この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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三話目。


魔法族至上主義

 議論には共通理解が必要だ。

 それが無ければ、御互いの言葉は単なる羅列以上に成り得ない。

 

 そして、この魔法界の血の問題を──1930年代以降の純血主義を語る際は、まずこの『純血一族一覧』から、その書物が記された意図から全てを始めなければならない。そして、この双子が今更凍り付いてしまっている光景は、今までスリザリンとグリフィンドールが会話出来なかったのを必然と思わせるに十分だった。

 

 ……しかし、彼等は『純血一族一覧』を手に取ろうとしない。

 

 わざわざミネルバ・マクゴナガル教授によって図書室から──もしくは、司書の個人蔵書から──取り寄せて貰ったのは、彼等の眼の前に明確に証拠を示してやる為だった。そして、一度開いた本をわざわざ閉じたのは、彼等が自分達で本を捲り、約六十年前に示された哲学に自ら向き合えと言う意思表示のつもりだった。

 それにも拘わらず、双子達は僕の顔を呆然と見つめ返すばかり。質問に対する回答を発するどころか、言葉すら発しはしない。

 

 本当に、何時もの活きの良さは何処に行ったのやら。

 

「──無限に時間が有るという訳では無いのだがな?」

 

 その揶揄に二人は漸く我へと返ったようだったが、それでもやはり、彼等の口から言葉は出て来ない。身動ぎすらしてくれない。

 

 已む無く、溜息を吐いて僕から先を続けた。

 

「兎も角、〝ウィーズリー〟と〝プルウェット〟。『純血一族一覧』内において、それらの家系は二十八の中に数えられている」

 

 その程度は彼等も聞いた事が有る筈だ。

 その程度しか彼等は聞いた事が無いから、こんな事態になっている。

 

「しかし、その書籍を〝ウィーズリー〟は馬鹿にした筈だ。それなのに、どうして彼等は書籍の作成目的に忠実に従う行動を取った?  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 この愚かさを、彼等の周りに居たホグワーツ生は誰も指摘しなかったのだろうか。

 

 ……嗚呼、指摘されなかったのだろう。問題意識すら持たなかったのだろう。

 そうでなければ、ウィーズリー兄妹がスリザリンを軽蔑する事など──自分達はスリザリンの魔法族至上主義者とは違うのだと、そんな厚顔無恥な発言が出来る筈も無かった。

 

 そして彼等は漸く言語能力を取り戻したらしい。

 動揺を隠し切れぬままに、捲し立てるように双子達は言った。

 

「っ。べ、別に、俺達からすれば、その古臭いクソッタレな本なんぞ、最初から信用に値しない。嘘っぱちだらけで、読む価値すら無い。結果的にそれに従うように見えた所で、一方的に批難される筋合いなぞない!」

「そ、そもそもウィーズリーもプルウェットも、最初からマグルの血が混じっているんだ。その二つが結婚したとしても問題無い。俺達の御先祖様だって間違いなく言った筈だぞ! ウィーズリーの一族は多くの興味深いマグルとの(  “was proud of its ancestral ties)祖先での繋がりを誇りに思って(to many interesting Muggles”  )──」

 

 本当に、彼等は何処まで恥知らずで居られるのか。

 最早嘆息すら見せてやる事もせず、下らない反論の核心こそを一突きする。

 

「――何故、素晴らしいマグルの親戚が現在居る家系と言わなかった?」

「「っ」」

 

 先祖での繋がり。

 その表現を聞いた時から僕は気になっていたのだ。

 

 何故、そんな微妙で解釈の余地が広い言い回しをしているのかと。

 

「『純血一族一覧』の主張は明快だ。二十八の家には、〝マグル〟の血が一滴も混ざっていない。これに対する最も明快な反論は当然ながら、()()()、自分達の家系には非魔法族の血縁者がいるという主張だ」

 

 それが出来るのであれば、昔の事、先祖の共通を一々持ち出す必要なんぞ無い。

 

「自分の叔父叔母が〝マグル〟だ。自分の甥姪が〝マグル〟だ。そして何より、自分の選んだ伴侶は他ならぬ〝マグル〟なのだから──当代以降の子供は永遠に半純血であり、二度と『間違いなく純血の血筋』という肩書で呼ばれなくなる。そのような反論は最も強力で、かつ『純血一族一覧』の記述内容を大いに虚仮に出来る」

 

 阿呆な人間が阿呆な文章で阿呆な妄言を垂れ流している。

 そのように呵々と笑い飛ばす事が出来るのであり。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「「────」」

 

 眼前の双子を含め、彼等の血筋は違う。

 

 シリウス・ブラックに会う機会が有れば聞いてみたいものだ。

 貴方は、間違いなく純血の血筋と呼ばれる程の名家の御嬢さんと結婚したいと思うのかと。会った事は無いが、伝え聞く人柄から判断する限り、期待通りの言葉を返してくれるに違いない。

 

「そもそもだ。真面目な内容の本を執筆しようとする人間は、それが可能な限り〝真実らしい〟内容のみで構成されるように心掛けるものだ。明らかに真実らしくない事を記してしまえば、その書物の信憑性自体を喪わせてしまうからな。可能な限りは、過ちが含まれないように努力する」

 

 妄想を基にした空想小説(ファンタジー)を書くなら流石に別だが、著者が学術的な書物を装う気というならば、そんな事はまず望まない。

 

「嗚呼、そして。これは別に、書籍に〝嘘〟が含まれていないという事では無い」

 

 誤解されても困るので、予め釘を刺しておく。

 如何なる時代の人間も、本の書き手自身ですらも、そんな主張をする者は居まい。

 

「権力者の圧力によって、嘘を書く事は有るものだ。自分を偉大に見せたい個人的欲望によって、嘘を書く事は有るものだ。また、時間や資料、当時の科学的知識等の制約により、已むを得ず嘘を書いてしまう事も有るものだ。何より、うっかりミスや些細な勘違いによって意図せず嘘を書いてしまう事は、非常にまま有るものだ」

 

 だから過去しか語らない書籍を捲る者は、注意して文章を読まねばならない。

 文章の紡ぎ手が示す〝真実〟と、神により観測される客観的〝真実〟は違うものである。それを念頭に置いた上で、その正誤を判別すべきである。

 

「具体的に『純血一族一覧』に即して言おうか。まず、普通の〝純血〟達は、このリストに自分達の家系が載るよう圧力を掛けただろう。だから二十八の中にも、直近で非魔法族の血を取り入れた家系が有る──つまり、〝嘘〟を含む可能性が有る。更に、〝純血〟であるにも拘わらず、あのリストに含まれていない家系も有る。まあ、この著作者はそれ以外が〝純血〟でないとまでは言っていないので、これは厳密には〝嘘〟だとは言い難いのだが」

 

 テーブルの上の本を指で叩いた後、そしてと容赦無く嘲笑う。

 

「この著作における最も大きな〝嘘〟とは、言うまでもなく、自分達に〝マグル〟の血が一滴も流れていないという主張だ」

 

 どう考えても現実的では無い。

 その点に関しては、〝ウィーズリー〟と合意してやっても良い。

 

「一人目の魔法族が何処から来たのかという問題を除外しても、この地の魔法族につき、殆ど間断なく追跡出来る文献記録は約千年分。しかしその程度の時間でさえ、二十歳前後で結婚し即座に子供を生むとすれば約五十世代。出産を三十歳前後と考えても約三十三代。その時、或る一人の子供の先祖に当たる人間が、果たして一体何人になると思っている? 重複を加味しても膨大だ。その全てが非魔法族と結婚するような気の迷いや気紛れを生じさせなかった。そんな事なんぞ考えられない」

 

 シリウス・ブラックのような変わり者が途中で一人でも生まれてしまえば、〝純血〟の歴史の鎖は容易く切れてしまう。

 

 そして、千年より遥か以前の時代まで含めれば、或いは最初の魔法族が一体何処から来たのかに想像を巡らせてしまえば、非魔法族の血が一切紛れ込んでいないなど有り得ない。魔法族の真なる純血など虚構でしかない。

 

「兎も角、『純血一族一覧』内の記述に〝嘘〟は有り得るとも。嗚呼、それは認める。──しかし、だ、では〝ウィーズリー〟が〝純血〟であるとの〝嘘〟を書く理由は、『純血一族一覧』の作者には存在しただろうか? 政治的圧力や、名誉欲や、うっかりミス。典型的な嘘を書く場合に当て嵌まるだろうか?」

 

 現実として、〝ポッター〟は二十八に含まれていない。

 

 かの一族の中には〝ブラック〟と結婚した人間……チャールズ・ポッターとドリア・ブラックの例が存在する。そこから判断するに、少なくとも当時のブラック家当主の認識では、〝ポッター〟は〝純血〟だったのだろう。

 だがそうであったとしても、『純血一族一覧』の筆者にとってみれば疑わしいと考えられた。だから、リストから外した。外す事が可能だった。

 

 ならば、疑問に思うべきだろう。

 逆に〝ウィーズリー〟は何故、二十八の中に含められたのかと。

 

「……ステファン。そう言った考えの下で書物の──歴史の真贋を判断する事は、必ずや致命的な歪みを生むわ」

「そうだな。君の言う通りだ」

 

 双子の横、正義の少女から発された指摘を、視線も向けないままに肯定する。

 

「状況証拠の証明力は限定的だ。世の真実を確定はさせない」

 

 客観的証拠や、別の情報源に基づく複数の証拠等により歴史の真贋判定は行われるべきだ。その文章自体を眺めているだけで〝真実〟が浮かび上がってくる事は有り得ない。

 

「けれども、今回の〝ウィーズリー〟に限っては、こう考えざるを得ないだろう?」

 

 寧ろ、これ以外の考え方が有るなら教えを請いたい位だ。

 

「『純血一族一覧』の作者がどんなに調べても、仮に〝ウィーズリー〟を外したいと考えていても、直近で──例えば、執筆当時生存している三、四世代の内、非魔法族の家族は見当たらなかった。『純血一族一覧』の信憑性を明らかに疑わせるような、〝嘘〟の証拠など一切存在しなかった。だから、筆者は〝ウィーズリー〟をリストの中に含めたのだと」

 

 確かに彼等は〝ブラック〟を初めとする純血の大勢と血縁関係を持っているが、しかし、直近数十年の間に非魔法族の身内が居さえすれば、リストから外すのは難しい事ではない。ブラック家と結婚した誰々までは純血だったが、しかしその子供以降は純血でないという論法が使えるからだ。過去は〝純血〟でも現在は違う。そう言う事が出来、二十八から除外出来る。

 

 けれども、かの『一覧』の筆者はそうしていない。

 その理由は、家系図よりの血筋は明確に〝純血〟以外の何物でも無かったからと考える以外にない。実際、同じ聖二十八族達にしても、ウィーズリー家を最悪の『血を裏切る者』と呼びはしても、彼等が実は〝純血〟でないとか、間違って記載されたのだとは殆ど言わない。

 

「まあ実の所、ウィーズリー姓の〝マグル〟は、当時も少数なら居たのかもしれん。が、例えばシリウス・ブラックのような狂人一人が生まれたせいで、その一族の全てが連帯責任で純血性を喪うというのは酷ではないか? 一人ぐらい〝マグル〟の血が混ざっている者を迎えていようと、その一族の圧倒的多数が〝魔法族(ウィザードカインド)〟であるというのなら、その一族はもう〝純血〟と呼ぶべきだ。そのような考えは、然して不合理というものではあるまい」

 

 一族の恥晒しが後世で生まれる可能性は誰だって危惧する。

 余りに厳格過ぎる基準なんぞ、スリザリンすらも望みはしまい。

 

「反証が有るなら提示しても構わんぞ」

 

 ハーマイオニーでは無く、沈黙に回帰してしまった双子へと問い掛ける。

 

「例えば、君達の直系の御先祖様に当たる〝マグル〟が居るなら、その個人名を挙げろ。特に百五十年以内の人間ならば申し分が無い。非魔法界の政府が網羅的に記録を取り始めたのがその頃だからな。照会すれば直ぐに解る。まあそれ以前の個人名を挙げた場合でも、各教会に赴いて黴の生えた資料を当たらねば資料が見つかるかもしれんが」

 

 椅子の肘掛に頬杖を突き、薄汚れた壁紙を何となしに眺めつつ言う。

 

「しかし、それが出来ないと言うのであれば──非魔法族の名無しの誰か(ジョンやジェーン)が先祖に居る筈だと宣うだけなら、アーサー・ウィーズリーの家系は明確に、次の『純血一族一覧』でも〝純血〟として記述される。口では何と言ってようと、彼等は本能に従って『すばらしい純血結婚』をしました。そう書いてやるのが、誠実な文筆家というモノではないか?」

「──待って。次? 次ってどういう事?」

「近々『純血一族一覧』を改訂する。そんな話が出ているという意味だ」

 

 流石にその問いには、ハーマイオニーの方を向いて答える。

 その際、羽ペンが羊皮紙を引っ掻く音は背後から全く聞こえなかった。

 

「第二版として出るのか、或いは全く別のタイトルの書籍として出るのかは不明だがな。もっとも、近々と言っても、現状ではまだ与太話の類だ。仮に出るとしても最短で数年後、出版が十年後や二十年後でも何の驚きもない」

 

 この地にルーツを持たない半純血に書いてはどうかという話を持ち掛けて来るのは、どう考えても冗談の域を出ない。

 

「しかしながら、これは突然に湧き出て来た話でも無いのだ。『純血一族一覧』の改訂は、この六十年間、我がスリザリン寮が抱き続けて来た野望でも有るからな」

「どうしてよ? マルフォイはあんなに自慢気にしているじゃない? 彼に繋がれている貴方の立場からすれば、余り賛同出来ない動きなんじゃないの?」

「ハーマイオニー。君にしては想像力が足りない。『純血一族一覧』に対して盛大に文句を言ったのはな、ウィーズリー家だけでは無い。寧ろ、この書物を非常に熱心に批難してくれたのは、このリストの中に名を載せられなかった家系なのだ」

 

 寧ろ、〝ウィーズリー〟のような変わり者より、はるかに多くの人間達が『一覧』の(Meanwhile, a larger number of families were protesting)リストに含まれない事に抗議した( that they were not on the pure-blood list )のが実情だ。

 

 この書籍の背後に在る思想を考えれば必然である。

 多くの家系にとって、リストに含まれない事は家の名誉以上に、家の存続に関わる事態だと深刻に受け止められたからだ。〝ウィーズリー〟のような頭が御花畑の一族と、更に科学的真実を追求しようとする極々少数の賢明な魔法族しか、コレには反対する事が出来なかった。

 

「『純血一族一覧』を最も崇めているのは確かにスリザリンだ。しかし、あの悪書を歴史から抹消してやりたいと最も強く思っているのもまた、スリザリンだ。アルバス・ダンブルドア前校長を筆頭に、愚かなグリフィンドール達はその事を忘れている」

 

 だから、あの書籍の改訂版を出すべきだとか、〝真に正しい〟リストを別個出版するとか、その手の話がスリザリンから出ない筈が無かった。

 

 そして、それが叶わなかったのは、『純血一族一覧』の後追いをした書籍の出来がどれも劣悪だったというのも有るが──この書籍の根底に存在する思想を理解しなければ、他人が読むには苦痛な自画自賛の家史にしかならないのだ──次を作る上で最も邪魔になったのは、まあ言うまでもなく、一人の桁外れの魔人が原因であろう。

 

 一滴の血の掟( One Drop Rule )を徹底してしまえば彼の怒りを買うのではないかと、そう恐れたのだ。

 

「そして結局の所、問題はアーサー・ウィーズリー達なのだ」

 

 気怠さを拭い切れぬまま、反論を出さない双子へと視線だけ戻し、話を先に進める。

 

「フランク・ロングボトムが〝純血〟同士で結婚してようが、或いは将来的にドラコ・マルフォイやアーネスト・マクミランが同じ道を辿る事になろうが、正直言って余り関心のある事では無い。純血主義の信奉者がそうするのは、僕達半純血にとって愉快ではないものの、仕方ないと思う部分も有る。非魔法界でも変わらんようだ。王族や侯爵様など、御偉い人間が俗世と違う生き方をするのは良く有る事のように見える」

 

 生まれ持っての特権階級共を恨んでも仕方が無い。

 人間は何処の場所に生まれるか、誰の子として生まれるかによって世界の立ち位置、上下が決まる。それはどうにもならないと、そんな諦めが心の何処かに有るのだから。

 

「しかし、〝ウィーズリー〟だけは違う」

 

 人の感情というのは不思議だ。

 最初からの敵よりも、後からの裏切者をより強く憎悪してしまう。

 

「彼等はスリザリンの純血主義なんぞ愚かしいと宣い、自らに流れる〝マグル〟の血の誇りを訴えた筈だ。『純血一族一覧』を盛大に馬鹿にしてくれた筈だ。()()()()、『その血統の純血性を維持する目的』なんぞ無意味で、混血には何の問題も無いから安心しろと宣ってみせた筈なのだ」

 

 サラザール・スリザリンをホグワーツから追放した、ゴドリック・グリフィンドールの寮に所属する人間なのだ。

 

「ならば、その家系の人間達は当然に非魔法族生まれや半純血の味方であり、この古臭い魔法界を改革してくれる希望の星となるべき筈で──しかし、その血を引いて生まれた筈のアーサー・〝ウィーズリー〟は、モリー・〝プルウェット〟と結婚した」

 

 『純血一族一覧』の執筆意図に合致するように、聖二十八族同士が内輪で血を繋ぐ。

 時代遅れとされた筈の因習を、それを大々的に否定した筈の血筋が踏襲する。

 

「──なあ、舐めているのか?」

「「…………」」

「君達はそんなにも僕達を馬鹿にしたいのか?」

 

 自ら血を裏切らなかった者達を、どうして僕達に許せと言うのか。

 

「嗚呼、君達の両親が結婚した時期も酷いものだ」

 

 彼等は、僕達を時系列も理解出来ない馬鹿だと思っているのだろうか。

 

「僕は今夏マルフォイ家に居たから、君達の両親が結婚した時期を正確に掴めなかった。ナルシッサ・マルフォイ夫人の機嫌は進んで損ねたくないからな。しかし、『そこいらじゅうで駆け落ち』が起こった頃だと言うくらいは把握出来た」

 

 彼等の長男、グリフィンドール監督生にして首席でもあったウィリアム・ウィーズリーの年齢を加味すれば、ウィーズリー夫妻が如何なる時期に結婚したかを把握するには十分だった。

 

「では、その駆け落ちが起こったのは何故か」

 

 天井を仰ぎ見、彼等の愚かさこそを唾棄する。

 

 バーテミウス・クラウチ氏は、あの最も貴族らしい矜持を有していた旧臭い男は、かの二人の結婚を耳にした時、一体何を思ったのだろうか。今となっては絶対に尋ねようがないが、それでも直接本心を聞いてみたかったものだ。

 

「つまるところ、彼等が自分達の将来を儚んだからだ。今直ぐ結婚しておかないと自分達が死んでしまうという危機感や切迫感が有ったからだ。()()()()()()()()()()()()()力を増し、政情不安が蔓延る中で、十年後や二十年後には生きてられないかもしれないと考えたから、彼等は家の制止を振り切っての駆け落ちに及んだのだ」

 

 スリザリンですらも変わりない。

 というより、スリザリンの方が酷い。

 

 派手に血を裏切った人間は流石に稀ではあるものの、家系図を丹念に見て行くと、力関係上これは有り得ないだろうという婚姻が散見される。何処もかしこも恋愛結婚や拙速な結婚に走ったのは明白で、そしてそれも已むを得ない事ではあった。

 

 何故なら当時の彼はトム・マールヴォロ・リドル、或いはヴォルデモート卿に過ぎず、『例のあの人』では無かったからだ。光の陣営の側の人間は、ただ一人の大魔法使いを除き、彼の力を理解して居なかったからだ。ただスリザリンを中心とする一部だけが彼の脅威を真に理解していたからこそ、〝純血〟の若者達は駆け落ちに走ったのだ。

 

「では、ウィーズリー。ここで君達の想像力を試そうか」

 

 視線を戻し。

 ただ二人にのみ語り掛ける。

 

「アーサー・ウィーズリーは闇の時代がいよいよ訪れる頃にプルウェットと結婚し、そして最終的に魔法戦争を乗り越えた。プルウェット兄弟は惨殺されたが、君達の家は違う。君達の両親は五体満足で生き残る事が出来た。また、戦争中に多くの子宝にも恵まれた。ウィリアムもチャールズもパーシーもフレッドもジョージもロナルドも、すくすくと元気に育っていた」

 

 彼等の一家に、致命的な悲しみが降り掛かる事は無かった。

 

「これを踏まえた上で、君達が非魔法族生まれの人間(ハーマイオニー・グレンジャーと同じ立場)であったと仮定しようか。当然、〝穢れた血〟として死喰い人達の抹殺対象となる。考えてみろ。そのような立場の人間だった場合、君達はアーサー・ウィーズリーの一家に近付きたいと思うか? 嗚呼、戦争中や戦争後を問わない。同じ寮を卒業した者として、或いはかつて友人関係に在った者として、改めて君達の一家と友好を深めたいと思うだろうか?」

 

 視界の端から大きく息を呑む音──何か言葉が発される兆候が聞こえたが、そこから待ったとしても、それ以上は何も聞こえやしなかった。

 しかし、双子の意識を逸らすには十分で、尚且つ、彼等は何かを見てしまったらしい。彼等の顔は強い衝撃を受けたように大きく歪んでいて、けれども僕は、そちらの方に一切視線を向けなかった。

 

 単純に、絶対に視線を向けたくなかったからだ。

 

「……仕方ない。はっきりと言ってみせようか」

 

 注目を再度集める為、溜息の後で改めて口を開く。

 本当に、グリフィンドールは何処まで自己中心的で、そして愚か者だというのか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、幼い子供が死んだり人狼化したり廃人化する世界の地獄の中、アーサー・ウィーズリーの一家は誰一人として欠ける事なく、後遺症も負わず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。戦争後の半純血や非魔法族生まれ達はな、君達一家を見てそう考えたから離れて行ったのだ」

 

 故に、アーサー・ウィーズリーは〝マグル〟に無知のままだった。

 あの男達がしてしまった背信行為を思えば、彼に対して正しい非魔法界の知識を懇切丁寧に教えてくれる人間など、彼が元グリフィンドールだろうが──寧ろ彼が元グリフィンドールだったからこそ、決して現れる筈が無いのだ。

 

「「………………は?」」

 

 彼等が理解に至るのは、今回は酷く遅かった。

 しかし、僕の皮肉の意味を理解した後は、二つの顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。そして部屋に響き渡る怒声。怒声と表現したのは、そうせざるを得なかったのは、二人の別々の反論が干渉して聞き取れなかったからだ。そして聞き分ける意味も見出せなかった。

 

 彼等が疲れて息と言葉を切らせた後、僕は漸く、そして淡々と問うた。

 

「何故、君達はそうも自信を持って違うと断言出来る?」

「っ。何故って……! お前に、スリザリンのクソ野郎に、一体親父や御袋の何が解る!」

「そうだ! 俺達の両親は、そんな人間じゃない!」

「僕に解らないように、君達にも解らないだろうに」

 

 盲目的な怒りから抜け出せない二人には失笑を返すしかない。

 

「戦争が終わった1981年当時、君達は二歳か三歳だろう? そんな君達がどうして両親の行動を──彼等が光の陣営で戦ったと弁護出来る?」

 

 彼等は当時を見ておらず、証人の資格はない。

 

「もっと単刀直入に聞いてやろうか。なあ、〝ウィーズリー〟?」

 

 感情で容易く理性を喪う相手だと、話を進めるのに苦労するものだ。

 

「君達の叔父で有るギデオン・プルウェットとフェービアン・プルウェットは、不死鳥の騎士団として血を流した。これは僕も認める歴史的事実で、ならばだ。君達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「────」

 

 とうとう、静かになった。

 その手の話を、僕はアルバス・ダンブルドア本人から聞いた事が無いし、噂ですらも耳にした事は無い。勿論、僕が聞いた事が無いというのは歴史的事実と違うという事でも無いのだが、しかし残念な事に、僕はアルバス・ダンブルドアという存在を良く知っている。

 

「『純血一族一覧』を堂々と否定した一族の男児。騎士団長閣下の御膝元であるグリフィンドール生。また、あのアルバス・ダンブルドア前校長の在学時期にもウィーズリー家の人間は、教授か生徒の中に居た筈だろう? つまり、彼と君達一族の親交は有ったに違いない」

 

 〝ウィーズリー〟は古く、血脈も多い。

 彼等と全く没交渉のまま魔法界で生きる事の方が難しい。

 

「そして君の父親が何時から魔法省に勤務しているか知らんが、当時も魔法省役人だったと言うなら情報源としての価値は有る。ともあれ、普通に考えれば、騎士団長閣下が君の父親を勧誘しない理由が有るだろうか?」

 

 本来であれば、無い筈なのだ。

 不死鳥の騎士団と死喰い人の戦力比は、明らかに後者の方が上回っていた。

 

 それはアルバス・ダンブルドアすら認める現実で、ならば可能な限り多く、()()()()()()()()を集めない道理が何処に在ろう? スリザリンと相容れない〝グリフィンドール〟であれば、勧誘するのが普通ではないか。

 

「まあ、君達が父親をグリフィンドール失格だと──戦争が始まったのに、ずっと逃げ隠れをしていた臆病者だと見ているなら構わないがね。嗚呼、いや。そちらの方が良いのか。僕が指摘しているのは、君達の両親が死喰い人の協力者だったのではという指摘なのだから」

「……オヤジは、マルフォイと違って裁判になんか掛けられてない」

「何の反論にもならんよ」

 

 裁判は決して、真実を映し出す鏡では無い。

 

「僕は初めから闇の協力者だったと言っている。要は死喰い人ではない、単なる小悪党に過ぎなかったと言う指摘だ。そしてその程度なら、バーテミウス・クラウチ氏にとって多くの〝純血〟の犯罪者共と同様、政治力学上見逃す方が楽な相手だ。更に裁判を持ち出すなら、ルシウス・マルフォイ氏は正規の手続を経て無罪となっている」

「…………」

「水掛け論を続ける気は無いから、今僕が求めるモノを言おう。彼が騎士団員だったというアルバス・ダンブルドアの証言。或いは、騎士団員達と映っている写真等の物的証拠。それも、今ここに持って来いとは言わんさ。君達が聞いた、或いは見たと証言するだけで構わない。それで、どちらなんだ?」

 

 彼等が嘘を吐く可能性も考慮していたし、同時に見破れるだろうという自信も有った。けれども彼等は、この期に及んで偽りを述べる気は無いようだった。

 最初から、そうすれば良かっただろうにと思ったが……嗚呼、違うのか。彼等の視線を追ってみれば、黙り込んだ理由が僕の横にこそ在るのは明らかだった。

 

 つまり、この部屋内で唯一魔法戦争時代を生きていた者。アーサー・ウィーズリーを擁護し得るかもしれない現在騎士団員であろう人間に、彼等は問うていた。

 

「──僕が聞くべき事でないと言うのなら、少しばかり外に出ていましょうか?」

「それでは貴方が回答を知り得ないでしょう。そもそもウィーズリー達の反応を見れば、貴方は真実を見抜く事が可能な筈ですから、ここに至って無意味な事はしません。貴方ならば悪用する事は無いと信じても居ます」

 

 双子達の方向を見たまま放った問いに、後から返って来たのは堂々とした教授の答え。

 

「……そして、ウィーズリー……フレッドとジョージ」

 

 しかし、その言葉にだけは、教師らしからぬ弱さが含まれていた。

 

「残念ながら、私はそれに対する回答を持ちません。私は前回、魔法省の側に立って働いていたのです。当時の『騎士団は魔法省に反乱分子とみなされていました』から。もっとも、今も変わらないと言っても良いでしょうけれど」

「へえ。非常に意外な話ですね」

 

 初めて聞く教授の告白は、僕にそれなりの驚きを齎した。

 

「あの前校長からは、貴方達の親しさが数十年来のモノであると聞いていましたし、第一次の際も当然騎士団側だと思っていたのですが」

「私には魔法省の友人達……更には後の夫も居ましたからね。そして、貴方が良く理解する通り、アルバスは立場の混同をしません。勿論、私も。だから私達が教授と教え子、教授と教授、もしくは校長と教授の関係だったとしても、戦争に関する話は御互い一切口にしませんでした」

 

 ですから、かつての騎士団の内情は良く知りません。

 やはり弱弱しいその言葉は、僕では無く双子達に向けられ──けれども、それだけで終わりもしなかったのは、流石ミネルバ・マクゴナガル教授だった。

 

「しかし、レッドフィールド。そもそも貴方は、ウィーズリー夫妻が闇の陣営に居たなどとは信じて居ないのでしょう? それなのに、相手を傷付ける為だけに都合良く違う立場を取るのは、全く褒められたものでは有りません」

「──良く御分かりで。その可能性は殆ど零だと思っていますよ」

 

 厳格さを取り戻した指摘を、依然として双子に向き合ったままに肯定する。

 だが認めてやった割に、二人は余り嬉しそうな表情を見せなかった。

 

「ルシウス・マルフォイ氏と余り話す機会は無かったが、ナルシッサ・マルフォイ夫人と話す機会は割と有ったからな。彼女の反応を伺う限り、〝ウィーズリー〟が闇の帝王に与していたという事も無さそうだ。それでも彼女の知らない所で君達の両親が関わっていた可能性は有るが、個人的な感覚としては無視して良いのではないかと思う」

 

 また、トム・マールヴォロ・リドルの日記帳の件も有る。

 スリザリンの仲間であったのならば、ルシウス・マルフォイ氏はジネブラ・ウィーズリーを嵌めようと──秘密の部屋を開ける鍵だと、そう御主人様から言われた道具を渡しはしまい。単に派閥を異にする人間達を貶める道具にしては、余りに劇物過ぎるからだ。

 

 ただし、と付け加える。

 

「少なくとも、第一次魔法戦争中、アルバス・ダンブルドアはアーサー・ウィーズリーを相当強い疑いの眼で見ていた。それは断言しても良い」

「「────」」

「至極当然の理屈だろう?」

 

 寧ろそうでないなら、あの秘密と猜疑の男らしくもない。

 

「シリウス・ブラックが──スリザリンの半分以上が意外に思ったらしい男の裏切りすら、現実のモノとして受け止めざるを得なかった時代だぞ? 騎士団にしろ魔法省にしろ、内通者と裏切者、そして服従の呪文の対象者で溢れていた。心の底から信用出来ると思う相手すら信じられない時代だったと聞いている」

 

 今日信じた相手が、明日信じられなくなる事が平気で起こっていた。

 

「そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()夫婦なんぞ、グリフィンドール的で在ろうと努力している老魔法使いからすれば、一切の信頼に値しない。万一騎士団の協力者としては認めたとしても、騎士団内部に入れて重宝する事は絶対に有り得なかったと僕は確信している。勿論、彼が素直にそんな理由を吐いたとは思えんが」

 

 しかし、アーサー・ウィーズリー達を擁護する者は騎士団に居なかったのだろうか。

 

 〝ウィーズリー〟の男児は、別にアーサー・ウィーズリーだけではない。そして魔法族は長命の傾向にあり、また杖を取って戦うのみが戦争に役立つ道では無い。だから、かつての時代に一人くらいはウィーズリー姓が騎士団に居ても可笑しくないし、騎士団長閣下に夫妻の無実を直訴していそうなものだと思ったのだが──この双子の様子を見る限りでは、そのような事例は存在しなかったらしい。

 

 もっとも、その辺りをここでは指摘しなかった。

 少なくとも、あの騎士団長閣下は、〝プルウェット〟の方は受け容れていた。駆け落ちしたモリー・ウィーズリーと、彼等の兄弟の関係にしても僕は良く知らない。僕の考えの及ばない、深い理由が有るのかもしれなかった。

 

「……でも、今のダンブルドア先生は、おじさん達を全く疑っていない筈よ」

「それはそうだ。でなければ、彼はハリー・ポッターを預けはしない」

 

 その点は恐らくハーマイオニーが正しい。

 戦後の十数年間の観察期間が有ったし、純血結婚をしたという一点の理由以外には、アーサー・ウィーズリー達が闇の陣営側である事を疑う証拠も無かった筈である。

 

 何よりあの老人は、ハリー・ポッターの他人を見る眼を信じているのだろう。

 最早アーサー・ウィーズリーに疑いを掛ける事は一切あるまい。

 

「オヤジは──」

「…………?」

 

 その言葉でハーマイオニーから視線を外し、再度双子の方へと戻す。

 

「──オヤジは、本気でマグルに愛着を持ってるし、敬意を抱いてる。確かに知識は足りないのかもしれないけれど、少なくともお前達と違う。スリザリンみたいな差別主義者と一緒にするな。マグル保護法を作るのだって努力したし、穢れた……ナントカなんて侮辱的な罵倒は死んでもしない」

 

 掠れた声で、双子の片割れが言った。

 入れ替わるように、もう一方の片割れが同じく掠れた言葉を継ぐ。

 

「そうだ。オフクロとの結婚にしてもだ。オヤジが誰と結婚しようとオヤジの勝手だし、他人にゴチャゴチャ言われる筋合いなんぞ無い。純血とマグルが平等って事は、両者を区別しない事なんじゃないのか? つまり純血同士で結婚したって差別主義者になる訳じゃない」

「第一、お前は『純血一族一覧』が正しいという前提で話を進めてるように見える。俺達はそれを否定したウィーズリーなんだ。その本を前提にオヤジ達を批難するのは筋が違う。クソったれなスリザリンらしい詭弁だ」

「お前達の唱える純血主義に俺達は賛同したりしない。決して、断じて……!」

「……だ、そうだが?」

 

 彼等の言い分を黙って聞いてやった後、その横、非魔法界育ちの賢い少女に問う。

 

「…………都合良く話を振らないで。貴方の立場からすれば、私は存在しない筈よ」

「嗚呼、すまないな」

 

 顔を顰めたハーマイオニーに、謝罪の言葉を口にする。

 もっとも、それが彼女に誠実なものとして聞こえたかは、自分ですら怪しいと思った。

 

「差別主義者は、魔法族至上主義者は果たしてどちらの方か。非魔法族から学びを得なかったのは、果たして何れの方だったのか。それを確認する最も手っ取り早い手段だったから、ついやってしまった。今後は二度としないと約束しよう」

 

 そう宣言するも、ハーマイオニーは返答すらしなかった。

 彼女は座ったまま身を縮こまらせており、そして双子も気付いたらしい。ハーマイオニー・グレンジャーは今回、具体的な反論を一切しなかった事に。

 そもそも、彼女は今まで多くの事に口出ししなかった。『純血一族一覧』に関わる話についても、そもそもアーサー・ウィーズリー達に近付きたいと思うかという問いに関してすらも。

 

 彼等の肩を持つ発言を、しないままで居る。

 

「まあ、出て来るとは思っていたのだ。予想よりは遥かに遅かったがな。別に純血主義者だから〝純血〟同士で結婚した訳では無く、偶々好意を抱いた相手が〝純血〟に過ぎなかった。そんな、僕達を──持たざる人間達を馬鹿にし切った主張が」

 

 一体何故、僕が『純血一族一覧』から始めたのか。

 その事に対して理解を示さない主張だ。

 

「確かに、一見その主張には理が有るように見える。非魔法界において、祖父母や親戚に白人しか居ない、或いは黒人しか居ない。これを理由にその家系が差別主義者と看做される事はまず有り得ないからな。しかし、だ。ここは魔法界だ。魔法の、特別の力が現実に存在する世界なのだ。単純に同一視出来ない事など一目瞭然だろうに」

 

 純血・半純血・非魔法族生まれ・スクイブ。

 それは明確に、人種とは異なる。

 

「理解出来なかったようだから説明してやるが、僕はアーサー・ウィーズリー達の両親──つまり、君達の祖父母や曽祖父母達の純血結婚を一切問題視していない。君達の両親の結婚にしても、それが『純血一族一覧』以前、スリザリンが純血性の維持の必要を改めて強調する以前の事件ならば、最初から言及などしなかったとも」

 

 双子の等しく蒼白な顔を眺めつつ、僕は唇を舐める。

 

「まあ、セプティマス・ウィーズリー、ケンドラ・ブラックと純血結婚してくれた人間あたりは、『純血一族一覧』が世に出る以前だったかは怪しいがな。──女は純血趣味に走ってしまうのはやはり血筋なのか?」

 

 別に良いが、と嘆息する。

 

「ともあれ知識というモノは、本が出版されて直ぐに受容される訳ではない。その知識への反対派が生まれ、議論や論争が生まれるのも当然だ。ましてこの書物の裏に在る思想が何処由来かを思えば、当時の関係者全てが無知であり、または知っていながら軽んじたとしても、その責を負わせるのは不当と言うものだろう」

 

 他のスリザリンが何と言おうとも、少なくとも僕は問題視しない。

 彼等まで結婚すべきではなかった、或いは遡及的に子供の血は断たれるべきだった。そんな非人道的な主張など決してしない。

 

「けれども、君達の両親だけは別だ。アーサー・ウィーズリーの出生。そして、モリー・プルウェットとの結婚。それらは『純血一族一覧』が世に出てから数十年が経過している。その頃にはまず間違いなく、かの思想が魔法界にも広く知られていた筈なのだ」

 

 知らなかったという事は有り得ない。有ってはならない。

 彼等の青年期には既にスクイブ権利運動──1960年代の非魔法界、公民権運動の影響を明らかに受けた事件が起こっている。魔法界への〝マグル〟の思想の流入と対立が存在していた事は明らかになっている。ましてグリフィンドール、非魔法界育ちの魔法族が珍しくない寮なら、求めれば当然に知識を得られた筈なのだから。

 

 嘲笑すら浮かんで来ないのを自覚しつつ、今度は少女に視線を向けずに言う。

 

「ハーマイオニー。気分が悪くなったのならば立ち去って構わないぞ」

 

 彼女の行動を、僕は魔法で縛っている訳では無い。

 

「或いは、君達が出て行っても構わない。その場合はハーマイオニーが留まる意味も無くなるし、この場から僕も解放される。パーシー・ウィーズリーが離反した理由についても、既に十分な材料は提供し終わっている。獅子らしくも無く尻尾を巻いて逃げる気なら好きにすれば良い」

 

 少し本気で促してみるが、全員身動ぎする気配すら感じとれなかった。

 息を潜めたままに、静かに僕の一言一句、一挙手一投足に注目していた。

 

「……はあ。アーサー・ウィーズリー達がルシウス・マルフォイ氏達より差別主義者だ。そんな事を言うつもりは無い。君達の両親の善性も欠片も否定しない。単に彼等は無知で、魔法界の名家の人間としての責任を果たさなかっただけで──けれども、今回これは致命的だった」

 

 アーサー・ウィーズリー達は白眼視され、見放された。

 非魔法族や半純血達は、あの魔法族至上主義者に近付く事は無くなった。グレンジャー夫妻に、第一次魔法戦争の事を知らず、彼等の罪もまた知らない〝マグル〟が現れるまで、彼等は無知のままである事を余儀なくされた。

 

「君達のアーサー・ウィーズリーを擁護する主張は、百年前であれば十分だった。しかし、今は違う。普段非魔法族の肩を持っているか、彼等が生み出した科学技術を崇めているかどうかなんぞは、この()()において然程関係無い。何せ君達の両親を批難するのは、その結婚と出産を咎める理由は、非魔法界の中にこそ有るのだから」

 

 嗚呼、と。

 彼等の表情を見て嘲笑う。

 

「そうだ。今の〝純血主義〟は、我等が偉大なる始祖、サラザール・スリザリンが唱えた代物とは違う。彼のその系譜に在る事は間違いないが、方向性が同一であるだけで、彼の千年前の思想をそのまま受容している訳では無い」

 

 スリザリンは確かに歩みを進めたのだ。

 

「『純血一族一覧』の著者は、オッタリン・ギャンボル魔法大臣と同様の事をやった。当時の非魔法界において進歩と同義で有った〝科学〟の叡智を、スリザリンが既に掲げていた純血主義と統合し、魔法界へと改めて導入した」

 

 アーサー・ウィーズリーを初めとする怠慢な一族、魔法界の将来に関心を持たなかった者と違う。非魔法界と同様に魔法界でも社会の退廃が進行しているかのように見えたからこそ、かの著者は熱意と共に『純血一族一覧』を記述した。

 

「だからこそ、この本は十八世紀でも十九世紀でもなく、二十世紀に生まれたのだ。だからこそ、酷い欺瞞だと感じていて尚、非魔法族の血は一滴も混ぜ込むなという主張を展開したのだ。だからこそ──()()()()()時代の潮流に適合していたからこそ、以前の個人的な政治宣言や、外部に余り流出しない代々の家系図と違い、『純血一族一覧』は魔法界に広く衝撃を与える悪書にまで至ったのだ」

 

 そして、純血主義とは遠い場所に居た〝ウィーズリー〟も存在を知った。

 

 純粋な魔法族である彼等では真に脅威を理解出来ずとも、彼等の周りに居た人間が──非魔法界に近しい半純血や非魔法族生まれが騒いでくれただろう。時代はまさに1930年代、ハーケンクロイツが世の〝改善〟の為に忙しくしていた頃の事である。『純血一族一覧』は最終的に大勢の死を産むだろうと、目端の利く者達であれば容易に気付けたのだ。

 

 ……まあ、非常に皮肉な事に、彼等の予測は外れている。

 

 当時の知識人達が予測した地獄は、この魔法界には訪れなかった。

 それを止めてみせたのは、今世紀で最も偉大と呼ばれた魔法使いでは勿論無い。

 一人の闇の魔法使いが『純血一族一覧』の哲学を力で曲げてくれたからこそ、魔法界での殺戮と迫害は非常に()()()()()範囲に留まっている。

 

「『純血一族一覧』。この書の裏に在る非魔法界の思想を、優生学(eugenics)と言う」

 

 魔法の世界の外から持ち込まれたその思想こそが、サラザール・スリザリンより続く旧き哲学を最も強化し、スリザリンの純血主義への拘りを一層強くした。

 

「この思想の原始的発露は古くから存在する。何なら、人類の誕生時から存在していたと言っても良いだろう。しかし、この思想が世界を揺るがす程の力を持ち始めたのは、1859年、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』が世に出て以降の事だ。嗚呼、そして。何よりも忘れてはならない1900年。その年こそが、大きな転換点だ」

 

 それは、非魔法界の生物学を学べば絶対に突き当たる事実。

 

「グレゴール・ヨハン・メンデル。一人の敬虔な司祭の研究が再発見され、それを最高に()()してくれた理論が〝科学〟の名で語られ始めた時、人類史においても最上級の悪夢──ヒトの進化と適者生存を唱える、新時代の魔女狩りの歴史が産声を上げたのだ」




・『純血一族一覧』への抵抗者
 このリストに反対したとして明確に名が挙がるのはウィーズリー家のみ。
 それ以外にも反対者は居たようだが(Wizarding World『Pure-Blood』)、ネームドとして挙がる家系・人間は存在しない。

 そして、アーニー・マクミランの『僕の家系は九代前までさかのぼれる魔法使いと魔女の家系』(二巻・第11章)、ネビルの『おまえにもアミカスにも、どのくらいマグルの血が流れているかって聞いてやった』『あいつらは純血の血をあまり流したくない』(七巻・第28章)という台詞からして、彼等の家系も(理由はどうあれ)純血性を維持したようである。

・魔法省側のマクゴナガル
 彼女は第一次魔法戦争において、明確に不死鳥の騎士団への所属を回避している(『エッセイ集 ホグワーツ 勇気と苦難と危険な道楽』)。

・第一次魔法戦争とウィーズリー家
 ルーピンがモリーおばさんに『あなたは前回、騎士団にいなかったからわからないだろうが』(五巻・第9章)と発言している事からするに、少なくとも、おばさんが騎士団員で無かった事は確実として良いと思われる。ビル達の年齢から判断するに戦争期は妊娠・出産・子育て時期とも重なるので、自然と言えば自然ではある。
 しかし、ウィーズリー家は魔法界における大家族で知られているにも拘わらず(七巻のミュリエルの『庭小人算式に増える』という発言からするに、多産の特徴はアーサーの家のみではなさそうだ)、ムーディがハリーに騎士団創設メンバーの写真を見せた際、アーサーはおろか、ウィーズリー姓を持つ人間は一人も言及されない。あくまで話の中に出て来るのはギデオンとフェービアン、モリーおばさんが駆け落ちして出て行ったプルウェット家の人間達である。

 一応、これらの記述を前提としても、アーサーを第一次魔法戦争の騎士団員だったと考えたとしても矛盾は生じない(モリーは違ったが、アーサーは所属していた。ハリーはムーディとの会話を途中で打ち切ったので、ウィーズリー家の騎士団員を紹介せず仕舞いだった)のだが、本作では素直にアーサーを騎士団員で無かったとして扱っている。


・魔法力と遺伝
 ハリー・ポッターの世界における魔法の遺伝について、過去には、”magic is a dominant and resilient gene.”と言及された事が有る。その宣言まではファンの間で半ば暗黙の了解的に潜性遺伝としていたようだから(当時を知らないが、その手の英語の言及は出て来る)、それなりの混乱を引き起こしたらしい。
 dominantの方は兎も角として、後者を最大限、つまりresilient(辞書を引いて出て来る意味は、弾力性の有る、回復力のあるなど)を〝魔法的〟に解釈するならば、マグル科学で遺伝現象を説明する事は初めから無意味であると思われる。

 勿論、この設定が現在も維持・踏襲されているかは定かではない。
 ただメタ的に言えば、魔法遺伝子を潜性とする≒ヴォルデモートを正義とする事は、当時も現在も不可能であるように思える。

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