加護なし
決闘に勝利した俺は、当然のように約束を守って貰うことにする。
だが、ピエールが驚いている。
「や、約束だと?」
「そうだよ。俺は言ったよな。返せと――俺の前に持って来い、って」
ピエールが何か気付いた顔をすると、フェルナンさんに訴えた。
「そうだ。決闘に勝ったのはこいつだ。あの船の持ち主はこいつだから、俺様は悪くない。悪いのはこいつだ!」
諦めが悪く喚いているピエールに、俺は笑顔で告げる。
「おいおい、よく聞こえなかったのかな? 言っただろう……俺の前に持って来い、って。さぁ、早く返してくれ。久しぶりにアインホルンのベッドで寝たいんだ。枕が変わると寝られないほど繊細でね」
嘘だ。
枕が変わってもその日の内に爆睡できる。
ピエールの顔が青くなるのを俺はニヤニヤしながら見ていた。
「どうした? 早く持って来いよ」
フェルナンさんが止めに入る。
「伯爵、申し訳ないが君の飛行船は暴走している。すぐに持ってくるのは不可能だ。出来れば、止めるのに協力して欲しい」
俺は口を三日月のように広げ、待っていましたとばかりに告げた。
そう、この時を待っていた。
時間を稼いだのもこのためだ。
こいつが――ピエールが自分の、いや、聖樹の力やアロガンツの性能を過信してくれたおかげで事がスムーズに運んだ。
全てはこの時のために!
「関係ないね!」
俺の言葉にピエールが泣き出す。
「おや、ようやく気が付いたのか? そうだよ、お前は聖樹の誓いとやらを破ったわけだ。決闘に負けたのに俺にアインホルンを返さないお前に――聖樹はどんな罰を下すんだろうな?」
すると、ピエールの真下に赤い魔法陣が浮かび上がった。
フェルナンさんたちが、まるで条件反射のようにその魔法陣から離れていく。
とても怖がっている様子だ。
俺は魔法陣の上に立ち、ピエールを見ている。
「い、嫌だ。許して。許してください! 何でもしますから許して! 加護なしは嫌だ。加護なしは嫌だぁぁぁ!」
泣き叫び逃げ出そうとするピエールに、地面から生えた木の根が体に絡みつく。
ピエールは足首を掴まれ倒れると、そのままピエールの体には木の根が絡みつき持ち上げた。
右腕に木の根から生えてきた蔦が絡みつく。
「止めてぇくれぇぇぇ! お願いだから! もうこんなことはしないから! 俺は悪くない! こいつは余所者じゃないか! 許してくれぇぇぇ!」
泣き叫んでいるピエールに近付き、俺は声をかけてやった。
「何でもするって言ったよな? なら、お前はそのまま“加護なし”になれ」
加護なし――それは、聖樹の加護を持つ貴族たちが最も恐れるもの。
マリエのノートに書かれていた。
ピエールが絶望した顔になると、右手の甲の紋章が強く光り――蔦に絡まれる。蔦が離れ、木の根が地面に戻っていくと右手の甲に紋章がなかった。
ピエールは座り込んでその場から動かない。
右手の甲を見て涙を流している。
俺はそんなピエールに近付き微笑みかけてやった。
「約束破りはいけないよね。これに懲りたら、今後は真面目に生きることだ」
全て分かっていてやっていた。
ピエールが最も恐れることがなんなのか想像し、絶対に紋章を消してやると決めていた。
ルクシオンと裏で色々と相談し、アルゼルの糞共に現実を教えてやろうということにした。
地面に浮かんでいた赤い魔法陣が消えると、フェルナンさんたちが恐れるようにゆっくりとやってくる。
加護なし。加護を奪われるところを見て、少し動揺しているようだ。
「……ピエール」
同情した視線を向けるフェルナンさんも、やはり六大貴族だな。
紋章を失ったピエールに同情している。
こいつには加護なんて必要ない。
持っているだけで人を不幸にする。
何よりこいつは俺に喧嘩を売った。
それが一番許せない。
イベント? 主人公と攻略対象が、砂糖を吐きそうなくらいに甘い空気を出しているのに、今更仲良くなるためのイベントなど不要だ。
これはリアル……邪魔なら排除してしまえばいいのだ。後でいくらでも主人公たちをフォローすればいい。
我慢は体に毒だからね。
こいつが俺たちに絡まなければ、見守ってやったのに……だが、こいつは一線を越えた。ノエルやカーラをさらった時点で、俺はこいつの扱いを最も残酷なものにすると決めた。
俺はピエールに優しく囁く。
「どうだ? 聖樹の加護を失った気分は? 聞かせてくれよ、三下の似非貴族さんよぉ」
ニヤニヤして聞いてやると、ピエールが俺を振り返り怒っているのか泣いているのかよく分からない顔をしていた。
……その顔が見たかった!
「ほら言えよ。聖樹の加護しか取り柄のないお前が、それを失った気分を教えてくれよ。怖いか? 怖いよなぁ……だって、今まで散々偉そうにしてきたのに、加護を失ったからな。きっとみんなお前に復讐するんじゃないか?」
観客席を見れば、学園の生徒たちがピエールを冷たい目で見ていた。
貴族であっても加護を失った者には、どうやら世間は冷たいらしい。
ピエールがその場に蹲り泣き出してしまう。
「何で……俺様がどうしてこんな目に!」
「お前が俺に喧嘩を売ったからだ。覚悟しておけよ。まだ終わらないぞ。それから、これは自業自得だよ。まぁ、いい余興だったぞ、ピエール」
俺はピエールの肩に手をおいて、
「お前はいい道化だったよ」
ピエールが泣き叫び出すと、フェルナンさんたちが俺を見てドン引きしていた。
……いや、ドン引きしたいのはこっちだよ。
何だよ、迷惑をかけられたのはこっちだぞ。
俺は髪をかきつつ、
「さて、そろそろ迎えに行かないとね」
ルクシオンがやり過ぎていないか心配だ。
あいつ新人類を滅ぼしたいとか常に言っている駄目な子だからな。
◇
アルゼル共和国の飛行船艦隊が展開していた。
後ろには聖樹神殿が控えており、これ以上先に進めると聖樹が危なかった。
旗艦に乗る提督が叫ぶ。
「何としても奴をここで沈めろ! 乗組員の安否は無視して構わん!」
五十隻を超える艦艇が、大砲を向ける相手はアインホルンだった。
フェーヴェル家の領内を破壊しながら進み、フェーヴェル家の私設艦隊を沈めながらここまで来たのだ。
共和国の飛行船が一斉に大砲を撃つ。
船体横に並んだ大砲を撃つのだが、大砲の弾は魔法により加速して威力を高めていた。
そんな砲撃の中を、アインホルンは突き進んでくる。
シールドを展開し、大砲の弾を全て弾いていた。
提督が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「……化け物か」
共和国の歴史の中で、ここまで追い込まれたことは一度もなかった。
聖樹を信仰している共和国にしてみれば、撤退など出来ない。
次々に飛行船が空へと上がり、艦隊に加わるもアインホルンは無視して砲撃を行ってくる。
船首を向けたまま砲撃をするアインホルンに、提督は驚いている。
共和国の飛行船が、魔法によるシールドを貫かれ被弾した。
次々に被弾する味方艦。
「何という命中精度だ。これが王国の飛行船か」
提督が叫ぶ。
「機関出力最大! この船をぶつけてでもあの船を沈める!」
撃ち合っていては不利と判断すると、旗艦を含めた数隻が突撃をかける準備に入る。その動きをアインホルンは黙ってみていた。
「押しつぶせ!」
提督もアインホルンの動きが気になっていたが、
『ぎゃははは! 俺たち最強!』
『フェーヴェル家万歳!』
『おら、どけどけぇ~』
酔っぱらいの声が通信から聞こえてきており、相手が理解に苦しむ動きをしても「酔っ払いのすること」と切り捨てた。
「突撃!」
飛行船が船首にシールドを分厚く展開し、アインホルンに向かって突撃していく。
飛行船からは乗組員たちが次々に逃げ出し、提督も小型艇に乗り込んでその場を離れると外に出て驚いた。
「……まさか」
突撃してきた飛行船を砲撃で撃ち抜き撃沈させると、旗艦……一千メートルを超える飛行船に突撃したのだ。
押しつぶされ、斬り裂かれるように左右に分かれた旗艦。
アインホルンだけが爆発で発生した炎と煙の中から無事な姿で出てくる。
提督は手を悔しさに握りしめた。
「どうにもならん」
準備不足もあるが、そもそも勝負になっていなかったのだ。
小型艇の上からアインホルンの姿を見る。
共和国の騎士たちが乗った鎧が取り付こうとすれば、撃ち落とされるか足のない鎧のような何かに叩き落とされている。
提督は膝から崩れ落ちた。
「わしの代で、共和国が負けるというのか……」
不敗神話が終わろうとしていた。
すると、部下の一人が空を指さした。
「提督!」
「アレは……何だ?」
提督も知らない大きな鎧が空からアインホルンに向かって降りていくと、足なしの鎧を殴り飛ばして甲板に降り立った。
中からは青年が降りてくる。
「学生か?」
学生――リオンが手にショットガンを持ち、アインホルンの船内に乗り込むと今度はドルイユ家の飛行船が通信で全艦に向けて説明していた。
『撃つな! 今の青年は味方だ!』
フェルナン・トアラ・ドルイユ――六大貴族の言葉に、艦隊は従い砲撃を中止するのだった。
だが、提督は両手をついて涙を流す。
「……今更来たところで」
聖樹のある大地に、数多くの飛行船が残骸を晒していた。
事実上、共和国の艦隊はたった一隻の外国の飛行船に敗北したのだ。
◇
アインホルンの船内。
随分と荒らされており、ショットガンを両手に持った俺は呟く。
「修理代を割り増しで請求してやる」
すると、護衛用のロボットを両脇に控えさせたルクシオンが、俺の前に現れるのだった。
『お待ちしておりました、マスター』
「寂しかったか?」
『はい。マスターの戯れ言が聞こえないというのも寂しいものだと、私も理解する程度には成長したようです。ただ、もう少々遅れてきてくれたら、あの神殿を破壊できたというのに』
……やっぱりこいつは可愛くない。
クレアーレなんか、アンジェの下着写真を送ってくれるのに。
歩き出すとルクシオンが俺の右肩辺りの定位置に来て浮かぶ。
ロボットたちも俺を守るように配置についた。
「さて、屑共はどこだ?」
『数人が部屋にこもって現実逃避をしていますね。多くは格納庫から、逃げだそうと色々とやっていますよ』
「案内しろ。それから、ピエールの件は徹底的にやれ」
『……了解です』
ショットガンを構える俺は、笑顔でピエールの取り巻きたちを探すのだった。
荒らされたアインホルンを見つつ、ルクシオンから報告を受ける。
その中で気になったのは、
「聖樹への誓いは契約ではない?」
『はい。正確に言えば違います。そもそも聖樹とは、そこまで細かな対応を取りません。契約云々は、聖樹への誓いを応用したものです。本来、聖樹への誓いというのはより大きな力を借りるため、というのが正しい使い方だそうです。ただ、この応用方法ですが、近年発見されたそうです』
「直接奪わなかったのも、呪いをかけて俺たちに命令しなかったのもそれが理由かよ」
ピエールなら、問答無用で俺たちからアインホルンを奪ってもおかしくない。
それが聖樹への誓いという回りくどい手段に出た。
相応に理由があったわけだ。
『調べた結果、聖樹の紋章にも階級があります。頂点は“守護者”。次点で“巫女”。その後に六大貴族たちが続き、更に下に貴族たちがいます。頂点に行くほどに恩恵が大きくなっていますね』
「簡単に奪うとか、呪うことはピエールでは無理だったのか」
『はい。そのために聖樹の誓いを利用したと思われます。聖樹にはアインホルンをマリエたちの所有物とでも報告したのでしょう。聖樹から見れば、加護のあるピエールの方が我々の上位者ですからね』
俺は小さく笑う。
「横暴な聖樹には、苗木が有効だったな」
『苗木を持つ者には、上位者として振る舞えなくなる。マリエのノートから推測しましたが、当たりましたね』
取引材料。
そして備えとして、苗木は十分に役に立ってくれた。
「それにしても、聖樹はピエールを簡単に切り捨てたな」
『聖樹にとっては、誓いをしておいて負ける、または破る行為は自身の守り手として不十分と判断したのでしょう。聖樹へ誓うことで、拘束力やら呪いなどの力を貸すわけですからね。なのに、失敗したでは話になりません』
言ってしまえば、六大貴族たちが聖樹を一方的に利用しているだけではない。
聖樹も自分を守るために、六大貴族たちを利用しているのだ。
「ピエールは軽率だったな。この情報、王国に流せばどうなる?」
『マスターが動かなければ変わらないでしょう。実際、王国に共和国を攻め滅ぼすだけの力はありません。共和国が防衛戦で有利なのは変わりませんからね。ただし、共和国の弱点に気が付きますし、長い目で見れば有益な情報です』
喋っていると格納庫に到着した。
諦めて座り込んでいるピエールの取り巻きたちが、入ってきた俺を見る。
「反逆者の皆さんこんにちは――そしてくたばれ!」
ショットガンの引き金を引くと、シェルが発射されて散弾が飛び散った。
対人用だが、凄く痛い。
次々に撃って、そして痛みに苦しみ倒れていく。
ピエールの取り巻きがいたので頭を踏んでおく。こいつは、ピエールが俺に喧嘩を売ってきた日に見かけた奴だ。
「さて、これからお前らは反逆者として裁かれるわけだが……気分はどうだ?」
痛みに苦しむピエールの取り巻きたちは、青い顔をしていた。
酒臭いが、酔いは覚めている様子だ。
「誰に喧嘩を売ったか分かったか?」
全員が震えており、俺はショットガンにシェルを装填していく。
「お前ら。王国に攻め込んでこいとか何とか……お前らが相手をしてくれるんだって? 素晴らしい根性だ。買ってやろうか?」
外の様子を見ていたのか、全員が顔を伏せていた。
口々に、
「お、俺はそんなつもりじゃ」
「アレはピエールさんが――ピエールが言ったんだ」
「そ、それに、俺たちは何もしていない!」
ショットガンの引き金を引き、黙らせると俺は笑う。
「関係ないんだよ! お前らの罪は、俺たちを――いや、この俺に喧嘩を売った事だ」
主人公と攻略対象である男子が仲良くなり、もうイベントなど不必要となった今――俺が我慢をする必要などない。
さて、次はアルゼル共和国にも責任を取って貰うとしよう。