関しても責任を負わない。要するにミネルバ・マクゴナガル教授に伝えに行った懸念は、現時点なら如何様にも取返しが付く事についてだ」

 

 ドラコ・マルフォイとハリー・ポッターのように、決して相容れないという関係は有る。

 しかし、全てのスリザリン生とグリフィンドール生が、彼等のように不仲である訳でも無い。少なくとも去年見たクリスマスパーティーには、それを信じるに足る光景を見ていた。

 

「なあ、僕はグリフィンドールを人でなしだと看做してはいない」

 

 手慰みに、片手だけで杖を一回転させながら続ける。

 

「僕のように、他人を傷付ける事や殺す事に躊躇いを覚えない人間という方が稀だ。あのドローレス・アンブリッジですら、直接他人を手に掛ける事は忌避している節が有るからな。だから、グリフィンドールの、否、ホグワーツ生の多くは、これからの騒動──君達が『卒業』し、彼等が君達の行いを見習って次の『悪ガキ大将』を目指す際、邪悪な目的と意思で悪戯行為に及ぼうとはしないだろう」

 

 今はまだ、校内の無秩序状態はマシな方だ。

 それは偏に、この双子達の騒動を見守る者が大多数だからだ。自分達が余計な介入をして、彼等の()()を台無しにしたくないという観客気分が先行しているからだ。

 

 けれども、この双子達が消えれば、生徒達は悪戯の当事者となる筈である。

 

 そして、そこに何の悪意も無いだろう。

 ただ純粋に、考え無しの稚気のみが在る事だろう。

 

「だが、グラハム・モンタギューの〝事故〟のように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、スリザリン生を傷付ける事態が起きたなら? しかもその傷害の程度が()()()回復不能にまで至れば? ……嗚呼、やはり決まっている。我々はその生徒の人生を破壊する。〝スリザリン〟の教義は、我が寮の鉄の結束は、その報復行為を肯定してしまう」

 

 それが、ミネルバ・マクゴナガル教授を含め、寮監達に伝えた懸念。

 今後誰かの過失によりスリザリン生が致命的な被害を受ける事が有ったとして、グラハム・モンタギューの事故を止められず、今の騒動に見て見ぬ振りもしている教授達は、以降に我が寮が為すであろう報復行為の責任の一切を負えるのか。

 

「泣き喚こうが謝罪して来ようが関係無い。たとえ一年生や二年生が相手だろうと慈悲はない。法律や校則も無視した中での非道を肯定したのは君達だ。ならば、必ずや贖わせる。何年経とうが、僕達は無秩序状態を終わらせない。加害者が既に忘却の彼方に追いやっていようとも、被害者は絶対に加害者へと報いを与える」

「……ま、マクゴナガルが、ホグワーツの教授達が許す筈がない……!」

「そ、そうだ。絶対に止めようとする! そんな事を望みはしない……!」

「そうだな。やはりミネルバ・マクゴナガル教授も同じような事を言った」

 

 確かに一度目は起こってしまった。しかし、二度目は無い。

 教授は間違いなくそう宣言してみせた。

 

「けれども、僕は当然ながら彼女に問うた。〝では、貴方はこの七年間、双子達の悪戯を止める事が出来たのですか?〟と」

「「────」」

「教授は答えられなかった」

 

 僅かの間ではあったが、それでも彼女は言葉を喪ってしまった。

 彼等はグリフィンドール寮監以前に、秩序と公平を尊ぶ真っ当な人間だった。だからこそ、僕の問いに対して敗北を認めたのだった。

 

「勿論、僕は言葉通りの内容を疑った訳では無い。彼女が本気になれば、君達二人を止める事なんぞ非常に容易だろう。これまでも、そしてこれからも」

 

 そうならなかったのは、全力で止めに入る事が一度もなかったから。

 彼等は教師と生徒という立場にあり、彼女は彼女なりに校内で行われる痛快な悪戯を楽しんでおり、何よりウィーズリーの双子の行為の殆どは、あくまで悪戯で片付けられる範疇で済んでいたに違いないからだ。

 

「けれども、僕が教授の前に呈示したのは、三寮の()()()()()()()スリザリン生を()()()()傷付けるかもしれないという懸念だ。校内に無法を尊ぶ良くない風潮が蔓延り、ドローレス・アンブリッジや尋問官親衛隊といった、やっつけるに手頃な小悪党が居て、更には復活した闇の帝王や脱獄した死喰い人達への漠然とした不安や恐怖も手伝って、()()()()()()()遣り過ぎる人間が出るのではという危機感だ」

 

 グラハム・モンタギューのような、一切笑えない事が起こるのではという未来予想図だ。

 そしてドローレス・アンブリッジや尋問官親衛隊のみならず、今回何もしていないスリザリン生まで被害が行き得るかもしれない。この風潮と雰囲気が彼等の『勇気』を後押しして、スリザリンに対する最終的解決を図ろうとする人間が出て来るかもしれない。

 その予想は、決して杞憂ではない筈だった。

 

 残忍を為すのに、悪意は不要である。

 

「如何に卓越した魔女だろうと、全ての教授や教職員、首席や監督生が協力し合おうと──数百人の生徒を監視し、統制を行き届かせるのは不可能だ。彼女達をもってしても、虐めを受ける生徒を零に出来ないようにな。そして一人でも〝悪戯〟を失敗した大馬鹿野郎が出れば、悲劇の連鎖は止められない。今年度は勿論、来年度以降も」

 

 どう考えても、教授達が防ぐ事が出来ない。

 僕一人を見張っていれば済む話では無い。スリザリンの殆ど全員を、学期の全ての時間において監視しておかねば、止める事は出来ない。そして物理的に不可能である。

 

「君達は熟知している筈だが、〝悪戯〟は仕掛ける方が圧倒的に有利だ。嗚呼、死の呪文や磔の呪文が行使される程の大事なら一部を見張っていれば済むとも。如何に闇に染まったスリザリン生とは言え、下級生にそれらの呪文を使う魔法力は無い。けれども、他人をノイローゼに追い込む程の嫌がらせなら誰にだって出来る。切断呪文や爆破呪文を他人に撃つよりは心理的抵抗も少ないだろう。君達の下級生時代がそうであったようにな」

「……ダンブルドアなら──」

「──戦争が既に始まっているのに、あの英雄をホグワーツに縛り付けるのか?」

「…………」

 

 確かに、あの反則なら全てを止められる。

 けれども、光の陣営が勝つつもりなら、決してそうすべきではないのだ。

 

「姿眩ましが出来ようと、違法の移動鍵を作れようと、彼が居られる場所は一か所だけ。ホグワーツの生徒数人は救われるかもしれんが、代わりにホグワーツ以外の大勢が死ぬ。君達がそれでも構わないと宣うのは勝手だがな、その罪深さだけは自覚しておくべきだ」

 

 そしてあの大魔法使いは、為すべき最低限を見失いはしない。

 来年か再来年か。校長として帰って来る事になろうとも、まず間違いなく、彼はホグワーツを空ける。職は保持し続けたとしても、彼は戦争の為に仕事をする事を選択する。

 

 ホグワーツ内での些細ないざこざに、彼は胸を痛める以上をしない。

 

「──さて。ここまで語って漸く、僕が今、この場所に座っている事へと繋がる」

 

 全く気が進まずとも、わざわざ先んじて骨を折っている。

 

「ミネルバ・マクゴナガル教授にしてもハーマイオニーにしても、所詮は生まれながらの優等生だ。もっと身も蓋も無い言い方をすれば、あんな〝良い子ちゃん〟達に悪餓鬼共を統制するのは不可能だ。彼女達が締め付けようとすればする程に、逆に反発して過激な側に行く事が眼に見えている。これまでの七年間、君達がそうであったようにな」

 

 しかし、と続けた。

 

「同じ悪餓鬼である君達なら、彼等に言う事を聞かせられるだろう?」

 

 同種の言葉でも、誰が発言するかはやはり重要なのだ。

 

「ハーマイオニーや寮監達には不可能であったとしても、叛逆の同志である君達ならば、これからの騒動が()()()()()()()()()()()()()()で終わるように、一定の歯止めを掛ける事が出来る筈だ。嗚呼、つまり、君達こそが生徒を統制しろと僕は言っている」

 

 これまでの五年間を見る限りは、その程度の能力は期待して良いと思っている。

 彼等は人気者だ。現在の活動も支持されている。この際にスリザリンを徹底的に迫害しない事が多少の不興を買うとしても、彼等の命令なら生徒は従うだろう。

 

「手段も問わんよ。最もハッフルパフ的で在った男はグリフィンドールを正義だと認めないと言っていたが、今回は別に正義を騙っても構わんさ。個人的に、僕も見ない振りをしよう。君達はグラハム・モンタギューの件で強く叱責された筈だ──叱責されたと僕は信じている──が、君達を慕う生徒達の前では、それを武勇伝として茶化そうが自由だ」

 

 過程に興味は無い。結果が全て。

 このホグワーツが、真に不愉快な場所となる事さえ止められれば良い。

 

「無論、君達が僕のこの……要請と表現するか。要請に従わないのは構わない。それを強制する権利も、スリザリンの側に立つ僕には全く無い」

 

 そう言いつつ、僕は立ち上がった。

 そのまま杖を一振りし、椅子を消失させる。

 

 その間も、二人が目立った反応を示す事は無かった。

 

「しかしながら、君達がホグワーツに残して行く後輩達──グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、加えてスリザリンの極々一部。その彼等を少しでも大事に思い、彼等のO.W.L.やN.E.W.T.試験、更には将来の伴侶や子供の人生そのものを最悪な物にしたくないと考えるのであれば、当然のように、君達は止める方向へと努力出来る筈だ」

 

 彼等に良心が残っているのであれば、そうせねばならない。

 

「そして、別に君達が全てやらなければならないという訳ではない。君達が担当するのは裏側であり、表側からはハーマイオニー達が止めてくれるからな。また、彼女達もグリフィンドールだ。建前として規制はしても、本音では君達の悪戯を応援してくれるに違いない。

 

 ──そうだろう、ハーマイオニー・グレンジャー?」

 

 言葉を喪ったままの双子から視線を外し、最後だけ、僕は外へと呼び掛けた。

 これで間違っていれば大恥だし、目眩まし術や透明マントの存在を考えれば、正解だったとしても呼び掛ける方向が違う可能性は有る。

 

 しかし、僕の希望と思惑通り、彼女は壁の向こう側から姿を現した。

 

「……貴方は、私が居る事を解っていたのね」

「まあ、居るのが自然だと思っていた」

 

 この空間と同程度に暗い表情をした、正義の少女に対して答える。

 

「ミネルバ・マクゴナガル教授、或いは君が、彼等と僕とを何の用心もせずに会わせる訳が無いからな。何より、彼等の七年間……僕が見た五年間を思えば、少々自制心が働き過ぎている気がしていた。そして、その理由として考えられる事は然程多くも無い」

 

 第三者が、それも後輩の女の子が見ていたのであれば、多少は冷静にもなる。

 どの時点で双子達が彼女に気付いたかまでは解らなかったが、双子の表情や観察する意義を僕を見出していなかったから、彼等から殆ど視線を外していた。幾らでも機会は有っただろう。

 

「ともあれ、僕が為せる最善は尽くした」

 

 手を組み、身体の凝りを解す為に軽く背伸びした後、床に転がっている悪戯道具を注意深く避けながら、僕は彼女の方に向かって歩き出す。

 

「善人である君達には、こう言った形での釘の刺し方は出来まい。仮に似たような事をしていたとても、スリザリン生の口から発されればまた違うだろう。そして現時点では脅迫に過ぎないが──今後ホグワーツに稀代の大馬鹿が現れればその限りでも無い。目には目を。遣られたら遣り返す。君達が古代に帰るというのだから、僕達も帰るだけだ」

 

 もっとも、他に何か有効な手段が有るなら聞くし、多少は働く気も有るが。

 

 そうハーマイオニーに促したが、彼女はその質問に答えなかった。

 

「……やっぱり貴方は止めないのね」

 

 眼の前で立ち止まった僕を、ハーマイオニーは睨むように見上げて言った。

 けれども、僕は小さな薄笑いを返す。

 

「ならば、グリフィンドールこそ止めるべきでは無いのか?」

「…………」

「ドローレス・アンブリッジと尋問官親衛隊に対する違法・校則違反行為を止め、暴力では無く会話でもって現ホグワーツ体制を打破しようとするなら、僕が示した懸念──今後数年間続くかもしれない報復合戦は杞憂で終わる。スリザリンこそが先に止めろという主張にも説得力が出て来る」

 

 ドローレス・アンブリッジが許可した鞭打ちの体罰は、非魔法界の下でも大きく非常識という訳では無い。また尋問官親衛隊にしても、今まで彼等が為したのは精々寮の減点行為であり、教授達のみが保有する罰則権を与えられた訳では無い。

 

 彼等がやっているのは笑ってしまう位に些細で、学生物語的な悪事だ。

 それに対して実力行為に出るグリフィンドール達は、果たして正義と言えるのか。

 

「けれども、これが権力側の横暴、既に持つ側の傲慢である事も重々承知だ。寧ろ心情的には、僕は君達の側に立っている。さながらジョン・ロックの信奉者であるようにな。だから本気で止める気が無いし、君達の行動を尊重している。グラハム・モンタギューの事を知って尚、今の所の僕は何もしないでいる」

 

 まあ、止めない一番の理由は数の論理──数百人と悪戯合戦を本気でやってしまえば絶対に僕が敗北するという、そんな当然の論理にこそ存在する。

 

 しかし最終的に屈するにしても、それまでに何人かに報復する事は可能だ。そして、魔法省が校内自治に介入する為の理由を作ってやる事すらも。廃人と死人を数人出してやれば十分だろう。ディゴリー夫妻は騒がなかったが、それ以外の保護者達はどうだろうか。

 

「一応君とは約束した。だから僕が知れる範囲で何かが画策されたなら、予め警告位はしても良い。和解……話し合いで済むなら、それに越した事は無いのだ」

 

 大きな揉め事無く贖えるというのなら、それが一番だ。

 

「しかし被害者が納得出来ないなら、その時はやはり実力行使による報復しかない。〝純血〟達は、半純血の多くを支配している。金銭で、仕事で、血縁で、契約で、その他ありとあらゆる場面と手段で。もっとも、人間一人を破壊する依頼を強制出来る程の縛りはそう存在しないのだが、全く存在しない訳でも無い。君達が警戒すべきは、〝スリザリン〟そのものだ」

「……モンタギューは、今後そうしてくると言うの?」

「さあな」

 

 問われても、答えられぬ事は有るものだ。

 

「僕は彼では無いし、未だに錯乱したままだから、彼が報復を選ぶか泣き寝入りを選ぶかは解らない。皮肉な事に、闇の帝王の存在が逆に歯止めになるかもしれん。下らん悪戯店を焼き払ったり、小娘一人を犯したりする暇が有る位なら己の陣営の為に奉仕しろ。磔の呪文混じりでそのように叱責する可能性も有る」

「…………」

「とは言え、彼等にとって『血を裏切る者』だ。目的が一致し得る可能性は否定しない」

 

 苦しげな表情をするハーマイオニーから視線を外し、再度双子へと視線を戻す。

 彼等は僕達の遣り取りを呆然と見ていた。何処か迷い子に思えるような、そんな表情で。

 そもそも立ち上がった僕に対して言葉を用意出来なかったのだから、彼等には成り行きを見守るしか出来なかったのだろう。

 

 だから、僕は彼等に向かい、最後となるであろう言葉を投げ掛ける。

 

「───嗚呼、それとだ。君達は、パーシー・ウィーズリーの離反の真意に気付いたのか?」

 

 そして、反応は想像通りに退屈だった。

 フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリー。彼等の顔は一瞬で困惑と驚愕が入り混じった表情へと変わり、またハーマイオニーは悲鳴と共に怒りを示した。

 

 ……やはりか。優し過ぎる彼女は、彼等に何も言えなかったらしい。

 

「っ。ステファン! 何故、今この場でそんな事を聞くのよ!?」

「何故。今更何故と聞くのか、君は」

 

 怒声を挙げて来た少女は、しかし、僕の視線を受けて途端に狼狽した。

 

「ハーマイオニー、過ちを放置するのはグリフィンドール的では無い。違うだろうか?」

「だ、だからと言って、貴方が口出しして良い事じゃないわ!」

「ならばパーシー・ウィーズリーは、かつての仲間の事はどうでも良いのか?」

 

 その静かな疑問に、ハーマイオニー・グレンジャーはやはり言葉を喪ってしまう。

 

 彼女の正しさは美点であり、欠点でもある。短絡的に片方を悪と断罪出来ない問題については、彼女は当然のように迷いを抱いてしまう。そして世の中には、一方的に正義と決め切れない事柄の方が遥かに多いのだ。

 

「まあ、君が察している通り、腹いせと嫌がらせの意図もあるのは認めるがね」

 

 その面は流石に自覚せざるを得ない。

 今回の、そして今後の三寮による抵抗運動について完全な第三者だったなら、僕はまず間違いなく、こういう形で彼等の心を抉ろうとはしなかっただろうからだ。

 

「けれども、僕の言葉に一つの理が有る事も、既に君は解っている筈だ」

 

 ハーマイオニーは沈黙で耐えようとするが、黙っていられない者達はこの場に居た。

 

「おい、何故お前の口から大馬鹿野郎の事が出て来やがる──」

「スリザリン生がどうして、オヤジの事を悪く言いやがる──」

「───なあ。君達は、素晴らしく立派な両親を持ったな?」

 

 全く言葉内容が異なる、しかし批難という方向性では同一軸の二重奏。

 けれどもそんな下らない言葉は、今度こそ呪文を放ちかねない程の強烈な反抗心は、僕のその投げ掛けによって一瞬で消え失せた。いきなりの()()()()に双子達は眼を白黒させ、その裏に籠められた悪意に気付いている少女は、やはり何も言えない。

 

 それを見て心の底から笑う。笑えている筈だ。

 

「この言葉に──スリザリンであり、尚且つ半純血でもある僕が紡ぐこの皮肉にこそ、パーシー・ウィーズリーが離反した理由の殆どが詰まっている。……しかしながら、嗚呼、君達には全く解らないらしい。ならば、語るべき事は無い。議論も、糾弾する意味すら見出せない」

 

 双子は何かを言おうとし、杖を捨てて掴みかかって来ようとすらしたが、それは叶わなかった。シレンシオ。重ねてプロテゴ。ただそれだけで、彼等は僕に干渉する事が出来なくなった。

 

「ハーマイオニー・グレンジャー。彼等を想うなら、今直ぐ君が説明すべきだ」

「……そうして貴方は、全てを私に放り投げて逃げるのね」

「逃げる? 君は勘違いしていないか?」

 

 涙目で睨み付けて来る彼女に、心は一切騒ぎはしない。

 

「あれから何ヵ月経つ? 君に伝えていたのは何の為だと思う? 僕が何も言わず大人しくしていた最大の理由は、一体如何なる期待をしていたからだと君は考えている?」

「────っ」

 

 僕は別に認めた訳では無いし、許した訳でも無い。

 

「アーサー・ウィーズリー達は間違いを犯した。僕はそう信ずる。けっして許容出来ないと憎悪を抱く。……嗚呼、僕の方が間違っているかもしれん。彼等の側にこそ正義があるのかもしれん。なれば、遣る事は一つ。世に広く問うてみる事で、最初から放棄したつもりもない」

 

 そして、近頃都合良く事件が起きそうである。

 自分さえ良ければ構わないという、そんな個人主義の極みの事件が。

 

「彼等が学生生活の中で少しでも向き合っていたならば、この僕の個人的な『卒業』課題にも答えを出させる筈だ。仮にもグリフィンドールであるなら、ゴドリック・グリフィンドールの寮の人間を自負するなら、ただ醜く喚き散らすしかないなど在ってはならない」

 

 強者が弱者を嬲るのは明確な虐めである。

 そして此度の弱者とは誰か。強者とは果たして何れの方か。

 

「す、既に貴方は、フレッド達が答えられないと察している筈よ……」

「解らんよ。結果というものは、蓋を開けて見るまで真偽不明のままだ」

 

 尻すぼみに言葉を発したハーマイオニーの肩に手を置き、耳元で囁く。

 

「僕は僕なりに、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズには期待している」

 

 そして愕然とした表情で立ち尽くす彼女の横を、僕は通り過ぎた。

 

 そのまま鏡の裏を抜け出して漸く、我に返った彼女が僕を呼び留める声、一拍遅れて怒鳴り声と制止の声が聞こえて来たが、構わず歩みを進めれば直ぐに聞こえなくなった。そして誰も追って来る者は居なかった。

 

 静寂の中、僕は独りになれた。




・モンタギューの学年
 不明。原作中も、公式声明にも存在しない。
 仮にフレッド、ジョージと同学年とするなら七年生。つまりN.E.W.T.受験生となる。

 スリザリン生(というより全生徒)がどの程度N.E.W.T.を受けるか解らないが(就職口さえ問題なければ放棄出来る事はフレッド達が示している。ハリーとロンも恐らくN.E.W.T.を受けていない)、マルフォイの『O・W・LやN・E・W・Tが何科目なんて、『あの人』が気になさるか?』(六巻・第7章)という発言からするに、少なくともマルフォイは受験が既定路線であるようには感じられる。

・生徒への体罰
 イングランドとウェールズの公立校(及び公金が投入された私立)において、鞭等を用いた体罰が禁止されたのは1986年。私立校では1998年。これが長らく是とされたのは、教師が親代わりとして教育すべきという‘in loco parentis’の責任概念に在ると思われる。生徒が親元から離れて生活する寄宿学校(まさにハリポタ世界観である)あたりを想像すれば理解しやすいだろう。

 一応完全禁止がその年であるというだけで、一般的に広く承認されていたという訳ではない。そして何処の国でもそうであるが、法による禁止=消滅でもない。戦後の我が国での体罰禁止は1947年である。
 
 ハリーがマージおばさんにセント・ブルータスの酷さをでっち上げる場面(三巻)や、フィルチが鞭を持って右往左往させられる場面(五巻)は、割とコミカルに描かれてはいるものの、本国の大人には余り笑えないシーンでもあったと思われる。

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