あの罰則の日から数日が経過した。
あの“影”を見て以来、俺は頻繁に禁じられた廊下の様子を見に行くようになった。
“影”の求めたものがユニコーンの血だったなら賢者の石にも手を出そうとする可能性は非常に高いからだ。
とはいえ、本来ならこういうのは教師の人達に任せるのが一番良いのだろうが、絶対安全のホグワーツにあるであろう賢者の石を盗み出そうとする奴がいると言ったところで子供の戯れ言としか受け取ってもらえないだろう。
もしかしたらマクゴナガル先生やクィレル教授を怪しんでいたスネイプ教授なら信じてくれるかもしれないが、可能性は低いだろう。
そして今日も廊下の様子を見に来たのだが……
「なんだ…?ハープの、音?」
禁じられた廊下にある扉の先からハープの音色が響いていた。嫌な予感がして急いで禁じられた廊下へ向かう。
「っ……!やられた…!」
本来なら禁じられた廊下の番犬として機能するはずだったフラッフィーが、ハープの音色で気持ち良さそうに眠っていた。
つまり、何者かがこの先へ進んだということになる。
「行くしかないか…!」
意を決して仕掛け扉を開き中に進むと、少し離れた先で扉が開く音が聞こえた。
俺以外に誰かがいるのだ。恐らくソイツがフラッフィーを眠らせた元凶であり、賢者の石を狙っている人物だろう。
扉が開いて二分ほど経った後、俺も仕掛け扉を飛び降り、辺りを見回す。
空中に羽根のついた鍵がいくつも飛んでいた。
恐らく、この中の一つが扉を開ける鍵なのだろう──と考えていると、なんと扉が一人でに開いた。
「は……?」
その予想外の出来事に絶句したものの、これ幸いと扉から顔を覗かせる。
扉の先には、チェス盤があった。そしてチェスの駒一つ一つが、人間ほどの大きさもある。そしてその中で佇んでいる人影があった──クィレル教授だ。やはり、彼こそが賢者の石を狙っていたのだ。
『チェックメイト…』
ふと、クィレル教授のものではない嗄れた声が響く。クィレル教授の声ではない筈なのに、その声はクィレル教授から聞こえていた。
キングの駒が自身の王冠を取り外し、クィレル教授の足元に放る。クィレル教授はそれに見向きもせず扉を開けると、先へ進んでいった。
扉が閉まるのを確認すると、俺もチェス盤の部屋へと足を踏み入れる。
「おいおい、早すぎるだろ……」
俺が鍵を回収し、部屋を覗くまで十分と無かった。その間にクィレル教授はチェスを攻略したのだ。それも、賢者の石を守るために設置された高難易度のチェスを。
今までの授業風景を思い返しても、彼がこんな短時間でこのチェスを突破できるとは思えない。やはり、先ほどの嗄れた声の主が助言でもしたのだろうか。しかし、そうだとすればその声の主はどこにいるのだろう。
その時、ドォン……という何か大きな物が倒れるような音が扉の先から聞こえた。チェス盤を通り、扉を開ける。
そうして目に飛び込んできた光景に、思わず絶句した。
トロールだ。トロールが頭から血を流して倒れており、それをクィレル教授が見下ろしていた。そんなクィレル教授の顔はハロウィンの日と同じようにどこまでも冷徹な表情だった。
やがてクィレル教授は興味を失ったのかトロールを乗り越えると、その奥にある扉を開け、先へと進んでいった。
俺も慌てて扉に近付き、そっと耳を押し当てる。扉の先から話し声が聞こえる。クィレル教授と、先程「チェックメイト」と呟いた嗄れた声の主だった。
『この一番小さな瓶だ。これが炎を抜け、先に進ませてくれる。もっとも、これに書かれた文章に違いがなければの話だがな』
『わ、分かりました、ご主人様……』
そうした会話が行われた後、コツコツと足音が遠ざかっていく。完全に足音が聞こえなくなったのを確認してから俺も中へ入った。
扉を閉めきると、ゴウッと勢いよく扉が燃え上がった。前の扉と後ろの扉。両方ともに燃え上がる。
恐らく、自然発火ではなく魔法によるものだろう。木の扉は灰になることなく行き先を阻んでいた。
ふと、テーブルに置かれていた7つの大小様々な瓶と巻物に目が移る。手に取り、広げて中を確認すると何やら謎解きのような形で書かれていた。
前には危険 後ろは安全
君が見つけさえすれば 二つが君を救うだろう
七つのうちの一つだけ 君を前進させるだろう
別の一つで 退却の道が開ける その人に
二つの瓶は イラクサ酒
残る三つは殺人者 列にまぎれて隠れてる
長々居たくないならば どれかを選んでみるがいい
君が選ぶのに役に立つ 四つのヒントを差し上げよう
まず第一のヒントだが どんなにずるく隠れても
イラクサ酒の左は いつも毒入り瓶がある
第二のヒントは両端の 二つの瓶は種類が違う
君が前進したいなら 二つのどちらも友ではない
第三のヒントは見たとおり 七つの瓶は大きさが違う
小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない
第四のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても
左端から二番目と 右の端から二番目の
瓶の中身は同じ味
さっぱりだよ畜生が。思わず巻物を炎の中に放り投げそうになるも、冷静になってもう一度巻物を読み返す。
まず、俺が手に入れなければならないのは前進の瓶。そして七つある瓶の内の二つはイラクサ酒で、三つは毒酒。そして残る二つは前進の瓶と退却の瓶だ。
巻物に書かれたヒントから推察するに、二つある内のイラクサ酒の左に毒酒がある。
第二のヒントの両端の瓶は種類が違う──つまりはイラクサ酒か毒酒、もしくは後退の瓶だろう。どちらも友ではないということは両端の二つは前進の瓶ではないということになる。
そして第三のヒント──七つの瓶はそれぞれ大きさが違うし、小人と巨人──つまりは一番小さい瓶と一番大きな瓶は毒ではない。
最後に第四のヒント──双子の薬とは二つしかないイラクサ酒のことだろう。つまり、両端から二番目の瓶はイラクサ酒だということだ。
そして第一のヒント、イラクサ酒の左に毒酒がある──つまり、左端と右から三番目は毒酒ということだ。
両端の瓶は種類が違い、どちらも友ではないということは右端は後退の瓶だ。
残すは一番小さな瓶と普通の瓶だが、一番小さな瓶と大きな瓶は毒ではない。つまりは左から三番目の一番小さな瓶が前進の瓶だ。
毒イ前毒毒イ後
「確か、あの嗄れた声の主も一番小さな瓶だって言ってたしな…」
そして瓶に入った薬を飲む。冷たい氷が体を駆け巡るような感覚に襲われ思わず身震いするものの、手を炎の中に突っ込んでみれば熱さを感じることはなかった。
「よし、行けるな…」
この扉の先が最後の罠──つまりはダンブルドア校長が考えた罠ということになる。校長が考えた罠を突破することは難しいと思うのでクィレル教授は足止めを喰らっていることだろう。
いざというときに備え、杖を持つと扉を開けた。
「予想より早かったな」
ガンッと、強い衝撃が頭部を襲う。
意識を失う間際、俺が見たのは相変わらず無表情のクィレル教授の顔だった。
◆ ◆ ◆
「う…ぐ……!」
頭がクラクラする。どれくらい意識を失っていたのだろうか。
ジンジンと痛む頭を気にしつつ、あたりを見回そうとしたところで体が縛られていることに今更気が付いた。
両手足は紐で固く縛られ、椅子に座らされて拘束されていた。忍び込んできたスパイもビックリのガチガチの拘束だ。
「起きたかリオン・アーデル」
声が聞こえ、前を向く。そこにはクィレル教授が俺の杖を持って立っていた。
「まさか私の後を追っていたのがお前だったとはな。てっきりハリー・ポッターかと思ったのだが…」
どうやら俺が後をつけていたのはバレていたらしい。なるほど、泳がされてたって訳か。
「いや、ハリーじゃなくてすみませんね。禁じられた廊下に行ってみたらフラッフィーが眠らされてる事態になってたもので…本来なら先生たちを呼ぶところなんでしょうけど焦ってて冷静な判断が出来なかったんですよ」
「口の減らん奴だ…貴様、あのハロウィンの日から私を疑っていただろう?目障りなことこの上無かったがお前を殺してしまってはダンブルドアに気付かれる。故にこうして泳がせていたのだが…まさか自分から罠に掛かってくれるとはな」
その通りだよ畜生。まさか釣り餌に気付かずノコノコと罠に引っ掛かるなんてな……
「クィレル。そこの小僧と話をさせろ。その為にこの時間を設けたのだからな……」
「し、しかしご主人様…貴方様はまだ本調子ではないのでは……」
「構わん。元よりそれだけの力ならばある」
嗄れた声がクィレル教授──面倒だからクィレルでいいや──クィレルに命令を下すと、クィレルはその頭に巻かれたターバンを解いていく。
ターバンを取り終わったクィレルが後ろを向くと、その後頭部にはもう一つ顔があった。
「ヴォルデモート……」
確信する。コイツがヴォルデモートだ。クィレルの後頭部に取り憑いて生きていたのだ。
「ククク……俺様の名を口にするのを恐れぬか。なるほど、貴様は確かにアーデルだな」
「……どういう意味だ、それ」
ヴォルデモートの言葉に思わず聞き返す。するとヴォルデモートはクィレルに俺に近づくよう命令する。
もはや顔同士がくっつきそうなほど近くに顔を寄せられ、まじまじと観察される。
「黒の髪に蒼い目……エドワードを思い出す…貴様の父親は金髪だったからな。目の色は祖父から続く遺伝か」
エドワード?エドワード・アーデル……父方の祖父の事だろうか。だが何故ヴォルデモートが祖父のことを?
「認めねばなるまい……貴様の祖父と父はこの俺様を手こずらせ、出し抜いた男だと。闇祓いだった貴様の父によって何人もの部下が捕らえられ、殺され、挙げ句この俺様に抗い、生き延びたのだから」
ヴォルデモートは心底楽しそうに嗤う。己のプライドを傷つけられたことさえ気にも止めず、ただその赤い瞳に狂気を滲ませて俺を見つめる。
「その結果、お前は赤ん坊だったハリーにやられて今こうしてるわけだ。情けないな。かつて名前を言ってはいけないあの人なんて恐れられてたお前が今はこうして誰かに取り憑かないと生きていけないんだから」
「貴様……ッ! 我が君に何と言う口の利き方を……!」
「知るか!!何が闇の帝王だ、何が例のあの人だ!!死ぬことが怖くて震えてる何の罪もない人を殺してる快楽殺人鬼だろうが!!」
肩で息をする。ほとんど感情のままに言い切ってしまった。
「ク───クハ、クハハハハハ!!!ハハハハハハ!!!」
突如として、ヴォルデモートは大笑を響かせる。その様に俺もクィレルも固まってしまった。
「成る程───そうか、そういうことか!!考えたなエドワード!!だが無駄だ!お前の願いは塵となるぞ!!結局お前は俺様に勝てない!!僕の──俺様の勝ちだエドワード!!ハハハハハハ!!」
「ご、ご主人様……?」
ヴォルデモートが再度俺に視線を向ける。その目には、無邪気な喜びが浮かんでいた。
「楽しみにしているぞリオン・アーデルよ!貴様と貴様の父が万全の状態で俺様に歯向かい、杖を交えるその日を!!貴様らとハリー・ポッターを殺したその日にこそ、俺様は無敵となる!!」
嗤う、嗤う。ヴォルデモートはどこまでも嗤っていた。子供が新しい玩具を手に入れたように、金銀財宝を見つけた冒険家のようにどこまでも純粋な目だった。
「ご主人様、何者かが侵入したようです。恐らくはハリー・ポッターかと」
「ッ、ハリーが…!?」
「ほう、そうかそうか。ならば行かねばな?十一年の借りを返す時だ」
クィレルは再びターバンを巻いてヴォルデモートの顔を隠すと、この場を立ち去っていった。
「あっ……ま、待て!!……くっそ、杖がないから縄を解けない……どんだけ固く縛ったんだよ!!」
そこから十分近く縄と格闘し、ようやく全ての縄を解くことに成功した。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!?!?!?」
「クィレルの声!?」
ハリーがいるであろう場所を目指していると、先の方からクィレルの絶叫が響いた。急いでその場に駆けつけてみれば、そこにはハリーと右手が炭化したクィレルが立っていた。
よく見るとハリーの足元には赤い宝石のような物が転がっていた。恐らくあれが賢者の石だろう。
「ハリー!!」
「馬鹿者!!早く石を奪え!!」
俺の声と、ヴォルデモートの焦った声が重なる。俺は近くに落ちていた自分の杖を拾い、呪文を唱えようとするがそれよりハリーがクィレルに掴みかかる方が早かった。
ハリーはクィレルを止めようと彼の顔を掴む。すると、彼の顔も右手と同じように炭化し、最終的に全身が炭となってしまった。
「ハリー!大丈夫か!」
ハリーに駆け寄り、安否の確認をする。幸い大した怪我ではないようだ。
「立てるか?」
「う、うん……けど、なんでリオンがここに?」
「クィレルを追ってたんだが捕まってな…全く散々だったよ」
今にも倒れそうなハリーに肩を貸し、ここから出ようと歩き出す。
「あ…賢者の石…」
「ちゃんとあるさ。安心しろ」
賢者の石を心配するハリーに賢者の石を見せ、懐にしまう。とりあえずこの石はダンブルドア校長に渡した方が良いだろうな。
──と、向こうからダンブルドア校長が歩いてくるのが見えた。ハリーはダンブルドア校長を見て安心したのか、眠るようにして気を失ってしまった。
「まさか君もおったとはのうリオン。どれ、ハリーは儂が背負おうぞ」
「すみません、お願いします」
ハリーを預け、肩を回すと歩き出す。というか、ダンブルドア校長の一体どこにハリーを背負えるだけの力があるんだろう。
「……あやつと会ったそうじゃの」
「……はい」
並んでダンブルドア校長と歩く中、そんなことを聞かれた。
「リオン。君はあやつを見て何か感じることは無かったかね?」
「悲しいと…そう思いました。それから怖いとも。人間だっていずれは死ぬのにそれを受け入れられないことが悲しいし、そうしてまで生きようとする執念が怖いと感じました…」
「そうか……確かにそうじゃのう」
「あの、ダンブルドア校長。俺からも聞いていいですか?」
隣を歩くダンブルドア校長を見る。彼は俺を一瞥すると、「構わぬよ」と朗らかな笑みで答えてくれた。
「アイツは……ヴォルデモートは、俺の祖父と何かしらの関係があるみたいでした。ダンブルドア校長なら知ってるんじゃないかと思うんですが……」
「……君のお祖父様とヴォルデモートは、親友と呼んで構わないような関係じゃった。じゃが、ヴォルデモートの邪悪な本性にいち早く気付いた彼はあやつを止めようとした。結果は言わずとも分かるのではないかね?……しかし、あやつがエドワードの事を話したのなら何かしらヴォルデモートの中で残るものがあったのじゃろう」
確かに。親友と言う関係ならば、あの時の狂気を含んだ目にも納得がいく。高らかに勝ち誇った声を上げたことも。
だけど、あの時ヴォルデモートが言っていたエドワードの願いとはなんなのだろうか?
「リオン。あまり考えすぎては体に毒じゃ。寮に戻り、暖かいベッドで眠りにつくといい。また明日、元気な姿を見れるのを心待ちにしておるよ」
「はい、おやすみなさいダンブルドア先生。ハリーをよろしくお願いします」
「勿論じゃとも」
俺はダンブルドア校長と別れ、スリザリン寮に戻った。
こうして、賢者の石を巡る一連の事件は幕を閉じたのだった。
残り一話で賢者の石編は終了となります。その後閑話を三話くらい挟んで秘密の部屋編を始めようと思います!