機動戦士ガンダム 水星の魔女 6話~7話の閑話です
「あれ?スレッタがグエグエと優雅なコーヒータイムしてたはず何だけど映像にない…」
「誰も二次絵投稿してくれない……」
「じゃあ自分で作るか……」
と思って書きました。誰か共感してくれ。このシーンは存在した。本編に映像で流れていないだけで

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グエル・ジェタークの優雅なコーヒーブレイク ~水星狸を添えて~

 

 グエル・ジェタークの朝は早い。

 

 フロント73区によって定められた【朝】の時間帯になると同時に彼は目を覚ます。顔を洗い、ストレッチを行い身体を温めると、そのままランニングへと赴く。

 自らの失態の結末。ジェターク寮を追い出された後も、このサイクルは変わらない。

 一度外に出れば生きては居られない星の世界に生み出された人の住まう場所。フロントに存在する資源は限られる。水も食料も、空気だって資源だ。そしてその資源を無駄にすることは出来ない。

 で、あればその限られたエネルギーを利用できる時間を、無駄にするわけにはいかない。

 

 目覚めた直後は身体が強ばる。

 覚醒を促すために焦らず、呼吸を繰り返し、酸素を肉体に届けていく。

 血液を全身に巡らせ、筋肉を動かす。額に汗が少しずつ滲んでくる。

 

 だが、飛ばしすぎても行けない。

 寮を出てから、生活環境は一変した。食事の内容も変わったのだ。寮ではパイロット科の生徒に対する適正な食事が用意される。グエルに対してなど、その日のトレーニング量に合わせた、完璧な調整がなされていた。だが今は違う。

 今の食事はMS運用時の長期任務で食べる、サバイバル用携帯食料(レーション)だ。

 それが与えられるだけ、恵まれていると言えばそうだ。だが、当然摂取できる栄養素には偏りが生まれる。寮に居たときと同じようにトレーニングして、筋肉をやつれさせてはいけない。

 

 パイロットになるために、

 いずれホルダーを取り戻すために、

 何一つ、怠るわけにはいかない。例えこのような場所にいようとも。

 

 キャンプ地の周囲をゆっくりと周回し、最後にもう一度入念にストレッチを行い、水場で汗を流す。そして再びキャンプ地へと戻っていった。

 その途中、幾人かの生徒とすれ違った。

 ヒソヒソと、此方を見て言葉を交わしている。中には明確な侮蔑の表情を浮かべる者も居る。聞こえよがしの罵声も聞こえてきた。だがグエル・ジェタークは気にしない。相手の立場が弱ったときだけ強気になるような連中に対して、卑屈になる理由は一つも無かった。

 だから彼は誰の視線を気にすることもなく自分のキャンプ地に戻っていった――――その途中で、

 

「――って、デートじゃ――ですか?」

「え、えええ!?ち、ちちがいますよ!」

 

 赤毛が跳ねるのを目撃した。

 

 スレッタ・マーキュリー。

 

 褐色肌、赤毛、太い眉、女性にしては高い身長、いかにも古くさい髪飾りにコロコロと変わる表情。そして自分から奪い取った現【ホルダー】を示す白い学生服。地球寮の学生達と一緒に話ながら、何時ものやや挙動不審な態度で会話をしていた。

 

「ええ――そうに――って」

「――――アンなん――まあ――――」

 

 何か楽しそうに話している。

 恐らく、先の戦いで勝利を収めたエラン・ケレスに関わることだろう。

 

 どうでも良かった。自分には関係の無いことだ。

 グエル・ジェタークは帰路についた。ただ、彼女とはすれ違わないように、自然と、少しだけ遠回りした自分に、彼は気がつかなかった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 グエル・ジェタークの昼は短い。

 

 単純な話だ。やるべき事がとても多いのだ。

 

 寮に在籍出来ていないからと言って、授業を受けられないわけではない。どの寮にも属さずにいるミオリネ・レンブランはやや特例であるが、今の時代、直接授業に出席しなくても情報は端末一つから受けられる。学園内で行われる決闘の中継すら、端末一つで見られるのだから、場所や環境は無知の言い訳にはならない。

 そして得られる情報は何もアスティカシア専門学園に限った話ではない。現在のジェターク社の外部評価、企業間の政治的な動き、地球に存在する火種に、最新のMSの情報に至るまで。学ぶべき事、知るべき情報はあまりにも多い。

 

 無論、何もかも調べていくわけにはいかない。

 今の()()()()()()()()()()に絞り、情報を集めていく。

 

 ホルダーだった時と比べると、こうしてじっくりと情報を精査する時間は多くあった。

 ホルダーは学園のトップパイロットの証明であり、次期ベネリットグループのトップに君臨する証でもある。狙う者は当然多い。

 

 ホルダ-という立場はあまりにも目立つ。目立つように出来ている。

 学生服がたった一人だけ目立つように出来ているのも、その為だ。

 あらゆる人間に挑まれ、戦い、それでも尚、君臨し続ける事を試されるのだ。

 

 デリング・レンブランの苛烈な思想の反映と言える。

 グエルもそれが間違っているとは思わない。信奉こそしないが、事実としてデリング・レンブランはベネリットグループの総裁の地位について、膨大な企業のトップに君臨している王だ。その企業内でも競い、争わせ続けている。自らもその一部となり、そして結果を証明し続けている。否定はしない。

 だから、幾度も決闘で敗北し、寮を追い出された自分の結末も、彼は受け入れている。

 あの時、父の言いつけも破りエラン・ケレスに挑んだ事も自分の選択だ。敗北した自分の弱さを憎むことはあっても、決闘を望んだ自分の選択にだけは後悔していない。

 

 あの時、あの場所で、あの顔を見た時、そうすると自分が決めたのだ。

 

 後悔は無い。ただ敗北した自分が不甲斐ないだけだ。

 

「――――スデー――――ハッピバースデー――――」

 

 歌が聞こえた。

 スレッタ・マーキュリーの声だとすぐに分かった。ベンチでたった一人、嬉しそうに、誰かを待ちわびるように、彼女は誰かの誕生を祝福していた。

 

 どうでも良かった。彼には関係なかった。

 グエル・ジェタークは一人、勉学に戻った。不甲斐ない自分を殺すように。 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 グエル・ジェタークの夜は長い。

 

 フロント73区の日照時間が過ぎて、闇が訪れる。

 とはいえ勿論、地球のように実際に太陽が沈むわけではない。それが再現されるだけだ。人類が地球に縛られていた時代の肉体のリズムは、現代のスペーシアンにも深く刻み込まれている。

 

 ――宇宙まで進出した人類が、何時までも地球の規則に縛られ続けるなんて滑稽極まる。

 

 そう謳い、それらの思想を反映したフロント計画が立ちあがったがあった。人類にとってもっとも効率的かつ、最適な時間割を研究、実戦し、それをスペーシアンのスタンダード化すると鼻息を荒くしていたが、結果、不調を訴える者が続出し計画は頓挫という結末を辿った。

 どれだけアーシアンを見下そうとも、人類は地球から生まれたという事実まで変える事は出来ないと言う皮肉な証明となった。

 

 つまるところ、夜は身体を休ませる時間帯なのは宇宙に進出した今も変わりない。

 の、だが、それでもグエル・ジェタークは身体を休めて眠ることは無かった。

 流石に薄暗くなった外でダラダラと走り回るのような真似はしないが、キャンプ地で一人、勉学に勤しんでいた。しかし元々彼は真面目な気質であったが、キャンプ暮らしになってからの勤勉さは、少し病的だった。

 

 父に決闘も禁じられ、寮から追い出され、何も出来ないからこそ、自己研鑽くらいしか出来ることが無い。というのも理由の一つだが、何もせずに居ると、自己嫌悪で何処までもくじけてしまいそうになるというのもあった。

 

 悔しさ、苛立ち、しかしなにをしようにも、何もするなと父には言いつけられている。

 既に1度はその言いつけを破ったのだ。もう一度それを繰り返して、ラウダ達に迷惑をかけるのだけは避けなければならなかった。

 

「……クソッ」

 

 意識が逸れた瞬間、余計なことが頭を過る。グエルは悪態をつきながらそれを振り払うように首を振った。溜息を吐き出して、余計な思考を遮るように足を動かした。少し周囲を歩いて回るくらいなら、問題は無いだろうと。

 

 そしてゆっくりと、自身が拠点としているフロント森林区画を抜けると、何故か赤毛がまだベンチの上に座っていた。

 

「…………は?」

 

 思わず声が出た。

 間違いなくそれはスレッタ・マーキュリーだった。

 確か数時間前、彼女はベンチの上に座って、何かを楽しみに待ちながら歌まで歌っていた。それから数時間、何故か彼女は今もそこに居る。

 表情はスッカリと落ち込んでいた。今にも泣きそうな顔になりながらもそれでも何かに縋り付くようにじっとベンチの上で座り続けていた。もう間もなくすれば寮の門限として定められた時間は過ぎる。ソレなのに彼女は其処から一歩も動こうとはしなかった。

 

 どうでも良かった。彼には関係なかった――――とは、流石に思えなかった。

 

「……何をしている。田舎者」

「はひょああ!?」

 

 声をかけた瞬間跳び上がるように反応した水星女に、早くもグエル・ジェタークは自分の行動に後悔を覚えた。

 

「な、なななな、なんです、か?!」

「なんだはコッチのセリフだ。お前、何時まで此処に居る気だ」

 

 元々、企業ごとに寮が別れているような学園だ。学園としてのルールに厳しいような場所では無いが、さりとて深夜になってもうろうろと寮の外をうろつくような輩がいれば、警備に警告を受ける。

 特殊な学園とは言え、ベネリット傘下企業の御曹司達が集まるような場所なのだ。MSに対する治安維持を行う為のカテドラルに限らず、生徒を護るためのシステムは存在しているのだ。

 

「咎められる前にさっさと帰れ。また補習を受けたいのか」

「あ、貴方には、関係、ないです……」

「お前な……」

 

 此方の配慮をまるっきり無視するような言動に苛立ち、反論をしようとした。が、声を上げる前にグエルは言葉を止める。田舎者の表情がまた沈んだのだ。何か言おうとしても、その顔を見るだけで、彼女が怯えるような強い言葉は霧散した。

 

「……エランさんを、待ってるんです。待ち合わせ、した、から」

 

 グエルが問いただすまでもなく、スレッタは応じた。おおよそ、予想通りの答えが返ってきた。問題なのは――――

 

「何時待ち合わせだったんだ……?」

「……10時、です」

 

 今は夜の19時を回りつつある。

 

「馬鹿かお前は!!」

「ひぁ!?」

 

 思わずキレた。

 

「なんで馬鹿って言うんですか!!」

「すっぽかされたに決まってるだろ!!何時間待ってるんだお前は!!というか連絡をいれろ!!」

「れ、連絡取れ、なく、て……」

 

 そこまで言って、再び水星女は沈んだ。この世の終わりのような表情である。たかだか知人に約束をすっぽかされてほったらかしにされたくらいでこの様だった。とても、自分を2度も打ち負かした女には見えなかった。

 それとも、相手がエラン・ケレスだからこんな表情になるのか、と考えると、更に苛立ちが増した。

 

「……来い」

「ちょ、ちょちょちょっと?」

 

 ぐいっと腕を引っ張り、彼女をベンチから引き剥がす。僅かに触れた肌が、うんと冷えていたのがどうしようもなく不愉快だった。不愉快に感じる自分に、グエルは心底ウンザリした。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 グエル・ジェタークは珈琲には一家言ある――――訳でもない。

 所詮は、趣向品だ。パイロットとしての訓練以上に拘っているわけではない。寮ではそもそも自分で煎れる事の方が少なかった。

 とはいえ一応、嗜む程度の知識はある。湯を沸かし、挽いた豆を蒸らして、ゆっくりと注いでいく。二杯分の珈琲だ。テーブルには一人分の椅子しかない。そこには誰であろう、スレッタ・マーキュリーが所在なさげにちょこんと座っている。

 

「あ、あのお……」

 

 きょろきょろと周囲を見渡しながら、おずおずと声をかけてくる。背丈はあるはずなのに、、挙動は小動物じみていた。やや怯えた目つきで見てくるのが腹立つが、怯えさせているのは自分の所業の所為である。声を荒げないよう、グエルは応じた。

 

「なんだ」

「こ、此処に住んでる、んです、か?」

「それがなんだ」

「…………どうして?」

 

 実に正しい疑問である。100人がグエルの現状を見聞きすれば100人が同じ疑問を持つだろう。遭難時のサバイバル訓練でも無いのにフロントの内部でキャンプをしてるグエルの状況は全く意味が分からない。自分でもそう思う。

 

「……お前には関係ない」

 

 少し、答えに悩んだ後、グエルはそう答えた。

 

 嘘である。本当は彼女が全ての起因だった。

 

 彼女がグエルを一方的に打ち負かしたことから、全ての歯車が狂った。彼はホルダーの地位を失い、父親からの信頼を失った。次の決闘で、彼は自分が何一つとして、父から信頼されていなかったことを知った。そしてその最後には――――と、いうのは今は置いておく。

 エランに決闘を申し込んだのも、彼女が切っ掛けだ。本当に、何もかも彼女にまつわる事で、グエル・ジェタークの人生は流転し続けている。

 

 勿論、それを彼女の所為などとはグエルは言わない。

 

 絶対に、言わない。

 

 そもそも、彼女は起因であって、原因ではない。全ての原因は自分が弱かったことだ。自分が強ければ、ホルダーを護れていれば、父の信頼を勝ち取っていれば、エランを打ち倒せていれば、何もかも問題は無かったのだ。

 自分の弱さを棚に上げて、女の所為にする。

 そんな恥知らずな真似だけは、彼の矜持が許さなかった。

 

「飲め」

 

 内心を悟られまいと、グエルは珈琲を差し出した。冷えた彼女の身体を温めるために煎れたものだ。良い香りが漂っていた。雑念が入り交じりまくっていた事を考えれば、上手く煎れられた方だろう。自分の分を口にして、少し満足げにグエルは頷いた。

 しかし、珈琲を渡されたスレッタはというと、何故かピタリと停止している。

 

「……どうした?」

 

 自分が渡したものが気持ち悪いのだろうか。

 という、卑屈な想像が一瞬頭を過ったが、どうもそう言う事ではないらしい。スレッタ渡された珈琲をじっと、なにか挑むように睨み付けると、おずおずと口につけて、そしてそのまま顔を上げた。額に皺を寄せながら。

 

「……にがくてすっぱいれす」

「――――ド田舎者」

「ド!?」

 

 罵声にド田舎者は傷ついた顔をした。

 

「貸せ」

 

 飲みさしの珈琲を受け取ると、バックから砂糖を取り出し投入する。あからさまな子供舌の彼女が飲めるようにかなり多めに砂糖を足して、暖めすぎないように弱火にかけてじっくりと溶かしていく。

 

 溶かしている間にも、良い珈琲の香りが周囲を満たした。やはり趣向品、贅沢品の類いだとグエルは改めて思う。

 

 寮を追い出されているにも関わらず、そんなものを自分は味わえる。そもそも珈琲に限らず食料の類いも配給されている。それは詰まるところ、学費を未だ支払ってくれている父のお陰と言うことだ。

 

 寮を出て、正直少し、肩の荷が下りたという気持ちがあったことは否定できない。

 

 ラウダに全てを任せてしまう罪悪感もあったが、開放感を覚えないわけではなかった。

 

 しかし結局、自分は未だにジェタークという会社の世話になっている。キャンプで生活しているのは、父の罰であり、余計なことをさせないための拘束であり、普段叱責と共にとんでくる体罰と何も変わりは無かった。自分を痛めつけ、反省を促し、自分の言うとおりにさせようという父の意思は明確だった。

 

 結局自分はまだ、父の保護下の中にいる。その自覚がグエルの気分を沈めた。

 

 気まずい沈黙が場を支配した。スレッタとて、なんでこんな所に連れてこられたのか分かっていないだろうし、そもそも自分に対して良い感情など全く抱いてはいないだろう。気まずいことこの上ないだろうに、本当に何故自分は彼女を連れてきてしまったのか。

 

 そんな風に、グエルの思考が再び堂々巡りを開始し始めた頃合いだった。

 

「…………私……やっぱり、なにかしちゃったんで、しょうか……」

 

 不意に、スレッタが口を開いた。その言葉の意味を理解できず、グエルは聞き直した。

 

「何の話だ」

「私、此処に来るまで、あんまり、同じ年の人達と話したこと無くて……だから」

 

 彼女がアスティカシア専門学園に来たばかりの頃の挙動不審っぷりは今でもグエルは覚えている。その頃と比べれば今は随分とマシに喋れる様になっていると思うのだが、一方で彼女は未だ、その事にコンプレックスを抱えていたらしい。彼女は続けた。

 

「だから、エランさん、何かに怒って、来てくれなかったんでしょうか。私の所為で――」

「違うっ」

 

 咄嗟にそう声に出して、スレッタは目をぱちくりさせて驚いて、そしてグエル自身も自分の言動に「何を言ってるんだお前は」と内心でツッコミを入れた。

 違う?なにが違うんだ。そもそも自分は彼女のことをどれだけ知っているというんだ。言葉を交わしたのは数えるほどだ。しかも半分以上は一方的にけんか腰で、ロクに対話にもなっては居なかった。そんな自分が彼女の何を理解しているのだ。

 元婚約者、ミオリネ・レンブランの方がよっぽど彼女を理解しているだろう。

 

 彼女と関係をまるで築けていない自分が、物知り顔で彼女を語るのはあまりにも滑稽だ。

 

 だが、だがしかし、それでも、哀しげに自分を責める彼女を前にして、何も言わずに放置することだけは、グエル・ジェタークには出来なかった。

 

「……お前は少なくとも、故意に誰かを傷つけるような事は、しないだろう」

 

 だから、数少なくとも彼女について分かっている事を、グエルは口にする。

 

 自分が惹かれた彼女のことを、言葉にした。

 

 此方の意向や都合を完全に無視して脱走を繰り返すミオリネ・レンブランに対して狼藉を働いていたとき、彼女は事情も全く理解しないまま、それを止めるために動いた。決闘の場で、自分が自分の失態と待遇を嘲られていたとき、彼女はそれを止めた。卑劣な手段を用いて尚、決闘に敗北した敵を、彼女はまっすぐに讃えた。

 

 対人に不慣れなのはそうだろう。その結果、無茶苦茶をする事もあるのだろう。だがそれでも、誰かを意図的に傷つけたりすることを彼女はしない。やってはいけないことは彼女の中でハッキリとしている。

 

 彼女は純粋で、まっすぐで、善良だ。それは紛れもない、彼女の美徳だ。

 

 田舎者の思考と嗤う者がどれだけいようと、グエル・ジェタークはそれに惹かれたのだ。

 

 だからそれを否定はさせない。彼女自身にも。

 

「……待ち合わせをすっぽかされたのなら、すっぽかした奴が悪いに決まってる」

「エ、エランさんも、何か事情があったのかも知れないですし……」

「だったら、今度会ってちゃんと問いただせ。自戒なんてその後で良い」

 

 そう言って、グエルは温め直した珈琲をぶっきらぼうに差し出した。慌てて受け取ったスレッタは、何度も息を吐いて珈琲を冷ますと、おずおずと口にした。そして、

 

「あ、甘い……これ、美味しいです!」

 

 先程までの沈んだ顔は何だったのだというくらいに、嬉しそうに顔を綻ばせた。

 その笑顔を見ただけで、先程までずっとグルグルと悩んでいた自分の悩みが、一瞬全部吹っ飛んでしまった自分のあまりの単純さにグエルは顔を伏せた。

 

 間違っても今の顔を彼女に見せるわけには行かなかった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ごちそうさまでした。ありがとうございます!」

 

 そう言ってスレッタ・マーキュリーはグエルのキャンプ地を後にした。遠くから彼女を見送っていると、向こうから特徴的な白い髪の女、スレッタの現婚約者であるミオリネ・レンブランがやって来ていた。探していたのだろう。

 スレッタを見つけるなり、細い眉をキリキリとつり上げて、彼女に突進していく。スレッタは慌てて頭を下げているが、遠からず説教が始まるだろう。

 

 どうでも良かった。彼には関係なかった。

 グエル・ジェタークは最後まで見届ける事も無くキャンプ地に戻り、カップを片付けるとテントに入る。明日の朝も早い。体調を万全にすべく、彼は早々に眠りについた。

 

 眠るとき、ここに至るまでの反省が何度も頭の中を反芻する事が多かったのだが、その日は思ったよりも簡単に眠りにつけた。眠る前、彼女の笑顔で頭がいっぱいになっていた、なんて事は未来永劫、誰にも言わず墓まで持っていく秘密にすることを彼は決めた。

 

 



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